第136話 路地裏の白兵戦
グライムズ視点
司令部を出てすぐの建物を制圧すると、ヒロトさん達とは別行動となり、南を目指して進んでいく。南方向は俺たちの担当ブロックだ。
さっき白兵戦の許可が出たのも、無線を聞いていたので知っている。
出会い頭に路地から出てきた公国軍の兵士を撃ち抜き、後方をエイミーが警戒、追ってきた公国兵に5.56mmNATO弾のフルオートを浴びせていく。
歩兵12人分も火力のあるM249に蜂の巣にされて、公国兵が可哀想ですらあった。
だってよ……「確実に殺せ」と反射で身体が動くとはいえ、指切りバーストで3回、だいたい10発前後……
「コンタクトフロント!」
そんな事を考えてるうちに、敵が正面に出て来る。
セミオートで引き金を3度引く、2発が腰を捉え、もう1発が肝臓辺りに命中した。
空薬莢がジャララバードの石畳の路地に落ち、澄んだ金属音を奏でる。
「しっかし……狭いな、この辺は!」
愚痴を零すが路地の狭さは広がらない、狭くてクリアリングもし難い程だ。
「白兵戦を許可したヒロトさんは正解だな……っと!」
窓を開けて槍を突き出して来た公国兵に反射で射撃、5.56mmNATO弾は槍兵の胸を貫き室内に押し戻す。
そこを通過する時、最後尾のエイミーがM67破片手榴弾を部屋に投げ込んだ。
TNTが炸裂し、仕込まれていた金属ワイヤーが外殻を引き裂き飛び散らせた。
奥の部屋に居たのだろうか、建物からは悲鳴が聞こえて来た。
今度の敵は路地の奥からだ、魔力の流れを感じる……魔術師の敵だ!
「私の呼び声に応え、炎の嵐を……」
「コンタクトフロント!」
俺は咄嗟に地面に伏せ、アイリーンは積んであった木箱を遮蔽物に膝撃ちの姿勢でセミオート射撃、ヒューバートはM249MINIMIparaを構えてフルオート射撃で詠唱を妨害する。
詠唱の声から、あの魔術師は女だろう。そして銃弾を貫通させない程の強力なシールド魔術を前面に張り、そのおかげで攻撃魔術の詠唱を中断させた。
「グレネード行くぞ!」
俺とアイリーンはM4に取り付けたMk.13EGLMの引き金を引いた、ポンっと軽い音と共に発射した40mmグレネードを女魔術師に直撃させる。
ドカン!
だか、これもシールド魔術に阻まれ、光の壁に40mmグレネードの爆発が阻まれる。
「ふん!レベル4の魔術師の私が全力を注ぐこのシールド、その程度の攻撃で破れる訳が……」
話してる途中すまんが、もう1発を忘れてるぞ。
グレネードは銃弾よりも重く、弾道は放物線を描く。
アイリーンはグレネードを高い仰角を付け、山なりに魔術師の方へと発射していた。
次の瞬間、真上から降って来た40mmグレネードが魔術師のすぐ後ろで炸裂。
シールドは霧散し、破片に貫かれた魔術師は爆風に煽られ宙を舞う。
片腕は千切れ飛び、呼吸も荒く、腹部から血を流していた。
「クリア!」
「行くぞ!」
俺達はヒロトさんと合流すべく、前進する。
女の魔術師の横を通る際、そいつは千切れた腕を伸ばして来た。
「っ……た……助けて……」
悪いが、俺達が交戦している勢力は"公国軍"、それに与しているお前は敵だ。
M4のセレクターをセミオートに、銃口を女魔術師の頭に向け、そのまま引き金を引いた。
5.56mmNATO弾が女魔術師の頭を食い破り、反対側から脳みそと血が飛び出る。
俺達はこの狭い路地を制圧しつつ、更に南を目指して移動を開始した。
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ヒロト視点
「槍でも使った方が速い」
そう思って白兵戦を許可したが、どうやら正解だったようだ。
先頭を行くブラックバーンは、M4に取り付けたM9MPBPで出会い頭に敵を刺し貫き、そのまま撃つか、地面に捩じ伏せた。
そして白兵戦で最も活躍をしているのは、やはりエリスだ。
M4が弾切れになり、再装填よりピストルトランジションの方が速いと判断、Safariland6378ホルスターからP226を抜き、速射で襲って来た公国兵を撃ち抜いた。
敵は四方八方から襲って来て、リロードする暇が無い中で、エリスの後ろから公国兵が剣を抜いて切りつけようとした。
その瞬間、エリスはP226を後ろ手に持ち替え、JPC2.0の背面下部に取り付けていたククリ刀を逆手に抜きながら公国兵の腹を切った。
騎士団時代の白兵戦魂は未だ健在のようで、エリスの背後から襲って来た公国兵にも気付き、不意打ちを見破っていた。
隙を見てGALAPANIA リンバースリングの全長を縮め、M4を身体に密着させて背中に回す。
ククリ刀の短いリーチを物ともせず、公国兵の懐に潜り込む。
大腿動脈の走る内腿、剣を振り上げた脇の下など、太く重要な血管が通る所をエリスは的確に斬りつける。
ククリ刀のリーチの外の公国兵には、左手に持ったP226を発砲、ナイフファイトとガンファイトを素早く切り替える。
俺が教えたのだが、それぞれの長所短所を理解し、瞬時に判断する能力を養った結果だろう。
P226を撃っている隙にククリ刀を逆手から順手に持ち替え、別方向から距離を詰めて来た公国兵の肘から先を切り落とす。
「ふんっ!」
頚動脈を掻き切ってトドメを刺し、ククリ刀に付いた血を振り払う。
俺は彼女の白兵戦技術に思わず見惚れ、ヒュッと口笛を吹いていた。
「すげぇなエリス、カッコいいじゃん」
「ありがとう、ガーディアンに入って、銃を使うようになってから刃物を振るう機会がめっきり減ったが、まだ衰えてはいないみたいだ……」
エリスは公国兵から奪った布切れでククリ刀の血を拭き、鞘に収める。
M4を身体の前に持って来てスリングを伸ばし、P226はホルスターに戻す。
新しいマガジンと交換し、レディーポジションを取った。
「俺なんか白兵戦の経験は無いからな、頼もしいぜ」
「頼りにしてくれよ、私の愛しい人?」
エリスはニコリと笑いながら、2階の窓から顔を出した弓兵や銃兵に向けてM4のセミオートを撃ち込んでいく。
そして、ガーディアンで白兵戦と言ったら、先程から大の男数人と互角以上に戦っているクレイだろう。
クレイは路地の十字路の中心におり、前、左右、背後、文字通り四方八方から公国兵が襲っているが、当のクレイは怪我ひとつない。
M4のストックを肩にしっかり当て、EOTech EXPS3ホロサイトで狙いを定めてセミオートで速射する。
ダンダン!ダンダン!
訓練の成果を発揮する様にダブルタップで公国兵を撃ち抜いていく。
「我ら神に選ばれし者ォ!!」
「レジスタンスの犬どもが!」
今度は後方から2名の剣士、両手剣とサーベルが振り下ろされるが、クレイは振り向きもせず少しだけ身をかがめる。
そしてクレイの本領発揮、右眼だけが緋く染まり、同時にこのクソ暑いと言うのにいつも巻いている赤いマフラーの、後ろに垂らした先が鞭の様に振るわれる。
マフラーの先がヒュンと鳴り、公国兵の剣士の両腕を消しとばした。
クレイだけが持つ能力、特異魔術だ。
クレイのマフラーは特異魔術により、こうして物体を切断する事も出来、教会の拉致事件の時もこの能力で、ベルム街No.2の戦闘ギルドである"アーケロン"を壊滅させている。
そのまま横薙ぎにマフラーの先を振るうと、2人の剣士の首を刎ね飛ばした。
勢い余って振るった方の壁にマフラーがめり込むが、すぐに抜いて元の位置に戻る。
「このっ!」
「クソ女!ここで死ね!」
今度は左右から槍兵、クレイの身体を狙い、同時に突き刺そうとしている様だ。
しかし、再びマフラーが動く。
先が4つに割れ、その内の2本が左右の槍兵の腕に巻き付く。
残りの2本は地面に着き、クレイの身体をバック宙の要領で押し上げた。
その拍子に槍兵に巻きつかせたマフラーを操り、クレイの真下で2人を激突させる。
クレイは3階ほどまで飛び上がると、空中で向きを変え、下にM4を向ける。
そのまま弾切れになるまで引き金を引いた、セミオートの速射だ。下の槍兵2名は上から降り注ぐ5.56mmNATO弾を浴び、蜂の巣にされた。
空薬莢がバラバラと落ち、澄んだ金属音を奏でる。
ゴシャッと自分が蜂の巣にした公国兵の死体の上に着地すると、スルスルとマフラーの特異魔術を解除、元に戻す。
「ふぅ……」
溜息を吐き、弾切れになった弾倉を外してダンプポーチに入れ、JPC2.0のフロントフラップ右手側のポーチからマガジンを抜き、M4に挿入、ボルトストップを押すと、キンッという小気味の良い音と共にボルトが前進して再装填が完了した。
エリスの白兵戦も凄いが、クレイのマフラーを使った戦い方はもはや別次元だ。
あの戦い方は、誰にも真似出来ないだろうな……
「ここら辺はクリアです」
「こっちもクリアです」
クレイとブラックバーンがそれぞれ区画の確保を伝える、建物の中も先程クリアリングして敵の殲滅を確認した。
俺は地図を確認する、俺たちが今いるのが、軍事区南側の大通りのすぐ近くだ。
「……と言うことは、あと少し行けば南端だ」
「掌握まであと少しだな」
そういうとエリスは自分のM4を構え直す、 クレイとブラックバーンも頷き、戦闘体制が再び整ったその時。
「居たぞ!レジスタンスの手先だ!」
「神に選ばれし者に刃向かう奴らに天誅を!」
銃兵と数人の剣士がこちらに向かって来る。敵に近いクレイとブラックバーンはニーリング、俺とエリスはその後ろでスタンディングで射撃準備が整い、最大火力で撃ちまくろうと引き金に指をかけた。
その時、敵の近くの壁が連続で爆ぜ、銃兵達が吹き飛ばされる。
追い討ちをかける様に、銃弾の暴風とけたたましい銃声が彼らを襲った。
俺達は一瞬驚いたが、敵を吹き飛ばした元凶をすぐに理解した。
「A1-2、こちらA1-1。今撃ったのはお前らか?どうぞ」
『その通りです、銃兵1名と剣士3名を仕留めました。合流しますから撃たないで下さい、どうぞ』
別行動をしていたグライムズ達4人の班だ、横合いから公国兵を仕留めたのは、彼らだった。
「了解、俺らが居るのはそちらから見て右手だ、アウト。1-2が来るぞ、撃つなよ」
「了解」
俺達も全周警戒態勢になり、1-2を待つ。
数秒後、マルチカム迷彩に身を包んだ4人の兵士が路地から出て、こちらに向かってくる。
「無事だったか!?」
「ええまぁ!なんとか!」
「エイミーありがとう、貴女の火力が無かったら、私死んでたかも」
「いえ、アイリーンのグレネードのお陰で、敵の魔術師も撃破出来ましたし」
あちらはあちらで大変だった様で、各々が労い合う。
しかし、まだ全てが終わった訳では無い。
「盛り上がってるところ済まないが、まだ終わってないぞ」
「了解っ」
周囲を警戒しながら返事をしつつ、皆は笑ったままだ。俺はこの雰囲気、とても気に入って居る。
「いつも通りの班に分かれ、この南側の壁までを掃討する。笑ってるのは良いけど気を抜くなよ」
「「「了解!!」」」
俺達には、まだやる事がある。
任務を与えられた分隊は、1本南の通りへと進んでいった。
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ランディ視点
ここまで入り組んだ地形、効かない視界、交戦距離の近さ。
こうまで来ると、俺の狙撃はあまり役に立たない。
俺は確かに狙撃が得意で、ヒロトさんはそれに見合った武器を与えてくれた。
だが、この状況ではその能力と性能を最大限に発揮出来ない。
俺はMP7A1を構えながら、こんな所で戦うことになった公国軍への怨みを込めて舌打ちをする。
俺の狙撃は基本的に長距離を精確に射抜く為の技術だ、こうした市街地や視界の効かない地形では生かし切れないのが恨めしい。
現在狙撃担当はクリスタ、俺の優秀な妹は、SR-25を構えて通りを監視していた。
俺達の任務は、通りを監視して部隊の安全を守る事だ。
今は2階の建物に潜伏、俺は窓から双眼鏡で通りを確認し、敵を探して報告する。
「クリスタ、正面2階の窓、距離270m。銃兵が見えるか?」
双眼鏡で公国兵の姿を確認、隣でSR-25を構えるクリスタがスコープでその姿を追う。
「見つけた、射撃する」
軍事区を銃声が包む中、1発の銃声が増やされる。
7.62mmNATO弾が270mの距離をあっという間に駆け抜け、公国兵の頭部を貫いた。
「命中、お見事、ヘッドショットだ」
俺は当てたクリスタの頭を撫でる。
「ちょっ……止めてよ兄さん、集中出来ない……」
……クリスタが嬉しそうに笑っているのは気のせいか、自惚れ過ぎか。
「……ん?」
窓から外を見た俺は、視界の隅で何かが動いたのを見逃さなかった。
「敵だ、50m!こっちに向かってくる!」
MP7A1の安全装置を解除、伸ばしたストックを肩に当て、Aimpoint Micro T-1ダットサイトで狙いを定めて引き金を引く。
発砲炎を抑える為に減音器を使っているので、銃声は静かだ。
セミオートの速射、トリガーを引くたびに撃鉄が落ち、弾丸が発射される。
4.6×30mm小口径高速弾は公国兵の身体を食い破り、タンブリングを起こして内臓を破壊していく。
「……クリア」
何とか仕留められた、建物の場所がバレたかも知れない。
「移動するぞ、クリスタ」
「了解」
クリスタはバイポッドを畳み、立ち上がる。
狙撃部隊はこうして、こまめに狙撃ポイントを変える事で位置が露見する事を防ぐのだ。
「カイリー、マーカス。合流しろ、屋上に来るんだ」
『了解』
擲弾手のマーカス・アクセルソンと、通信手のカイリー・ホーネットはバックガンとして部屋の入り口と、そこへ通じる階段を守っていた。
部屋の隅にある梯子を上って屋上に出る。
見晴らしは良い、敵の位置と味方の位置がよく分かる。
クリスタが登ってきて警戒、カイリーとマーカスも合流して全周警戒に入った。
「屋根伝いに移動、南の壁まで移動する」
俺達が援護すべき第1分隊は既に移動、先程グレネードの爆煙が見えたので、その辺りだろう。
南の壁までは300m、幸いこの辺りの路地を路地は飛び越えられる程狭く、目立たず移動出来そうだ。
「飛び越える時に路地に敵が居ないか注意して見るんだ、敵が居たら撃つか、グレネードを投げ込め。自分が作る影に注意」
「了解」
「了解」
「了解」
3人が返事をしながらゆっくり立ち上がる、ふとクリスタの方を見ると、目を閉じて何やら呟いている。
「……ぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶ……」
「……」
俺はすぐに思い出す、兄だから分かる。クリスタは1度、屋根渡りをしている最中に飛ばされ、捕虜になった。
すぐに救出したが、少しでも遅れていたら……と思うとゾッとする。
けど、あの時とは違う。狙撃部隊は4人1組になり、連携も取れるようになった。
クリスタの頭をヘルメットの上から軽くポンポンと叩き、安心させる。
「……大丈夫だ、俺についてこい。守ってやる」
そう言うとクリスタは目を見開き口角を上げ、大きく頷く。
「よし、行くぞっ!」
南に建っている建物の屋上に飛び移り、路地を確認、誰も居ない事を確認し、OKサインを出す。
3人が次々と飛び移り、警戒に入る。
今度はカイリーが先に立つ。路地を確認、公国兵がいない事を確かめるとOKサインを出し、俺達が飛び移る。
次の路地を確認するのはマーカスだ、マーカスが下の路地を覗き込むと、握った拳を上に向ける、止まれの合図だ。
俺も覗きこむと、そこには銃や剣を手にした公国兵が屯しているのが見えた。これから攻撃に出るか、壁の外に出ようとしているのだろう。
ハンドサイン、「破砕手榴弾用意」
クリスタと俺、カイリーがM67破砕手榴弾をポーチから1つ手に取る。
右手でしっかりとスプーンを押さえて弾体を持ち、左手の中指を引っ掛けてしっかりとピンを抜く。
口で抜いたらいけないと、ヒロトさんに何度も教えられた、歯の方が耐えられないからだ。
そして下に見える路地に、手榴弾を放り込んだ。
スプーンが外れ、3発の破砕手榴弾が落下。ゴトゴトと地面に当たり、公国兵が上から降ってきた物に首を傾げた瞬間に、3発が一気に炸裂した。
破片が四方八方に飛び散り、公国兵の身体を貫いて爆風が奴らを吹き飛ばした。
「クリア、行くぞ」
撃破を確認すると、俺達は南の壁を目指して更に屋根伝いに移動を続けた。