第145話 死神討伐
「くそッ!くそッ!くそったれ!」
森を西に逃げる集団がある、公国軍のエンブレムが付いた鎧を着た公国兵だ。
剣やクロスボウ、槍、中には新兵器である"銃"を手にした10人ほどの部隊が、無我夢中に"逃げて"いる。
ダァーン!
「ぐふっ!?」
また1人、隣を走る仲間が喰われた。
作戦開始時には30人が存在した公国のこの部隊だが、既に10人を下回っている。
「何だこれ!何なんだこれは!?」
「俺が知るか!あと黙って走れ!殺されるぞ!」
恐怖に陥った公国兵が畏れる様な声を上げながら走る。
上官がそれを抑えようとしながら森の中を走る。
______次の瞬間、涙目のまま走っていた公国兵が頭を撃ち抜かれる。
同じ様に、上官が振り向いた瞬間に頭を撃ち抜かれ、あっという間に2人分の死体が出来上がる。
あの死神の舌打ちが聞こえる度に、誰かが必ず死んでいく。
「くそッ!くそッ!くそッ!なんで俺だけっ……!」
もちろん彼"だけ"と言う事は無く、誰にでも平等に、死神の鎌は振り下ろされる。
左脚に衝撃、公国兵はその場で転び、草と泥まみれになる。
「ま、待ってくれ!死神!」
尻餅をついて後退りながら、転んだ公国兵は恐怖を少しでも和らげようと死神に交渉を持ちかける。
「と、取引しよう!な!?死神!俺を殺さないでくれれば__」
バチュッ!
ダァーン!
公国兵の交渉の言葉がこの森に放たれる前に、死神の鎌は振り下ろされた。
その死神は、400m以上も東に居た。
CRYE PRECISION のアサルトギリーとタスマニアンタイガーMk.2チェストリグを身に付けた"死神"達が、森の中に隠れていた。
「命中、ヘッドショット」
「……」
命中を告げるクリスタの隣で、ランディはボルトハンドルを起こして引く。熱を帯びた空薬莢が排莢口から吐き出され、地面に落ちて埋まった石に当たり、澄んだ金属音を奏でる。
「ここのところ、敵の数が妙に増えたな」
構えていたL115A3を下ろしながらランディが呟く様に言う、隣でSR-25を構えるクリスタも、後ろを見張っているカイリーとマーカスも、同じ事を思っていた。
このエルスデンヌの森に展開してそろそろ半月程経つが、今までより接敵する回数が格段に増えた。
1回の哨戒活動中に1度接敵するかしないか程度の頻度だったのが、ここ2日程で1回の哨戒中に2回はデフォルトだ。
森の上空をRQ-11Bレイヴンを始めとする無人偵察機と、更にその上からの眼差しである偵察衛星がリアルタイムで情報を送ってくる為、部隊は先に公国軍を見つける事が出来る為、未だ奇襲を受けた事は無い。
現在もランディの持つ端末に、RQ-11Bレイヴンからのリアルタイム映像が送られてくる。
「……敵は後退した、半径2kmに反応無し」
「魔物も?」
「あぁ、無い」
魔物も一応生物である以上熱を持つ為、赤外線映像などには映る。
それが無いと言う事は、現在周辺に敵性反応は無いと言う事だ。
ランディはL115A3からSIG MCXに持ち替え、周辺を警戒する。
「このまま交代の時間まで見張る。監視をすり抜ける可能性も0とは言えないからな、油断せずに見張れ」
「了解」
「了解」
木の根元や茂みの中など、敵から見つかりにくく、かつ敵を見つけやすい場所で周辺を警戒する。
ランディはMCXを構えて自分の担当区域を捜索、どこから敵が襲ってくるか分からないプレッシャーと緊張感、ただの木が人に見えたり、少しの物音に警戒したりする事も時折あるが、鍛えられた彼らはそんな時だからこそ冷静になれる。
警戒を始めて2時間、そろそろ尻も痛くなってくる頃だろう。
「……そろそろか、交代の時間も迫ってる。引き上げるか」
「了解」
各々が立ち上がり、引き上げの準備を始めた時、任務本部から通信が入る。
『こちらSHQ、公国兵が森の入り口に集結中。加えて斥候と思しき10数名の集団が縄梯子側の崖沿いに移動中だ』
縄梯子側に展開中、と言う事は、縄梯子がバレてこの任務自体が失敗する可能性も高い。
「……了解、早急に排除する。皆聞いたな?移動だ」
「了解」
「奴ら、本格的に私達を狩るつもりか」
立ち上がりながらカイリーが言う、恐らくこの半月で、王国軍を仕留められない公国の指揮官が業を煮やしたのだろう。
崖までは1km弱、敵より先に着かなければいけないが、森の中で移動速度はどうしても遅くなる。
しかし森の中では、歩兵は騎兵より有利だ。木々が林立し、足場の悪い場所では、馬より歩兵の方が圧倒的に取り回しが良い。
縄梯子から100mのところまで来ると、ランディの目にははっきりと見えるようになる。
10名ほどの公国軍が、縄梯子の近くで何かを調べてる。
梯子が見つかったか、ランディは矢継ぎ早に命令を下す。
「発見した、距離100、数10名。交戦を許可する、1人も逃すな」
ランディはMCXのストックを肩に当てて、搭載しているAimpoint Micro T-1ダットサイトで狙いを定める、ハンドガードを横から掴むソードグリッブと呼ばれる、所謂"コスタ撃ち"の構えで引き金を引いた。
ハンドガードの中程まで減音器が入っている為、銃声は殆どしない。
プシャッ!と炭酸飲料のペットボトルのキャップを開けた時の様な音を立てて.300BLKが発射され、レティクルに重ねられた公国兵の頭をその通りに撃ち抜いた。
撃たれた公国兵は崖に血の染みを残し、その場に崩れ落ちる様に倒れる。
流石の正規軍と言ったところで、奇襲に反応して素早く全周警戒反撃の準備に入るものの、ガーディアンの方が一枚上手だった。
バシッ!と空気を叩く銃声と共に様々な口径の弾丸が公国兵に襲い掛かり、装飾の施された自慢の鎧や盾など障害にならず簡単に貫通してしまう。
接近しながらの射撃で、敵が反撃に移る前に次々と始末していく。
「1人逃げるぞ、クリスタ」
「ん、あとお願い」
クリスタは構えているSR-25の銃口を、森の入り口の西に向けて走って逃げる公国兵に向けた。
PRSストックを肩に当てて構え、引き金を引く。ダブルタップだ。
100mも逃げられない内に2発の7.62mm弾は公国兵の背中と首を貫き、つんのめる様に地面に倒れた。
彼女から見て横に走って移動している敵に、ダブルタップで2発共を命中させたのは彼女の狙撃の技量の高さがあって成せる技だろう。
「クリア」
「クリア!」
全員射殺、何とか縄梯子の位置の露呈を防ぐ事は出来た様だ。
「危なかったな……」
「崖の陰に隠れて来たから、見つけにくかったんでしょう……」
敵を始末したクリスタがSR-25を手にそう推測する。上空を無人偵察機と偵察衛星の監視によって常に見張っているとは言え、この様に隙間は必ず生じるのだ。
交代の時間となり、ラペリング降下して来たハンス率いる第3狙撃分隊と森の警備をバトンタッチし、第1狙撃分隊は縄梯子を伝って崖の上へと上がる。
狙撃部隊の本部OPへと立ち寄ると、作戦の立案が既に始まっていた。
「お、来たな第1分隊」
狙撃小隊の小隊長、カーンズ・マクエルトが地図と端末を半地下のOPに設置された机に置いて作戦を立てている。
「どうやら俺達の事を"死神"って呼んでるらしい公国軍は、死神討伐に本腰を入れ始めるらしいな」
そう言ってカーンズがランディに渡した端末には、エルスデンヌの森の入り口、谷の始まり辺りの拠点で集結する公国軍が映し出されていた。
「集結した公国兵は約3分の1、250人の中隊規模だ」
「この集まり具合だと……今日の夜くらいには森の中頃に到着するな……」
死神討伐部隊、恐らく"銃"を装備した兵も多いと思われる部隊は、続々と集結して王国軍ではなくガーディアンの任務部隊に攻撃を仕掛けようとしているようだ。
「……面白い、迎え撃ってやる」
「そういうと思ったぜ」
ランディが呟くように言うと、カーンズが待ってましたとばかりにニヤリとする。
「作戦はあるか、小隊長」
「正面から迎え撃つ、火器小隊で崖の上から打ち下ろし、森の中の防衛線はお前達分隊に任せる」
「了解」
「夜までには作戦を詰めて展開させる、分隊内での役割分担などは決めておいてくれ」
カーンズの言葉に頷いたランディはその場を後にし、自分達の設営したOPへと戻った。
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同日、21:40。
「敵さん、本腰入れて来たってマジだったんだな」
ランディはスコープを覗きながら呟く様に言う、彼が今居るのは、森に生えている巨木の上だ。
太い木の枝に腰掛け、木の幹に身体を預けるように座る。
落ちないように幹と枝にはケーブルを掛け、落下防止のハーネスを身体に取り付けている。
AN/PVS-15双眼型暗視装置を取り付けたヘルメットを被り、暗視装置越しの緑色の世界で高所から森を見渡している。
『兄さん、こっちにも来ます。距離1000、数は50以上』
『ランディさん、こちらでも確認。木より多い様に見えます』
クリスタとカイリーからの通信の声が、ヘッドセットの無線越しに聞こえる。
夜のエルスデンヌの森は静まり返っており、どこから魔物が襲ってきてもおかしくはない。
その上、魔物や敵以外にも何か出てきそうな雰囲気だ。
彼らは増幅管やサーマルのナイトビジョンがあるが、公国兵が持っている夜戦装備と言えば、夜間行軍用の小さなランタンくらいだ。
良くそんな貧弱な装備で夜のこの森を突破しようと思ったな、驚きを通り越して尊敬すら覚える。とランディは軽くため息を吐いた。
「HQ、そろそろ敵が網にかかる、合図をしたら作戦通りに」
『こちらモーター、了解』
『マッド・ドッグ、了解』
無線にそう告げると、ランディは自分がいる木のすぐ下にいる自分の分隊の分隊員、マーカスに合図した。
彼はM4の銃身下に取り付けられたMk.13EGLMに照明弾を装填、他の分隊の擲弾手も同じ事をしている筈だ。
そしてその時刻_____照度を落とした4発の照明弾が一斉に発射された。
落とされた照度はかなり暗く、暗視装置をしていても大丈夫なほどだった。
その照明弾が打ち上げられた次の瞬間、崖の上からLWMMGが火を噴いた。
狙撃部隊から700mのところまで迫っていた公国兵の頭上に、突如として.338Lapua Magが降り注ぐ。
7.62㎜NATO弾より射程も威力も高い弾丸は公国兵の騎士の甲冑を瞬時に貫き、一般兵の身に着けた鎧をまるで紙の様に貫いた。
魔力値の高い者は瞬時にシールドを張ったが、無詠唱のシールドには大した魔力は無く、あっけなく.338LapuaMagに破られる。
「て、敵の攻撃だ!」
「木を盾に!姿勢を低くしろ!狙われるぞ!」
公国軍の指揮官が暗闇の中でそう叫ぶが、茂みに隠れた者は茂みごと撃ち抜かれ、中途半端な太さの木に隠れた者は幹ごと砕かれる。
そして伏せた者に対しても、崖の上から降り注ぐ機銃掃射で何人もの公国兵が銃弾に捉えられていく。2個機関銃分隊、まるで吠える狂犬の様に4挺のLWMMGの銃口は火を噴き続け、.338Lapua Magのベルトを次々と飲み込んでいく。
ピュン、チュン、と銃弾がそこかしこで跳ねる音に、公国兵は恐怖で震え上がる。
同じような武器を持っているからこその恐怖、しかも公国の銃とは連射速度も全く異なる上に、的確に頭を上げさせない精度で狙ってくる。
「何なんだあの銃は!?あんな連射出来る銃が存在するのか!?」
それ故に、彼らは彼らの持つ銃に対する自信を失いかける。
バリン!
「なっ!?」
突然、彼らの手に持つランタンが砕け散る。魔術攻撃の様な魔力の気配はなく、音も無かった。
機関銃の弾が当たったのでもなさそうだ、角度から、狙うのは相当難しい。
「おい!ランタンが!?」
公国兵が持つ夜戦用のランタンが、バリンバリンと音を立てて次々と砕かれて行く。
公国兵は気付かなかったが、新たに減音器を取り付けた狙撃銃を手にした各分隊の狙撃手が、遠距離からランタンを次々撃ち抜いているのだ。
「ぐぁぁぁっ!?」
1人の公国兵は、ランタンを持った腕ごと撃ち抜かれる。攻撃されている、と気付いた公国兵はまたも狼狽えた。
「腕が……!」
「攻撃されている!」
「一体どこから____」
様子を伺おうと木の幹から顔を覗かせた公国兵が、今度は眉間を撃ち抜かれる。
周辺の木や葉の表面に血や脳漿をブチ撒けて頭がブレたと思った瞬間に地面に伏せる様に倒れる。
「な、何が_____」
狼狽え、驚きの声を上げる公国兵が、今度は狙撃される。
彼らはようやく狙撃部隊のキルゾーンにいることに気付き始め、逃げようとするも頭を上げれば機関銃の掃射に捉えられる。
攻撃は崖の上からの掃射や狙撃だけでは無く、公国兵から見れば前方に当たる東側から狙撃部隊の中でも援護のためにM4やM249を持つ兵士が接近して射撃、頭を上げることもままならない。
250人程で攻め上がって来た公国兵は、既に3分の1しか残っていなかった。
「ひっ……!」
パニックになり掛けながら中途半端な木の幹に身を隠した公国兵だが、森に響く銃声の中で、一際低く大きく響く銃声が彼を捉える。
ドン!
放たれたのは、12.7×99mm弾。対物狙撃銃に木の幹ごと撃ち抜かれた公国兵は胴体が2つに裂け、その場に骸を晒す。
公国軍部隊の中には、魔力量の多い女性も魔術師として混ざっていたが、ガーディアンに取っては全く関係なかった。
奇襲で魔術師の半数がシールドも展開出来ずに射殺され、シールドを展開して何とか初撃を防いだ魔術師もいたが、優に3000Jを超えるエネルギーを持つ弾丸をそう何発も防げる魔術師は多くない。
たった今も、女魔術師がシールドを張って木から木まで移動しようとした瞬間に、ランディがL115A3でヘッドショットを決めて死体が1つ増えたところだ。
「……も、もうダメ……やめて……何で私達が……」
木の幹に隠れながら、死の恐怖にブルブル震えている女魔術師も、木の幹に何発か打ち込まれた12.7mm弾の餌食となり、ヘッドショットを食らって肩から上が消え去った。
樹上から狙撃するランディやクリスタには、隠れようとしているのが丸見えだった。
スコープと暗視装置をタンデムした緑の視界に映し出された風景、木の陰に隠れる敵の爪先が僅かに見える。
クリスタは大きく息を吸い、止め、引き金をゆっくりと引き絞る。
シパァン!
大きな銃声では無いが、減音器によって抑えられた、鞭を打つ様な鋭い音。
7.62mm弾は音速の3倍を超え、公国兵の爪先を撃ち抜き抉り取った。
スコープの向こうで公国兵が爪先の痛みを抑えるように蹲る、隠れていた頭が射線に出た瞬間、もう1度引き金を引いた。
頭の一部が砕け散り、森に散乱してシミを作る。
ようやく混乱から立ち直った一部の公国兵が反撃を開始、自らの銃を手に取って撃ちまくるが、元々精度も低く射程距離もさほど無い、威力が取り柄の武器である上に、めちゃくちゃな構えと引き金の引き方で狙いは定まらず、殆どが木に命中して跳弾となり何処かへと飛んでいく。
まともに狙って撃てた数%の弾丸は狙った場所へと飛んで行ったが、狙撃部隊が隠れている木の幹辺りに命中、展開している部隊が被害を受ける事は無かった。
反撃してくる1人の頭を、第3分隊のハンス・ジッキンゲンがM24A2で狙う。
スッと息を止め、引き金を絞った。
減音器に抑えられた銃声と共に撃ち出された7.62mmNATO弾は、こちらに向けてしっかり反撃してくる銃兵の眉間を真っ直ぐに撃ち抜いた。
「クソ!体勢を立て直す!銃兵は集まれ!盾兵は援護せよ!」
公国軍の指揮官が素早く支持を飛ばし、対銃戦術として編み出された"盾を斜めにする"方法で銃兵を援護しながら銃兵を集結させようとした時、再びM82A3の大きく重い音が森に響く。
ガギュッ!
鈍い音と共に盾は大穴を開け、盾兵の身体は大きく抉れ、その後ろに居た銃兵も弾丸に貫かれ持っていた銃も12.7mm弾のエネルギーに一瞬でバラバラにされる。
次々と盾ごと"破壊"されていく公国兵と、狙いを付けられなかった数名が集結して反撃、一斉射撃の為に顔を上げた瞬間、銃兵の眉間は撃ち抜かれた。
第2分隊分隊長のアンナ・ドミニオンがL115A3のボルトハンドルを操作、薬室から熱を帯びた空薬莢が引き出されて地面に落ち、マガジンから上がってきた.338LapuaMagが薬室に送り込まれてボルトを回す。
再び引き金に指を置き、スコープで狙いを定めて引金をゆっくり絞った。
炭酸のペットボトルを開けるような銃声、.338LapuaMagはアンナの狙い通りに公国兵の眉間に吸い込まれていった。
前方で威勢良く戦い散っていく公国兵だが、後方にいた公国兵は木の幹に身を隠していた。
腰抜けと罵られても生き延びたい奴と、このまま負けると悟り後退したい奴。有能と無能が入り混じった、"何が何でも後退したい公国兵達"が後方に集まっている。
「あんな相手に勝てる訳がねぇ!」
「これが死神の力か……!」
「落ち着け!落ち着くんだ!」
「そうだ、今のままでは勝てない。だが本隊の翼竜と魔術師部隊を呼べば、死神に勝てるかもしれない」
「暗闇に乗じて撤退する、少し移動するごとに木に隠れるんだ」
"ここから撤退する"、その意思を固めた公国兵達は撤退を開始。移動する度に身を隠し、西へと向かうが。
「ガッ!?」
逃げ出した公国兵の後頭部を.338LapuaMagが捉えた、額から脳漿をぶちまけて死体が1つ出来上がる。
損害を出しながらも後退を続ける公国兵が、木を盾にして立ち止まる。後ろからは彼らが死神と呼ぶガーディアンの狙撃部隊が追い上げるように射撃してくる。
「おい、何か聞こえ___!」
公国兵がそう言いかけた瞬間、目の前の地面が捲れ上がるように爆発した。
次々と巻き起こる爆発に、公国兵は成す術もなく巻き込まれていく。
ヒューン……ズドン。
そんな風切り音と共に起こる爆発の正体は、またも崖の上からだった。
「半装填!」
「半装填良し!」
「撃て!」
「発射!」
エルスデンヌの森を挟む崖の上、木が生い茂るその中に、ポツンと木々の途切れる場所が3か所ほどあった。
途切れて開けた場所から上を見ると、夜の星々が良く見える。
そんな途切れた場所から頭上に向けて、迫撃砲弾が放たれる。
砲弾は夜空を目指して真っ直ぐ上を目指して放物線を描く、そして幅2kmのエルスデンヌの森に公国軍の行方を阻むように着弾した。
炎と弾殻の破片、音、衝撃波をそこら中に撒き散らし次々と公国兵を薙ぎ払っていく。
砲弾を撃ち上げているのはM224 60㎜軽迫撃砲、それを操るのはガーディアン歩兵部隊、火器小隊の迫撃砲セクションの隊員達だ。
1個分隊4名、3門のM224軽迫撃砲が3個分隊、合計で9門の迫撃砲は絶え間なく砲弾を吐き出していく。
「角度修正!」
「了解!」
砲弾の操作手が3脚の間にあるハンドルを回し、作戦計画に従って角度を修正。弾着点を僅かに変える。
「修正よし!」
「撃ち方始め!」
修正を終えた迫撃砲の各分隊は、今ある砲弾を撃ち尽くす勢いで砲弾を砲身内に入れていく。
今度は後退する公国兵の進路を塞ぐ様にではなく、交代を躊躇い立ち止まる公国軍のど真ん中に砲弾は命中した。
巻き上げるものの中に、土砂と葉や枝、そこに公国兵の死体が加わる。
日付が変わる前まで、エルスデンヌの森には銃声と爆発音が連続した。
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おかしい。
そう思った公国軍のグライディア王国追撃指揮官は、自らが送り出した部隊が1兵たりとも戻ってこないのを不審がっていた。
1個中隊250人が、1人もである。
「エルスデンヌの森に死神がいる」という噂が兵士の間で流れ始めたのは3週間前、そんなのが居る訳ない。ただの噂だと最初は思っていたものの、日に日に"死神に狩られた"という部隊が増えていくにつれ、死神の噂について疑心暗鬼になり始める。
恐らくはエルスデンヌの森に棲みつく魔物だろう、そう思った指揮官は"死神討伐部隊"を結成し、送り出した。
しかし送り出してから1週間、討伐隊の伝令もこちらから送った伝令も、1兵も帰ってこない。
やはりおかしいと思った指揮官は、また50人の小隊を率いてエルスデンヌの森へと赴いた。
そこで彼は、衝撃の光景を目にする事になる。
「な……なんだこれは……!?」
指揮官は目の前の光景に絶句した。
森を進んでいたはずの死神討伐部隊が、全員その場で死んでいるのだ。
森に入って7km程の地点、公国の鎧を身に付けた兵士やローブを着た魔術師が、男女問わず全員死体となっている。
焼け焦げた木もあり、更には身体中が蜂の巣になっていたり、身体の一部が大きく抉れていたり。
「こ、これが死神の仕業なのか……」
死神、と口にした瞬間、公国指揮官の隣にボトリと何かが落ちる。
死神かと思い身体をビクッと震わせ、ゆっくり視線をそちらに向けると……落ちて来た物は、腕だった。
「ひっ……!?」
上をチラリと見上げると、枝には人間の脚や腕などが引っ掛かっている。
近くには爆発魔術のような痕跡もあり、恐らくはバラバラになった身体の一部なのだろうと推測出来る。
「うっ……オエッ……!」
あまりの生々しい光景に、反射的に副官が嘔吐した。
血の染みた大地に吐瀉物が混ざり、辺りは凄まじい臭気に包まれる。
人間の死臭、道中に魔物どもが集まる訳だ。
他の遺体は比較的欠損は少ない、何故なら、頭や心臓を1撃で撃ち抜かれているからだ。
中には頭の4分の1や半分が砕けたような遺体もあったが。
「こ……この森には本当に死神が……うわっ!」
恐怖に震えた指揮官が凄まじい光景を目に、後退った直後、踵に何かを躓かせて転ぶ。
指揮官が躓いたのは、生きていた筈の彼の副官だった。
既に息絶えていた副官は、口元に嘔吐の痕跡を残し、他の死体と同じ様に頭を撃ち抜かれて脳みそが飛び出ていた。
"ドン!"と重い音が2〜3回響き、指揮官は驚いて身をすくませた。
「……ぐっ……くそっ!死神だ!応戦しろ!」
公国の指揮官は声を張り上げて命令するが、既にその命令を聞く者は居ない。
50人の小隊の全員が、既に天に召されていたからだ。
「っ……く……クッソォ!!」
指揮官は腰に下げたサーベルを抜き、森に向かった叫んだ。
「死神!俺はお前なんて怖くねぇ!!身を隠してからじゃなきゃ攻撃もままならない卑怯者め!出てこい!俺がお前なんてぶっ殺してやる!!」
ヒュッとサーベルが鳴り、木の幹にその刃が食い込んだ瞬間、指揮官の眉間に風穴が空いた。
公国の指揮官は何も気付かない内に、天に召される事になった。
「命中、ヘッドショット」
クリスタがSR-25のスコープを覗きながらそう呟く、立射の姿勢でL115A3を構えていたランディはボルトハンドルを回して引き、空薬莢を排出する。
空になったマガジンを外してダンプポーチに入れ、チェストリグに取り付けていた腹部右側のポーチから.338LapuaMagが詰まった予備マガジンを取り出してL115A3に差し込む。
ボルトハンドルを押し込んで回し、初弾を薬室に送り込んだ彼は、スコープ越しに更に索敵。先ほど倒したサーベルの男を最後に、見える範囲に反応は無くなった。上空を飛行するRQ-11Bも、敵の反応はないと言っている。
「兄さん、捕虜にしても良かったんじゃ?」
「サーベルを抜いた時点で奴には交戦の意思があった、それに、わざわざ近づいて拘束する時に暴れて、死者や負傷者を出すの馬鹿らしいだろ?」
「ふふっ、確かに……」
この時点で、エルスデンヌの森に近い場所に展開していた公国軍はその戦力の3分の1を喪失。これは戦闘部隊の「全滅」を意味する数字だ。
この結果が、公国軍のエルスデンヌ周辺からの撤退に繋がる事になる。