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第142話 王国軍vs公国軍

ヴェレット南の平原。

王国軍と公国軍の戦闘が、この平原で始まった。


双方正規軍同士、そして攻撃手段は剣や槍、弓矢、クロスボウという前時代的な戦闘。


生身の人間と人間、生きた力同士のぶつかり合いだ。


まずは異世界らしく、攻撃魔術が双方の軍勢の先頭で光る。


炎魔術のファイア・ボールが其処彼処を飛び交い、返す刀のフレア・ジャベリンがシールド魔術を掻い潜り王国軍の盾兵(スクタリ)に突き刺さり身体を燃やしていく。

報復とばかりに王国軍の魔術師から放たれたフレイム・ストーム(業火の嵐)が、公国兵を巻き上げ焼死体を降らせていく。


そんな公国兵を守るように、今度は公国側の魔術師が土の壁(アース・ウォール)を構築し、炎魔術や降り注ぐ矢を公国兵から遮る。


そんな土の壁を、王国軍魔術師部隊の氷の槍が貫き、壁がみるみるうちに凍っていき、バリンとガラスが割れる様に砕けた。


丸裸にされた公国軍に、王国魔術師部隊から放たれた氷の礫(アイス・エッジ)が襲い掛かり、公国兵の鎧を刺し貫いて身体を凍り付かせる。


魔術師部隊の攻撃が終わり、違いが互いの魔術に巻き込まれる距離にまで接近したら、今度は白兵戦が始まる。


盾兵(スクタリ)の盾の間から長槍を突き出した王国軍が突撃、同じ様な陣形を組んだ公国兵と真正面から、鈍い金属音を立ててぶつかり合う。

王国兵の槍が公国兵を貫き、公国兵の盾が王国兵を押し退け、押し退けた隙をついて公国兵の槍が王国兵に突き立てられる。


戦線の端では、丸盾を持った剣士と剣士が鍔迫り合い、戦場にサーベルが盾に叩きつけられる音や、サーベル同士が高い音を鳴らす。


そんな混沌の戦場に、双方を支援する様に撃ち込まれるのは、バリスタや投石機(カタパルト)などの大型飛び道具による鏃や熱せられた人の頭ほどある巨石。

更には、弓兵が弓矢を放ち、双方の兵の支援を開始した。


「亀甲陣形!」


指揮官がサーベルを振るい、盾兵(スクタリ)が隊列を組んだまま自分や味方の頭を守るように盾の向きを変える。

降り注ぐ矢から部隊を守るが、巨石は相当な質量があり、放物線を描くことでかなりの速度を持っている為盾で防げない者も多かった。


しかし王国軍はその中で、勢いをドンドン増していく。

特に勢いが強かったのは槍兵だ、元々最前線で最も士気が高かったのだが、それに更に勢いを加えたのが“13人の戦士”と呼ばれる精鋭の1人、セルダ・ルキタニアである。


彼の青い髪は、兜を被った他の兵の中でも目立っており、既に戦果を挙げたのか血の付いた長槍を掲げている。


「公国軍の攻勢は崩れつつある!今こそ前進の時だ!前進!」


公国兵は王国軍の勢いに押されてどんどん戦線を後退させる、後退していく戦線と援護に来ない味方に、公国軍は総崩れを起こして退却し始めた。


セルダ・ルキタニアは馬に乗り、追撃の号令をかける。


「この機を逃すな!追撃開始!」


槍を振りかざし、公国兵を突き刺して引きずり回しながら、トドメとばかりに追い上げる。


「お、王国の犬どもが!」


「引けっ!引けぇっ!」


恐慌状態となった公国軍第1悌隊が引き、王国軍の騎槍兵が戦線を押し上げ拡大していく。


「ふんっ!この程度で王国に挑もうなど、笑止極まれり!行くぞ!突撃!」


槍兵、騎兵、剣士達の士気が上がり、空に拳を突き上げて雄叫びを上げる。

セルダに続き、槍兵や剣士が最終突撃を開始、その勢いと同じ勢いで公国軍は退却して行く。


退却した公国兵は、地面に掘られた溝の中に飛び込む。それを見たセルダは嘲笑った。


「馬防壕か、あの程度、我々で突破出来る!」


セルダの乗る馬が馬防壕に接近した次の瞬間、馬防壕から公国兵が一斉に立ち上がった。


彼らは知る由もない、公国兵が装備しているのが、"ニルトン・シャッフリル銃"と呼ばれる最新の兵器だという事を。


高い破裂音と共に襲い掛かるのは、彼らの動体視力では捉えきれない程早い弾丸だった。


最前線の雄叫びが、悲鳴へと早変わり。圧倒的優位にあった王国軍が、一瞬で不利な状況に叩き落とされる。


最前線に居たセルダの馬に弾丸が数発命中、痛みに嗎く馬は暴れ、落馬して下敷きになる事を避けたセルダは馬から飛び降りた。


「うわっ!?」


飛び降りた勢いのままに地面を転がり、起き上がる事なく地面に伏せる。

クロスボウの一斉直射から身を守る時のテクニックだったが、それがここで役に立った様だ。


「マズい!引けっ!引けぇっ!」


彼らは初めて見る武器を装備した公国兵に遭遇し、王国軍の前線は先程の公国軍同様の恐慌状態に陥っていた。


攻勢はあっという間に崩壊し、前線は絶望と恐怖の中で撤退する。


「な、なんなんだあの武器は……!?」


敵の新型兵器だ、という事は分かる。それ以上に、驚きが隠せなかった。


クロスボウの様な兵器だが、威力や速度は段違いだ。


「くっ……き、貴様らっ!それでも戦士たる者かっ!?」


自らの槍を手に彼は立ち上がるが、その左の肩を銃弾が貫き仰け反る様に倒れてしまう。


盾兵(スクタリ)が盾を構えて後退する兵を援護するが、敵の"銃"と言う新兵器は盾を容易く貫通する。


戦士である彼は、こんな戦い方をする公国兵が許せなかったのだ。

球体の銃弾が貫通し、痛む肩を抑えて立ち上がり、自らの槍を拾って構える。


「貴様ら!戦士であるならば!剣を抜け!槍を構え!弓を放て!それが戦士のやる戦い方か!?正面から堂々と戦わんか!穴の中に隠れるだけの腰抜けが!!」


そう叫んだ直後、彼の眉間を公国の銃の弾丸が貫通した。

首が大きく揺れ、後ろに倒れて平原にその骸を晒した。


「互いを尊重する、戦士と戦士の命の取引」から「殺傷の効率化」へと戦い方がシフトして行き、歴史の転換点となる事に、この時の多くの将兵は気付かずにいた。


==========================


戦場で乾いた破裂音が連続する、それと共に、微かな魔力の流れを感じた。


それを後方の指揮所で聞いていたアレクシア・ルフス・グライディアは戦場を振り向き、目を細める。


「何だ?今の音は?」


彼女が睨んだ方から、王国軍の兵士達が退却して来るのが見えた。

破裂音はまだ続いており、負傷兵を庇う剣士や槍兵などが追撃してくる。


「て、敵の……っ……敵が……!」


兵の1人がそう報告するが、錯乱した目をしている為呂律が回っていない。


「お、落ち着け!一体何があったのだ?」


兵士の1人に問いかけるが、混乱は凄まじく大きい様で、更に後退してきた兵は息が上がっているため上手く説明出来ずに状況も把握出来ない。


セルダを呼ぼう、"13人の戦士"の1人である彼なら、きっと何か分かるはずだ。


「セルダ!槍兵隊隊長のセルダ・ルキタニアは居ないか!?」


アレクシアはセルダを探すが、彼の姿が無い。


「セルダ槍兵長ー!」


「セルダ槍兵長は、後退時に殿を務めていましたが、行方不明です!」


アレクシアはその報告を受けて、信じられないという表情を浮かべた。

槍術大会で常にトップの成績を収め、体力や精神力も王国軍で上位、10年前のレグランド帝国戦役においても戦果を挙げて生き残ったセルダが、行方不明。


「アレクシア姫殿下、戦線を立て直す必要があります!」


部下達がそう言って指示を請う、この場での最高指揮官は彼女なのだ。


「……分かった、公国兵の迎撃準備だ!盾兵(スクタリ)を前に!クロスボウ兵を盾兵(スクタリ)の間に配置!魔術師は後方から遠距離魔術火力を撃て!」


「「「了解」」」


王国兵達は統率の取れた動きでぞろぞろと動き始め、陣形を組み直す。

大盾を持った兵士が前面に、その隙間から弓兵やクロスボウ兵が射線を確保、後方に生き残った魔術師達が展開して待ち構える。


しかし会敵した公国兵が持っていた物は、それ以上のインパクトがあった。


「な、何だあれは……!」


本日何度目か分からない王国軍の「何だあれは」は、公国軍の先頭集団が持つ槍にあった。


正確には「槍の先」である。


「槍兵長……!」


そう、殿軍を務めていたセルダ・ルキタニアの首が、槍の先に刺さっていたのだ。

目を見開き、恐怖と絶望に表情を歪ませ、眉間に穴を開けられたセルダの首から上だけが、槍に刺さっている。


「貴様らの戦士はぁ!」


突如として、公国兵が声を上げる。


「猛々しく最期まで戦おうとし!惨敗した!我ら神に選ばれし者達に、身の程も知らず戦いを挑んだ結果が!これだぁ!!」


すると槍に掲げられたセルダの首に向けて、複数の公国兵が銃を構え、発砲し始めた。

まだ形を保っていたセルダの頭部に次々と銃弾が撃ち込まれ、頭蓋骨を破壊して血と脳のカケラが溢れ出す。


「や、止めろ!死者を傷付けるのは……!」


死体を損壊させるのは死者への冒涜だ。死体は魂の入れ物たる身体に魂が入っていた事を示す証左であり、死体を傷つけてしまうのは魂の冒涜と言う事でもある。


そして______そんな事を平気で行い、容易くその発想を生んでしまう公国軍に、王国の兵は震え上がった。


【公国兵にやられたら、自分達もこうされる】


誰もがそう思った。


「逃げろっ!」


恐怖に耐え切れず前線が崩壊、公国軍とは反対方向へと走り出す王国兵へむけて、公国兵が銃を撃ち始める。

無防備に背中を晒した王国兵が、次々と射殺されて行く。


「やめろっ!戦う意志のない者を……!」


「殿下!伏せて!」


アレクシアをカイが押し倒して地面に伏せさせる、その頭上を夥しい数の銃弾が通過し、鋭い風切り音に震え上がる。


「くっ……て、撤退!エルスデンヌの森まで撤退する!」


彼女の決断に対し、王国兵は素早く反応した。もちろん、生きている者だけだが。


立ち上がった王女の背中に銃が向けられた瞬間、公国兵は炎に包まれる。

炎に焼かれて悲鳴を上げて逃げ惑う公国兵の頭上を、翼竜(ワイバーン)が通過する。

竜騎兵が掲げている側は、傭兵ギルド"ドラゴンナイツ"のものだ。


"ドラゴンナイツ"の翼竜(ワイバーン)は公国兵に向けてブレスを浴びせ、後脚で公国兵を踏み潰し、鋭い爪で刻々兵を攫ったり竜騎兵の持つ竜槍を突き刺したりしていた。


公国兵の足止めをドラゴンナイツの頼もしい航空支援に任せ、アレクシアを始め、カイや他の王国兵は素早く馬に乗って東へと後退。

この日、王国軍は、公国の戦闘で「潰走」を経験した。


===========================


エルスデンヌの森、この森はヴェレットから東に約15km、バイエライドからは20km程離れている。


王国軍はここまで撤退して来た、王国の情報筋によればここも公国軍の進軍ルートに入っていると言う。


エルスデンヌの森は幅約2kmの渓谷内にある。両側は切り立った崖になっており、渓谷の奥には更に森が広がっている。


「こんなところまで撤退してくるなんて……」


「いや、殿下の責任ではありません」


森の奥へと撤退した王国軍は森の奥に存在していた荒廃した砦に臨時の拠点を構え、退避して迎撃態勢を整えていた。

7000人以上いた王国軍は、既にその半数が存在していない。


特に被害が大きかったのは前衛の槍兵で、次いで盾兵(スクタリ)、剣士の順に損耗が多く、それらの兵士は既に40%が残っていない。


一方魔術師たちはシールド魔術や牽制の攻撃魔術を駆使して殆どが生き残ったが、前衛にいたレベルの高い魔術師は初めて見る銃に反応する暇がなく、やられた者も少なくなかった。


公国軍が投入してきた新型兵器「銃」によって、王国軍は甚大な被害を被っていた。


「……応援を呼べる部隊は居ないか?」


アレクシアはカイにそう問いかけるが、カイは首を横に振った。


「他の王国軍はまだ手前の街、15km南のバイエライドにはガーディアンが展開中です。上空はドラゴンナイツがいますが……」


彼の言葉を聞いて、アレクシアは考え始める。


これ以上人的損失は避けたいが、王国軍として新興国家に敗北し助けを求めると言うのは王国の面子が丸潰れになる。


面子を保つ為には再攻撃をかけて公国を退けなければならないが、面子のために貴重な軍人を死なせる訳にはいかない。


軍人である彼らにも帰る場所がある、その場所に帰すのも指揮官の仕事だ。


「……人命優先、今は体裁を気にしている場合ではないな。バイエライドのガーディアンに増援を要請しに行こう」


アレクシアはそう言いながら乗ってきた馬に乗ろうとするが、総指揮官がここを離れてしまうと混乱が起こりかねないと言う事に気付いた。


「……くっ……誰か……伝令を……」


こう言った傭兵への依頼は依頼者直々に赴くのが筋だが、総指揮官である以上ここに居なければならないという二律背反に、悔し気な表情を浮かべる。


「私が行きます」


名乗り出たのは、アレクシアの副官、カイ・ライノルトだった。

彼は赤毛を揺らし、自分が乗って来た馬の鞍に跨って手綱を握る。


「殿下は兵を取りまとめ、士気の保持を……ガーディアンに王国と傭兵隊が加わるまで、時間稼ぎでも良いのでと依頼してまいります」


「……すまない、ありがとう」


悔しげな表情で馬上のカイを見上げたアレクシアは頷くと、カイも応える様に頷いて馬を走らせ始めた。


「……無事でいてくれ……そして、早くガーディアンを連れて来てくれ……!」


願いは森の葉の騒めきに溶け、消えていった。


===========================


ヒロト視点


バイエライド西、オアシス付近。

旧レジスタンス司令部近隣地区の料理屋"バイル・マリッカ"にて。


「……美味い……」


エリスと約束のデート中である俺は、バイエライドの西にある料理屋で郷土料理である"マリッカ"に舌鼓を打っていた。

小麦粉をナンより薄く、餃子の皮より少し厚いくらいに伸ばして焼いたシートに、照り焼きチキンや厚切りのベーコン、野菜などを挟んで食べる。


ジュワッと溢れてくるベーコンやチキンの油やタレを、皮がしっかり受け止め包み込んで旨味を逃さない。


「あぁ、美味いな、これは」


初めて食べたエリスも驚き、その美味しさに頬が緩んでいる。

これは本部基地では作れそうに無い、多分ここでしか食べられない旨さだろう。


一緒に出てきた豆とトマトのスープも、味がしっかりと出ていて美味かった。


砂漠の中でこれだけの食材や調味料を揃えるのも大変だろう、この店の努力も並大抵のものではない。


「はぁ……美味かった……」


「ご馳走様でした……美味しかったな、連れて来てくれてありがとうな、ヒロト」


「いや、俺もたまたま見つけて入っただけだからな。こんなに美味いとは思わなかった」


食後のお茶を飲みながらエリスと話す、バイエライドの商店街を巡ってアクセサリーなどを買い、お昼を終えてこの後の行程を考える。


「エリス、この後行きたい所とかあるか?」


「私もノープランだからヒロトに任せる……とは言ったが、今日はデートだし、デートらしい事したいな」


お茶を飲みながらにこりとするエリスに、俺はまた考える。

デートらしい事……か、デートっぽい事と言うと大概やってしまったのだが……


「そうだな……劇場、とかはどうだろう?この街に劇場あったっけ?」


「あったと思うぞ、ちょっと聞いてみるか」


エリスが店員に声をかけようとした瞬間、無線の呼び出し音が聞こえた。


一応非番とはいえ、連絡用の無線を携行している。俺はデートに水を差された事に少し腹を立てながら、無線を取る。


「こちらヒロト、応答願います」


『良かった、繋がった。こちらHQ、大翔、王国軍から至急の要請。王国より使者が来ている』


声は健吾の物だ、恐らくFOBの指令所からだろう。

俺は眉をひそめる、王国軍からの依頼は既に達成、王国軍がヴェレットに到着した報告は受けている。


このままベルム街に帰れば、公爵から報酬を受け取れるはずだったのだが。


向かいに座るエリスも同じように眉をひそめる、俺はPTTスイッチを押して再び送信。


「依頼は達成した筈だ、火急で追加の依頼、という事か?」


『そうだ、今迎えにそちらにヘリをやった、デートの邪魔をしてすまないが、頼む。アウト』


そう言って無線が切れる、俺は思わず溜息を吐いた。

デート中なのに……


「仕事か?」


その声にハッとする、声の主であるエリスは先程の"恋人の前の表情"から、"仕事に取り掛かる表情"へと既に変わっていた。


「……あぁ、デート中に本当に申し訳ない。どうも急な要件があるようだ」


「なら、劇場はまた今度だな」


今度、という言葉に、俺は嬉しさを感じる。

急な仕事が入ったのに文句も言わず、また今度、と流してくれる。

我慢しているだろう、今度と言ってくれたのだから、今度の期待に精一杯応えてやろうと思う。


「……ありがとう、恩に着るよ」


俺はそっと伝票を抜き、代金を支払って店を出る。


「しかし……このお店のマリッカは本当に美味しかったなぁ……」


エリスが名残惜しそうにそう言った。全くその通りだと思う、この街のこの店のマリッカは、思い出に残りそうだ。


そのまま街の西、オアシスのほとりまで歩く。

辿り着いた時は、既にヘリの羽音が聞こえて来ていた。


頭上を越え、砂を巻き上げつつオアシスのほとりに着陸したのは、UH-1Nツインヒューイ汎用ヘリコプターだ。


UH-1のエンジンを2基に増やし、出力上昇などを図った発展型である。


俺とエリスは手を繋ぎ、砂漠の真ん中に着陸したヘリに飛び乗った。

ヘリのキャビンには、グライムズとアイリーンが乗っていた。


手渡されたヘッドセットを付けてスイッチを入れると、グライムズの声がヘッドセットから聞こえて来た。


『王国の使者が来て、依頼があるから団長を呼んでくれって言われました!』


「王国の?」


王国の、ということは、グライディア王国の使者という事だ。

王国から依頼が来た事はまだ1度も無く、どんな依頼が来るか正直予想がつかない。


それにしても……


「迎え、車でも良かったんじゃ?」


『航空隊の訓練の一環です!』


言いながらグライムズは笑う。


そう、西部方面隊隷下に設置した航空隊は、本隊の管轄から離れ、西部方面隊の空中機動を支援する目的で日々訓練に励んでいる。


「ははっ、物は言いようだな」


そう言って笑いながらキャビンの外を見ると、ほぼ正方形の敷地に様々な施設が詰まっているバイエライドFOBが見えて来た。


バイエライドFOBのヘリパッドに着陸したUH-1Nツインヒューイから降り、エリスと分かれて私服から制服に着替えに行く。


折角のデートを中断させられたのは残念だが、切り替えていかなければならない。今は仕事だ。


制服に着替え応接室に行くと、M4を持ったクレイとブラックバーンが警備をしていた。


「王国の使者はこの中に?」


「ええ、火急の依頼だそうです」


王国の使者……王国の関係者と会うのは初めてだ。

突然の訪問、何があったのか、どんな依頼か、そしてその依頼は実行可能なのか。


緊張しながら応接室をノック、ドアノブに手をかける。


「失礼します」


入室すると、応接室のソファに1人の青年が座っていた。

サーベルを腰に下げた、赤毛の優しそうな目をした青年だ。

年齢は俺と同じか、少し年上位に見える。


「初めまして、戦闘ギルド"ガーディアン"の団長、高岡ヒロトと申します」


「初めまして、グライディア王国近衛兵団特務隊使節、カイ・ライノルトです」


近衛兵団、となると、国王陛下や王子殿下の護衛、王国宮殿や重要施設の警備などがメインの、いわゆる「王国軍の特殊部隊」の様な立ち位置の部隊だ。


「よろしくお願いします、外は暑かったでしょう。アイスティーとアイスコーヒー、どちらがお好みで?」


「ありがとう、ではアイスティーをお願いします、砂漠を飛ばして来てとても暑かった、ご厚意に甘えさせて頂きたい」


「分かりました、ブラックバーン、クレイ、エイミーにアイスティーを持って来る様に伝えてくれ」


「了解」


ドアのところで待機して居た2人にそう伝えると、2人はエイミーを呼びに行き、入れ替わりでエリスが入って来た。


「初めまして、私はエリス・クロイス。ガーディアンの副団長を務めさせて頂いております」


「初めまして副団長殿、カイ・ライノルト、近衛兵団特務隊使節です」


エリスとも挨拶を交わすと、エリスも彼の向かいのソファ、俺の隣に腰掛ける。


「クロイスさん、というと、東のロート大陸で幅を利かせているクロイス通商の?」


「!?」


エリスが驚いた様な表情を浮かべた、そう言えばエリスのご両親は貿易会社で成功を収めたと聞いた。更に事業を発展させる為に、エリスを貴族であるケインとお見合い結婚させようとしていた事も。


「……父をご存知で?」


「直接の取引をした事はありませんが、我が王国との流通も僅かですがあります。情報筋によれば、陸運を中心に今では軍事流通の一部も握っているとかで。……そんな貿易業界でもトップに名を連ねる企業のご令嬢が、何故こんなところに?」


その問い掛けに、エリスは答えに詰まってしまう。

当然と言えば当然だろう、エリスから見ればお見合い結婚が嫌で逃げ出し、部下達を助ける為とはいえ婚約者を負傷させ、隣町の空き地で凄まじい爆発魔術を使用して逃亡した。


外から見れば、婚約破棄をして男を作り、婚約者の屋敷で暴れ回って逃げて来た令嬢なのだから。


答えに詰まっていると、カイは何かを察した様な表情で頷く。


「あぁ、失礼しました。話せない理由がおありでしょう、私が聞くのも不躾でした、申し訳ない」


「あ……あぁ、ご理解、感謝の極み」


カイとエリスの理解が一致した様だ、俺はエリスのフォローを入れるように口を開く。


「他人が見たらどう思うかは自分達の関知するところではありませんが、彼女の同意を得てここにいる。婚約者であった奴にバレて奪還に来ても追い返せる自信はありますが、出来れば彼方さん(通商側)に漏れて面倒な事になるのは避けたい。無条件で他言無用にしては貰えないでしょうか?」


「ええ、問題無いです、他言無用ですね」


(かたじけ)ない」


そのタイミングでメイド服を着たエイミーがアイスティーのグラスを運んで来た。

何故制服ではなくメイド服なのかは分からないが、エイミーは完璧な動作で紅茶を置き退室していく。


「……彼女もロート大陸から?」


「えぇ、よく気が配れる我々の仲間です。お茶どうぞ」


「貴殿は仲間に恵まれましたな……頂きます」


アイスティーのグラスに彼は口を付けて傾けると、グラスの氷がカラン、と鳴る。

はぁ、と息を吐くカイに、俺は切り出した。


「本題に入りますが、王国の使節殿、それも近衛兵という高位の方が、我々のような若輩ギルドに何かご用で?」


「あぁ、そうだった……」


グラスを置き、真剣な目で俺の目を見つめてくる。


「……我が王国軍は、北からの奪還を目指してヴェレットへと攻勢をかけました。しかし結果は我々の惨敗エルスデンヌの森へと撤退して来ました」


俺はカイ氏の報告に驚いたが、無理もないとも思った。

何せ槍や剣、異世界の魔術を使用した前時代的な戦闘で、まともな飛び道具といえば弓矢やクロスボウくらいだ。


そこを、恐らく"銃"を装備した公国軍部隊と交戦したのだろう。


前時代的な戦い方をする王国軍が、比較的近代的な兵器と戦術を得ることが出来た公国軍部隊と正面から戦えば、公国軍が一方的に王国軍を退けることが出来る事など容易に想像がつく。


「公国は見た事も無い武器を持っていた、長いクロスボウの様な武器を持っていて、爆発魔術の様な音を立てて、見えない鏃が無数に飛んでくる……先遣隊として公国軍と接触した貴殿達は、何か知っている事は無いか?」


どうやら、ニルトン・シャッフリル銃を装備した公国軍部隊でほぼ間違いないらしい。


「我々は先日、その部隊と接触、交戦しました。勝利を収める事は出来ましたが、我々にも負傷者が出た強力な兵器です。奴らは"ニルトン・シャッフリル銃と呼んでいました」


「そうか……そこで、依頼がある」


アイスティーのグラスを置き、彼は切り出した。


「公国軍を、王国軍や他傭兵到着までの間、足止めして欲しい」


彼の依頼は、予想通りの内容だった。

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