第129話 戦争の時間が始まる
作戦日の朝、俺はホットラインに起こされた。
日が昇り熱さがFOBを支配する中、コンバットシャツとコンバットパンツに着替えて司令室に足を向けた。
「もしもし、ヒロトだ」
『もしもし、おはよう。騎士団はもう出発するのだな?』
「あぁ……そうだな」
……騎兵の移動速度を加味するのを忘れていた……
「作戦開始は14:30、それまでに突入に間に合うように移動を開始して欲しい」
現在時刻は07:04、すっかり日も登り、人々が活動を始める時間帯だ。
「見つからない様に気をつけてな」
『あぁ、もちろん。ではまた』
「ああ、またな」
通話を終え、受話器を置く。
作戦決行日、俺は大きく伸びをして、息を吸い込んだ。
さぁ、やるぞ。
===========================
11:52
作戦前に食事を摂っておく、砂漠地帯ではやはりパンと豆シチューという料理が多く、実際今朝もそうだった。
バイエライドの料理で、肉や野菜など様々な具材を北京ダックの様な皮に挟んで食べる「マリッカ」と呼ばれる料理があるらしいが、作戦が終わったら食べてみたいものだ。
オアシスの近くでは乾燥に強い米も栽培されているらしく、街の食堂ではカレーを食べる事も出来る。
そんな事を思いながら味の濃い豆シチューにパンを浸して食べ、スプーンでシチューを掬って口に運ぶ。最後の一口だ。
「ご馳走様」
俺と声が重なる、向かいのテーブルで食事を摂っていたエリスも食べ終わったらしい。
ニコッと微笑み合うとトレーを持って席を立ち、食器を返却して航空機格納庫と隣接している歩兵のロッカー室に向かった。
1個中隊260人が問題無く戦闘装備を整えられる広さを持ち、航空機格納庫と車輌格納庫へ素早いアクセスが可能なところにあるこのロッカールームで、俺はハンガーにかかったプレートキャリアを取る、いつも通りマルチカム迷彩が施されたCRYE PRECISION JPC2.0だ。
ドラゴン・アーマーとソフトアーマーが挿入されたプレートキャリアと、ドラゴンの鱗を加工して作られた"FASTドラゴン"ヘルメットを手に取り、航空機格納庫の一角に出る。
航空機格納庫の一角には兵士の待機場があり、昼食を取り終えた隊員が出撃までの時間を思い思いに過ごしていた。
プレートキャリアとヘルメットを用意したら、今度は再びロッカールームに戻ってスリングでM4を担ぐ。
後は持てるだけのP-MAGを持って行き、準備にかかる。
「マガジンはいつも通りでいいのか?」
「あぁ、5本プラス1本だ、もし持てるならユーティリティポーチに予備弾薬を入れておけよ」
10発ずつクリップで止められた5.56×45mmNATO弾を、専用のマガジンチャージャーを使って弾倉へと30発を満タンに詰め込んでいく。
満タンにしたら弾倉の尻を弾倉後部を揃える様に1度手の平に叩きつけ、マグポーチに仕舞っていく。
フロントフラップの3連マグポーチに3本、レフトウィングマグポーチに1本、腰に巻いたベルトに既に入っているP-MAGを交換する形で1本だ。
交換で1stラインのTYR Brokosベルトに取り付けられたFASTマグポーチから抜いたP-MAGはスプリングを休ませるため、弾倉から弾を抜いておく。
P226の弾倉に9×19mmパラベラム拳銃弾を15発、3本に装填し、先程と同じく1stラインのダブルピストルマグポーチからの弾倉と交換しておく。
交換し、抜いた弾倉からは先程同様スプリング保護の為弾薬を抜いておいた。
身に付けるベルトに取り付けられたメディカルポーチの中にファーストエイドキットが入っている事を確認し、隣のポーチに止血帯を入れておく。魔術師が治癒魔術が使える為、これらの衛生装備と言うのはこれまであまり重視して来なかったが、敵側に銃と言う新兵器が登場した為、応急処置の重要性はこれまで以上に高まった。
「エリス」
「ん?」
エリスを呼び、彼女が振り向くと、俺は手元にある無線機、AN/PRC-152をアンテナ一式と一緒に彼女に渡す。
エリスは礼を言うと、JPC2.0のカマーバンド右後方に取り付けられたTYR ドロップダウMBITR152ポーチにPRC-152を仕舞い、音量やチャンネルを調整。プレートキャリアのケーブルと繋げた。
エリスのプレートキャリアの背中はMOLLEパネルに換装され、ポーチにはMK13 BTV-ELフラッシュバンが2発と、TYR リップアウェイメディカルポーチが1つ取り付けられていた上に、無線機のアンテナがモールに刺さっていた。
俺も自分のJPC2.0の同じラジオポーチにPRC-152を入れ、周波数を合わせて音量などを調整する。
カマーバンド右側の下にシングルグレネードポーチにM67破片手榴弾を入れ、ファステクスをパチっと止めて蓋を閉める。
背中のパネルにもMK13 BTV-ELフラッシュバンを3発入れ、残りにツールキットを入れておく。
プレートキャリアとベルトのセットアップが終えると、俺はあっとある事を思い出した。
急いで自室に戻り、ペリカン製ハードケースを持って再び格納庫へ。
ハードケースを開けて中から取り出したのは、CQB-R。
CQB-RはClosed Quarter Battle- Receiver、近接戦闘用レシーバーの頭文字を取ったもので、このアッパーレシーバーを取り替えると14.5インチバレルのM4が10.5インチバレルのM4に早変わりである。
ジャララバードのような石造りの建物が密集する市街地や室内では、長い銃身より短い銃身の方が都合がいいことが多いのだ、入り組んだ路地のため、射程距離は然程必要にならない。
俺のCQB-Rには、LA-5/PEQレーザーモジュールとMAGPUL RVG、Insight M3Xライトが取り付けられており、近接戦闘仕様になっている。因みに光学照準器はM4と同じEOTech 553ホロサイトを乗せている。
CQB-Rを装着したM4をガンラックに立て掛けて準備完了、バックパネルにハイドレーションも入れてバッチリ……と言う時、ロンメルが航空機格納庫にやってきた。
彼女は俺を見つけると駆け寄ってくる。
「しかし広いな、この基地は……」
「一応ガーディアンの基地だしな、俺達の部隊がここに揃ってるし、大きくもなるさ」
「なるほどな……それで、ヒロトに言われた事だが……」
俺は作戦会議の際、ロンメルには「ガーディアンに加わるなら全員でよく考えて、作戦日に結果を出してくれ」と言っておいた。
その間に何度もガーディアンに入隊したらどんな事をやるかと言う説明はしたので、全員が承知しているはずだ。
「全員の意思を確認して来た、今動ける全てのレジスタンスは、ガーディアンに加わるそうだ」
「……なるほど、くどいようだがもう1度聞く。かなり厳しいが、本当に加わるんだな?」
ロンメルは力強く頷く、意思は確かな様だ。
ならば、俺はロンメルのその覚悟に賭けるとしよう。
俺は無線を点けると回線を開き、胸元のPTTスイッチを押す。
「全部隊に通達、エルヴィン・ロンメル以下、レジスタンス全軍はこれより"ガーディアン"となり、ガーディアン本隊の指揮下に入る。繰り返す、現時刻を以って、レジスタンス全軍はガーディアンの指揮下とする。総員心して戦い、この戦いが終わり次第、ガーディアンの戦いを身に付けて欲しい。以上だ」
俺は団長だが、長い演説が得意では無いので、簡潔にそう纏めて通信を切る。
レジスタンス達には情報伝達の為、無線機を渡してある。今の言葉は確実に全てのレジスタンスに届いた筈だ、そして、実際に届いた部隊からは『了解』と返答が来る。
「ありがとう、私も司令部に戻るよ」
「あぁ、情報を受け取ってレジスタンスを指揮してくれ」
ロンメルは頷くと、そのまま航空機格納庫を後にした。
エリスの方に振り向くと、エリスも力強く頷く。思わず抱き締めたくなったが、作戦前の公私混同は流石に不味いので我慢する。
M4のライトとホロサイト、レーザーサイトの点灯確認、問題無く点灯し、電池切れなどの心配もなさそうだ。
ふと、M4を握っているてが小刻みに震えているのが分かった。これまでこんなに大規模な戦闘を繰り広げた事は無い、その事から来る緊張か。
大きく深呼吸をして心を落ち着ける、いつの間にか喉がカラカラだ。
エイミーが作ってくれたアイスティーがあったのを思い出し、その水筒に手を伸ばした。
アイスティーを飲みながら状況を確認、皆それぞれの装備を整えていた。
第2分隊の分隊長ガレント・シュライクは特徴的なSAI GRYライフルに乗せているホロサイトを調整していた。
第3分隊は分隊のマグプル化が進んでおり、CTRストックやMVG、MOEハンドガードなどのMAGPULパーツを取り付けたライフルが目立つ。
第4分隊はその逆で、MAGPULパーツを使っている隊員は居らず、全員がショートスコープやAimpoint COMP M2やM3、Trijicon ACOGやELCANなど、チューブタイプの光学照準器を乗せている。
ストックもM4のノーマルタイプや、クレーンストックを使っている隊員が多かった。
格納庫内の航空支援に着くAH-6MにはM134Dミニガンとハイドラ70ロケットポッドに7.62×51mmNATO弾と2.75インチロケット弾が装填され、ヘリボーンの要となるMH-60Mにドアガンとして搭載されるM134Dミニガンにも弾薬が積み込まれて装填作業を行っていた。
紅茶の水筒から口を離し、格納庫を更に見回す。
AH-6Mの奥には、4機のAH-64Eガーディアン・アパッチの姿もあり、AGM-114Lヘルファイア対戦車ミサイルや30mm機関砲弾の装填作業を行っている。
"空飛ぶ重戦車"ことアパッチの武装も進んでおり、見たところ航空機格納庫内の部隊は30分で出撃する事が出来そうだ。
そう言えば、要塞攻略の為の車両部隊はどうだろうと思いつつ、セカンダリ・ウェポンのP226をホルスターに収めた。
作戦開始まで後1時間半。
===========================
バイエライド南部の街道
バイエライドから南へ伸びる街道上にはガーディアンの防衛ラインが張られ、機甲中隊がここから北へ公国軍は1兵たりとも通さないという迫力を醸し出すかの様に睨みつけていた。
中核となる90式戦車14輌1個中隊の方向は南、クァラ・イ・ジャンギー要塞へと向けられている。
ここからクァラ・イ・ジャンギー要塞まだ10km、ジャララバードまでは25kmだ。
命令が出た瞬間、機甲部隊は10km離れたクァラ・イ・ジャンギー要塞まで出発する準備がすでに整っているのだ。
状況確認のC4Iのマップ上には、既に準備展開を終えた砲兵大隊が映し出されていた。
砲兵大隊でも第1と第2射撃中隊の計12門の内6門のM777A2はヘリボーンで展開、UH-60MブラックホークとCH-47Fチヌークの計6機が空輸した。
別にこれは車輌で牽引しても全く問題は無かったのだが、この実戦はただの実戦ではない。実戦においてどれくらいの展開能力や有効性があるかを見るテストでもある。
事実ヘリボーンで展開した砲兵射撃中隊は車輌で牽引されるよりも遥かに早く展開を終えており、更に自衛隊特科教導隊に鍛えられた展開スピードによって砲撃準備まで整っていた。
「機械化歩兵も補給完了、命令が下り次第、いつでも行けます!」
「ご苦労!隊長からの命令を待つ!」
戦車中隊の中隊長車のハッチから身を乗り出して腕を組んでいるのは、池田末男少佐である。
彼は戦車隊を追加召喚する際、第11戦車連隊所属車に車長として付いて来たのだ。
太平洋戦争終結時、武装解除中の日本軍が守備していた占守島に、日ソ中立条約を一方的に破棄して侵攻したソ連軍と交戦した「占守島の戦い」にて奮戦し戦死した「戦車隊の神様」と呼ばれた男である。
当時は九七式中戦車"チハ"に乗っていた彼だが、そんな彼に与えられた戦車はチハの何倍も大きい90式戦車である。
「隊長」
砲塔の隣のハッチを開けて出て来たのは砲手の三上だ。
「気分はどうです?」
「あぁ、すこぶる良いぞ。あの時戦死したと思ったら、今こんな世界で、戦後の祖国のこんな立派な戦車に乗れている……こんなに幸せな事があるかい」
池田はそう言いながら笑う、彼の目の前ではかつて敵であった国の銃、ブローニングM2重機関銃だが、今となってはこの銃も頼もしい仲間だ。
「俺の時代からは、想像も出来ない程贅沢な装備だな」
ブローニングM2重機関銃を撫でながらそういうと、砲手席の三上もハッチに据え付けられたM240E6汎用機関銃のグリップを握りしめた。
と、彼のヘルメットに装着されたヘッドセットがノイズを発し始めた。
===========================
全部隊に先んじてバイエライドFOBを離陸していたのは、MH-60Mブラックホーク、コールサインは"スーパー63"。
地上部隊を指揮統制する為に通信装備を満載した指揮統制ヘリは、500フィートの上空を飛んで情報を集めつつ、地上部隊を指揮するのだ。
そのヘリに乗り込むのは、孝道とナツの転生者2人組、彼らは常に指揮官としてこのヘリに乗り込んでいた、今日もそれは同じだ。
そんなヘリから、作戦開始の命令が下された。
『全部隊へ、作戦開始、繰り返す、作戦開始』
===========================
バイエライドFOB
「作戦開始だ!行くぞ!!」
格納庫内で、各分隊の分隊長が檄を飛ばす。隊員が元気過ぎる声でそれに答え、自分の武器を手に取った。
「俺達がこれから戦う敵は、今までのどんな敵よりも恐らく強い、だがガーディアンはそれ以上に強い!全員で生きて帰る、それ以外は認められない!」
「「「了解」」」
「第1分隊!俺に続け!」
俺はセットアップされたJPC2.0を身に付けてFASTドラゴンヘルメットを被る。
カスタマイズされたM4を手に取り、MAGPUL MS3シングルポイントスリングで担ぎ、MH-60Mブラックホークに走る。
真っ黒な特殊作戦仕様のブラックホークは既に飛行場で離陸準備が整っており、メインローターが周囲にダウンウォッシュと騒音を放っていた。
両方のドアのフックにはファストロープ用の太いロープがコンパクトにまとめられてぶら下げられ、ガナードアにはM134Dミニガンが装備されている。
俺が最初に乗り込み、反対のドアからはエリスが、アイリーンとグライムズ、エイミーとヒューバートの順に乗り込み、最後にブラックバーンとクレイが乗り込んだ。
外に視線を向けると、第1狙撃分隊がMH-6MリトルバードがEPSと呼ばれる外部ベンチシートキットに座ってベルトを固定しているところだった。
『ご搭乗の皆さん、私はウォルコット・クリストフ。本日の機長を務めます。規定により、本機内は禁煙となっております、また飲酒でのご搭乗は出来ませんのでご注意下さい』
『こんにちは皆様、私は副機長のエイル・コロイドです。万が一気分の悪い場合は、シートの前に紙袋がございますのでご利用下さい、バイエライドマイレージ・プログラムでは、本日限定で100ポイントをプレゼント致します』
パイロットと副パイロットからの素敵な挨拶に、機内は笑い声に包まれた。
2人は離陸に必要な準備を全て終えると、機内通信が再びウォルコットの声を流し出す。
『お待たせ致しました、間も無く離陸致します。城塞都市ジャララバードまでの快適な空の旅をお楽しみ下さい』
その直後、フワリと機体が浮かび上がる。
そのままブラックホークの機体は空中で向きを変え、機体を傾け飛行を開始した。
前方を飛ぶのは4機のMH-6MリトルバードもAH-6Mキラーエッグ、その後続として4機のブラックホークが続いた。
俺は増速するブラックホークの機内から、ジャララバードの方向睨みつけていた。