第117話 降下訓練
辺りは真っ暗、時間は深夜、01:34。
俺は轟々と騒音が包む貨物室の中に居た。
高度4000m、異世界の空を"技術"の翼が切り裂いて進む。
その翼の名前は"C-130H ハーキュリーズ"、ギリシャの英雄ヘラクレスの名を冠した、アメリカの戦術輸送機である。
俺達はいつもの格好で輸送機に乗っている、総員12名、俺が率いる第1分隊と、ランディ率いる第1狙撃分隊だ。
コンバットパンツにコンバットシャツ、プレートキャリアはJPC2.0だが、今回の装備で特徴的なのはプレートキャリアと共にハーネスのベストとヘルメットだ。
ベストは背中に背負う大きなバックパックとも繋がっているが、これはスクエア型のパラシュートである。
今回行うのは特殊部隊の任務でもよく用いられる高高度降下低高度開傘と呼ばれるフリーフォール降下である。
フリーフォール降下の際はスクエア型のパラシュートを使う為、この装備を背負っている。
もう一つ特徴的なのがヘルメットで、後頭部に薄い隙間がある。
CRYE PRECISIONのエアフレームというヘルメットだ。
カブトガニの様に隙間がある事により、空挺降下中の風や正面からの爆風を逃がす効果があり、首に負担がかからない様になっている。
もちろんこのヘルメットも工房謹製で、ドラゴンの鱗を加工して作られているものなので、とても軽量な上に防御力も普通のエアフレームよりも防御力が高い代物だ。
そのヘルメットには額部分にシュラウドと呼ばれるベースが取り付けられており、Wilcox L4G24 NVGマウントを介してGPNVG-18複眼型暗視装置を取り付けてあり、完全に夜戦仕様になっている。
サイドのレールにもライトとヘッドセットのアダプターが付けられて居て、今はヘッドセットを跳ね上げている状態だ。
轟音の響く機内でエリスが声を張り上げる。
「訓練で何度も降下を経験しただろう、訓練通りやれば良い!」
そう、スキルである"グリーンベレーCIF"を装備してから、歩兵第1小隊は空挺降下の訓練を繰り返して来た。
特殊部隊に必須の技能である高高度降下高高度開傘も高高度降下低高度開傘も、加えてスタティック・ライン降下もだ。
パラシュート付きとは言え、高い所から飛び降りると言うのは恐怖を伴う。しかしその恐怖は作戦遂行に当たって邪魔な事この上ない。
訓練を繰り返す事によって、その恐怖と抵抗を解消していくのだ。
訓練開始から通算で19回目の降下となる今回のこの降下は、降下後の戦闘行動まで含めて訓練となる。
「ヒロトさん!」
轟音を乗り越えて声を掛けられる、隣に座るグライムズの声だ。
彼は笑いながら続ける。
「緊張で腹が痛くなって来ました!」
「ここまで来てそれを言うな!漏らすなよ!?」
「翼竜とは勝手が違いますからねぇ!何度かの降下で慣れては来ましたが!」
「大丈夫だ!」
すると、今度はグライムズの反対側から声が掛かる、本物のグリーンベレーCIFの隊員、ヒューバートだ。
「慣れれば楽しめる!空へ飛び出すフリーフォールは爽快だぞ!?」
「すぐにそれが出来れば苦労はしねぇって!」
ケラケラと笑いながらグライムズの肩を叩くヒューバート、分隊内では分隊内の独自の友好関係が築かれている様だ。
そろそろ降下ポイントに到達する時間である事を後部ランプドアに立つジャンプマスターが知らせる。
「ランプ解放!マスク装着!」
手でマスクを装着するハンドシグナルを送り、酸素マスクを装着する。騒音の大きい機内ではこうしたハンドシグナルは非常に重要になる。
スリングでM4が固定されている事を確認、降下や開傘、着地の際に弾倉が抜け落ちない様になっているのを確認する。
ヘッドセットを耳に当て、ゴーグルをしっかりと付ける。
「立て!」
手のひらを上に向け、立ち上がる様にサイン。
12人は一斉に立ち上がり、自動開傘装置の作動確認を行う。これのおかげで高度500mで自動的に落下傘が開く様になっているのだ。
後部ランプドアが解放される、
「降下班確認!」
降下部隊の各隊長が分隊員の確認を行う。
エリス、グライムズ、アイリーン、エイミー、ヒューバート、ブラックバーン、クレイ、そして俺。
「歩兵第1分隊全員掌握!」
「第1狙撃分隊、全員掌握!」
4人1組の狙撃分隊も全員確認出来た様だ。
重い主傘を背負い、胸の前で予備傘を抱えている状態でランプドアまでのそのそと歩く。
「降下用意!」
降下の器具の最終確認、互いが互いのパラシュートをチェックし、酸素マスクや自動開傘装置の設定も確認する。
ランプドアの近くにある降下サインが赤から緑へと切り替わる。
さぁ、降下だ。
俺達はそのまま歩き、異世界の夜空へと飛び出した。
現代地球とは違い、異世界の夜空は随分と灯りが少なく、吸い込まれそうな程暗い。
地面との距離が分からず、情報を視覚では無く聴覚に頼るが、ヘッドセットの中で反響する風切り音が聞こえるだけ。
情報を得る感覚を視覚に戻して、自動開傘装置をチェック、現在高度2500m……2250m……2000m……どんどん数値が下がっていく。
最終降下調整……降下地点確認……OK。
その間にも高度計はどんどん下がっていき……高度500m。
パラシュートが引き出され完全に展開、降下速度がグンと落ち、ゆっくりと降下する。
スクエア型パラシュートをライザーで操り、山の中にある森の切れ目に着陸、すぐさまパラシュートハーネスを外して戦闘装備を整える。
コンテナからM4A1を引き出し、EOTech553ホロサイトの電源を入れる。
NVモードに切り替え、ヘルメットに取り付けたGPNVG-18複眼型暗視装置を下ろす。
2011年5月2日、アフガニスタンで行われたネプチューン・スピア作戦でも使われた暗視装置で、従来の暗視装置よりも広い視界を得ることが出来た。
電源を入れると、ほんの僅かな光を増幅させた緑の世界に景色が浮かび上がる。
足元の草、向こうに見える森、手元にあるM4、ストロボライトの赤外線が発光している仲間達。
M4を構えて周囲を警戒、ハンドサインを送ると、全員が360°全周囲を警戒する。
その間に人数を数える、第1歩兵分隊が俺含め8人、狙撃分隊が4人、計12人だが、全員居る様だ。
「……ナイトよりHQ、聞こえるか?」
『……』
通信を入れるが、返答がない。念の為もう1度本部へと通信を入れる。
「HQ、HQ、こちら"ナイト"実働隊、感明遅れ」
『……聞こえる、こちらHQ、感明良し。報告を』
「HQ、了解。全隊着陸に成功、Tバードは帰投した。目標地点の情報は?」
『目標地点に人影が増えた、警戒部隊だろう。そちらの撤収は0350、それに合わせて撤収の為ヘリを送る』
「了解、ではまた定時報告の時に」
『幸運を』
それを最後に通信は切れる、俺は辺りを見回すが、真っ暗な森以外は何も見えない。
「エリス」
「あぁ、目標まで3kmだ。とっとと情報端末を持ち帰ろう」
この訓練の内容は3km先の目標まで向かい、情報端末を持ち帰ると言う訓練内容である。
「敵との交戦は可能な限り避ける、良いな?」
「見つかった場合は?」
ヒューバートがM249paraのストックを展開しながら言う。
「敵との止むを得ない交戦は許可する、弾を喰らうなよ」
「「「了解」」」
全員が低くそう答える、第1分隊の訓練が始まる。
「狙撃分隊は援護位置に向かえ、では、状況開始」
12人は暗い森の中、足音も立てずに歩き出した。
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おそらく一般人が歩くのと同じくらいの速さで山の中をひたすら歩く、鍛え抜かれたその足取りは、音を立てずに前進していた。
狙撃分隊はコンテナを背負い、途中で分かれて援護位置へと回り込む。
周囲見回すと、木々の間から星の明かりが漏れて森を緑の世界に変える。
通常の暗視ゴーグルよりも広い視界を得る事が出来るGPNVG-18はかなり便利だ。こう言った最新の個人装備を揃えて戦うのも特殊部隊の戦い方である。
もちろん周辺にM4やM249を周囲に向け、警戒する。
暫く歩くと足元にIEDが見えた。
ハンドサインで"止まれ"と合図、足元にクレイモアがある。
それを辿ると……ワイヤーだ、典型的なトラップの1種である。
「ワイヤーを切らなきゃな」
「待て」
エリスがワイヤーを切ろうとするが、俺はそれを止めた。
エリスは不思議そうな表情でこちらを見る、暗視装置のおかげでその姿はやっぱり化け物にしか見えない。
ワイヤーを辿っていく、そのワイヤーはクレイモアとは反対側に伸びていき、木の上へと向かう。
そこにあったのは……迫撃砲の砲弾だ。
ご丁寧にピンまで外してあり、このワイヤーを切ったらぶら下がっていた迫撃砲の砲弾が落下しドカン、と言う事だろう。
「……危なかった……」
「IEDだからワイヤーを切ればいいってもんじゃないんだ」
そのIEDを迂回して更に先へと進む。
歩く事30分程度、目標地点を遠くに確認した。
木々の向こうに聳えるフェンスは目標の建物をグルリと囲み、4つの角には監視塔がありサーチライトと重機関銃で恐らく敵である俺達を探しているのだろうか。
ハンドサインで集合をかけ、8人が周囲を警戒しつつ集合する。
俺は胸元にあるPTTスイッチを押し、通信を繋ぐ。
「援護組、状況報告」
『こちら援護組、援護位置に着いた。包囲完了、レイヴンを飛ばした、敵の状況を端末に送信する』
別れて進んでいた第1狙撃分隊の援護組が位置に着いたらしい、それと同時にRQ-11レイヴン無人偵察機も飛ばしている。
コンテナに入れて携行出来る程小型の無人偵察機であるRQ-11レイヴンは、こう言った情報収集活動にはとても役に立つ。
胸元のアドミンポケットに入れていた個人用情報端末……モバイルガジェットとも呼ばれるスマートフォンを取り出す。
これは作戦を円滑に進める上で全員に支給している情報端末だが、対衝撃と防水加工されたiPhoneである。
"戦術"アプリから地図情報を呼び出すと、目標地点の情報が映し出される。
北側と西側は地雷に守られており、入り口は1つ。
建物は兵舎と司令部らしき建物、そして電源室で構成されている。
俺達がいるのは西側、入り口は東側に1つだけある。
敵の規模は監視塔に各1名、施設内に10人ほどと思われる。
「なるほどな……」
「厳しいか?」
「いや、むしろ燃えて来たね」
エリスの問いに首を振り、ニヤッと笑って答える。
銃口に取り付けた器具の具合を確認、同時に肩に取り付けた器具も確認する。
銃口に取り付けているのは"ブランク・アダプター"、銃口付近に取り付けられたレーザーモジュールは"レーザー交戦装置"と呼ばれるものだ。
エアソフトガンを導入した訓練ではどうしても反動は再現出来ない上、射程距離も限られる。
しかしこのレーザー交戦装置は銃声に反応して不可視のレーザーを発射、肩に取り付けた器具でヒット判定を行う為よりリアルな訓練を行う事が出来るのだ。
判定が出来るのは550mまでと設定してある、これは自動小銃の基本的な射程距離だ。
ブランク・アダプターは知っている人も居るだろう、空砲を射撃する際にガス圧を正常にし、銃を正確に作動させる為に必要な銃口に取り付ける"栓"とでも言うべきだろう。
このブランク・アダプターとレーザー交戦装置によって空砲を使う対人訓練が出来るが、俺達はレーザー交戦装置の"受信側"に少し細工を施した。
魔術師たちの協力により、受信装置により"即死"判定が出た場合、使用者を強制的に睡眠状態にさせる事が出来る様にしたのだ。
それが俺達が今右手に付けているリストバンドで、内側に刻まれた魔術文字によって被弾して"戦死"判定された場合、その場で眠りにつき、リストバンドを外すまで起きる事は無い様になっている。
催眠魔術の一種だが、これを訓練に取り入れる事でよりリアルな戦死を再現する事が出来るのだ。
……とは言っても現在この訓練システムは改良中で、安全面などにも問題はある。
将来的にはレーザー交戦装置の発信側から出たレーザーに催眠魔術の光を組み込んで飛ばす事でリストバンドは不要になり、水に入るなどすれば催眠が解ける様になると言う改良もなされる。
「エリス達は電源室を襲撃して動力を落とせ、俺達は端末を奪取する」
「分かった、別々に侵入するか?」
「いや……あまり広がると全員の動きを把握出来なくなるからかえって危険だ、侵入してから2組に分かれる」
「了解」
「じゃ、行くぞ」
そう言って周囲を警戒したまま立ち上がり、森の中を更に進み南側へと回り込む。
『援護位置についた、行けるか?』
狙撃部隊から通信、俺はPTTスイッチを1度だけ押し、ノイズによってOKを伝える。
俺の目に映ってるのは南西の監視塔、1人がNSV重機関銃と連動するサーチライトで異常が無いか探している。
と、その時、突如として監視塔の兵士が崩れ落ちる。
サーチライトは俺達を照らす事なく動きを止めた。
『1-1、待て。そちらから1時の方向、塔の下に2名居る、片付ける』
耳を澄ますと虫の声と共に、人の話し声も聞こえて来る。
暗視装置越しの緑の世界のそいつ等を凝視してみると、AKS-74Mを携行しているのが見えた。
そして数秒後、その2人も音も無く地面に倒れ込んだ、援護組の狙撃手が始末したのだろう。
『入り口クリア』
それを聞いた俺達は音を立てずに進み、フェンスに取り付いた。
木の枝を投げて電流が流れていない事を確認すると、ユーティリティ・ポーチから片手サイズのワイヤーカッターを取り出す。
パチン……パチン……パチン……
静かな夜に金網を切る音が小さく響き、人が1人通れるくらいの穴を金網に開ける。
ついでに南東の監視塔の奴が気付きそうになったので狙撃部隊が始末しておいた。
敵陣に侵入した俺達は二手に分かれ、エリス達は電源室を襲撃して電源を落とす。
停電の混乱に乗じて俺達が情報端末を奪取し、撤収地点まで後退して回収されれば俺達の勝ちだ。
ブラックバーンが先に行き、曲がり角を警戒してM4を向ける。
グライムズ、ヒューバートが続き、最後の俺がブラックバーンの後ろを通り過ぎた時にブラックバーンの肩を叩き通過を知らせると、ブラックバーンが今度は殿となって進む。
ハンドサインでドアがある事を知らせると、ドアノブに手を触れてブービートラップの有無を確認、ここにはトラップは無いようだ。
そのままドアを開け、左に折れて廊下を進む、もちろんM4を構えたままだ。
グライムズが廊下の曲がり角をカッティング・パイの要領でクリアリングして曲がると、1つの部屋があった。
先頭に立つグライムズはM4にFN Mk.13EGLMを取り付けているが、グレネードを壁越しに撃ち込むと情報端末諸共破壊してしまう恐れがある。
グライムズのバックパネルに取り付けられたポーチからMk13BTV-ELフラッシュバンを2発取り、1発をグライムズに渡す。
2発同時に投げ入れるのは1発が不発でもカバー出来るようにする為だ。
左手で持ち親指でスプーンと呼ばれるレバーを握り込み、ピンを力を入れて引き抜く。
再びPTTスイッチを押し、離す。これでエリスチームには伝わった筈だ。
バチンと派手な音を立てて施設全体の照明が落ちる、電源室を制圧したエリスチームが電源を落としたのだ。
その瞬間俺とグライムズはドアを開けてフラッシュバンを投げ入れた。
"バン!バン!"
ドアの向こうで2発のフラッシュバンが連続して炸裂する、その瞬間、俺達はドアを開けて室内へとなだれ込んだ。
ドアの両側から壁沿いに進むボタンフックの要領で室内に突入し、中にいた"敵兵"に素早くM4を向け引き金を引く。
銃声はヘッドセットにカットされ余り大きくは聞こえないが、反動がガツンと肩に来る。
頭に銃口をピタリと合わせ、ダブルタップ。室内にいた3名の"敵兵"を"射殺"し、室内を掃討していった。
「報告!」
「Right side clear!」
「Left side clear!」
「All clear!」
室内の掃討を確認、M4を下ろし、情報端末を探す。
目的の物は簡単に見つかった、テーブルの上の本の下にあったスマートフォンだ。
「目標確保、繰り返す、目標確保」
『了解、離脱を援護する、そこから脱出後、撤収地点で合流する』
「了解、さぁ引き上げだ!」
目的は達成した、情報端末をユーティリティポーチに入れてしっかりと口を閉める。
部屋を出て廊下を走ると、異変を聞きつけてか、兵舎から敵兵がわらわらと出て来た。
M4を構えて引き金を引く、暗視装置越しの視界にマズルフラッシュが一瞬映り、同時に敵が倒れていく。
外へ出ると同じくAK-74MやMP5A4を持った敵が俺達を逃すまいと追いかけて来る、そのまま侵入した時に開けた穴から外へ。
「ヒロト!撤収地点まで2kmだ!」
「大丈夫だ!走れる!」
電源室を襲撃していたエリス達も合流、8人は一気に森を走り出す。
「追っ手は!?」
「8人だ!敵も緊急対応部隊を投入して来たらしい!」
8人が俺達とほぼ同じ、むしろ追い上げて来るようなスペースでこの暗い森を走って追いかけて来る。
「くそ、マズイな……追い付かれるぞ」
敵との距離が少しずつ詰まって来ている様にも思える、どうにかして敵を足止めし、俺達が撤収地点まで辿り着く時間を稼がないと。
「ヒューバート!エイミー!追撃へ射撃して抑えろ!援護組も援護頼む」
「了解!」
『了解』
ヒューバートとエイミーがペースを少しだけ落とし、振り向く。
2人の手に握られている得物は……M249軽機関銃だ。
けたたましい銃声と共にベルトリンクと空薬莢が吐き出され、敵部隊に浴びせられる。
しかし敵も現代兵器と戦うのは慣れているのか、幹の太い木を盾にして隠れ、犠牲が出るのを防いでいる。
敵の一部は北側へと回り込もうとするが、そちらは狙撃部隊が抑えていた。
北に回り込もうとした敵が次々と倒れていく。
「スモークアウト!」
グライムズとアイリーンがM4に取り付けたMk.13EGLMのスモークグレネードを発射、着弾と同時にホワイトスモークによる煙幕が展開され、追っ手の足取りを更に鈍らせる事になる。
俺達はその僅かな時間で敵との距離を離し、撤収地点まで走った。
撤収地点まであと500m程に迫った時、ヘリの音が聞こえた。
上空を見上げると、緑色の視界で見上げた夜空にMH-47Gが飛行している、迎えのヘリだ。
『森を走る赤外線ストロボを確認、数は12、撤収するナイト達で間違い無いか?』
「こちらナイト、その通りだ!迎えのヘリが来たぞ、すぐに乗れる様に準備だ!」
「了解!」
相手は体制を立て直したのか、再び銃声が追ってくる。
しかしそれと同時に俺達は撤収地点となっている平原へと辿り着く事が出来た。
狙撃部隊は先に進んでいたのか着陸地点を確保、既に赤外線の誘導装置によってMH-47Gの着陸誘導を行っているところだ。
ヘリが着陸、後部ランプドアを開けると、俺達はそのドアへと転がり込む様にヘリに乗った。
援護に着いていた狙撃部隊4人も乗り込む、その場で人数を確認した。
エリス、エイミー、ヒューバート、グライムズ、アイリーン、ブラックバーン、クレイ。
「ナイト隊全員確認」
「狙撃隊全員確認」
『よし、離陸するぞ』
コックピットからパイロットがキャビンに呼びかけ、カーゴハッチがロードマスターによって閉じられる。
それとほぼ同時に森から敵兵がわらわらと出て来て、ヘリに向けて射撃を開始したが、ヘリは既に離陸を始めたところだった。
敵の射撃を嘲笑うかの様に、ヘリは空域を飛び去った。
戦死者、負傷者共にこちらは0、情報端末も奪取する事が出来た。
状況終了、作戦は成功裏に終わった。
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1機のMH-47Gが夜空に現れ、ガーディアンの基地へと着陸していく。
既にGPNVG-18の電源を切り、上へと跳ね上げているため、基地に照明はあるが眩しいとは感じない。
ただ街は既に寝静まっており、異世界の中で"電気"を使っているのは俺達だけだ。
異世界人からして見れば、真夜中でもこんなに明るい場所はないだろう。
そして明るいのはここだけではない。
ヘリが基地に着陸し、俺達が装備を手にヘリから降りると、"ブゥゥゥ……"と低い音を立てながら飛んでくる影が見えた。
ガーディアン基地から約1.6km離れた場所にある、ガーディアン航空基地である。
丁度俺達の空挺訓練を終えて帰投したC-130Hが、市街地を大きく避けるルートを飛行してガーディアン航空基地へと着陸していくところだった。
俺達は漸く、固定翼航空戦力を手に入れたのだ。
第一陣として召喚したのはC-130Hが2機のみだが、今後は必要に応じて召喚可能な機から順次増強していく予定である。
更に飛行場設置には、もう一つの意味がある。
それは"本部基地の回転翼機負担の軽減"だ。
ガーディアン所属の回転翼機全てを本部基地で抱えると言うのは、スペース的にも困難が生じる。
補給や整備に多少は手間がかかるが、2つの基地に分散させた方が隊員達の負担は減る、と言う訳だ。
そしてそんなガーディアン本部基地の飛行場に、MH-47Gがもう1機着陸して来た。
そのMH-47Gから降りて来たのは、AK-74MやAKS-74U、MP5A4など様々な銃器を携行した隊員達である。
先程の訓練で"敵兵役"を担っていた教官チームと評価試験隊で構成される仮想敵部隊、所謂"アグレッサー"である。
彼らのお陰でこうして練度向上の訓練が本気で行える訳だ、感謝の念を禁じ得ない。
「よし、全員聞け!」
俺は飛行場の格納庫の中で、先程まで一緒に戦っていた11人に対して声を張り上げる。
「武器の格納と弾薬の返納が済んだら各自自由とする、遅い時間だから明日はゆっくり休んでくれ、何かあったら報告をまとめて執務室のトレーの上へ置いておいてくれ、俺も今日は寝る。以上だ」
「了解」
「イエス・サー」
そう言うと隊員はそれぞれ散っていく、俺も自分の装備を解こうとロッカー室へ向かった。
航空機格納庫からロッカー室までは渡り廊下で繋がれている為直接いく事が出来る、男子ロッカー室は航空機格納庫側から見ると廊下の左手だ。
俺はロッカー室に入ると自分のロッカーに向かい、ヘルメットを脱いで暗視装置を取り外し、ロッカーの中の引き出しに仕舞う。
弾倉から弾薬を抜いてM4の銃口からブランク・アダプターを取り外す。
ライフルをロッカーに立てかけるとプレートキャリアを脱ぎ、消臭除菌スプレーを吹きかけて吊るして置く。ベルトも外して同様に処理をし、掛けておいた。
ヘッドセットや無線機も同様に外し、弾倉から抜いた空砲を集めて箱の中に入れて置く。
空砲の箱を持ってロッカーのドアを閉め、鍵を掛けて管理する。
因みにロッカールームは監視カメラで見張られている為、勝手に武器を持ち出したらすぐに分かって仕舞うようになっている。
地下の弾薬庫に空砲を返納し、地上へと戻り作戦棟から直接隊舎へと戻った。
昼間も訓練、夜中の訓練ともう今日はヘトヘトだ。空挺訓練も加わって、結構忙しくなっている。
「ヒーロト、お疲れ様」
後ろから追い付いたエリスが声を掛けてくる、自分も疲れているはずなのに、エリスは笑いかけてくれた。
「あぁ、ありがとう。エリスもお疲れ」
「ありがとな、空挺降下も大分慣れてきた……」
「そりゃ良かった、あれは慣れるまで時間かかるらしいからな……」
そんなたわいも無い話が今は心地良く感じる。そう言えば今日は1マガジンしか撃ってないな、そんな事を思いながら自分の部屋に向かい、ドアを開けて電気を付けた。
2人揃ってコンバットシャツとコンバットパンツを脱ぎ、部屋着に着替える。
「お腹空いたか?夜食に簡単な物でも作るけど……」
「良いのか?」
「あぁ、と言うより私がお腹空いたから何か作るよ、少し待っててくれ?」
そう言ってエリスは部屋着の袖を捲りながら、隊舎に備え付けられた小さなキッチンへと立つ。
俺も何か手伝える事があれば出来るようにしながら、そう言えば今日の昼間はK9がギルドの仕事に就くんだったな、と言うのを思い出した。
戦闘部隊の体調と全体の団長、この掛け持ちも楽じゃないな、楽しいから良いけど。
思いながら夜食を作るエリスの後ろ姿を眺めながら、そんな事を思っていた。
ヒロト「ミリヲタのタクティカル講座ー」
エリス「(拍手)」
ヒ「今回は訓練の時に使ったCQBテクニック、"カッティング・パイ"について紹介するぞ」
エ「カッティング・パイ……パイを切る?」
ヒ「語源は同じだ、通路をクリアリングする時に手前から奥にスキャンする、クリアしたら一歩踏み出してまた手前から奥へスキャンする、クリアならまた一歩踏み出して……って感じで、このスキャンの軌跡がパイ生地を切るように見える事から"カッティング・パイ"と呼ばれてる」
エ「なるほどな……カッティング・パイの利点は?」
ヒ「敵が見え次第撃つという手法なので、上手く行けば待ち伏せされていても対等な条件で戦えるんだ、他にもパイカット、スライシング・ザ・パイ、パイイングとも呼ばれるぞ」
エ「特殊部隊には必須のテクニックだな、魔力反応をキャッチするのも合わせれば凄い効果を発揮しそうだ」
ヒ「その通り、分かりにくければ動画も上がっているから、それを参考にすると良い」
エ「次回もお楽しみにー」