第155話 第2作戦
西部方面隊、バイエライドFOB
第1次出撃を終えてパイロットが基地へ帰還する、帰還したパイロットは装備を空対空から空対地へ換装し、作戦計画に従って敵の情報路を遮断していく。
補給されるF-4E、機関砲とミサイルの他に、胴体中心線下には増槽を、主翼外側とサイドワインダーが装備された内側のパイロンには、GBU-38 500ポンドJDAMが3連エジェクターラックによって搭載された。
もちろん胴体下部にはAIM-7Pスパローを4発、撃った分だけ再装填だ。
ショーン・マクラウド大尉はそれを眺めながら、格納庫前のベンチに座る。彼らはヘリ部隊の上空援護を終えて帰投し、空対地兵装で再武装してから出撃する準備を整えているところだった。
「マックス」
ショーン大尉が声の方に振り向くと、優男風の見知った顔が水の入ったペットボトルを差し出して来た。
ジャレッド・ベルナップ大尉、ショーン大尉が乗るF-4EファントムⅡの後席に搭乗するレーダーシステム士官だ。
「お疲れかい?"マックス"」
「少しだけ休憩だ、"テリア"」
"マックス"と呼ばれたショーン大尉は、ジャレッド大尉を"テリア"と呼び返す。
TACネームという、パイロットが互いに呼び合うあだ名のようなものだ。
ジャレッド大尉からボトルを受け取ったショーン大尉はボトルを空けて水を飲み、深くため息を吐く。
「初陣が救出作戦になるとはね、しかも団長の」
「まぁ妥当なところだろ、というか、これ以上の任務は無いな」
「団長を運ぶヘリは翼竜に追い付かれる、そうなる前に俺達で落とす」
「まさか異世界で空戦になるとは思わなかったな……」
次の出撃までの短い時間、彼らはそう話しながら爆装されていくファントムを眺めながら水を飲み、束の間の休憩だ。
「座標の確認はしたか?」
「バッチリ、これ以上ズレようが無い」
そう言ってジャレッド大尉が見せたのは、アナログでもJDAMを投下出来る様にと見せたGPSの座標だ。
ガーディアンは異世界でも召喚されたGPSによって、爆弾を誤差数mの正確さで誘導する事が出来る。
「用意がいいな」
「GPSは機内でも確認出来るけど、ハプニングがあっても爆弾に座標を送れる様にね」
ジャレッド大尉はメモをフライトジャケットのポケットに入れながら笑う、空戦も爆撃も、召喚されてから今日の作戦までに何度もやった。大丈夫だ、やれると自分たちに言い聞かせる。
『レイピア隊、チーター隊、出撃準備が整いました。パイロットは速やかに搭乗機へ』
館内放送、スピーカーから管制の女性の声が流れてくる。それを合図にする様にボトルの水を飲み干し、ボトルを潰してゴミ箱に放り込む。
「さ、いくぞ」
「了解」
2人がシャークマウスの書かれた自分達のF-4Eに乗り込むと、計器のチェックを開始する。グラスコックピット化されているとは言え、今だにメーター類もある。
高度計、速度計、温度計、回転計、姿勢儀等のメーターをチェック。外部電源を借りて機体の電源を入れ、エンジンをスタートさせると、回転計はゆっくりと動き出す。
エンジン点火、ゼネラル・エレクトリック製J79-GE-17Aターボジェットエンジンに火が入ると、甲高いタービンの音が鳴り響く。
コントロールスイッチパネルのスイッチを操作して機上電源をオンにすると、機内のパネルに情報が映し出される。
レーダー情報、兵装の情報、マップ情報。多機能ディスプレイに様々な情報が投影される。
エンジン関係の計器をチェック、飛行には問題なし。
ヘルメットをかぶり、酸素マスクを装着、ヘルメットに仕込まれた無線から声が聞こえてくる。
『テリア、補助翼のチェックを頼む』
『了解』
テリアが振り向くと、マックスは操縦桿とフットペダルを踏んで動かす。
ロールとピッチを調整する操縦桿を動かすと、エルロンがパタパタと動き、水平尾翼もそれに合わせてて動く。フットペダルを踏めば垂直尾翼の方向舵が動き、操作系のチェックは完了。
今度は火器管制システムやレーダー、通信系、ミサイル、機関砲などの電装系のチェック、自己診断プログラムを走らせ、チェックは完了。
エンジン関係のメーターにも異常は無し、離陸準備を行う整備士からもOKが出る、離陸準備完了だ。
『OKだ』
『管制塔、こちらレイピア1、離陸準備完了』
『了解、こちら管制塔、滑走路への進入を許可する』
『了解。……管制の許可が出た、行くぞ』
『いつでもどうぞ』
ショーン大尉にジャレッド大尉はそう返す、ショーン大尉がスロットルを少し開きエンジン出力を調整、キャノピーはまだ開けたまま滑走路へとタキシングする。
背後にエンジンの甲高い音を聞きながら機体を駐機場から誘導路へ、誘導路から滑走路に入り、計器や操縦系を最終チェック。キャノピーを閉じてフラップを下し、離陸位置につく。
後に続いてタキシングしてきたレイピア2、3、4も離陸位置につき、2機編隊を組んで待機する。
『こちらレイピア1、離陸位置についた』
『レイピア1、こちら管制塔、離陸を許可する。上空の風は方位230から3ノットの微風。幸運を』
『了解、滑走路クリア、離陸する』
『2』
テイクオフをコール、ショーン大尉がスロットルを押し込み、アフターバーナー点火、2機の戦闘機の機体が莫大な推力を得て力強く前進していく。
離陸決心速度に達するまで約8秒、間を置かずに機首上げ速度に達するとショーン大尉は操縦桿を引く。ふわりと機首が上がり機体が上昇していくと同時にフラップアップ、ランディング・ギアも格納した。
『3、テイクオフ』
『4』
無線から聞こえてくるのはレイピア3と4の離陸コール、無事に4機のF-4Eが異世界の空に上がる。雲より高く、異世界の何よりも速く上昇していく。
高度13200ft、異世界の翼竜だってここまでこんなに早く登って来られる物ではない。
『チーター隊とレッサー隊が離陸する、上空で合流し、所定の作戦行動に移行せよ』
『了解』
ほどなくして、西部方面航空隊のF-5EタイガーⅢとA-4Mスカイホークが離陸、基地から10kmほどの待機空域で待機、合流する。
F-5EもA-4Mも爆装しており、爆弾やロケット弾ポッドをこれでもかと搭載している。
『チーター隊、レッサー隊、通信のチェックを行え』
『こちらチーター・リーダー、感度良好』
『レッサー・リーダー、同じくよく聞こえています』
『チーター、レッサーはレイピア1と2に続け、レイピア3、4、そっちは頼んだぜ』
『了解』
『了解』
4機のF-4Eは2機ずつに分かれ、レイピア3と4はシュラトリク公国の領空に邪魔されることなく進入し高度を上げる。
レイピア1と2は2機ずつのF-5EとA-4Mを率いて高度を保ち公国の領空へと入った。
『そもそも奴さんら、領空って概念があるんかね?』
『この異世界じゃ空を飛ぶのは翼竜くらいだろうよ。飛行船があれば違うのかもしれんが、見たことも聞いたこともないぞ。データベースにもなかったし』
『空の主権がまだ希薄なのかもしれませんねぇ』
作戦目標まで少し、各機は編隊と方位を維持しつつ飛び続ける。異世界の空のこの高度をこの速度で飛んでいれば、追いつける敵はいない。
現在高度16400ft、速度1480kt。ソヴィボル強制収容所上空を通過し、公国の更に奥地、目標は翼竜を戦力とする、ソヴィボルとバスティーユの間にある大規模な竜騎兵隊の駐屯地である。
バスティーユまでにはここ以外の竜騎兵隊の屯営地は無く、ここを叩けば公国の空路を絶てるという訳だ。
『目標視認』
『マスターアームオン、散開してから攻撃、JDAM投下後、チーター・レッサー各隊は方位330からアプローチ』
『チーター・リーダー、了解』
『レッサー・リーダー、了解』
レイピア1の指揮の下、組んでいた編隊を解いて散開、ショーン大尉は操縦桿を引き、2番機がそれに続く。
2機のF-4Eは上昇し、高度24590ftまで高度を上げると水平飛行に移行する。
『テリア、目標の座標確認』
『もう終えた、データリンクでレイピア2にも座標を送ってる』
『こちらレイピア2、座標確認、準備良し』
2番機のレーダーシステム士官からも返答、準備は万端なようだ。
よろしい、と酸素マスクの中でショーン大尉の表情がにやりと歪み、操縦桿の兵装発射スイッチに指がかかる。
『レイピア1、爆弾投下』
『レイピア2、爆弾投下』
3連エジェクターラックに搭載されたGBU-38 500ポンドJDAMがまずは4発、2機から合計8発投下され、入力されたGPSの座標に沿って落下していく。制御翼によって爆弾は向きを変え重力に引かれて速度を増す。
まるで爆弾をワイヤーに結んだように___狙い通りに翼竜舎と物見櫓に命中した。
500ポンドは航空爆弾としては小型だが、それでもどんな陸上兵器よりも大きな破壊力を持つ。
単純計算で20門の榴弾砲を要する砲兵大隊を優に超える火力を、今の8発で発揮した。
『こちらレイピア・リーダー、目標破壊』
『了解、チーター・リーダー、目標に攻撃進入する』
F-5Eのチーター1と2は散開後に降下、大きく旋回して北西から竜騎兵隊の駐屯地を捉える。
竜騎兵隊駐屯地では、突然の轟音と攻撃にパニックになっていた。
「火を消せっ!」
「生き残りの竜騎兵は離陸し退避しろ!」
駐屯地全体が悲鳴や怒号に包まれ、幸いにも生き残っていた竜騎兵は翼竜に跨って離陸退避しようとしている。
そんな中にガーディアンの異世界の翼__F-5EタイガーⅢが全速力で突っ込んでいく。
パイロットのクリフ・ギムソン大尉はヘッドアップディスプレイに表示されたレティクルを目標に合わせ、発射をコール。
『チーター1、発射』
兵装発射スイッチを押すと翼下のパイロンに懸架されたLAU-130/Aロケット弾ポッドから、70㎜ロケット弾が連続発射された。高爆発威力弾頭は空気を裂いて飛翔し、駐屯地の建物群や翼竜に突き刺さった瞬間に2.17㎏のコンポジションB-4炸薬が炸裂、駐屯地に残された公国の翼竜や竜騎兵、調律師の命を剥ぎ取っていく。
『チーター2、発射』
立て続けに後続の2番機からもロケット弾が発射され、撃ち漏らしを仕留めながらチーター隊の2機のF-5Eは南に離脱する。
『チーター・リーダー、離脱した』
『了解チーター、レッサー1、進入する』
『2』
続いては同じく西部方面航空隊、“レッサー隊”のA-4Mスカイホークだ。
2機のA-4Mは低空で緩降下を行いながら爆撃コースに乗り、1機辺り12発搭載されたMk.82 500ポンド爆弾を全て投下した。
Mk.82には“スネークアイ”と呼ばれる高抵抗フィンを開き、投下後A-4Mはすぐに離脱。合計24発の500ポンド爆弾は傘を開きながら落下して行き、全てが駐屯地の敷地内へと吸い込まれ、命中、炸裂した。
A-4Mは小回りの利く機体の機動力を生かして旋回し再進入、再び緩降下を行いながら機銃掃射を行った。
機体に2門装備されたコルトMk.12 20mm機関砲が火を噴き、剣の歯が立たない翼竜の鱗に容易に穴を空けていく。
機銃掃射は繰り返され、何度目かの攻撃進入の後に上空を飛んでいたF-4Eに無線が入った。
『こちらレッサー2、地上に動くものは確認出来ない。翼竜は全滅した模様』
『了解、レイピア・リーダーより各機へ、再攻撃の要無しと判断。レイピア隊はまだ爆弾を残している為、作戦Bに切り替える。チーター、レッサー各機は予定通り帰投せよ』
『了解、チーター・リーダー、RTB』
『レッサー・リーダー、RTB』
2機のF-5EとA-4Mは翼を翻し、帰投していく。
作戦空域に残ったレイピア1と2は作戦Bへ移行、最初に分かれたレイピア3と4と同じく、橋の破壊任務へと向かう。
ソヴィボルからバスティーユまでの道には小さな川が1つ、大きな川が1つ流れており、橋が架けられている。
石造りの橋、木の橋など様式は様々だが、橋を破壊すれば情報は寸断され、ソヴィボルの脱走情報がバスティーユに伝わるのを遅延させることが可能であり、触発されて脱走を恐れたバスティーユでの大量処刑までの時間を稼ぐことが出来る。
作戦Bではレイピア1と2は北側の橋を、3と4は南側の橋の破壊を担当する。
『レイピア3、爆弾投下』
『レイピア4、爆弾投下』
レイピア3と4は次々とJDAMを投下、橋を落としながら目標を探す。
木の橋は1発で粉砕され、2発も喰らうと橋脚まで粉々になり、石造りの橋は橋梁、橋脚が全て水に沈むまで爆撃した。
再出撃から2時間、ソヴィボルからバスティーユに向かうルート上にある全ての橋が爆撃され、情報網は遮断。副次的な効果として川より東側へ進行していた公国軍は指揮系統と兵站を絶たれて孤立、橋の復旧まで積極的な動きは収まった。
================================
ヒロト視点
『スーパー61、FOB到着1505』
ぐらりと大きめの振動で目が覚める。
おお、いかんいかん、眠ってしまっていた。戦闘後の高揚感はどこかへ消え、収容所で半月以上も過ごしてきた疲れがどっと出て来ていた。
乗っているヘリの床の下は揺れず、安定感があってエンジンの音が徐々に小さくなっていくのが聞こえる。恐らくFOBに着いたのだろう。両側のスライド式キャビンドアを開けると眩しい光が入ってくる、もう少しで夕刻になる砂漠の太陽は眩しく、このバイエライドFOBのヘリパッドを照らしていた。
4機のチヌークは既に帰投しており、訓練期間がまだ始まっていないレジスタンス達の協力により顔写真付きの名簿作成が始まっていた。
「降りられるか?肩を貸そうか?」
エリスがそう言って手を差し伸べてくる、俺はその手を取って起き上がり、久しぶりにコンクリートの地面を踏みしめる。奪った収容所の看守の靴は固く、コンクリートの固さをそのまま伝えているようだった。
「歩けるが不安だ、ちょっと助けてくれるとありがたい」
「もちろんいいぞ、医務室まで付き添おう」
エリスに手を引かれ、FOBの医務室へと連れて行かれる。廊下ですれ違い、敬礼してくる教育中の隊員の顔つきが出発前と随分変わった気がする。それもその筈か、そろそろ訓練も第2段階で自動小銃を扱い始める。隊員の意識がしっかりと高まって来ていてもおかしくない。
「いろいろ迷惑かけたな」
「まったくだ、お前の無茶に付き合わされるこちらの身にもなれ」
「う……すみません……」
「ふふっ」
痛いところを突かれてぎくりとするが、エリスの表情は笑っていた。迷惑かけたのはこちらだ、これくらいのお小言はあって当然だろう。
医務室は負傷者が直接運び込まれるように司令部前のスペースから飛行場までの直通通路の間に設けられている。この辺りの作りは本部部隊と同じだ。
プレートの張られた扉の前まで来ると、エリスは手を放す。
「じゃあまた後で、私も長期任務を終えてすぐだから、先にシャワーを浴びに行くよ。臭いままだとエイミーに怒られてしまうし、ヒロトに嫌われるからな」
「嫌いはしないけどその方がいいだろう、じゃ、また後で」
「終わったら私も健康診断に行くよ、それじゃ」
そういうとエリスは飛行場の方へ戻っていく、飛行場の方には展開してきた部隊の待機場がある。そっちで装備を置きに行くのだろう。
「ヒロトさん、お疲れ様です」
「おう、ジェフとモーリス」
エリスが去った方と反対側から声を掛けられる、今俺が着ているのと似た服装の男が2人歩いてくる。俺は2人を呼ぶと笑って否定した。
「作戦はもう終わったんですから」
「冗談だよユーレク、車両部隊も帰還か」
「ええ、こっちも捕虜の名簿作ってます119人分」
スティールがそう答える、俺はその数字に違和感を覚えた。
「119人?1人どうした?置いてきたか?」
俺が首をかしげるとスティールは眉を寄せる、あ……とその反応で察した。
「収容所内で1人死亡しました、作戦計画通り、死体は放棄して……」
「そうか……まあ、お疲れさん」
スティールとユーレクはそれを聞いて、意外そうな表情を浮かべる。
「……何も、言わないんですか?」
「何がだ?」
「俺達が1人死なせてしまった事です」
……ああ、なるほど。この2人は一人を助けられなかった事を“失敗”だと思っているんだ。だから内心では、自分たちを責めているんだろう。
それなら、そんな過ぎた事に囚われている彼らも救ってやるのが、団長としての責務だろう。
「……いや、作戦は成功だ。320人中319人救出、数字の上で見ても成功と言える。それにお前らは俺の様にすぐに脱出とはいかなかった、非武装の囚人を連れながら敵の守りの厚い正門を強行突破してきたんだ、良く生きて帰ってきた。俺だったらもう5~6人犠牲者が出ていただろうな」
2人は俺の言葉に驚き、目を見合わせる。叱責されると思ったのだろう、だが俺はそんなつもりは無い。
「何か勘違いしている様だが、お前達は一人救えなかったんじゃ無い、119人を救ったんだ。どう捉えるかによって大きく異なる。いいか、失敗は早く忘れるんだ。いつまでも失敗を引きずっていたらそれが足枷となり、最悪自分の命を奪うことになる。プロは失敗を早く忘れ、失敗の原因だけを記憶に留める。そうして次に生かすんだ、まだまだ俺達は戦わなければならない相手がいる。足踏みしていても敵は待ってくれないし、仲間にも置いて行かれるぞ」
死者の冥福は祈るが、それとこれとは別だ。
ドライとか薄情だとか思われるかもしれないが、今回“ガーディアンからの”死者は0、死んだのは無関係の囚人だ。こう言っては薄情者と罵られるだろうが、ガーディアンでなくてよかったとさえ思っている。
戦う上で救出対象を逃がしたり死なせたりする事は今後もあるだろう、だがそんな事を気にしていたら、今度は自分が精神を保てなくなってしまい、壊れてしまう。
だからこそ、こういった考えは必要だし、大切なのだ。
「……なるほど、ありがとうございます」
「少し、救われました」
そう言って顔を上げた2人は、まるで喉元に溜まっていたものが取れたような、どこかすっきりした表情を浮かべていた。
「ま、とは言っても感情ある人間だからな。感傷に浸るのを責めたりはしない、切り替えが大事だ」
「はい」
そういいながら医務室のドアを開けると、見知った顔が出迎えた。
「よう、お帰り元囚人」
「随分ご挨拶だな、健吾」
小隊長の沢村だ、式の他にもこいつは本部の医務室長を担当している。よく見ればバイエライドの基地業務群の衛生兵や軍医の他にも、エルフのセレナやスニッド達本隊の衛生兵も混ざっている。
そんな沢村の口から二言目に飛び出した言葉は
「うっわくっせ!お前ら臭ぇな!」
「当たり前だろ、収容所じゃ毎日風呂に入れるのなんて内部協力者くらいなもんなんだしよ」
「まあいいや、中はどうだった」
健吾はテキパキと指示を出しながら血圧を測り、聴診器を身体に当てる。
「酷いモンだね、アウシュヴィッツって言えば分かるか?」
「あぁ」
「あんな感じ、大量虐殺は無かったけど、始まる寸前だったしな」
「なるほどね……」
各種診察を受けながら久し振りに友人と言葉を交わす、拷問の跡がないことなどを確認しながら診察は進み。
「よし、次は採血な」
「おう」
と、その時、ユーレクとスティールがびくりと震えた。
2人の方に目を向けると、彼らは露骨に顔が引き攣っている。
「……お前ら、もしかして……」
「……い、いや、大丈夫です」
「……ええ、やりますよ。やってやりますよこん畜生め……!」
異世界では血を抜くという検査方法は無い、その為かガーディアンでは採血や点滴、予防接種等の注射が苦手な隊員が多い。例に漏れず彼らも注射が苦手なのだろう。
採血の時、般若のような表情で痛みを我慢していたのは、彼らの為にも黙っておいた方がいいのかもしれない。
……少し笑ってしまったけれど。