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第148話 ヒロト、捕虜になる

西の砂漠から引き上げて来てから3週間、とうとう作戦決行の日が来た。


俺はいつもの戦闘服を着て、MH-47Gチヌークに乗っている。

バイエライドに移動する為だ。バイエライドFOBで体制を整え、俺とスティール、ユーレクは作戦を開始する。


いつもの戦闘服、プレートキャリアにベルト、そして銃。


この装備で戦闘を行うのも、暫く先になる。

オスプレイに乗っているのは、俺達3人の他に、第1分隊と第2分隊、第4分隊の合計24人だ。それぞれ今回作戦に参加する3人が所属する分隊である。


ヘリはこの他に、MH-60Mブラックホークが1機同行し、現地での活動を援護する。


『タスカー01、離陸許可確認、離陸する』


『スーパー61、離陸許可確認、離陸する』


ベルム街のガーディアン基地から、2機のヘリが飛び立った。

ヘリの騒音が機内を支配する中、俺は無線に耳を傾けていた。

緊張をほぐそうと雑談をしている隊員もいれば、進んで捕虜になる自分の分隊の仲間を心配する声もある。

そんな中、隣に座るエリスが俺の方を叩いた。


『ヒロト、チャンネルを3に』


ヘルメットに取り付けたヘッドセット越しにエリスの声が聞こえる、俺は無線を弄り、チャンネルを3に合わせた。


『大丈夫か?』


エリスがそう聞く、恐らくこれから捕虜になりにいく俺の身を案じての事だろう。


「大丈夫、俺はこれから捕虜のなり方を学びにいくんだ、そう考えると多少暴力を振るわれるくらい、大したことない」


そう答えるとエリスは首を横に振った、残念外れの回答だったらしい。


『その心配はもうしてない、ヒロトはもう無茶苦茶強い事は私もずっと一緒にいて分かってるさ。私が聞いてるのは"今緊張してるか"だ』


俺が離れた後の俺の身の心配ではなく、そっちか、と少し笑ってしまう。

エリスから見れば、俺は緊張している様に見えたらしい。


確かに今の自分を鑑みれば、心拍も早いし呼吸も浅い。

だがどれもパッと見て分かるものではない。


「分かるのか?」


『あぁ、瞬きがいつもより多い』


……言われてみれば、目が乾く。


「よく見てるな」


『そりゃ、ヒロトの事が大好きな嫁だからな』


そう言われると少し照れる、嬉しくてつい、エリスの手を握ってしまう。


「ありがとうな、絶対無事に戻ってくる……と約束は出来ないけど、精一杯努力はするよ、皆連れて帰ってくる」


『そういうところもヒロトらしいな、期待してる』


「ほんといい嫁だなお前は」


そう言ってエリスと笑い合う、無事に作戦が済めば、終わった後にもう1度こうして笑い合える。


バイエライドまで2時間強の行程、その間はエリスや皆と雑談で盛り上がる。

ベルム街に新しく出来た雑貨屋にお洒落なものがあるとか、南側の居酒屋のあのメニューが美味いとか、そんな他愛もない話。


「帰って来れたら行こう」「帰って来れたら食べよう」「帰って来れたらしよう」その台詞が収容所なんぞで死んでたまるかと、自分を奮い立たせる。


『バイエライドFOBまで10分、着陸許可』


パイロットのそう言った通信がオープンチャンネルで流れてくる、乗った俺達は着陸に備えて椅子にしっかり座り、シートベルトを締める。


甲高いタービン音が響く中で、黒く塗装されたチヌークとブラックホークがゆっくり降下していく。

バイエライドFOBのヘリパッドに、2機のヘリがゆっくりと着陸した。


スリングでM4を下げ、バックパックを背負ってもう1つケースを持ち、ヘリから降りていく。


ヘリパッドに併設された格納庫の中に入り、整備を受けるUH-1NツインヒューイやCH-47Fチヌーク、弾薬と燃料の補給を受けるAH-1Wスーパーコブラが出迎えてくれた。

ここバイエライドFOBの貴重な航空戦力であり、更には将来の運用機数や部隊展開の余力を持たす為、格納庫はこの6機を収めても更に広くなっている。


そんな広大な格納庫の隅に、出撃前の隊員や展開して来た隊員が一時的に物資置き場や休憩に使う待機室がある。

待機室は空であり、各々が場所取りの為にラックや長テーブルに荷物を置いていった。


俺はプレキャリとヘルメットを脱ぎ、ベルトも外して完全に丸腰になる。


「よし、他の皆は教育隊長を呼びに行け、飛行場設営に立ち会ってもらう」


既に教育隊長には、メールで飛行場設営に付いて話は通してある。

俺達3人以外が荷物を置くと部屋を出て、俺達は別の着替えに着替え始める。


自分が持って来たバックパックに入れられていたのは、グライディア王国の兵士が鎧の下に着る戦衣だ。

王国の兵士の戦衣は通常兵士は白、騎士団は黒と決められているらしく、仕立てて貰うのは割と簡単だった。

運動性と通気性が確保されている為快適ではあるが、肌触りがあまりよろしく無い。

靴もいつも履いているダークタンカラーのMERRELL(メレル) MOAB(モアブ)-MID(ミッド) GTX XCRから、王国兵が使っている戦闘用のブーツに履き替える。


「これ、肌弱い奴とか肌荒れしそうだな……」


「ですね……まぁこの上から鎧を着る事考えればそこまで気にはなりませんけど」


「慣れそうに無いなぁ……」


コンバットシャツとコンバットパンツの肌触りに慣れた俺達にはかなり辛い……と思って着替え終えると、現在バイエライドFOBの司令を兼ねる教育隊長が待機室を訪れた。


「お疲れ様です団長。……着心地は如何です?」


「お疲れ様教育隊長、着心地は良く無いね、任務を早く終えたい原因の1つになりそうだ」


それを聞くと教育隊長が軽く笑う、40も過ぎたその頭髪には白髪が浮かんでいた。


「では、参りましょう」


俺はそう言って自分のスマートフォンを持ち、立ち上がる。飛行場を設営するのは基地の東側、FOBに直結し、なおかつ街から遠い方だ。


バイエライドFOBはヘスコ防壁で囲まれており、東側には飛行場増設の為のスペースが残されている。

西部方面隊にも固定翼航空機の運用能力を付与する事で、西部方面隊への弾薬や燃料等の補給をよりスムーズに行えるようにするのだ。


「ここで良いか?」


「ええ、ここで」


俺はスマートフォンの画面からアプリを呼び出し、施設召喚を選択。

兼ねてより設計を行っていた格納庫や司令部、給油設備等の飛行場施設と2300mの滑走路をその場に召喚した。


毎回思うのだが、自分が立っている砂の大地が施設召喚によってコンクリートに変わっていくのはかなりシュールな感覚だ。


召喚が終わると設計通りの設備や施設があるかを一通り確認する。

侵入者を防ぐヘスコ防壁は2重になり、上には鉄条網が張り巡らされている。

騒音対策の"防音塔"もバッチリだ。


続いて航空機と運用に必要な人員の召喚に入る、ここで召喚したのは主力の輸送機C-130Hが2機、偵察の為のMQ-1プレデターが2機。


そして火力投射の戦力として選ばれたA-4Mスカイホークと、F-5EタイガーⅢが2機ずつ、格納庫の中に現れた。


もし西部方面隊が航空支援を要請し、ベルム街の本部基地からF-4ファントムを飛ばしても、ここまで到達するのに時間がかかってしまう。近接航空支援と防空の即応性を高めるために、ここにも“戦闘行動が可能な”航空機を配置するのだ


その後、パイロットや弾薬、司令部要員、整備士、燃料庫に燃料などを召喚し、“ガーディアン空軍西部航空方面隊”の設立が完了した。

設立の挨拶は方面隊航空団司令に任せるとして、こちらは作戦を開始しなければならない。


「さて……行くか」


「ええ、行きましょう」


「捕虜になりにね」


笑ってはいるが、不安すぎるし笑えない冗談だ。

けど、これは誰かがやらなければならないことだ。そしてこの危険な任務を仲間に任せ、のうのうと報告を待っているなんて呑気な事は出来ない。


予定通り作戦時間まで体力を温存、具体的には飯を食って寝て待ち、作戦開始時間____20時を回った。

俺達3人がヘリ格納庫の待機室に戻ると、荷物を置いたそれぞれの分隊が整列していた。


「……」


皆が無言のまま、揃った動きで敬礼する。


「……」


俺は皆に応える様に踵を揃えて敬礼、スティールとユーレクもそれに倣って敬礼した。

俺を含めた3人の内、誰かが戻って来ない、又は五体満足で戻ることがないかもしれない。

けど、俺は死ぬつもりは無い、死なせるつもりも無い。

そんな思いを胸に秘め、無言のまま互いに敬礼を送りあう。


しばらくして俺が敬礼を下すと、皆も敬礼を下して気を付けの姿勢になる。


「……では、行ってくる」


「気を付けてくださいね」


「必ず帰って来られるように祈ってます」


皆の言葉に頷き、俺達は格納庫へ出る。

予定通り第1分隊とMH-60M(スーパー61)に乗り込んだ


『チェックリスト』


『OKです』


『スーパー61、離陸する』


目的地へ向かうMH-60M、行先はウェレット郊外の平原だ。


『公国軍と王国軍が交戦、現在戦闘は終了し、両軍引き上げに入っています』


『戦闘は公国軍の勝利、暗い為、戦果確認は遅れが見込まれているようです』


パイロットのウォルコット・クリストフと()パイロットのエイル・コロイドがそう報告する。

狙撃小隊と火器小隊が展開した後、エルスデンヌの森に入れなかった王国軍の残党は公国軍の主力部隊や偵察部隊との散発的な戦闘が行われ、次第にその数を減らしていったのは衛星やプレデター無人偵察機からも捉えていた。


ウェレット郊外へ降りて戦闘が行われていた地域へ徒歩で向かい、捕虜になる。というのが第1段階だ。


ウェレット郊外、闇夜に紛れてブラックホークが山の陰に着陸、ドアガンとキャビンのエリス達が警戒しながらキャビンドアが開けられると、外は真っ暗だった。


『……行ってきます』


『……いってらっしゃい、帰りを待ってる。2人も気を付けてな』


『了解』


『エリス様もお気を付けて』


最期になるかもしれないエリスとの言葉は無線越し、その言葉を交わし終えるとヘッドセットを外してヘリから降り、離陸を見送った。


ヘリの音が聞こえなくなると、2人の方を振り向く。


「さ、歩こう。覚悟はいいか」


「了解、覚悟ならとっくに」


「もちろん、地獄まででも着いて行きますよ」


頼もしく、ありがたい部下を持ったな。

俺はこんな状況で気持ちを新たにし、歩き出した。



================================


夜中、時刻は03:40


現地に到着した俺達は、"戦場"を見渡していた。

金属の匂い、人間の匂い、血の匂い。

真っ暗闇の中、感じる匂いだけで、ここが戦場だったという事が認識出来る。


半月の薄明かりの中、足元を確かめながら歩く、時折踏んでしまう遺体に謝りながら。


「……酷いもんだ……」


地面の状況がよく見えない中、馬も人も、人種も関係なく、血塗れで横たわっている。


「……よし、集合。声の方に来い」


そういうとスティールとユーレクは俺の元に寄り、膝をついて姿勢を低くする。


「王国兵の死体から鎧を拝借する、鎧を脱がせた王国兵はできれば埋葬してやれ。お互いが見える範囲でやるんだ」


「了解」


「了解」


低い無音声でそういうと、各々が散り始める。

俺は1人の王国兵の死体に目を付ける、銃で撃たれて負傷したところを首を切られて絶命したようだ。

少し失礼して男である事を確認し、鎧を脱がせる。

持っていた剣を地面に突き刺して草を切り、地面に穴を空ける様に素手と剣を使い掘っていく。


人が1人埋まるスペースが出来たら、そいつを埋めてやり、土で埋めて切り取った草をその上から被せる。


「勇敢な兵士よ、安らかに眠ってくれ……」


剣の柄が十字に見えるように地面に剣を突き立て、手を合わせる。


剥ぎ取った鎧は先程確認したが、べったりと血が付いていた。このくらい汚れていた方が身元が割れにくいだろう。

ただ、あまり汚れていると「鎧に損傷があるのに負傷がない」と不審がられる可能性があるので、ほどほどにした。


他の兵士が持っていたナイフを拝借、暗闇で見えにくいが、浅く自分の頬を切る。


「っ……!」


刃が頬に食い込み、暑さを感じて切った事を後悔した。自分を傷付けるのは気持ちの良い事では無いが、必要だからやらなければならない。


「スティール、ユーレク、終わったか」


「はい」


「終わりました」


「じゃ、手筈通りに。後で会おう」


「了解」


東の空に明るみが、朝が来る。

公国兵が死体漁りをする時間が来る前に、俺は地面に伏せた。



================================


第3者視点


朝8時、昨晩の戦果確認を行う為、小隊規模の公国軍が前線指揮所から出発した。


回収した兵士の鎧の数や捕虜の数だけボーナスが出る、と本国から通達を受けている公国兵は、手柄を上げる為に躍起になっていた。


「おい、今日も行くぞ」


「多かった方が奢りな」


そんな言葉が交わされる事も少なくない、彼等の収入に直結する為だ。

死体の鎧からエンブレムを剥ぎ取り、自分の手柄にしていく。


「さて……次は……」


公国兵が次の死体へと手を伸ばした時、他の死体との感覚の違いに手を引っ込めた。


「うぅ……」


「うぉっ!?」


唸り声を上げた死体に飛び退き、驚きの声を上げる。


「生きてる奴が居たぞ!」


公国兵が見つけた生存者は、明らかに息が荒く負傷もしているようだ。


「おい、捕虜にしろ」


「分かってる」


「こっちにも生存者だ!」


毎度3〜4人は見つける生存者だが、今回はこの辺りに生存者が集中しているようだ。


「ほら!立て!」


「うぐ……!」


生存者は乱暴に公国兵に起こされ、立たされる。

公国兵が持っていたロープで手を縛り、魔術防止用の首輪を着けさせる。

この首輪は闇系魔術が込められた魔石が埋め込まれ、魔術を一切使用不可になるという代物だ。

鎧を脱がせて戦衣だけにさせ、3人の手首を後ろ手に縛られると、公国兵が目の前に立った。


「ぐはっ!」


公国兵が無言で捕虜の1人を殴る、続いてもう1発顔面に入る。


「ぐっ……!」


「フン、連れて行け!」


「こっちだ、来い」


公国兵に連れられ、前線指揮所の捕虜収容用馬車に入れられる。

既に2人の捕虜が狭い馬車に詰め込まれ、窓のない馬車に詰め込まれる。


換気用のダクトから漏れる小さな光だけが、馬車の中を照らしていた。

中を満たすのは、糞尿と血の匂い、腐り切った空気だ。


その空気の中で数時間が経過し、再び馬車が開けられる頃には捕虜はすっかり疲弊していた。


「出ろ、お前らの処遇を決める」


捕虜はよろよろと立ち上がり、看守のような男の前に立たされる。

名簿の様な物を持っており、手にはペンが、腰には指揮官を示すサーベルが挿されている。


「お前、名前は」


「……ニコラウス」


「お前は」


「……モーリス」


「お前」


「……ジェフ……」


「この3人はソヴィボルへ」


「了解、こっちだ、来い」


付きの公国兵がロープで縛られたその3人はボディチェックをされ、ソヴィボル収容所へと送られる馬車へと押し込まれる。

匂いは先程よりも無いが、同じように換気ダクトから漏れる光以外は暗闇だ。扉が閉じられると、外から鍵を掛けられる。


公国兵の足音が遠ざかるのを感じると、捕虜の3人は溜息を吐いた。


「はぁ……上手くいった……」


そう言って脱力したのが、"ニコラウス"と名乗ったヒロトだ。

その隣でヒロトを気遣う様に顔を覗き込むのが、"ジェフ"と名乗ったユーレクである。


「顔殴られてましたよね……大丈夫ですか?」


「あぁ、一応はな……痛いのは慣れてる」


「慣れてるんですか……」


「しっかし、空気が酷いな、悪臭だ……」


気遣いながらもそう愚痴を垂れるのは、"モーリス"と名乗ったスティールだ。

顔をしかめながらそういうスティールは溜息を吐き、周りを見回す。


「暫く青空は見られないぞ」


「知ってますよ、覚悟の上です」


「覚悟してなきゃ付いてこないですよ」


「そりゃ……ありがたいことで」


そう言って座り直し、姿勢を整える。

捕虜になるのは誰だって初めてだろうが、捕虜になった場合のマニュアル作りに役立てるなら、こんな事苦ではない。

そう思ってヒロトは目を閉じ、深く呼吸をした。


================================


ヒロト視点

3人が同時に捕まり、誰も処刑されず、同じ収容所送りにされたのは奇跡だ。


誰か1人か2人がもう1つの収容所、バスティーユに送られ、救出作戦としてバスティーユ襲撃を立案しなければならないと思っていたが……本当に良かった。


「とにかく、ここからが本番だ。全員で生きて帰る」


「了解」


「了解」


その直後、ドアの鍵が開けられて更に2人の捕虜が放り込まれて来た。

見た感じ、2人とも負傷しているようだ。


「ぐふっ……!」


「くっ……!」


2人が起き上がる前にまた乱雑にドアが閉められ、鍵がかけられる。


「おい、大丈夫か?」


「お、俺は大丈夫だ……それより……!」


1人の捕虜はもう1人の捕虜の方を見る、暗い為髪色は分からないが、呻き声を上げている。


「うぅ……っ……く……!」


両手が後ろで縛られている為すぐに駆け寄る事は出来ないが、ゆっくり歩み寄るとかなり大きな怪我をしているのがうっすらと見えた。


「おい、しっかりしろ!」


「気を確かに持て!」


そう言った直後俺達を襲った揺れは、馬車が発進した事を俺達に知らせていた。

ガーディアンが販売しているものではなく、旧式の木の車軸と車輪が地面に転がる石や凹凸を捉え、体感的な方角は南西方面に向かい始めた。



================================



窓がないので外の景色が見えない、体感的には半日ほど馬車に揺られていた気がする。


結果として負傷していた彼の傷は思ったより深かったらしく、今は既に目の前で死んでいる。

治癒魔術は首輪の魔術抑止機能により使えず、俺はそもそも魔術は使えない。


それに今は両手を縛られ、基地に端末も置いて来たのだ。助けられる手は無かった。


「……よくある事と思っていても、これは堪えるな……」


「戦場では、命など安いもの。簡単に失われてしまいますからね……」


俺の呟きにスティールがそう応える、もしこの両手が動き、俺がスマホを持っていたら救えただろうと思うが、今は後悔よりも諦めの方が強い。


「今俺達に出来る事は無いですよ……」


「進んでこの状況に飛び込んだんだ……俺達には他に、やる事がある」


「あぁ、そうだな」


ユーレクとスティールが励ますように言ってくれる、幾分か心が軽くなった。


無事だった方の捕虜は疲労からか、硬い床にも関わらず疲れて寝てしまっている。

目の前で仲間に死なれると言うのはかなり精神的にキツいものがあると言うのは、俺でも容易に想像出来る。


さて、自ら進んで捕虜になったとはいえ、この先どうなるかは全く分からない。

脱出の算段は立ててあるものの、未知の場所に踏み込む恐怖というのはこの先どこまでいっても慣れる事は無いだろう。


不意に馬車が減速し、急に停車する。身体が傾く程の急制動だ。

馬車が止まって間も無く、馬車の鍵が解錠され、扉が観音開きに開けられる。その音と振動で眠っていた王国兵も起きた様だ。


「出ろ」


行きに見た覚えのある公国兵が扉を開け、俺達に命令してくる。

俺達は虚ろな目をしながらフラフラとした足取りで馬車を出ると、目の前には収容所の門が聳えていた。


【労働は解放への近道】


門にはそう書かれており、その周囲は鉄線とレンガを積んだ壁の二重の壁になっている。


収容所の周囲は森で囲まれており、頭の中に叩き込んだ地図と思い比べて、かなり深い森が周囲に広がっている事が想像出来た。


ここがソヴィボル収容所……見た目は完全にアウシュヴィッツだ。


「ようこそソヴィボル収容所へ」


公国軍の看守と思しき人間の男が、ニヤリと笑みを浮かべながら俺達の前に立つ。


「ん?収容される人数が1人少ないようだが……」


「馬車の中で1人、死んでいます」


行きにも見覚えのある公国兵が馬車の中を見ながらそう言うと、看守は溜息を吐きながら馬車に目をやる。


「おい、お前とお前。死体を運べ」


指差されたのは俺とスティールだ、公国兵が腕の縄をサーベルの先で切る。


「妙な真似はするなよ」


そう釘を刺され、馬車の中に居た王国兵の死体を運ぶ。

陽の光の下で見たこいつの髪は紫色だった、長時間座って痛む身体で、収容所に辿り着く前に命を落とした王国兵を運ぶ為に感情のスイッチを切る。


こいつに居ただろう家族の事、恋人の事、友人の事、余計な事は考えず、運ぶ。

俺達は死人を運びながら収容所の門を超えた。


「こっちだ、付いて来い」


施設内には入らず、壁沿いに使者を運びながら進むと、濃密な死臭を放つ溝が見えた。

深さは3m程で、溝の底は死者で埋まって見えない。死臭にたかる蝿がその辺を飛び回っていた。


「死体はそこに捨てろ」


乱雑に積み上げられた人だった物で埋め尽くされる溝を公国兵は指差す、反射で思わず表情を歪めてしまった。


この下水道の様な溝に"彼"落とすのは気が引けたが、ここで反抗すれば自分の身が最悪この中の仲間入りする羽目になる。

脳裏にエリスの微笑みを思い浮かべた、俺はまだ死ぬ訳にはいかない。


すまない、と声には出さず呟き、スティールの方を見る。

スティールも声に出さず頷き、"彼"の体をスイングし始めた。俺もそれに合わせて"彼"の体を振り______溝へ投げ入れた。


どさ、と力無く溝へ落ちて行った"彼"を悼み、一瞬目を瞑る。

どうか"彼"の御霊は、"彼"の信ずる神によって、"彼"の家族の元に導かれます様に……


祈りを長く捧げては居られず、俺達は公国兵に連れられて施設の中に入っていく。

いつまで続くか分からない、俺達の収容所生活の始まりである。

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