第153話 大脱走
エリス視点
今朝ヒロトからメールが来た、「本日決行、作戦通りに」と言う味気ないメールが来た。この味気無さは間違いなく彼だ。
クスッと笑って個人携行端末を仕舞い、通信の為に無線機を弄る。
「1-2より2-1、聞こえるか?」
呼び出したのは反対側の森に展開するガレント達の班だ、森には3箇所、収容所を囲むように監視拠点がある。
『こちら2-1』
応答があった、ガレントの声だ。
「ヒロトから本日決行と連絡あり、ヘリ部隊に連絡するから、OPを撤収、予定通りにLZ確保へ向かえ」
『2-1、了解、アウト』
これだけ長い期間お互いの顔を見ていないのも久し振りな気がする、第1期のメンバーは元々私の騎士団だった事もあり、遠征こそあれど2週間も彼らと顔を合わせない作戦行動は本当に久しぶりだ。
「さ、私達も準備するぞ」
「了解」
ついに待ちに待った、潜入した彼らの脱走だ。
OPに備え付けられていたテントを畳み、シュラフを巻いてバックパックに括り付ける。
今日の為にイメージトレーニングは欠かさなかったし、しっかり睡眠もとった。
ヒロトを助ける為にも、エイミー達と全員で生き残る為にも、この作戦は絶対に失敗出来ない。
合図は収容所の上へと白色の照明弾が打ち上がるはずだ、そう思って収容所をじっと観察する。
朝と昼の携行食を食べている時間には合図は無く、中隊本部の無線が入るようになり、それに返答しつつ最終調整に入る。
名目上は団長であるヒロトの救出作戦、近接航空支援も車輌も出し惜しみは無しだ。
『イエロー3-1、3-2、只今ホールディングエリアに到着、待機する』
『こちらゴンドラ1、及び2、ホールディングエリアにて待機中』
『こちらコンボイ、2-2、誘導感謝する。転換完了、受け入れ準備が整った』
『こちらポーラスター1、未だ収容所に動き無し』
空路だけでは囚人の輸送に限界がある、その為陸路でも囚人を輸送するが、輸送する車列も無事に森の中の正門前の道に辿り着いたようだ。
今日中に信号弾が上がらなければ、この作戦は失敗。ヒロトは処刑されるか、脱出の機会を得られずに一生をあの中で過ごす事になる。
まぁ、その時の救出プランもある程度立てたあるが……
救出プランを使わないまま終わればいい、出来れば3人とも無傷のまま、連れて帰りたい。
そう思った時、エイミーが声を上げた。
「エリス様、上空に照明弾を確認」
エイミーの声に顔を上げ、収容所の方を見た。
白色の発光弾が上がっている、ヒロトからの合図だ。同時に収容所が少し騒がしくなるも感じる。
「全部隊へ伝達!照明弾が上がった」
『こちらポーラスター1、確認した』
『C2より全部隊へ、作戦開始、繰り返す、作戦開始』
私達は森の中から、森と平原の切れ目に出る。
ヒロトも事前の脱出計画に合わせて移動している筈、1秒経つのすら焦ったく感じる。その焦燥は彼に残された命のタイムリミットか、早く彼に会いたいか、はたまた別の理由か。
じっと目を凝らして収容所の壁を見つめる、と、ボンッ!と言う鈍い音と共に監視塔が爆発した。音からして壁の向こう、おそらくヒロトがAT-4かカールグスタフを撃ったのだろう。そんな音だ。
ブースターを展開し、もう片方の監視塔にM4のストックをしっかり肩に当てて狙いを定める。セーフティからセミオートにセレクターを動かした瞬間、そちらの監視塔も爆発した。
「……鈍っちゃいないな」
M4の銃口を既に瓦礫と化した監視塔から外し、また収容所の壁を観察する。
『こちらゴンドラ1、着陸完了、待機する』
『イエロー3-1、LZに着陸、待機する』
ヘリの羽音が大きくなり、付けたヘッドセットから着陸完了の知らせが来る、ヘリの準備は完了し、丘の向こうで待機に入る。
次の瞬間、収容所の壁が吹き飛んだ。同時に収容所の別の箇所からも爆炎が上がる。別の箇所も爆破したのだろう。
「囚人達が先に出て来るぞ!発砲はまだ禁止!」
「了解!」
「了解!」
煙が収まらない内に爆破で崩れた壁の穴から、囚人達が走り出てきた。
ソヴィボル大脱走の始まりだ。
================================
「走れ走れ!速く!班長は班を率いて丘の向こうに走れ!迎えが来てるぞ!」
XM8シャープシューターを手に構えながら俺は殿に入る、セレクターをセミに合わせ、ストックをしっかり肩に当てて構えながら照準器を覗き込む。
照準器が標準装備されているXM8は召喚時の設定からかゼロインの必要が無く、そのまま使えるのでかなり便利だ。
半分程が収容所の外に出て行ったところで公国軍の反撃が始まった、10人程の部隊が建物の間の路地を通って襲いかかって来る。内周から回り込んでくる公国兵もおり、内数人は銃を構えている。
「敵だ!」
俺は叫ぶとXM8の引き金を引く、6.8mmSPC弾は20インチの銃身でたっぷりと無煙火薬の運動エネルギーを受け取り、銃口から800m/sで発射された弾丸は狙い通り公国兵を貫いた。
硬い金属の鎧を着ていようとも、現代兵器の前には意味をなさない。
金属音を立てて弾丸が鎧を貫き、体内組織を傷付けながら身体の反対側へと飛び出た。
「伏せて応戦!」
俺の叫びに答えた数人の班長がその場に伏せ、正面及び側面の公国兵にM1Aを向ける。
敵の銃声、そして当然ながら俺のXM8よりも重い銃声を響かせ、7.62mmNATO弾に囚人達の日頃の鬱憤を乗せて反撃に出る。
射撃の合間を見て彼らの射撃の腕を見る、ガーディアンの様に上手くは無いが、それでも一応は形になっている。直接教えたのと、"伝授"の効果もあるのだろう。
俺もセミオートで敵である公国の警備兵を撃つ、照準器のレティクルの中心に奴らを捉え、引き金を引き絞る。ブランクが長かったせいか、普段撃っているM4よりも随分と反動が軽く感じる、XM8に乗り換えようと思うほどだ。乗り換えないけど。
久し振りにライフルを撃ったが、変わった事や忘れている癖は無い。体調の方も今は大丈夫だ、念の為帰ったら検査はするが。
「当てようと思わなくて良い、アイツらに顔を上げさせるな!」
「了解!」
既に公国の警備兵数人が倒れているが、当てなくていいと思うと気が楽なのか、こちらの射撃の勢いが増した。遮蔽物の向こうへと公国兵を抑え込む様に射撃を継続する。
「班員が脱出した班から離脱!後退しろ!」
「お先に離脱します!」
隣の奴が射撃しつつ立ち上がり、崩れた壁の穴の中へと後退を開始、壁を超えてどんどん後退し、それに従いこちらの防衛線も後退させていく。
先に監視塔を始末しておいて良かった、監視塔が生きていたら四角など無いに等しい。もっと犠牲者も出ただろう。
「最後の1班だ!行け!」
俺が最後の1班の班長を穴の中に押し込む、それを見た公国兵が様子を見てこちらに銃口を向けるが、俺も素早く反応してXM8を射撃、2〜3発撃って運悪く顔を出した1人に命中したのを確認して俺も穴を抜けて外に出る。
穴から外に出る時、正門側で爆発音が連続した、向こうから逃げる班も援護組と合流しただろうか。
2〜3週間ぶりに壁の外に出た、詰まっていた閉塞感が無くなり、開放感の中をひたすら南へ走る。
「走れ!死ぬ気で走れ!止まったら殺される事を思い出せ!」
南の丘の向こうへと走る、もう元が付く囚人達の背中を声で押す。
「絶対に転ぶな!死んでも転ぶな!死んでから転べ!」
必死に走らせる為に俺は後ろから彼らを煽る、もはや自分でも何を言っているか分からない。
「ヒロト!」
走っていると、久し振りに聞く声がした。走りながら声の方向を見ると、エリス達の班がこちらに向かって来るのが見えた。
久し振りの再会で抱きしめたくなるが、今は作戦中だ。
囚人達を走らせたまま壁を指差して叫ぶ。
「俺が最後だ!敵が出て来るぞ!」
「あぁ、分かった!センターピール!後退開始!」
エリスの号令一下、スタッガードカラム・フォーメーションで2列縦隊になる。
先頭の俺とエリスが時間差で列の中央を通り後退、エイミーが歩兵12人分の火力を持つM249MINIMIparaで指切りバーストをしつつこれを援護、射撃が収まったと思って穴から出てきた警備兵達は先程までとは比べ物にならない弾幕に捉えられ次々と倒れていき、それを見た撃たれていない公国兵は顔を出すと撃たれる恐怖から壁の中に引っ込んでいく。
今度はエイミーが列の中央を通り後退、援護はクレイとアイリーンが務める。
セミオートの正確な射撃、エイミーの弾幕が収まったタイミングで顔を出した警備兵に顔を引っ込めさせ、運悪く5.56mmNATO弾に捕らえられた兵士は脳の欠片を撒き散らしながらその場に倒れ込んだ。
「スモーク!」
アイリーンがM4のハンドガードに取り付けたFN Mk.13EGLMの引き金を中指で引くと、ポンッと気の抜けた音がする。
飛んで行った40mm擲弾は壁の穴の近くに落ち、真っ白なスモークを吹き出して警備兵の視界を遮った。
クレイとアイリーンが後退すると、今度は俺とエリスが援護する番だ。
俺はXM8の照準器を覗き込み、エリスはEXPS3ホロサイトとタンデムしたG33STSブースターを展開して照準、セミオートで引き金を引き、煙の向こうへと銃弾を送り込む。
援護を途切れさせずに丘の向こうへと撤退する、交代するときに見たが、大半の囚人は丘を駆け上がり向こうへ消えていく。このままヘリへの誘導が上手くいってくれと願った時、上空に影が見えた。
援護位置につきながら見上げると、見慣れた影が複数。しかし、それは味方としての認識ではない、"敵"としてだ。
「クソが!公国の翼竜部隊だ!」
翼竜を操る竜騎兵部隊だ、おそらく敵が呼んだ増援だろう。
「大丈夫だ、安心しろ」
「本当か?」
援護位置について射撃を始めようとした瞬間、更に頭上を轟音が通り過ぎていった。
================================
『レイピア1より各機、レーダーコンタクト。敵は6……いや、8』
酸素マスクで篭った声が無線の電波に乗る、手を伸ばせば届く空は1枚のポリカーボネートの窓に遮られている。
ソヴィボル上空10000ft、フィンガーチップ編隊を組んで飛行するのは、異世界の空を切り裂く翼。
F-4E 2020。ファントムⅡの愛称を持つこの戦闘機だが、F-16並のアビオニクスなどの改修を施したまさに"ターミネーター"だ。
ファントムの1番機を操るパイロットは"ショーン・マクラウド"大尉、後席のレーダーシステム士官は"ジャレッド・ベルナップ"大尉だ。
『各機、スパロースタンバイ』
『了解』
『了解』
実戦参加にAMRAAMの適合試験が間に合わず、今回の中距離空対空ミサイルはAIM-7P"スパロー"を搭載している。
『レイピア1、FOX1』
『2、FOX1』
『3、FOX1』
『4、FOX1』
1番機のコールに続き、僚機が続けてAIM-7Pスパローを発射。目標となる翼竜に向けてレーダー波を照射してロックオンし続ける。
レーダー画面上のミサイルが敵機を示すシンボルに重なり___消える。
『スプラッシュ!』
『4機撃墜だ』
ショーン大尉のスプラッシュコールに、ジャレッド大尉も撃墜を報告する。
『レイピア1と2で追撃する、3と4は周辺空域の警戒を』
『レイピア3、了解』
返答と共に2機のF-4が旋回していく、レーダーを見ると、公国軍の翼竜の残りの4機の反応の他に、自分より低空を明らかに翼竜より高速で飛んでいく反応がある。
『こちらチーター1』
西武方面航空隊として配備された別飛行隊と合流、彼らはF-5EタイガーⅢだ。
『レイピアとチーターで翼竜を分断するぞ』
『了解』
フィンガーチップのレイピア3と4が抜けたところに入る様にレイピア1と2のF-4Eに並んでF-5Eが飛ぶ、視界内にも翼竜を捉え、HUDのガンレティクルに影を重ねる。
『Guns Guns Guns』
4騎の翼竜を2騎ずつに分断する様に機関砲を放つ、地上戦力では「大火力」に分類される機関砲も、空に上がれば最小火力になる。
翼竜は上手く2騎ずつ上昇と降下に分かれ、上昇する機をF-4Eは追撃、降下する機はF-5Eに任せる。
F-4Eは上昇する翼竜を、F-5Eは降下する翼竜を追撃する。
レイピア1と2はアフターバーナーを焚き翼竜を追い越す、その瞬間一瞬だけ、呆然とこちらを見る竜騎兵と目があった。
我に帰った竜騎兵が翼竜にブレスによる攻撃を命じ翼竜はブレスを吐いたが、既にF-4Eは圧倒的な速度差によりブレスの射程外を飛んでいる。
旋回してヘッドオン、こちらに口を大きく開け、翼竜がブレスを再び吐こうとしている。
ヘッドアップディスプレイのサークルを敵に合わせ、ロック。
『レイピア1、FOX2!』
『レイピア2、FOX2』
ほぼ同時にAIM-9Mサイドワインダーを発射、ランチャーレールから解き放たれたミサイルは一直線に翼竜の口の中に吸い込まれ、10kg近い弾頭が炸裂。硬い外殻ではなく柔らかい口の中で炸裂した弾頭は、翼竜を粉々に吹き飛ばした。
『スプラッシュ!』
2機の翼竜を撃墜、更に2機が低空へと逃げているが、F-4Eと同時にF-5Eが追いかけて行った。
『チーター2、左をやれ。俺は右を落とす』
『了解』
F-5Eの1番機、"チーター1"の操縦桿を握るのは、クリフ・ギムソン大尉。F-5Eと共に召喚された"召喚者"だ。
スロットルを軽く絞る、翼竜とジェット戦闘機では速度差があり過ぎる。
軽くフラップを展開してHUDのガンレティクルに翼竜を合わせ、操縦桿の引き金を引いた。
機首に閃光が走る、機首に2門が装備されたコルトM39A2 20mmリボルバーカノンが火を噴いた。
12.7mmを受け止められる鱗も、更に上を行く威力の20mm機関砲など耐えられる訳が無いのだ。
翼竜の鱗を竜騎兵ごと紙のように機関砲が引き裂き、クリフ大尉はスプラッシュをコール。
『こちらチーター2、スプラッシュ1』
僚機の方に目をやると、爆炎が見える。どうやらミサイルで撃墜したらしい。
『ナイスキル、空中警戒待機に戻るぞ』
『了解』
クリフ大尉は操縦桿を傾け、F-5Eを旋回させた。
================================
先頭を走っていた囚人達__"元"囚人達が丘を越える、丘を越えれば用意があると言っていたヒロトの言葉通り、逃げる用意はあったが元囚人達は驚いて一斉に立ち止まった。
そこにいたのは大半の囚人達が見た事も無い、轟音を立てる"空飛ぶ風車"と、飾りのない兜を被りマダラ模様の服と小さな鎧を着ている謎の武装集団だったからだ。
「こっちだ!早くこっちへ!」
「……!つ、続け!」
班長に掛けられる言葉に我に返った彼らは、再び走り出す。
着陸した空飛ぶ風車、4機のCH-47のカーゴハッチの前に誘導するように、ガーディアンの兵士が彼ら全体に向けて声を掛ける。
「1班ずつ並んでくれ!班長を先頭にするように!」
ガレント・シュライクが叫びながら囚人達を纏め、ざわめきに負けないようにまた声を張り上げた。
「班長は手に持った銃を自分の右側に置け!空飛ぶ風車には5班ずつに分かれて乗り込むんだ!5班だぞ!さぁ乗れ!」
号令と共に、囚人達は銃を地面に置いて班長に続いてCH-47に乗り込み始める。
「慌てずゆっくり!全員乗れるスペースは確保してある!」
「銃は置いていけ!」
囚人達の退避が始まる、ヒロトが与えたリーダーシップのスキルのおかげで、思いの外混乱は起こらなかった。