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第172話 メイドさんとジャンクフード

旦那様、というのは比喩表現です。

ヒロト様はエリス様の旦那様ですから、私がメイドとして二人に仕えるのは当然の事。ヒロト様の身の回りの世話や、エリス様の面倒な雑用を取って変わり行う。それがメイドとしての私の務めであり、それが喜びでした。


以前屋敷にいる時や、基地を構える前などは私が洗濯や料理、片付けなどを担当していたけれど、今は戦闘要員の負担軽減の為か、料理も清掃も専門スタッフがいる。

洗濯は個人で行うけど、エリス様もヒロト様も自活出来る為、2人でやってしまう。


つまり……私の出番が、極端に少なくなってしまったのである。


「エイミーお疲れ様、もう上がっていいよ」


「お疲れ様ですヒロト様、何かお飲みになられますか?」


「うーん……遠慮しておきます。流石にこの時間に紅茶は眠れなくなりそうだし」


ヒロト様は執務机の上の書類を片付け、伸びをしながら答える。ヒロト様は最初の時の癖からか、時折私に対して敬語が混じる。

時間は午後9時を回ったところで、この所こうして夕食を召し上がった後にも仕事をされている事が多い。規模も大きくなり、承認が必要な事も増えて来たので、お忙しいのだろう。


「何かお手伝いできることは……」


「今日の仕事はこれで終わりだから、もう平気だと思う」


ヒロト様が目を通す書類のボックスは既に空だ、お仕事は本当に終わりの様です。


「では私はこれで下がらせて頂きます、本日の業務、お疲れ様でした」


「お疲れ様、ゆっくり休んでください」


失礼いたしました、と言って執務室から出る。エリス様はお部屋に戻っていらっしゃいますし、私の仕事もこれで終わり。

屋敷にいる頃は身の回りのお世話までやっていたので、エリス様がお休みになってから自分が休む、という風に過ごしていましたが……


「……負担は減りましたけれど、何となく満たされませんね……」


基地の中の廊下を歩きながら漏らす様に呟く、基地業務群の事務所も殆どが消灯されており、明かりがついているのも残業中の隊員がちらほらといるだけ。

手伝おうとも思いましたが、会計や通信は門外漢の私が手伝えることではないので少し残念に思う。


1階に降りると、大食堂の明かりがついていた。食事の世話をするファルが何か作っているのかとも思いましたが、カウンターにテーブルを移動させて座っている者が居る。


「どちら様ですか?」


「げっ、メイド長……」


随分なご挨拶と共に振り向いたのは、同じナイトフォース第1分隊所属のヒューバート・ハドック一等軍曹。

ヒロト様が最初に召喚した召喚者で、ガーディアンの1期生、私と同じ分隊支援火器(SAW)のガンナーを務める男。


「その挨拶は何ですか、まさか私に見つかってはいけない事でも?」


「ああ、いや、そうじゃなくて……」


彼は慌てているが、私の意識はカウンターの向こうの厨房にあった。

音と匂い、明らかに誰かが何かを調理している。


「誰か居るの?」


「あー……」


「あれ、お嬢ちゃんも来たのかい」


誤魔化そうとするヒューバートを遮るように厨房から顔を出したのは、ファルと共に隊員の胃袋を支える召喚者のビルズでした。

彼は基地業務隊、ガーディアンの隊員への給食任務を請け負う部隊の中で、ヒロト様の世界の料理を再現するのが得意な隊員です。


「いらっしゃいビルズ・バーへ」


「ビルズ・バー?」


話しを聞けば、ビルズとヒューバートは時折こうして2人でバーの様なものを開いていたらしい。

既に勤務時間外ですが、果たして良いのでしょうか……


「お客様が増えたな、まあ座りな、一緒に作るよ」


「いえ、私は別にそういうつもりで来たわけでは……」


「まぁいいから座りなって」


ヒューバートの強い勧めもあり、椅子を持ってきて隣に座る。


「禁止はされてないがこっそり楽しみたかったんだが……バレちゃ仕方ない、広まると面倒だから言わないでくれると助かるよ」


ヒューバートは苦笑しながら私にそう話す、ちょっとした悪戯がバレた子供の様な表情だ。


「何故広めないのですか?」


「普段にぎやかな銃撃ってるから、こういうのは静かに楽しみたくてね、口止め料代わりに奢るからさ」


そう言う事ならば、私としても他人に喋るのは本意ではない。楽しみを人から取り上げる様な事は人間では無いし、そうしてくれと言う彼に意地悪する気は無い。


それにしても、即席のバーとは言え良くバレなかったものですね……


「時折通りがかったけど、今まで気付きませんでした……」


「今まではカウンターの奥の方でやってたからなぁ」


彼が指すカウンターの奥の方は、入り口からは死角になっている。今日はそっちのカウンターは何かの資材が置かれていて使えない様です。

だから今まで見つからずにこっそりと営業する事が可能だったんですね……


「今日だけこっち、次からはまた向こうになるけど」


「勤務時間外だけどいいの?彼ら……」


「まぁ特に禁止されてないし、彼らも趣味でやってるようなモンだしな」


「そうなの?」


「皆に料理を楽しんで欲しくてね、好きでやってるんですよ」


ビルズが調理をしながら厨房から声を掛けてくる、手は休めずに何かを焼いている様です。

同時進行で何かを揚げているらしく、油が跳ねる音も聞こえる。


「特に君の様な異世界側の人にはね、俺達側の料理を知って欲しくて」


彼らにとって私達は異世界人で、私たちにとって彼らの作る料理は似たようなものはあれど、初めて見る物も多い。今回の料理もそういったものなのでしょうか。

ヒロト様の(向こうの)世界の料理を再現するのが得意な彼が作るヒロト様の(向こうの)世界、偶然居合わせて流れで誘われたとは言え、少しだけ楽しみです。


少しカウンターから中を覗き込む、調理をしているのは彼1人だが、その料理を作るのは慣れているのか手際が良い。


「……そういえば、メイド長は……」


「エイミーでいい、やりづらいでしょう?敬語もいらないわ、私もそうするから」


「……分かった、エイミーはどうして分隊支援火器(SAW)手を?」


「……特に理由は無いわね」


そう言えば私はM249をずっと使っている、理由は彼も気になるだろうが、考えてみても理由が見当たらない。


「ヒロト様と初めて出会って、その時にヒロト様が使っていたM249を譲って頂いただけよ」


「あの人最初にMINIMI使ってたのか……」


ヒューバートは苦笑しながら答える、あの時は確か魔物の群れを迎撃する為に軽機関銃を出したらしいので、最適だったのがM249だったと後から聞いた。

ヒロト様がM4をプライマリ・ウェポンにしてから、使わなくなったM249を私が使っているだけです。


「その流れで今もM249を使ってはいるけれど、あの火力は何物にも代えがたいわね……」


「ベルト式機関銃は火力の要だもんな」


武器を扱う、それもこの世界には存在しない武器を扱う仕事と言う性質上、こういった話はよく出る。愚痴を言い合う間柄でもなければ、お互いに今日何があって何が大変だったか知っているような関係でもない。会話はそこで途切れてしまうが、ビルズの料理の音がいいBGMになっています。

そうだ、何か食べるなら手を洗って来ましょう、一言断って席を外し、食堂に備えられた水道で手を洗う、メイドたるもの、衛生管理をしっかりしなければ、自分だけではなく、主人の身を危険に晒しかねません。


「さ、お待たせ」


「お、来た来た」


席に戻ると何かを焼く音は丁度止まっていて、盛り付けをして持ってきた彼の皿には、見たことがあるような無いような、そんな料理が乗っていました。


「……これは?」


「ハンバーガーさ!このバンズにパティが色んな具材が挟まれてて美味いんだよ、手軽に食べたい時には最適だ、食堂のメニューにもあるけど、もしかして初めてか?」


円状のパンに挟まった何か、そして付け合わせは細切りにした芋だろうか……

私は食堂では定食をよく頼むし、ヒロト様の世界のワショクという方が多い気もする。ハンバーグは食べたことはあるが、こういったものは初めてです。


「切り分けるフォークとナイフは……?」


「いや、これは手づかみで食べるんだ」


「……それ、行儀が悪くない?」


「そう食べる物だからなぁ」


サンドイッチのような物だろうか……そう言われてしまっては仕方がない、手を洗っておいて良かった。

どう持つか迷っていると、彼ははんばーがーにかぶりついた。


「うん!美味い!」


私も見様見真似で目の前の料理を掴む、挟まっている具材はレタスにトマト、黄色いのは恐らくチーズ。そして厚めに焼いたハンバーグが、丸く焼いたパンに挟まっているものでした。


「……頂きます」


口に入りきらなそう……少し下品だが、大きく口を開けてかぶりつく。


「……味が濃いわね……」


レタスの食感にトマトの酸味、ハンバーグの重厚さにチーズのまろやかみ、そして恐らくは手作りであろうソース、それらが合わさって複雑な濃い味を作り出し、軽く焼いてあるが柔らかいパンがそれらをしっかりと包み込み、受け止めている。

濃い味ではあるが、それが全て違和感なく重なり合って1つのパズルのようになっている。シャキシャキとしたレタスの瑞々しさも、アクセントになって良い。


「美味いだろう?」


「こういうものは初めて食べたけど、ワショクの様な繊細さと言うより……その、ガツンと来るわ」


「ジャンキーだよな、まぁ、そういうもんだ」


もう1口、トマトとは違った酸味を感じる、これは酢漬けの野菜だろうか。

はんばーがーを片手で持ち、付け合わせの細切りの芋を摘まむ。ただ揚げてあるだけでなく、塩が振ってあるみたいです。


「こっちは……揚げた芋かしら……」


これも結構おいしい、揚げただけでこうも変わるとは、この芋、なかなか侮れません。

しかも絶妙な塩加減で、手が止まらなくなりそう……これだけで美味しい、という訳では無いけれど、このはんばーがーの味に合い、良く引き立てる。付け合わせにはぴったりかも……


はんばーがー、芋、交互に食べると、塩気が濃い為か喉が渇いてくる。


「何か飲み物は……」


「コーラがあるぜ」


ヒューバートはグラスを掲げる、グラスを満たしているのは黒い液体。

コーラというのは聞き覚えがある、私は飲んだことは無いが、ヒロト様が良くお飲みになられている物でしょう。


「ではそれを、お願いできまして?」


「あぁ、用意するよ」


すぐにビルズが持ってきた、黒くて泡が出て来る飲み物。黒い飲み物と言ったら、よくグライムズが飲んでいるコーヒーですが、これはどうなのだろうか……


「んんッ!」


口に入れた瞬間、しゅわしゅわと強い痺れと甘さが走る、エールとは比較にならない強さの痺れに、飴玉にも似た甘さが駆け巡る。


「こ、これは……」


酒精は入っていない様だが、この料理とこの甘さ、癖になりそうな組み合わせです。


「美味いだろう?」


「えぇ……塩気が強い料理にこの甘さ……合うわね」


強い塩気に濃い味、そして甘み、身体に良くはないと分かってはいるけれど、ついつい手を伸ばしてしまう、そんなメニューです。

思わず食べるのに夢中になり、そろそろ食べ方にも慣れて来たので、はんばーがーにかぶりつくと、反対側からトマトと肉が飛び出しそうになって慌てて押さえる。これはある種のバランスが要求されるかもしれない……栄養的な意味では無く、物理的な意味で。



====================================



「……ご馳走様」


「美味かったー」


食べ終わった私の皿の上は、いつもの様に綺麗だった。私は基本的に出された食事は残さず頂く。


「どうだった、メイド長。初めてのハンバーガーにポテト、それにコーラの黄金セットは」


「……美味しかった、ですね。ただ、やっぱり味が濃いので、お世辞にも健康に良さそうな味、とは言えませんでしたが」


ソースで汚れた口元を紙ナプキンで吹きながらそう答えると、手厳しい、とヒューバートとビルズは笑う。毎日食べていると身体を壊しそうですが、時折食べたりする分には良いですし、手づかみで食べるので、忙しい時などに良いかもしれません。


「けど、それで良いのかもしれませんね、こういう料理なら、これで完成されていると思いますわ」


主にビルズに向けて言う、料理としての完成度は非常に高かったのです。それに恐らくは彼は分かっていると思いますが、サンドイッチと同じように、中に挟む具材次第では色々な楽しみ方もあると思います。

あの“ふらいどぽてと”とか言う細切りの芋を揚げたものも、只の芋の割には美味しかった。


「ただ、こう味の濃い物を頻繁に食べていると身体を壊してしまいます。だから健康を考えて、作るのも食べるのも、時折にして下さいね?これはメイド長としての命令です、あまり頻度が高いと、ヒロト様に問題として報告しますわ」


「それは勘弁願いたいな……分かった、そうしよう」


禁止されていないとはいえ、時間外で無許可ではある。当然そんなことをするつもりは無いですが、あまりこれが広まって隊員の健康に悪影響を与えでもしたら、そっちの方が問題です。


「また今度作る時は色々容易しておくよ」


「えぇ、ご馳走様。食器、洗いましょうか?」


お礼に、と思ったが、彼は首を横に振った。


「いやいや、お客さんにさせるわけにはいかないよ。俺の店だしね」


「そう……なら、後片付け等、よろしくお願いしますね」


そう言って席を立つと、ヒューバートも「ご馳走様」と言って立ち上がる、もう部屋に戻るらしく、帰路は一緒だった。


「……毎晩やっている訳じゃないでしょうね?」


「毎晩は流石に無いよ、只ビルズの気分次第、昼に顔を合わせると教えてくれるんだ」


「そう」


毎日食べているのかと思いましたが、どうやら違う様で少し安心。

それにしても印象に強く残る味だったと思い出します、材料があれば自分でも作れそうですし、食べるのも然程時間がかからない。早く食べていた訳でも無く片手間に食べられるのは大きな利点です。


「今度バーが開くときはエイミーも誘うよ」


「そうして頂戴、監視役として付き合うわ」


クスッと笑うヒューバート、冗談は伝わったみたいです。

散々な評価をしてしまいましたが、美味しい料理と楽しい時間を過ごした事、それに誘ってくれたヒューバートには感謝しなくてはなりません。


「けど、本当に今日はありがとう。知らない料理を知る事が出来たし、いつもと違う食事が出来て楽しかったわ」


「それは良かった、共犯になった甲斐があったな」


「ちょっとそれどういう意味?」


クスクスと笑いながら宿舎に戻る。ここから彼とは別々です、彼は1階へ、私は2階の部屋に戻ります。

ガーディアンの隊員宿舎は、訓練部隊以外は基本的に個室が当てられています。広い部屋では無いけど鍵はかかるから安心出来るし、お風呂や水道、小さなキッチンも完備されている清潔な部屋で寝起きしています。


鞄を壁にかけて小さなソファに座り、大きく息を吐く。


「ハンバーガー……」


新しく覚えた料理の名前を呟き、口の中で味を思い出す。

ヒロト様やエリス様に喜んで頂けるのなら、自分で作ってみるのもいいかもしれませんね……


「ありがと、ヒューバート」


今ここに居ない仲間の名前を呟き、私はお風呂に入る為にソファから立ち上がった。

そろそろ暑さも過ぎる頃、お風呂にヒロト様の世界の入浴剤を入れて温まるのもいいかもしれない。

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