第166話 砂嵐の終焉
リーパーの弾薬切れの報告は、こちらにも届いていた。
此処まで支援してくれたことに感謝しつつ、射撃を続けて腕時計を見る。
着弾まで20秒……10秒……
「ミサイルが来る!隠れろ!」
無線に向かって叫び、俺も建物の奥に隠れた。
頑丈そうな場所に隠れた瞬間、表の広場が炸裂、爆風は建物の中にしっかり届き、積もった埃を舞い上げた。
ミサイルの振動の中、思わず咳き込んでしまうが、攻撃効果を確認するためにゆっくりと顔を出す。奴は着弾直前にミサイルに気付いたのか、自身を砂の半球で覆って攻撃を防いでいた。
アイツ、ミサイルも防ぐのか!?
とんでもない防御力だ……しかし、俺は妙な事に気付いた。
命中した箇所が、円状に融解しているのだ。
砂が蒸発したのか、溶け落ちたのかは分からないが、そこだけ穴を空けている。
何が作用したんだ……?疑問に思っている内に穴は塞がり、再び半球体となった瞬間に第2波のミサイルが着弾。
再びの爆風と振動に腕で顔を覆うが、先程の現象を確認する為にすぐに顔を上げた。
やはりそうだ、ミサイルが命中した場所が溶けている。
一体何だ……?俺は疑問を抱いたまま、無線のスイッチを入れる。
「1-1総員、広場東のカフェに集合しろ」
『了解』
『了解』
俺は建物を伝い、集合地点に設定した広場東のカフェへと向かう、1人で行動するなんて久しぶりだ。
カフェになっていただろう建物は、奥の厨房もそこそこの広さがあり、8人全員が入れそうだ。
店舗側は割れた窓が散乱し、敵の姿が見える、柱に身を隠しながら外の様子を窺うと、クレイがマフラーを伸ばして砂の槍を切り落としていた。
クレイの特異魔術、彼女が巻いているマフラーを自由自在に操れる。伸ばして敵を捕まえて締め上げたり、物を持ち上げたり、切断する事も可能だ。
克也はそれを見ると、自らの手に砂を集め、剣の形に成形する。
「っ!」
「砂の剣さ」
奴はそう言うと、クレイに向かって突進、奴の身体能力は標準的なのか普通の走る速度だが、クレイとの距離を詰める。
クレイは接近される前にマフラーを伸ばして奴を串刺しにしようとするが、伸ばしたマフラーを奴は剣で切り落とした。
「!?」
クレイはその刃をバックステップで躱し、横薙ぎに振るう剣をしゃがんで避ける。
砂の剣は丁度クレイの背後にあった街灯に当たるが、弾かれずに何と火花とチェーンソーの様な音を立てて街灯を切断した。
「このっ……!」
クレイはしゃがんだままP226を抜き、照準を合わせて発砲。奴は砂の壁をとっさに築き、弾丸を防ぐ。
奴が壁を解除したとき、クレイは切断された街灯をマフラーで、持ち上げて叩きつける所だった。
ドスン!と音を立てて砂煙が舞い、視界を一時的に奪う。
「こっちですよ!」
クレイは自分のベルトからフラッシュバンを取り、ピンを抜いて奴に思いきり投げつける。
バン!
目の前で閃光を直視し、大音響を聞いてしまった奴の動きを封じている内にクレイも近くの建物に駆け込んだ。
クレイが無事に逃げ込めた事を確認すると、俺も安心してカウンター後ろに隠れた。
カウンターから繋がる厨房には既に何人か集まっている様だ。
合図して入ると、Aチームは4人全員、Bチームはエイミーとアイリーンが既に来ていた。
「無事だったか?」
「えぇ、なんとか」
かなりマガジンを使ってしまったようで、フロントのマグポーチのマガジンは明らかに少なくなっていた。
「カミングイン」
誰か来たようだ、声からしてエリスだろう。カムインと返すと、裏口の方からエリスとクレイが入って来た。
「無事でよかった、お疲れ様、ありがとう」
「あぁ……奴の剣、砂の剣だったが、どうも性質が違うらしい」
「私のマフラーと対等に戦えます、只の剣じゃ……」
「ああ、見てた……弾薬は?」
「あまりありません」
「残り2本です」
弾薬の残りが心許ない中、状況を打開できる策は無いか考える。
敵は攻撃と防御の切り替えタイミングは無く、こちらに攻撃している間は同時に防御も行われる。
ミサイル攻撃も防がれた、奴の防護はかなり固いな……恐らく狙撃で不意打ちと言うのも難しいだろう。常に砂のフィールドを展開されているなら恐らくは無駄だろう。
『メリー1よりデュラハン1-1、敵が混乱から目覚めた模様、辺りを見回してます』
狙撃分隊からの通信、敵は俺達を探しているのか……動き出したら厄介だ、探して叩かなきゃいけないのだから。
『その場からの動きは無し』
動きは無し……?奴はそこから動いてないのか。普通なら動くはずだ、報告を聞いていたエリスも怪訝な表情を浮かべる。俺達は見つからない様に厨房部分から抜け出し、カウンターに身を隠しながら外の様子を窺う。
奴はその場から動かず、砂の鞭の様な物が地面から伸びてる。砂は地面から吸い上げられ、奴の頭上に球体に溜まっていく。奴の口元は微かに動き、詠唱しているようにも見えた。
「アイツ……術を溜めているのか……!?」
エリスが小さく驚きの声を上げる、俺には魔術の事はさっぱりだが、無詠唱魔術よりも詠唱魔術の方が高度と言うのはエリスから教わった。
「詠唱が長ければ攻撃魔術ならより高威力になる……こちらも魔術の届かない範囲へ移動する必要がある」
「詠唱を妨害して中断させるってのは?」
俺の提案にエリスは首を横に振る。
「あの砂の鞭、周辺から砂を吸い上げると同時に防御の役割も果たしている様だ。これだけ強力な魔術だし、多分銃も防がれるだろう」
奴の攻撃魔術は同時の防御も行う、切り替えのタイミングが無く、かなり厄介だ。
それに奴の魔術の源になる砂はそこら中に存在する、この地域との相性がこの上なく良い。
ここは奴の独壇場、地形も戦術も圧倒的にこちらが不利だ。
「詠唱が完成した後なら、照準や威力調整で隙が出来るだろうが……」
「その隙に攻撃しても、詠唱が瞬時に防御に切り替わって防がれるか……」
銃弾がダメなら、一層の事砲爆撃の支援要請をした方がいいか、リーパーは弾薬切れだが、バイエライドFOBでは支援部隊の再出撃が進んでいる。手持ちの火力なら、グレネードランチャーで……
その時、俺は先程のミサイル攻撃を思い出した。
そう言えば先程のリーパーの攻撃で奴の砂の半球が溶けていたな……あれは何だ?特殊な弾頭か?
ヘルファイアならHEATか……?しかし装甲目標の想定していない作戦だったし、HETAよりは爆破破砕弾頭だったはず。思い返してみれば、AGM-114Mは焼夷弾頭を搭載したミサイルだ。
「さっきの穴……」
「どうした?」
「さっきのミサイル攻撃の時、砂の壁に穴が空いてたんだ。焼夷弾だから溶けたのか……?」
「なら、その穴が塞がる前に攻撃を加えるしかないな」
だが、リーパーはミサイルは撃ち尽くしてしまってる。残りの焼夷弾は____
頭の中で、最後の作戦が組みあがっていく。
エリスに背中のポーチからそれを取ってもらうと、俺は切り札を手に、スリングで下げていたM4を置く。
「お、おいヒロト」
「俺が失敗したら、こいつを頼む」
「……失敗は許さないからな、撃破出来なかったら、戻ってこい」
「了解」
戻ってこい、やられるような訓練をしてる訳じゃないだろう?という信頼が言葉尻からにじみ出る。
引き際は分かってるさ、ヘルメットを被り直し、キッチンから裏口へ1人で出ながらPTTスイッチを繋ぐ。
「デュラハン1-1よりメリー1、ランディ、奴が見えてるか?」
『1-1、 見えてます。距離は変わらず650』
「チャンスは一瞬、1度きりだ、確実に仕留めて欲しい」
『了解』
狙撃分隊の援護も取り付けた、後はこれに賭けるしかない。
裏口からそいつの正面に出る様に立ち、徐々に距離を詰める。
「随分大掛かりな砂遊びだな」
「お前らの攻撃手段はもう尽きたのか、拍子抜けだな」
俺達の攻撃手段に、魔術メインの者は居ない、それは瞬発的な火力が現代兵器に劣るからだ。
無詠唱魔術でも現代兵器程の瞬発力は無い、それに無詠唱魔術はどうしても火力は低くなる傾向がある。
万策尽きたとは言わないが、今回は火力が少なかったな……と自省する。
戦車でも持って来られたら、恐らく話は変わっていただろうが。
「案外大したことなかったな、“神に選ばれし者”の敵と言うのは。我々の正義の牙に、こうもあっけなく噛み砕かれるとは……」
俺が今ライフルを持っていないことが、奴に圧倒的優越感を与えているのだろう。
奴の頭上には砂が渦巻いている、ここからどんな強力な魔術が飛び出てくるか、想像に難くない。
だが、俺はここでこいつを終わらせる。正義を気取るのがそんなに好きなら、正義を執行する難しさを教えてやらなきゃいけない。
間合いは十分だ。後ろ手にピンを抜いてレバーを押さえる。
「そうだな、なら、今度はその正義の牙が大口開けてる時に、悪の業火に焼かれない様にするんだな!」
俺は右手に隠し持っていたTH3を思いきり投げつけた。
レバーが飛び、放物線を描いて奴の方へ飛んでいく。奴は撃ち落とすより早いと判断したのか、組み立てていた魔術の全てを防御に回し、奴の身体を砂が半球体に包み込む。
俺は素早く飛び退き伏せる、俺の出番は終わりだ。砂の上に落ちたTH3が炸裂するまでは2秒だった。
ボッ!と鈍い音を立てて炸裂したTH3は、摂氏2200℃以上の熱で砂の半球を融解させ、蒸発させる。溶けてガラス化した砂は溶けていない砂に張り付き、幻想的にすら見えた。
「な……!?」
克也が驚いたのは一瞬だけ、俺達にはその一瞬があれば十分だった。
音速の3倍で飛来した.338Lapua Magが、砂の半球に空いた穴から克也の胴体を貫いた。
同時に魔術が解除され、踊り狂っていた砂もその呪縛から解き放たれて地に帰る。
その場には、腹から夥しい量の血を流す克也が残された。
「……ふぅ……」
なんとか上手くいった、俺はその事に安堵して息を吐いた。
「命中だランディ、ナイスショット」
『了解、監視を続けます』
「あぁ、頼む。他の皆にも出て来ていいぞ、オールクリアだ。メリー1はヘリクルーを頼む」
『了解』
通信を終えると、エリス達も隠れていたカフェから出て来る。俺は集合を掛けて周辺の警戒を命じる。
「ヒロト、ほら、ライフル」
「ん、ありがとう」
礼を述べてエリスからライフルを受け取ると、スリングで肩から掛ける。
「さて、残りだが……」
俺は振り向き、虫の息の克也に目をやる。ヒューヒューと口から血と息を漏らし、出血は止めようがない。
エリスにちらりと視線をやると、エリスもうんと頷いた。
俺はホルスターからP226を抜き、スライドを軽く引いて薬室内の弾薬をチェック。装填されている事を確認すると、エリスと共に瀕死の克也に歩み寄り跪いてP226の銃口を向ける。
「お前の負けだ、1分以内にお前は出血多量で死ぬ。だが、質問に全部答えれば回復魔術を掛けて逮捕する。止めを刺されるかこのまま死を待つか、質問に全部答えて生きるか、好きなのを選べ」
克也は力なく頷く、俺は銃口を向けたまま質問を続けた。
「“神に選ばれし者”を纏め、導いているのは誰だ?」
「……シェリス・ハーキュリー……ハイエルフだ」
口から血を吐き出しながら答える、シェリス、ラプトルの森の遺跡の中に居た転生者と水晶玉で交信してたアイツか。
「そいつの目的……何故、エルフが人種族の国にこだわる?」
次の質問はエリスからだ、異世界人的な視点からの質問だろう。森に住まうエルフは、通常人との交流を持つことは少ない。ガーディアンにも数人のエルフは居るが、彼女たちは自らを異端者と呼んでいるのを思い出した。
だが_____瀕死の克也はこの質問に首を横に振った。
「知りければ……自分で調べろ、俺と部下の血の、ささやかな代償だ」
答えてはくれないらしい、P226のトリガーに人差し指を掛ける。
「最後の質問だ、お前、何を考えて公国に協力した?」
この質問にも克也は目を閉じて首を横に振る。もう抵抗する体力も気力も、魔力も残ってはなさそうだ。
「黙秘権を、行使させてもらおう……」
「……そうか」
答えてくれたのは1つだけ、克也は殺してくれとでも言いたげだ、ならば望みどおりにここでこいつを終わらせてやるのが、今こいつにしてやれる事だろう。
「言い残すことは?」
「……お前が……お前達が作る世界を、未来を……俺は先に逝って、見ているぞ……お前達が来たときに……盛大に嗤ってやるために……!」
呪縛の様な言葉、俺はその言葉を刻み込み、照準をピタリと頭に合わせ、引き金を引く。
乾いた銃声が、広場の地面に血を塗り広げた。
「デュラハン1-1より一方送信、広場を制圧、全員無事だ。主要ターゲットはKIA」
俺は状況が終了したことをPTTスイッチを押して無線で知らせる、この通信が聞こえているなら、本部も俺達の事を把握しているだろう。
時間は06:50、ようやく肩の力を抜く事が出来たが、口の中はジャリジャリと砂っぽく不快だった。
07:00
俺は市街地の敵の撃滅を宣言して、迎えが来るヘリの着陸地点を設定していた。迎えのヘリは着陸できるのは恐らくこの広場か、墜落したヘリの近くだろう。
「機密処分の件もあるし、ヘリに近い方がいいな」
「あぁ……こいつの死体はどうする?」
足下に転がる克也の死体の処分、砂漠で骨だけになるのを待つか、大蠍に食われて終わりか……回収するにしろ死体袋が居るし、疲弊した俺達が4ブロック離れたヘリの着陸地点までこいつの死体を担いで行く訳にも行かないしな……しかし持ち帰った方が有益な情報がついでに得られるかも……
あぁ、クソ、死んでも尚面倒臭い事しやがって。
「……一先ず持っていこうか、俺が担いで……」
「私がやります」
声を上げたのはクレイだ、スリングからM4を下げたクレイは続けて話す。
「私がマフラーで持ち帰ります、ヘリで死体袋に移し替えればいいですよね?」
「あぁ、そうだけど。疲れてないか?」
こいつと剣を直接交えたクレイだ、皆より疲労は溜まっている筈だ。
「大丈夫です、マフラーが血で汚れることはありませんし、私の特異魔術のお陰で抱えての移動は疲労になりません。それに……コレと直接戦ったので、私に連れて行かせて下さい」
思い返せば、クレイは元々剣士だった。本人曰くあまり強くは無かったらしいが、それでもこいつを連れて行くというのは、直接剣を交えた者に対する敬意だろう。
「分かった、頼む。ブラックバーン、クレイをアシストしろ」
「了解です」
クレイは克也の死体に跪くと、奴の死体を包むようにマフラーが伸びてぐるぐる巻きにしていき、死に顔があっという間に見えなくなり赤い繭玉が完成する。
それをマフラーが背負う、ブラックバーンが「大丈夫か?」と気を遣い、「平気」と微笑んでクレイが返す、気が抜けたせいかそんな光景が見れて微笑ましい。
「よし、移動するぞ。目印は墜落したヘリだ」
「あぁ」
「了解」
疲れているであろう、ゆっくり移動しよう、と思っていたが、そうしても居られない情報が飛び込んできた。
『ミラージュ2-1より警告、バスティーユ市からの増援が向かっている。到着まで25分!』
ヘッドセットに流れる無線に、俺とエリスは顔を見合わせる。そういえばこいつらが町に入る前に戻っていった伝令が居たという報告があったな……
始末しておけばよかったと思ったが後の祭りだ。
「聞いてたか?」
俺の言葉に全員が頷く。
「公国はまだ休ませてはくれないらしい、ヒューバート、エイミー!先導しろ!俺とエリスが殿になる!」
「了解!」
「エリス行くぞ!」
「マラソンか、もうひと踏ん張りだな!」
俺達は駆け足で広場を後にする、その間に狙撃分隊と通信を繋いだ。
「メリー1、こちらデュラハン1-1!ヘリクルーと合流したか?」
『こちらメリー1、現在ヘリクルーとの合流地点、全員無事だそうです』
「良かった、こっちは現在スーパー61の墜落地点に向かってる、ヘリの着陸地点もそこに設定した」
『了解。……丁度今ヘリクルーと合流しました、向かいます』
「敵増援が迫っている、気を付けてな。1-1アウト!」
通信を終え、俺達はただひたすらに南に走る。眠気と体力はそこそこきついが、それでも足は前に進んだ。
増援が先か、俺達のピックアップが先か……
祈る様な気持ちで、設定した合流ポイントへと走った。
合流地点へ到着すると、既に狙撃分隊とヘリクルーがその場に居た。ヘリクルーは誰一人欠けることなく、全員無事だった様だ。どこかから敵が見える場所を探すように指示し、狙撃分隊と合流する。
「敵の転生者を倒したようで、お手柄ですよ」
無線を聞いていたのかランディから聞いたのか、ヘリパイロットのウォルコットが褒めてくるが俺がしたことは焼夷手榴弾を投げただけだ、実際に仕留めたのはランディだ。
「俺が直接やったんじゃない、手柄はランディのモンだろ」
「ヒロトさんが穴を空けなければ、俺は撃てませんでしたよ」
ストックを折りたたんだL115A3をスリングで背中に背負い、MCXを携えたランディが答える。そう言われると確かに穴を空けたのは俺だが……まぁ、褒められ慣れないと言うのもそろそろ卒業しないとな、謙虚であるのは良いが卑屈になっては意味がない。
「そうだな、ありがとう……ところで、敵がどこか見えるか?」
「ここから入れます」
近くの建物を調べていたランディの妹、クリスタがSR-25を携えたまま建物の窓から顔を出した。
「2階に屋上に続く階段がありました、そこから屋上に上がれます。屋上からなら多分見えるかもしれません」
「分かった、上がるぞ」
外に居た全員に屋上へ上がるように指示、建物の中には既にエリス達B班がおり、俺が率いるA班と狙撃分隊の残り、それからヘリクルー達と共に屋上に上がった。
朝日が眩しい、遮る物の無い砂漠のど真ん中の町だ、当然と言えば当然だ。
この建物は町の外縁部、俺達が墜落したヘリから町に入って来た道のすぐ近くにある。目の前に広がる砂漠と、その向こうにポツンと煙を上げるスーパー61だったMH-60Mが見える。
そろそろ尽きて来た弾薬で、あの数を相手にしないといけないのか……そう思ったのはスーパー61の向こうに黒い波が見えるからだ。
この暑い中、鎧を身に纏った公国兵、数はおよそ300、俺達が相手した最初の20倍の数がこの町に押し寄せて来た。
距離はおよそ1.5kmってところか、ランディとクリスタが射撃体勢に入る。狙撃銃なら射程内、ランディがMCXを置き、背負っていたL115A3を下ろしてストックを展開、バイポッドを立ててスコープを覗きこむ。
「総員、戦闘配置、奴らがこちらに攻撃する意思を砕ければそれでいい」
「了解」
状況は絶望的だ、だがそれでも尚、命令に従ってくれることに感謝する。
敵との距離が1kmを切る、ランディに射撃を指示しようとした瞬間、遠方からのジェット音が聞こえ、無線にノイズが紛れ込んだ。
『こちらレッサー1、攻撃する、頭を下げろ』
___西部方面航空隊だ!
日が昇り航空支援が可能になったA-4Mスカイホークが2機、公国兵の頭上を横切るように低空飛行、緩やかなカーブを描いて左に旋回し、俺達の頭上を掠める。
『レッサー1、Bombs away』
『2、Bombs away』
2機から計24発、スネークアイ高抵抗フィンを開いたMk.82 500ポンド爆弾が投下された。
爆弾は地表で炸裂し、砂漠の砂と公国兵の死体を舞い上げる。密集している敵の集団の真ん中でこれは効いただろう。
『こちらサンダー1、攻撃開始』
飛び去ったジェット音の次は、重く響く低振動、CH-47の羽音を細かくしたような音だ。
突如、敵の集団の中央が吹き飛んだ、先程同様、敵が死体となって砂と共に舞い上がる。
「……ガンシップだ」
上空にはC-130が緩やかに左旋回している、しかしよく見れば、機体左舷に火器を搭載し、地上に向けて砲火を放っていた。
AC-130UスプーキーⅡと、知っている人なら答えただろう。
本部航空隊のAC-130、召喚していたものの中々機会に恵まれず、ずっと上空からの監視支援に徹していたが、ようやく出番が来たとばかりにガンシップの火力を思う存分発揮。
地上へ吼える105㎜榴弾砲、それの装填が終わるまではボフォース40㎜機関砲が最大発射速度で公国兵に追い打ちをかける様に降り注ぎ、GAU-12イコライザーがガトリング機関砲の強みを生かして散り散りになった頭上に25㎜の雨を降らせる。
更に上手い事に、時折逃げる公国兵の行く先を塞ぐ様に地上から砲撃し、散った敵兵を1か所に纏めていた。
『ワスプ1、発射』
その纏めた公国兵を、今度は西部方面航空隊のAH-1Wスーパーコブラがロケット弾を発射して一掃する。
『2、発射』
2機のスーパーコブラがロケット弾で敵の地上部隊を叩く、弓矢やクロスボウの反撃はまるで届かず、銃で反撃しようにも高速で飛び回り射程外からロケット弾で攻撃してくる“空飛ぶ風車”には敵わない。
撃ち漏らした公国兵はM197 20㎜ガトリング機関砲の餌食となり、逃げ出そうとした公国兵は先回りしたスーパーコブラの攻撃で再び密集させられ、そこへ今度はAC-130が105㎜の榴弾と40㎜機関砲を発射してまとめて始末する。
『攻撃終了、残りはバスティーユ市方面に壊走中』
『追撃の要無し』
「……増援か……到着時刻を知らせてくれれば良かったのに……」
「全くだ……ハラハラさせられた……」
「ふぅ……」
エリスや部隊からも安堵の声が漏れる、手持ちの弾薬は少ない、多く持っていてもあと2本がいいとこだし、そうでなくともあの数で来られていたら間違いなく全滅だったろう。
ランディも起き上がりながらスコープに蓋をして、L115A3を片付ける。
そんな俺達に迫っていたのは、再びヘリの羽音、遠くに見えていたのは、こちらに向かってくるMH-47Gだ。
『タスカー1、町の付近に着陸する』
「了解……砂煙によるブラウンアウトに注意されたし」
『了解』
するとタスカー1__MH-47G特殊作戦型チヌークは、こちらにカーゴハッチを向けてゆっくり近づいてくる。
そして俺達が居る建物の屋根に後輪だけ着地させると、そのまま期待を安定させた。
流石ナイトストーカーズ……相変わらず凄い操縦技量だ。
「死体袋が居る奴は居るか!?」
随分なご挨拶と共にそのカーゴハッチから降りて来たのは、“白衣の小隊長”こと沢村健吾率いる小隊本部だった。
「俺達にはいないが、敵の死体を回収した!」
「持って帰るのか、マリー!セレナ!」
「はい!」
健吾が呼んだのは小隊付軍曹のマリー・スパッドと、衛生兵のエルフであるセレナ・ホークレーンだ。
俺もクレイを呼び、転生者の克也の死体をマフラーから死体袋に移し替えさせる。死体袋は閉じられ、さんざん俺達を苦しめた砂嵐はようやく収まった。
セレナとマリーはヘリの中に死体を回収し、以外の小隊本部隊員は階段で地上へと降りていく。TH3焼夷手榴弾の弾薬箱を持っていたから、恐らくMH-60Mの破壊が不完全なままになっていないか見に行ったのだろう。
「お疲れ」
「まず一言目にそれが欲しかったな、お疲れ。救出した捕虜は?」
「FOBの運営隊が名簿作ってる、終わり次第帰る宛がある奴は解放するってさ。お前らはヘリの中で待ってろ、機材の破壊と回収が終わったらすぐ戻って来る」
健吾はそう言うと他の小隊本部の隊員を追って下へ、俺達は言葉に甘えてヘリの中で休むことにした。
カーゴハッチをくぐってキャビンに入ると、ヘッドセット越しにも聞こえる騒音で満たされていた。
「お疲れ様でした、中に水を用意してあります」
ロードマスターのエイベル・ヘクターがそう言って、積まれていた段ボールの水を指す。
ありがたい、俺はその段ボールを開けて皆にも水を渡し、キャップを開けて飲んだ。ハイドレーションには水が入っているが、こうして飲む水はまた違った美味さだ。ただの水で同じ水なのにどうしてこうも違うのか。
水を飲みながら全員居るか数える、A班とB班、狙撃分隊の4人とヘリクルーの4人、全員がチヌークの貨物室の椅子に座って水を飲んでいる。こいつらをここまで連れて帰れて本当に良かった……
俺もその辺の椅子に座って小隊本部を待つ、外で何度か爆発音がしたから、恐らくはヘリを完全に破壊していたのだろう。
小隊本部が戻ってくるまでは15分、その間パイロットは後輪を付けた姿勢を維持し続けていた、ナイトストーカーズ、なんて技量と集中力だ……
処理を終えた小隊本部も全員戻り、ヘリに乗り込むと健吾がハンドサインでOKかを聞いてくる。OKと返すと健吾がロードマスターのエイベルにサインを投げ、エイベルがコックピットに通信を投げる。
『こちらキャビン、全員収容、離陸準備完了』
『了解、タスカー1、離陸する』
MH-47Gのメインローターの音が更に高くなると、機体がゆっくり浮き上がる。
時刻は07:40、ヘリの騒音の中でも眠ってしまいそうな疲労感の中、ヘリはバイエライドへと帰投した。
えー、ここで2年以上の長きに渡り、46話分を費やした砂漠編は終了となります、お付き合い頂きありがとうございました。
次回は砂漠編で描ききれなかった事務作業などにも触れます、ですが次からは日常パートに入りますので、全体の文量は控えめに、口当たりも優しく柔らかい物になると思います、多分。
あと色々と忙しくなりますので、更新間隔は長めです(逃げ)
元々筆が遅いのが別の仕事が立て込んでるとどんどん遅くなるので……1ヶ月以内に更新があったらラッキー、と思って頂ければ幸いです。