第169話 基地の案内
「ここは基地業務群になります、施設や事務、管理、主計、広報、通信や整備、補給など、基地に必要な部署がここに集合しています」
2階の小講義室を出てすぐ、向かいの廊下に並ぶのは基地業務群の事務室だ。設備や武器管理、給与等、基地の主要機能を担う部署が集約されている。
「もし基地で迷ってしまったら、この部署が総出で大捜索を始めることになりますので、お気を付けください」
冗談交じりでそう言うと、彼らも笑って返してくる。その程度には冗談が通じる様だ。
階段を下りて1階へ向かう、先程入って来た入り口から見える中央通りには隊員の姿は無く、既に通常の訓練に戻った様だ。
そして正面が、食堂である。
「こちらが食堂になります、1000席ほどを確保しておりますが、昼食時にはほぼ満席になります」
ほう、と唸りながら食堂を覗き込み、厨房の方を眺めながら訪ねる。
「随分広い食堂だな……料理人は何人いる?」
「この厨房には20人が働いています、それぞれ調理の資格を持った非戦闘員として雇っています」
ガーディアンの胃袋を支えるのは、ドラゴンとの戦闘の折に村を喪った村の料理人、ファルを始めとした非戦闘員だ。住居は基地の外に持ち、業務の一部委託という形で少数を雇っている。
もちろんただ働かせるためだけではない、地球における調理師免許に相当する資格を取らせた上で働かせているし、非戦闘員の中には俺が召喚した召喚者が混ざっている。
「食堂で交代で食事を取る隊員が大多数ですが、基地内での購買にて購入したものを食べたり、自室に戻って自炊したりする隊員もいます。昼休みは少し長めに取っていますので、隊員は各自思い思いの食事を楽しんでいる様です」
「今日の私たちの食事はどうするのだ?」
「それはちょっとしたお楽しみです、次はこちらへ」
廊下を曲がると、この辺りは購買のエリアだ。基地内で必要な物があればここで揃う、文字通りチリ紙から装備まで選り取り見取りだ。
「ここは……道具屋か?」
「その様なものです、基地内で生活や任務などで不足した物があれば、ここで調達できます」
PXと呼ぶ売店には飲食物やティッシュ等の日用品など、おおよそコンビニエンスストアやスーパーマーケットと遜色ない品揃えだ。
その隣にはこじんまりとした書店と、個人装備を取り扱っているショップがある。
「ここに売っているこれは……鎧か?」
「随分ペラペラな鎧ですね……それに軽い」
王女殿下と護衛兼武官のカイが、店頭に置いてあるサンプルのCRYE PRECISION JPCを触りながらそう呟く。
防弾プレートは入っていないし、JPCはプレートキャリアの中でも特に軽くて薄い部類だから驚くのは当然だろう。
因みに兵士が使う防弾プレートSAPIの重量は1枚で2.3㎏、それを前後に入れて5㎏程で、場合によってはソフトアーマーも入れるのでアーマーの全装備重量は約6㎏。
更にそのプレートキャリアは防護だけでなく予備弾倉や手榴弾、その他の装備も入るポーチを取り付ける訳だから、重量は更に嵩む。
しかしガーディアンではドラゴンの鱗をスライスし、通常のSAPIよりも軽くて薄く、8㎜の厚さにスライスしても12.7×108㎜通常弾の貫通を防ぐことが実験で確認された程防御力の高い“ドラゴンアーマー”を、ガーディアン特製の12㎜ソフトアーマーに張り合わせて挿入している。
これでSAPIと同じ厚さでSAPIよりも高性能な防弾プレートを手にすることが出来た、もちろん防護性能については機密事項であるが……
「こんな鎧で大丈夫なのか?」
「脇や肩は防護されていない様に思うが……」
「戦い方の違いです、我々の戦い方は人と人が直接剣を交えて戦う事は無いので、鎧が防護する範囲も変わります」
そう説明すると、王女殿下はJPCから手を離して顎に手をやり考える。
「なるほどな……戦い方が変われば、武器や装具も変わる、口で説明されて何となく理解したつもりではいたが、こういう事だったか……」
うんうんと頷きながら考え込む王女殿下、俺達の戦い方を少しづつ理解し、正しく王国に報告してくれれば良い。願わくば、なるべく好意的に……。
「では次へ」
「うむ……カイ、早く来い」
「え、えぇ……」
JPCを触っていたカイにそう促し、先へと進む。
その先には医務室があるが、その前に王女殿下が足を止めた。
「……ん?この匂いは……」
「どうかしましたか?」
「この、干し草や、花のような匂いは何だ?」
あぁ、と思って近くのドアを開ける。そのドアの向こうはランドリールームになっているので、そこから漏れた洗剤の匂いだろう。
「あぁ、この匂いだ。これは何の匂いだ?」
「ここは洗濯室です、戦闘や訓練などで汚れた衣服をここで洗います」
「洗濯?ここは無人の様に見えるが……」
普通なら選択する人がいるだろう、例えば奴隷やメイドの様な。しかしガーディアンの洗濯室は無人だ、洗濯機を使っているので、当然と言えば当然なのだが。
「はい、我々は洗濯の際、無人の洗濯機を使います。スイッチを押すだけなので水の節約にもなり、助かってます」
「そんな物もガーディアンは持っているのか……」
洗濯と言えば手洗いなこの異世界で、洗濯機は革新的技術だろう。結構な重労働の洗濯を人の手を介さず行えるのだ、主婦もメイドも大助かりである。
「ここは生活などにも使われる場所になりますので」
扉を閉めると、なにやら侍女のクリスがブツブツ呟いていた。
イアンが「クリス殿」と声を掛けると、我に返ったように王女殿下の後を付いて歩く。
もう1つの通路は大通りから格納庫まで一直線に続いており、作戦から帰還した兵士がまずこの通路を通ることになる。
「ここには医務室、シャワー室があります。負傷兵がここで治療を受けたり、作戦から帰還した兵士が汗を流したりします」
「……考えたな、先程の洗濯室も、シャワーを浴びた後に汚れた衣服を洗う為にあるのか。一連の動作が流れる様に出来る……」
鋭いところに気が付いたなこの王女は……意外に切れ者だ。
王女の想像した通り、医務室とシャワー室の間の通路は作戦棟のロッカールームまで続いており、装備を置いた兵士がその通路空ここに来る。
そして着替えを持ちこのシャワー室に来てシャワーを浴びて着替え、汚れたものは洗濯室の洗濯機に放り込む。
帰ってきた兵士が帰ってきた後にやることが楽になるような設備が集中しているのがこちら側の通路だ。動線は施設を召喚した時にいろいろと考えた。
「その通りです、更にこちらの通路は航空機格納庫や大通りにも続いていて、帰還した負傷兵を素早く医務室に運ぶことが出来ます」
この通路が広いのはその為だ、担架が行き交えるようにし、更に病室が溢れた時は廊下も簡易的な野戦病院として機能するようになっている。
とは言っても傷病は健吾の完全治癒能力ですぐに直してしまうので、現在使っているベッドはほぼ無いのだが……
「機能的だな……良い施設だ」
「お褒めに与り光栄です」
「ふむ……こっちの通路は?」
「作戦棟へと通路です、機密に触れない範囲であればお見せ出来ます」
「見てみたい、良いか?」
「どうぞ」
医務室とシャワー室の間の通路を抜けると作戦棟だ、男女に分かれた広いロッカー室があり、訓練や実践はここから始まったり終わったりする。
隊員が増えに増えまくり、このロッカー室では収まらなくなってきたので、そろそろ解決策が欲しいところだ。
「ここはロッカー室になります、男女に分かれていて、中にはロッカーがあります」
「ろっかー、とな」
箪笥のようなものだが、少し違う。
「これは見てもらった方が早いですね、男女に分かれていますので、女性陣はエリスが、男性陣は自分が案内します」
エリス頼む、と言うと彼女は頷き、王女殿下と侍女を女性用ロッカー室に連れて行った。
こちらもカイと文官のイアンを連れてロッカー室に入る、同じサイズのロッカーが並んでいる部屋と言うのは、なかなか異様な光景だろう。
「箱が沢山あるな」
「箪笥のようなものですが、もう少し簡素です」
自分のロッカーの前に案内して鍵を開けて見せると、ロッカーの中には戦闘装備が詰め込まれていた。
ライフルの入ったガンケース、プレートキャリア、ベルトキット、戦闘服、ヘルメット。引き出しの中には予備弾倉と弾薬、暗視装置が入っている。
「おぉ……」
「これで戦うのか」
「ええ、自分も。他の隊員も」
イアンが後ろを振り返り、「これが全部……」と呟く。このロッカールームにあるロッカーは300個余りだが、その全てに銃と戦闘装備が収まっている。この部屋だけでも尋常じゃない数の武器が存在する、そう思ったのだろうイアンが身震いした。
「この緑色の妙な模様の服は……」
武官と護衛を兼ねるカイが迷彩服を指して問いかける、この世界には未だ、迷彩と言う概念は無いのだ。
「迷彩と言います、植物や地面に紛れ込む色合いや模様を身に着ける事によって敵からこちらを確認しづらくしています」
「敵から隠れる時に必要なのか……見つからなければ銃と言うこの遠距離武器も最大限に威力を発揮出来るという訳か」
昔は銃の装填時間が長かったため、煙幕に紛れて隊列を組んで銃を撃ち、騎兵が突撃する戦術を取っていた。無煙火薬が開発されるまでの黒色火薬の銃では、射撃後は煙が酷く、それに紛れて突撃する騎兵に巻き込まれない様に、視認性の高い派手な戦闘服を着ていたと言う。
「ここで戦闘装備を整えた兵士は、作戦によって大通りや飛行場に向かう訳です」
「戦場に到着する装備を見てみたいな、見せてはくれないか?」
「ええもちろん、その前に」
そう言ってロッカーを閉じて施錠すると、彼らに向き直る。これから見せるのは、少しの秘密だ。
「ガーディアンの中枢を、お見せしましょう」
エリスや王女殿下と合流し、作戦棟の地下へと連れて行く。地下の通路の扉の1つの前に辿り着くと、俺達は足を止めた。
「ここはガーディアンの作戦を行う際に指揮を執る場所です、機密事項も多い為、お手を触れない様に、また立ち入る場所も制限させて頂きます」
扉にはCOC、中央作戦指揮所と書かれている。ここはガーディアンの作戦中枢だ。
ドアを開けると、まず感じたのはドアから漏れる涼しい風だ。
そして薄暗い部屋の正面には大きなモニターがあり、衛星画像でベルム街周辺の地図が映し出されている。
「おお……」
「これは」
暗い部屋の中にゆっくり入っていくと、王女たちが感嘆の声を上げる。
「どうしてここはこの季節なのにこんなに涼しいんだ?」
施設内はこの季節にしては涼しいのはエアコンが利いているからだが、ここは特に涼しい。理由はコンピュータの冷却の為だが、それを説明しても異世界の人間には分からないだろう。
「ここは冷却しなければならない装置が沢山ありますので、部屋は涼しくなっています。冬でもこの気温を保つ、結界の様なものが張られています」
「結界か……魔力の反応は無かったが……その様な物なのだろうな」
此処へ来てから不思議な事がいっぱいだ、と呟く様に言う王女殿下、我々の“技術”の事を話すのにはまだ時間が必要だ。
「あ、そこまでです」
王女や侍女が中にどんどん入っていこうとするのを制する、ここは機密の塊だ。
「足下に線があるのが見えますか?」
王女たちが足元を見ると、淡い光を放つ線がある、準備の段階で発光するテープを張っておいたのだ。
「そこから先は入らないでください、作戦や機密事項保護の為です、ご理解を」
「……つまり私たちが見ることが出来るのは、ここから見える範囲の事だけという訳か……」
そう言いながらモニターを見る王女殿下、以前話していた“勅令の玉”と似ているのだろうか。俺はそれを見たことは無いが、話を聞く限り俺が扱っている映像装置と大差がないように思える。
「……ベルム街、空から見るとこうなっているのだな……」
戦場のリアルタイム情報と言うのは部隊指揮官であれば喉から手が出るほど欲しい情報だ、この情報があれば敵味方の位置を瞬時に把握し、より戦闘を優位に進められる。
口には出さないが、王女も武官も、ここに居る者は全員それを理解している様だった。
その場に5分程留まっていただろうか、ああだこうだと話しながら設備を見ていたところで、そろそろ時間になる。
「では皆様、そろそろ戻ります。こちらへ」
名残惜し気だが、退室を促すとついてくる。涼しすぎるくらいのCOCから出ると、普通に涼しいはずの廊下が少し暑く感じる。
「次は外です、もう用意も終わっている事でしょう」
「用意?」
「ついて来てください」
俺はそう言うと一行を引き連れて階段を上がって外に向かった。
基地の外、大通りは奥まったところにある車輌格納庫を抜けると、訓練等で使われる芝生の広場がある。
そこには既に隊員が準備を進めているところだった、彼らはテントを組み立て、その内1つのテントの下に装備を置いてテキパキと動いている。
「お次は何を見せてくれるんだ?」
「そろそろ昼食の時間ですので、こちらを」
「分隊集合―!」
集合を掛けたのは俺では無く、直接後方支援中隊、需品小隊第1分隊の分隊長だ。
「ミューラー伍長!」
「サー・イエス・サー!」
「コールスローサラダの調理!」
「了解!」
「ジュード軍曹!」
「サー・イエス・サー!」
「野菜の裁断!事後、カレーの調理支援!」
「了解!」
掛け声に首を傾げる王女一行だが、俺達はもうすでに訓練でも実戦でも何度も見かけた装備だった。
「ヒロト殿、これは……?」
「野外炊具2号改です、あの後ろの荷台のような装備ですが、戦場でも温かい食事をすることが出来ます」
「あ、温かい食事を外で、だと……!?」
驚きを隠せない異世界人の王女、作戦時の食事と言えば乾いたパンに干し肉、この世界では缶詰はまだ開発されていないので、日持ちするものが主流だ。
しかし、戦場で美味い食事にありつけるというのは士気に関わる。異世界の戦史でも、制圧した街の食堂が生きており、そこの料理長が軍隊相手に振舞われた美味い飯が士気の向上に繋がり、勝利に寄与したベルドルの戦いというものがあったそうだ。
「今日は訓練を兼ねて、皆様の食事をご用意したいと思っています」
「調理開始!」
「了解!」
分隊長の号令一下、12人の分隊が分担して作業を開始する。迷彩服を身に纏い、マスクとゴム手袋を着用して黙々と調理を始める。
「……ガーディアンの、戦場での食事か……」
飯が上手い軍隊は強い、ガーディアンは国境で公国の侵攻を退けた軍隊だ、だからガーディアンがどんな食事をしているのか気になる、王女殿下の考えている事は、そんなところだろう。
調理を待っている間に、ここから見える範囲の施設に説明をしておく。兵舎や航空機格納庫、評価試験棟、重装備格納庫などを説明していると、基地の外から帰還した部隊が近づいてきた。
「お、帰ってきました」
王女殿下が首を傾げると、1個小隊の部隊が野外炊具を準備している前の大通りに立ち止まった。
「この部隊は一体なんだ?」
「ガーディアン歩兵第2小隊です、昼食をここで一緒に取ります。野外炊具で食事を作る後方支援隊の訓練と、戦闘装備のまま外で食事をする第2小隊の訓練を兼ねています」
カイの問いに俺が答える、食事をただ摂るだけの様に見えるが、これもまた訓練だ。
そしてその内、カレーの良い匂いがふわりと漂い始める、スパイスの利いたカレーは暑い日でも食欲を刺激する。
「調理完了!」
12:30、丁度昼の時間だ。時間通りに調理を進めるのも後方支援の訓練の一環だ、王女達を促して、腹ペコの第2小隊には申し訳ないが先に失礼させていただく。
王女殿下は鼻をスンスンと鳴らして匂いを嗅ぎ、驚いた表情を浮かべる。
「この香りは……スパイスか!?」
「ええ、複数種のスパイスと野菜を使った“チキンカレー”と言う料理です」
今日の野外炊具の献立はチキンカレーをメインに、コールスローサラダと小振りのコロッケと言うメニューだ。
食事をトレーに盛られた王女殿下はそのメニューの豊富さに驚いたらしい。
「ガーディアンは戦場でこんな豪華な食事をしているのか……!?」
「えぇ、と言っても最前線では無く、安全地帯に設けた拠点などで食べられる食事ですが」
最前線ではレトルトパックの戦闘糧食が供されるのだが、一時的なFOBを設営した時はこの車両が展開し、食事が提供される。
この世界では、戦闘を展開した場所の貴族の館や食堂から徴発するのが一般的だ、自前の部隊に給食部隊が随行する事は殆どない。言葉を選ばずに言ってしまえば、この世界のこの時代、遠征する軍の兵站は略奪と徴発によって成り立っている。
しかしガーディアンはそう言った方式を取らない、全部隊を合わせた合計人数の内戦闘部隊は1/3のみで、残りは兵站部隊だ。
「さ、テントを設営して貰っているので、そこで食べましょう」
「あ、あぁ、うむ……」
「彼らはどこで食べる?」
王女殿下は戸惑いながらテントに向かうが、カイは俺達の後に食事を受け取った第2小隊の方を見ながら心配そうに問いかける。
テントに用意されたテーブルに、椅子は6人分しかない。俺とエリス、王女殿下の視察団一行の席だけだ。
「お気になさらず、彼らは地面に座って食べます、この食事も訓練の一環ですから」
後ろ髪を引かれる思いなのは確かに分かるが、あえて心を鬼にし、これも訓練の一環と自分に言い聞かせる。
全員が着席し、王女一行は食前の祈りを捧げる。
「太陽の神よ、今日もこのような食事にありつけたことに感謝致します。私の肉体を作る食材に祝福あれ」
異世界の祈りは国によって異なるが、大体がこのような食前の祈りを捧げる。因みに夕食は“月の神”になる。
「頂きます」
対してガーディアンでは、俺や日本人の召喚者が「頂きます」と言っているのを聞き、理由を尋ねられて「頂きます」の理由を答えると、祈りをたった6文字に圧縮できる手軽さと、その6文字に込められた意味を甚く気に入ったらしく、爆発的に流行が広まってすっかり定着してしまった。
「では、食べようか」
王女殿下は使い捨ての匙を手にし、カレーを口に運ぶ。
「ふぅむ……シチューのようなものかと思ったら、辛いものなのだな……やはりスパイスか、高級な香辛料をどうやって入手を……」
カレーのルゥは俺が召喚したものだが、それは伏せておく。
「新鮮な野菜も……ガーディアンはこの町の農業の発展にも貢献している様ですな」
「いえ、そういう訳では」
「謙遜する事は無い、レムラス伯爵からも貴殿の活動は聞いている」
コールスローサラダを食べながらストレートにそう言う文官のイアン、直接手助けした事と言えば、農業の知識がある隊員を集めて講演をやった事くらいだ。
「このコロッケとは、サクサクしていて美味しいですね。新鮮な油を沢山使っているのでしょうか……」
一口食べたコロッケの断面をまじまじと見つめているのは侍女のクリスだ、料理をする事もあるのだろう彼女は、メニューに何が入っているのか真剣に見ていた。
この世界では、油は一般家庭でも手に入るが値段が少し高い為、何かを揚げる時は少量の油で揚げ焼きにする事が多い。油を多量に使い揚げるという事は殆どの場合、食堂やカフェなどの店や貴族がやる事だ。
俺もカレーを食べる、後方部隊の作るカレーは食堂のカレーにも引けを取らない程美味い。しっかりスパイスが利いており、それでいて硬めに炊かれた米によく合う味付けだ。
辛すぎたと思ったら、コールスローサラダで舌を休める。カレーにコロッケを浸して食べるのも良い、各々が昼食に舌鼓を打つ。カイに至っては既に完食していた。
「ガーディアンの戦場食は美味いな……道理で公国軍を押し返すほど強い訳だ」
何だか微妙な納得をされてしまった、まぁ間違いではない、ガーディアンの胃袋を支えるこの部隊は間違い無く、部隊の士気に繋がっている。
「その……すまないが、もう1杯貰えるだろうか」
「わ、私も……」
カイが申し訳なさそうにトレーを指してくる、それに乗じてか、王女殿下もお代わりしたい様だ。
「どうぞ、ただ隊員が並んでいたら、そちらを優先で」
「む……その様な無粋な真似はしない、安心したまえ」
そう言うと王女殿下とカイはテントを飛び出し、カレーをお代わりしに行った。今のところ、視察は成功と言えるところだろう。