第132話 Battle of Qala-i-Jangi ②
池田少佐率いる戦車隊、コールサインはアイアンフィスト1。
副隊長が乗るアイアンフィスト2と共に要塞内の敵の掃討を行っていた。
要塞南門から北門を結ぶ大通りを進み、南門を確保する。その為に敵を南門へと追い込むのだ。
敵の放つ矢や銃弾は複合装甲に弾かれ、ファイア・ボールや比較的貫徹力の高いフレア・ジャベリンは90式戦車の装甲表面を焦がすだけ。
アイス・ランスを突き立てられても刺さる事は無く、表面が少し凍るだけで大したダメージも与えられない。
雷魔術を撃ち込んでも、ガーディアンの車輌はEMP対策や高電圧への対策もされている為元気に活動を続けている。
土魔術で堤防を作っても乗り越えてくるし、分厚い土の壁も吹き飛ばしてくる。
そんな戦車を、公国兵達は"鼻の長い鉄の箱"と呼んだ。
もしかしたら畏怖を込めて、更に恐ろしい名で呼ばれるかもしれない。
「なんなんだあれは!?」
「俺が知るか!?とにかくあの化け物を足止めしなきゃ!」
公国兵が壁に隠れながら半泣きでニルトン・シャッフリルを撃ちまくり、その隣では魔術師がとにかく貫徹力の高い魔術を撃ちまくる。
フレア・ジャベリン、アース・AP、どれも全く貫通しなかった。
ガンガンと様々な攻撃を受けながらもそれら全てを弾き返し、元気に進撃してくる50tの鉄の塊は、相手から見れば恐怖でしかない。
「正面より1時の方向、敵魔術師と銃兵を確認。弾種対榴、三上、撃て」
「発射」
ドン!
空気が震え、周囲の窓ガラスが全て割れる。
砲撃の空振、マズルフラッシュが一瞬で場の空気を加熱する。
発射されたJM12A1多目的対戦車榴弾は公国兵が隠れている壁を突き破り、凄まじい熱量と対人用の鉄球を素早くお届けする。
それを受け取った公国兵は破片と鉄球で身体を切り刻まれ、破砕される。
90式戦車の自動装填装置はJM12A1の次弾を素早く装填しながら時速20km/hで要塞を走り回り、抵抗があれば銃砲撃を叩き込む。
「来たぞ!敵の鉄の箱だ!」
「バリケードを!」
「了解!我が声に応えその形を変えよ!アースウォール!!」
魔術師達が力を合わせ、90式戦車の前に壁を築いて行く。高さ5m程で垂直な、乗り越えなれない様な土の壁だ。
しかし
"ドゴドゴドゴ"と凄まじい爆発音が連続、土の壁が膨れ上がる様に爆発した。
上空を"空飛ぶ風車"______AH-64Eガーディアン・アパッチが通過する。
その武装を取り付けるスタブ・ウィングからは、AGM-114Lヘルファイア対戦車ミサイルが2発減っていた。
そして今し方AH-64Eと共同でHEAT-MPをぶっ放し、壁を崩壊させた90式戦車のハッチから身を乗り出した池田少佐が、ターレットリングに取り付けられたブローニングM2重機関銃を掴み、機銃掃射を敵の魔術師に浴びせながらドーザーブレードで土壁を押しのける。
段差サイズにまでサイズダウンした土の壁を、後続のアイアンフィスト2が乗り越える。
アイアンフィスト2が砲塔を旋回させ、建物の陰に隠れた魔術師にHEAT-MPを叩き込んだ。
壁が爆裂して石造りの建物がその陰に居た敵兵を押し潰していき、アイアンフィスト2は追い討ちをかけるように車長が車外に身を乗り出して重機関銃を掃射する。
2輌の90式戦車はお互いの距離を50m程開け、大通りを飛び出して来た敵に7.62mm同軸機銃と12.7mm重機関銃の掃射を浴びせ、隠れた敵には自慢の120mm滑腔砲でHEAT-MPをぶち込んでいく。
「!?ロケット弾!」
池田少佐がそう叫び頭を引っ込めると、90式戦車の頭上をシュッ!と空を切る音を立ててフレア・ジャベリンが突き抜ける。
フレア・ジャベリンはファイア・ボールの上位互換的な魔術であり、レベルは2、直撃すればHMMWVやAPCを撃破可能な威力を持つ。
被弾、もしくはこちらに向かってくる際の警告コードは"ロケット弾"、もしくは"RPG"。
「三上!正面右側!2階の窓だ!銃兵と魔術師が見えるか!?撃て!」
「了解!」
池田少佐がブローニングM2重機関銃で戦車前方の敵を薙ぎ払いながら人が走るより少し早い速度で90式戦車は進み、砲塔を旋回させる。
7.62mm同軸機銃で頭を抑えながら、HEAT-MPを敵が潜んでいる建物へと打ち込んで石造りの建物を崩壊させる。
池田少佐が「よし!」の言った直後、再び正面に敵兵を発見。
ハッチの近くで銃弾が跳ね、池田少佐は慌ててハッチの中に頭を引っ込める。
120mm砲弾は現在装填中、次弾まであと3秒。
砲塔を旋回するより早く敵が発砲、攻撃魔術も放って来る。
「囲まれるぞ!」
集中砲火して来るハッチを何とか閉じ、砲塔を旋回させて7.62mm同軸機銃で薙ぎ倒そうと砲手の三上に命令しようとした瞬間、その魔術師や銃兵、弓兵が糸が切れたようにバタバタと倒れ始めた。
そして、ヘルメットに取り付けられたヘッドセットから通信が入る。
『こちらB1-2、大通りに出る。撃つなよ』
「こちらアイアンフィスト1、了解。三上、出て来るのは味方だ、撃つなよ」
「了解」
そう言った十数秒後、彼らが路地から現れた。マルチカム迷彩を纏った8人の機械化歩兵達が隙なくM4を構え、90式戦車の両脇に展開。
アイアンフィスト1と2の90式戦車も、機械化歩兵と歩調を合わせて履帯を踏みしめ走る。歩戦共闘だ。
と、その時。2ブロック先の建物の角から大きな影が飛び出して来た。
"ピギィィィィィィ!!!"
耳障りな騒音が要塞に響く、黒光りした甲羅に鈍い蟹のようなハサミ、ゴキブリを思わせる脚に、尻尾は鋭く伸びていた。
「目標確認!前方に大サソリ!歩兵は後退して戦車を盾に!三上、APFSDSだ」
了解、と返事をした三上はパネルで砲弾の種類を選択、APFSDSを自動装填装置に装填させる。
よく見ると大サソリは2体、更に建物の屋上には杖を持った調教師らしき姿も確認出来る。
と、大サソリがこちらに向け、尻尾から毒針を飛ばして来た。
バシュッ!と空気圧で飛ばす様な音と共に飛んで来た毒針だが、M1A1エイブラムスに匹敵する厚さを持つ90式戦車の複合装甲の装甲ブロックに刺さる事は無く弾かれる。
毒針が命中した事を受けて池田少佐は視線を走らせ、90式戦車の各モニターに異常がないかチェックする。
動力、履帯、戦闘システム、全て異常無し。
「被弾するも異常無し!戦闘継続!三上、お返しに1発だ。撃て!」
「了解っ!」
三上が引き金を引くとライセンス生産されたラインメタル製120mm滑腔砲L44から、音速の4倍ほどの速度でタングステンのダーツが飛び出し、装弾筒を脱ぎ捨てる。
第3世代主力戦車を撃破可能な翼安定装弾筒付徹甲弾に対して、たかが甲殻類もどきが持つ甲羅では対抗出来る筈が無い。
APFSDSの弾芯は想像通り大サソリの殻を容易くぶち破って引き裂き、変な汁を撒き散らせながら突き抜けたAPFSDSは地面にめり込んだ。
それに驚いた調教師は杖を振りかざし、さらなる命令をもう1匹の大サソリに下そうとするが、仰け反る様に倒れる。
展開していた第2狙撃小隊がレミントンM24A2SWSで狙撃し、始末したのだ。
狙撃分隊はクァラ・イ・ジャンギー要塞の中に分散し、地上部隊の支援を行うのだが、それが功を奏した様だ。
調教師を失った大サソリは暴走を始めたが、それもすぐに収まった。
上空を走るローター音、大サソリが短い首をもたげて見上げようとしたその時、光の雨が降り注いで大サソリをバラバラに引き裂いた。
上空を飛ぶAH-64E"ガーディアン・アパッチ"からの航空支援だ。アパッチはトドメとばかりにAGM-114Lヘルファイア対戦車ミサイルを発射。蠍如きにはオーバーキルな火力が襲い掛かり、大サソリを粉砕した。
「タロン21、支援に感謝する」
『了解、そのまま抜けろ』
AH-64E"ガーディアン・アパッチ"のパイロット、モーガン・ディーレイ大尉にそう通信を入れると、池田少佐はそのまま進行を続ける。
要塞の南門に到着、機械化歩兵はクリアリングしながら城門の上部へと辿り着くと、作戦手順通り無線を入れた。
「C2、こちらB1-2、南城門確保、繰り返す、南城門確保」
『了解、ゴーレムクロー隊、スカイシューター隊、進んで良し』
『了解』
そう交信が交わされた後、南門を潜って要塞へ外へ出る複数の装甲戦闘車両______具体的には、16式機動戦闘車9輌とLAV-ATが9輌、そしてLAV-ADが6輌である。
そして向かう先は、城塞都市ジャララバードである。
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今し方大サソリを吹き飛ばしたAH-64E"ガーディアン・アパッチは、クァラ・イ・ジャンギー要塞上空に航空支援として3機が展開している。
彼らの任務は上空を飛び回り、機甲部隊と歩兵部隊の障害を排除する事だ。
「屋上にRPG確認」
「炎魔術を撃つ魔術師でしょう……排除します」
ガナー席に座るサニード・ディスク少尉が屋上に向け、機首の下に備えられたM230 30mmチェーンガンで屋上に展開していた魔術師部隊を一掃する。
30mmHEDPは凄まじい威力を発揮し、魔術師達が個人で瞬発的に張ったシールド魔術も突き破り破片で魔術師達を容易く切り刻んだ。
「屋上の敵兵、排除しました」
『タロン隊、こちらC2、広場に敵が再集結中、攻撃せよ』
「了解、各機続け」
3機のAH-64Eが旋回、砲撃でクレーターだらけとなった広場へ東から向かう。
広場の上空を通り過ぎた時、下から対空砲火が打ち上がる。
ニルトン・シャッフリル銃や炎系魔術、氷の柱などが打ち上がるが、時速200km程で飛行するヘリコプターに、ただでさえ当たり難い対空砲火はほとんど打ち上げ花火となった。
ガンガンと数発のニルトン・シャッフリル銃の弾が命中するが、重機関銃の掃射にも耐えられる"空飛ぶ戦車"をそれで撃ち落とす事は出来なかった。
「全機、機銃とハイドラの準備だ。奴らまだ戦う気マンマンだ、徹底的に潰すぞ」
『了解』
『了解』
兵装選択スイッチでミサイルからロケットに切り替え、大きく旋回して今度は西側から攻撃進入する。
地上で魔術の光が見えた、それより早く引き金を引く。スタブウィングに取り付けられていたM261ロケットポッドから、2.75インチロケット弾が両ロケットポッドからそれぞれ3発ずつ発射された。
演習では無いこの作戦で、ロケット弾として積まれてるのは実弾である。
3機が放った18発のロケット弾は地面に突き刺さって炸裂、耕す勢いで地表に撃ち込んでいく。
追い討ちを掛ける様に機関砲の引き金を引き、地上にいた公国兵は30mmチェーンガンの餌食となってバラバラに引き裂かれてしまう。
AH-64Eが公国兵の上空を通り過ぎた後、地上で運良く生き残った奴らが反撃の為かこちらに攻撃魔術や銃を撃ってくるが、当たる事なく直上を離脱する事が出来た。
ここまで来て機関砲が残り500と数10、ヘルファイアは残り3発、ロケット弾は使い果たし、残弾が心許なくなって来た為、タロン22に指揮を引き継ぎ、支援を途切らせ無いために待機しているタロン24とバトンタッチしつつ補給の為にバイエライドFOBに帰投しよう。
そう考えていたタロン21の下に無線が飛び込んで来た。
『タロン隊、スカイシューター隊の撃ち漏らしの翼竜がそちらに向かっている、迎撃せよ』
ギョッとしてレーダーを見ると、反応が4つ、こちらに向かって来ているところだった。
「くっそ……帰ろうと思ったのに。全機、翼竜を叩き落とす」
『了解、ヘッドオンします』
3機のAH-64Eがウェッジ・フォーメーションで南へ旋回、正面から敵を待ち構える姿勢を取る。
「交差したら散開だ、射線後方に注意、味方に当てるなよ」
『了解』
時速200km、相手との相対速度は時速約400kmで交差する。
交差する直前にディスクが機関砲をロック、トリガーを引いて数発撃つが、当たった様子はない。
「散開!散開!」
3機が散開する、そのまま追跡を始めるも、翼竜は急降下して振り解こうとしてくる。
追従するが、ヘリはあまり速度を上げると超過禁止速度に達してしまう。
AH-64Eの周囲を、竜騎兵を乗せた翼竜が旋回しながら様子を探ってくる。
ガナーのサニードが30mmチェーンガンを、指切りバーストで射撃。
翼竜の鱗は、ミニガンによる7.62mmNATO弾の射撃にも耐えられるが、12.7mm以上には耐えられない。
2倍以上にもなる30mmチェーンガンに翼竜の鱗はあっけなく噛み砕かれ、竜騎兵ごと墜ちていく。
「サニード、後ろ来るぞ!」
「了解っ!」
ディーレイが操縦桿を倒し、コレクティブ・ピッチレバーで旋回しつつ上昇する。
そのまま空中で後ろから炎を吐いて襲って来た翼竜をオーバーシュートさせ、機種を翼竜へと向ける。
「ロックしたか?」
「完了」
「撃て!」
「発射!」
ディスクが発射ボタンを押す、と、スタブウィングからミサイルが躍り出た。
しかし、そのミサイルは残弾3発のヘルファイアでは無かった。
翼端のランチャーに空対空ミサイルとして備えられた91式携行地対空誘導弾だ、自衛用として翼端に2発ずつ4発が搭載してあり、その内の1発が放たれた。
フレアなど持たない翼竜を画像赤外線シーカーで捉えた自衛用の空対空ミサイルは音速の2倍近くで翼竜に迫り、竜騎兵はそれを躱そうと必死に翼竜を振り回すが、それを嘲笑うかの様に竜騎兵ごと翼竜を貫いた。
空中で炸裂したミサイルは翼竜を引き裂き、地面に叩き落とした。
「スプラッシュ・ツーだな」
「制空権確保!」
他の無線によれば、タロン22と23も翼竜を撃墜、上空の脅威は全て排除したらしい。
本当は空軍がやる事なんだがな、と呟きながら、ディーレイは無線を入れる。
「こちらタロン21、燃料弾薬が足りないので、補給の為FOBに帰投する。指揮はタロン22に引き継ぐ」
『こちらC2、タロン24、発進準備』
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砂漠を南に向かう街道を、馬の走る音が響く。
もうすぐクァラ・イ・ジャンギー要塞だ、ガーディアンは俺達の獲物も残しているんだろうか。
そんな事を思いながら、レジスタンス騎兵隊1番隊のクルト・クニスペルは馬を疾駆させる。
近くと状況がはっきりと見えてきた、北門は既にガーディアンの手によって陥落、内部へと侵入しており、城門の上には城門確保のガーディアン部隊が展開。
城壁の外には斜めに筒を立てた部隊がおり、彼らは何をしているか分からない。
時折その斜めに立てた筒の中に何かを入れると、ガーディアンの銃のデモンストレーションの時に聞いたのと似た音を立てて斜めの筒から火が吹き上がる。
「合図をしろ!」
クルトはそう言うとサーベルを抜き、上へと突き上げる。
味方だと示す合図だ、お陰でガーディアンは俺達を味方と認識し、こちらに向けて"銃"を撃ってこない。
突き倒された城門を乗り越え、要塞内部へと侵入する。ここを1度攻撃した時、あれだけ強固だった城門がいとも簡単に……
要塞内に入ると、中はさらに悲惨だった。
北側にあったのは兵員集結のための広場だったが、その広場は無数の窪みが穿たれており、吹き飛ばされた公国兵の身体の一部がその辺に大量に転がっている。
城壁に縫い付けられる様にへばりついているのは……残っている僅かな装飾から、指揮官かとかろうじて分かる程度。
これがガーディアンの戦闘……守護者下す、人々を蹂躙した者への鉄槌。
こんな彼らに畏怖を覚えると共に、クルトは頼もしさと敬意を抱いていた。
「シュバルツ!」
作戦前に交流があり、顔を覚えていた兵士に話しかける、彼は第2小隊の小隊長だったか。
「クルトか、レジスタンス騎兵隊の到着だな」
「あぁ、遅れてすまない、状況は?」
馬ごと彼に駆け寄り、止まって全集警戒の体勢に入る。
「南西ブロックではK9チームが奴隷娼館を確保、制圧が進んでいる。南東では第2小隊が3分の2を確保した、君達レジスタンスは2つのブロックの増援に向かってほしい。間違えて味方に撃たれたりしないように近く前に合図しろよ」
「了解、徹底させる」
そう言うとクルトは馬ごと彼の指揮する騎兵隊に振り向き、まだ要塞内に響く銃声の中、負けないように声を張り上げる。
「1番隊は南東ブロックへ!2番隊は南西ブロックに迎え!味方に接近する時は誤射されない様に注意!合図を厳守しろ!」
「了解!」
「行くぞ!」
160人の騎兵達が、80人ずつに分かれ、要塞の中に放たれた。
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『こちらC2、要塞にレジスタンスが到着した。砲撃支援は迫撃砲隊に任せる。第3第4砲兵中隊は、ジャララバードに展開した部隊を支援せよ』
「了解」
要塞より南に10km地点へ展開している砲兵隊へ、C2から通信が入る。
味方の殆どが要塞に入った今、不用意に砲撃すると味方を巻き混む可能性があり危険だ。
そこで要塞への砲撃支援へは迫撃砲が付き、砲兵隊はジャララバードへの砲撃支援に付く。
小野寺中佐は2個中隊に目標の変更を伝える。
「目標ジャララバード!砲塔旋回!エクスカリバー用意!」
号令と共に、12輌の99式自走155mm榴弾砲がシンクロの様に砲塔を旋回させる。
砲の向きは、城塞都市ジャララバードだ。
ジャララバードへは、歩兵第1小隊が、MH-60Mで向かっていた。