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第151話 ゾンダーコマンド

筆の進みが遅かったのは死体がたくさん出て来て気が滅入りそうになったからです()

数日後、収容所内。

脱走計画は今のところ、漏れる事なく順調に進んでいる。

スマホは肌身離さず持ち歩いているし、眠る時は隠しているので見つかる様なことはまだない。


「どうだ?」


俺はナイフ製作の工房で、今日はペチェルスキーだけと一緒だった。

俺が問い掛けたのは、「脱走協力者のリストアップについて」だ。


「大体は目星が付いた、協力を要請してるところだ」


「今のところ確約できたのは何人だ?」


「レオンの報告含めて25人、残りの5人は交渉中だが、反応は良い」


話しながらナイフを組み立て、グリップに刃物を入れてビスで固定する。

公国のエンブレムが彫られたナイフを完成したら、他の奴が作った革製の(シース)に収める。


「で、あとで俺も見るが、使えそうか?」


「元公国軍元王国軍元町の自警団、血気盛んで虎視眈々と脱出の機会を伺ってた奴ばかりさ」


「なるほどね、働いてくれそうだ……」


数本作ったナイフから1本拝借、ズボンの内側に隠して入れる。


「ゾンダーコマンドの方はどうだ?」


ペチェルスキーもナイフを作り、中から1本盗みなが聞く。


「目星は付けた、収容者の中には密告者は4人、全員始末する」


「やるな」


「これくらいは当然さ、なんだって生きる為だ」


ただその時が来るのを待ちながら、延々と武器を作り収容所の歯車の1つに擬態する。

だが、最近は少しだけ細工をする様にし始めた。


例えば、サーベルの持ち手の結合をわざと緩くしてみたり。


例えば、弓の持ち手に軽く亀裂を入れて持ち手の縄を巻いてみたり。


例えば、クロスボウの中に仕込まれた歯車の歯の1つを欠いてみたり。


例えば、銃の魔力流入口を塞いでみたり。


地味だが致命的で、かつバレにくい工作を思いつく限りやってみた。

まだバレてはいない様だが、これが公国の妨害に少しでもなればと思う。


そんな小細工を繰り返しつつ、今日もいつものように武器製作を繰り返す。

タイムテーブル通りに武器を作り、飯を食い、また武器を作って飯を食い、寝る。収容所のいつもの生活だ。


だが、今日から寝る前の15分間がとても忙しくなる。脱走に手を貸してくれる者と"面会"しなければならないのだから。


================================


その日の夜


15分だけの休息時間、大体の者が寝る準備に当てたりするのだが、俺はその時間を"面会"に当てた。

スティールとユーレク、ペチェルスキーとレオンはこの面会が目撃されない様に見張りをしている。

今目の前には3人の血気盛んそうな若者がいる、この3人が「協力者」候補だ。


「俺はニコラウス・ギュンマーだ、集まって貰った理由はペチェルスキーから聞いているだろう。……さて、1人ずつ自己紹介を頼む。……そうだな、名前と、ここに来る前の身分でいい」


そう言いながらどうぞと言う様に手を差し出す。


「俺はサイラス、サイラス・グローブ。元公国兵だ」


サイラスと名乗ったダークエルフの男が握手を差し出す、俺はそれを取ってよろしく、と言う。


「ディアス・フェルールだ。元公国兵でレジスタンス、よろしく」


ディアスと名乗ったイヌ科の獣人族と思しき男と握手、彼は抵抗活動の中で捕縛されたが、処刑されずにここに回されてきたらしい。


「レーマン・ローズ。王国軍竜騎兵隊だ、よろしく」


レーマンは人種族で、公国軍と戦って捕虜となったグライディア王国兵だ。

3人と握手を交わすと、早速本題を切り出す。


「計画に協力してもらうんだが、全員が脱走する為には君達に協力してもらう必要があるし、それなりに責任を負うことになる。それでもやるか?」


「やりますよ」


ノータイムで返事をしたのは元王国兵のレーマン、続いてサイラスとディアスも頷く。


「公国に仕えたのにこの待遇は余りにも理不尽過ぎる、いつか一泡吹かせてやろうと思ってたんだ」


サイラスがそう言ってポキポキと指を鳴らす、協力して来た亜人に対する振る舞いなども反公国体制が強い元になっているのだろう。


「俺も似た様な事があってレジスタンスになったんだ、脱走計画があるなら乗るしか無いぜ」


ディアスもそう続ける、この3人が元王国軍だろうと元公国軍だろうと、使える駒は全て使うのだ。


「よし、3人の意思を確認した、君達には秘密にする義務が発生する。もしこれを破った場合、脱走前に君達を"処分"する事になっている」


「もちろん、バラす様な事はしないさ。……俺たちもここから出たい、当然だろう?」


警告、そして脅しのつもりの言葉も、彼らには当然という風に受け取られた。

ここから抜け出す、彼らのその意思を信じればこんな事を言う事も無いのだが、いかんせんこの収容所には密告者達(ゾンダーコマンド)が居る、誰がそうで誰がそうで無いのかは正直外からは見分けが付かない。


だからこうして釘を刺す必要がある、と言うだけだが、彼らなら心配なさそうだ。

言葉にも淀みなし、目を見ても動揺した様子も無く、声にも変化が見られない。


後で録音した彼らの声の震えから嘘を見抜く、所謂「嘘発見器」に掛けるが、今の所俺が聞くに問題はない様に思える。


「よし、君達3人には協力してもらう。内容はだな……」


俺は彼らに主に協力してもらう内容を話した、彼らには脱出の為に手を貸して貰わなくてはならず、協力が不可欠だ。


そしてもう1つ、俺には明日はやることがある。


================================


カール・マイツェン、俺達の脱走計画を絶対にバラしてはいけない1人、所謂ゾンダーコマンドの内通者だ。

彼を通じて出した偽の情報が看守に伝わり、就業時間中にふらっと何処かへ消えたと思えば、彼が賄賂を渡しながら時折看守と談笑しているところを確認した。


脱走計画には、こう言ったゾンダーコマンドの内通者を始末する事も含まれている。


昼飯を終えて少しした頃、看守や警備兵が眠気に誘われて警戒が鈍る時間を狙った。


ポケットにナイフを数本忍ばせ、ユーレク(ジェフ)は作った武器からクロスボウを手に取り、クロスボウ用の太い矢を1本番えてもう1本を俺が持つ。

俺は銃の扱いに慣れてはいるが、クロスボウの扱いには慣れていない。

なので3人の中でも昔クロスボウを使って戦っていたユーレクに射手を任せる事にした。


2人でカールの後を付け、人気の無い建物と建物の間に入った瞬間、ユーレクが動く。


「カール」


小さく呼び掛けた瞬間、ユーレクは引き金を引いていた。

ガヒュッと銃声よりは小さい音を立ててクロスボウから矢が放たれ、カールが振り向いた瞬間の絶対に避けられないタイミングで、ドッという鈍い音と共にカールの額にクロスボウを太い矢が突き刺さった。


ドサリと地面に倒れたカールだった死体を引きずり、物陰へと連れ込む。


「ナイスキル、ユーレク」


「久し振りに撃ちましたが……まだいけますね」


立たせたユーレクは俺が手渡した矢を再び番え、今度は肋骨の隙間を縫って心臓へと深く刺さるように矢を放った。


力が抜けたカールの死体の心臓部分に矢が狙い通り深く突き刺さり、心臓も確実に破壊する。


致命傷になった場所の特定を難しくする為、返り血を浴びない様に気を付けながら持っていたナイフで首動脈を切り裂いておいた。


そして座り込んだ死体の両脚に、持っていたナイフを突き立てて仕上げだ。

公国兵に見つかる前に撤収、一連の流れを2分以内に終える。


カールや他の内通者も、元はと言えば家族の元に帰りたい収容者の1人だったのだろう。作戦をギリギリまで知らせずに一緒に連れ帰ると言う手も取れたかもしれない。


2日間で3人を"始末"しながらそんな事が一瞬頭をよぎったが、4人の内通者の為に他の320人と俺達の命を危険に晒す訳にはいかなかった。下手をすれば作戦がバレて、俺達どころか協力者になってくれた者達の命も危うくなる。


それに、例え同じ収容者だとしても、平然と他人に犠牲を強いて、他人の寿命を勝手に切り売りする様な奴らを連れて行こうとは思わない。

その為、全く心が痛む事無く、5日間で内通者4人の全員の"始末"を終える事が出来た。


================================


「そう、構える時はそう構えるんだ」


「こうですか?」


「そうだ、狙い方は分かるか?」


「いえ……」


内通者の始末を終えてから、俺達が次にやる事に手を付け始めた。

俺は銃工房に配置が戻され銃の製作にかかる様になったが、今は収容者に「銃を教える」という事をやっている。


脱出作戦の協力者には俺がスマートフォンで召喚した銃を渡し、撤退の援護と協力者では無いただの収容者を纏めてもらう必要がある。


俺のスマートフォンの機能には「伝授」というめちゃくちゃ便利な機能があるが、数人を纏めて撮影し、伝授機能を使うと教える機能に制限がかかる。

ましてや協力者は32人という大所帯だ、その制限は更に強くなるだろう。


なので伝授する能力を「リーダー」と「召喚する銃の操作に関する知識」に限定する事にした。

「リーダー」の能力として10人を纏める事が出来れば、バラバラに逃げるよりも統率の取れた逃走が可能だし、LZ(ランディングゾーン)EA(エスケープエリア)への集合も早くなる。

「召喚する銃に関する知識」もあれば再装填や安全装置の解除も出来るから「銃が撃てない」「弾切れで動かなくなったから戦えない」という事を防ぐ事が出来る。

後は俺達が構え方や撃ち方を教えてやれば、こちらも逃げやすくなる。


「手前に照門が見えるか?凹型の器具だ」


「あります」


「それを銃口側の凸型の器具に合わせるんだ、今は高さと横幅を合わせる感じで合ってるか?」


「……はい、合ってます」


「それを合わせた状態で引き金を引けば当たる、ゆっくり絞るように引け」


収容者に引き金を引かせると、カツン、という音と共に一瞬だけ撃鉄によってバルブが解放される音が聞こえる。


「射撃姿勢はもう少し前傾に、足は肩幅に開いて、ストックはしっかり肩をつけろ」


「えっ、と、こうですか?」


「そう、で、脇は閉める」


俺の指導に沿って、収容者の1人が軽く姿勢を変えた。


俺達が教えている間、看守が工房に来る事は無かった。

何故かというと、この間まで起こっていた「収容者連続殺人事件」の事情聴取の為だ。

収容者が収容所内で連続で殺され、公国のエングレーブが入ったナイフが使われていた為、当然のように看守や警備兵達が疑われた。


殺されたのは偶然にも()()()()()()だったが、「囚人達が反乱を起こせるはずが無い」と高を括り慢心した収容所司令部要員は、身内に真っ先に疑いを向けた。


その為看守の多くが事情聴取に駆り出され、凶器となったナイフやクロスボウの工房に多くの看守が付いた為、銃工房の警備や見張りが手薄になっていたのだ。


この腐った空間では、看守や警備兵共も腐りきっていたのだ、その為、こうして銃の基本的な扱いを教えるくらいの自由度を得ることが出来た。


2日も教えると、彼らの構え方も様になってきた。今は空撃ちしか出来ないが、今から実戦となったら銃で戦える、くらいに上達しているものは間違いなく多い。


「よろしい、その構え方を忘れるなよ。エスケープに必要になる」


「了解」


指導しながら、出入り口を見張っているペチェルスキーをちらりと見ると親指を立てて下に向ける。「看守が来た」の合図だ。


「全員銃を置け、作業に戻れ」


低く静かに、しかし全員に聞こえるようにそう言うと、銃を置いて銃を製作する作業へと戻る。


全員がその作業に戻ると、工房に看守が入って来た。

人間で少し肥満体の看守は工房の中を見渡して囚人の品定めをしているようだ。


「611番、620番、来い」


呼ばれたのは俺とペチェルスキーだ、スッと鳩尾が冷たくなるのを感じながら、看守の元へ歩く。


計画がバレたか?又は何かをやらかしたか……

呼ばれるまま肥満体の看守についていくと、収容所の入り口にたどり着いた。

敷地内だが、入り口には大型の馬車が1台停められている。


「貴様らはこの中にある死体を片付けろ、私は今から司令部に出頭しなければならないからな」


そう言い残すと肥満体の看守はのっしのっしと司令部の方に向かっていく、俺はそれを見送るとため息を吐き、ペチェルスキーは苦笑しながら肩を竦めた。


「ま、文句言っても始まらんか……」


呟く様に言いながら馬車の扉の鍵を開け、取っ手に手を掛ける。扉を開ける時、向こうから押される感じを受けた。


どさり、と開けた扉から落ちて来たのは、獣人の男の死体だった。


「うぉっ!」


ペチェルスキーが驚きの声を上げる、俺はすぐ様落ちて来た獣人の死体が本当に死んでいるか確かめたが、脈はなく既に冷たくなっていた。


首を振ると、ペチェルスキーは落胆した様な表情を浮かべる。


「……という事は、中にいるのは全部死体か……」


「……みたいだな」


軽く覗き込んだペチェルスキーがそう言って顔を顰める。


俺が中に入ると、中は酷い物だった。

負傷兵から漏れ出した血、密閉された空間での汗の匂い、血の匂い、糞尿の匂い、そして死体が腐り始める匂い……衛生環境は最悪と言ってもいいだろう。


「毎度思うけどさ」


「あぁ」


何の気なしに俺はペチェルスキーに話し掛ける。


「臭すぎだろ、こんなこと言うのもアレなんだろうけど」


「だから囚人にやらせるんじゃね?」


「あぁ、それもそうか」


うだうだ言う前に作業を始める。馬車の中に入り、死体をゆっくりと馬車から下ろし、地面に並べていく。

例え死人だとしても、この死人の帰りを待っていた人がいる。そう考えると死人である彼らをぞんざいに扱う事は出来なかった。


1人のエルフの死体を片付けようとした時、身に付けた白い衣服に何かが書いてあるのが見えた。


「ん?」


「どうした?」


死体を片付けようとしたペチェルスキーも俺の声に気付き、近付いてくる。


「……なんか書いてある」


「暗くて見えないな……運び出そう」


そのエルフの死体をゆっくり持ち上げて馬車の外に出し、明るいところでよく見てみる。

すると自分の血で書いた文字の様だった、その服にはこう書かれている。


"逃げろ ソヴィボルの囚人 ソヴィボルは施設の改修を急ぐ為、近いうちに全員の収容者を処刑する計画があると公国兵が話していた 信じるか信じないかは任せるが、これは事実だ"


死体になったこの男は、遠からず自分が死ぬ事を予期し、自分の流した血で白い衣服にそう綴ったのだろう。限界の状況の中、周りの声を聞き、死体が囚人に片付けられる事を知っていた、もしかしたら、王国かレジスタンスのスパイだったのかもしれない。


俺はそんなこの死体の彼に、敬意の念を禁じ得ない。自分の死と引き換えに、情報を俺達に渡してくれたのだ。


「……どうする、リーダー?」


ペチェルスキーは俺にそう問いかける。俺の答えは決まっていた。


「……予定通り、脱走を行う。早くて2日後だ、処刑前に全員で逃げる」


「了解、助けてくれるなら、協力させてくれ」


「もちろん」


俺は頷き、この馬車に詰め込まれた死体に手を合わせる。


どうか彼らの御霊が、彼らを待つ家族や大切な人の元へ、導かれます様に。


そして、俺達が出来る事は、捕虜となった彼らがくれた情報を十全に活かし、生きてエリスの待つ場所へ帰る事だけだった。


見ていろ公国、絶対に脱走してやる。

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