第116話 説明会
ベルム街 大講堂
同・第2控室
「うー……何か緊張して来た……」
「しっかりしろヒロト、この程度で緊張なんて、今までどんな戦いをして来た?」
「いやほら、人の前で話すのとかってさ、割と別の質の勇気がいたりするじゃん?」
「む……分からなくも無いが、それでもガーディアンでは堂々としていただろう?」
「空気が違うよ……雰囲気が」
控え室の中で、俺は緊張に震えていた。
何しろベルム街の報道機関や飛行場設営予定地に最も近いベルム街の区画の住人が講堂に集まっているのだ。
ここにいる理由は、飛行場設営に関する住人や報道機関への説明会の為だ。
異世界の住人の航空戦力や飛行場といえば航空機では無く"翼竜"である為、彼らは"航空機"を知らない。
航空機は翼竜に比べて速度も速く、飛行する際に発する騒音も翼竜の比では無い。
そう言った事を周知させておくための説明会だ、後々騒音だの何だのと普天間飛行場の様にうだうだ言われるのを防ぐと言う目的もある。
「ま、言っても仕方ないか……」
「私は会場警備で後ろから見てるよ、頑張って来い」
そうエリスは言うと、少し背伸びをして軽く俺の唇に彼女の唇を重ねる。
唇の温かさが離れると、エリスはにひっと照れ笑いしていた。
「あぁ、行ってくる」
その一瞬だけで元気を貰った、ありがとうエリス。
控え室を出て廊下を進み、舞台袖から壇上に上がる。
既にパソコンのパワーポイントとプロジェクターが準備されていて、壁に貼られた白幕に作成したスライドが映し出される。
俺は用意されたマイクとスピーカーを使い話し出した。
「皆様、お忙しいところお集まり頂きありがとうございましゅ」
……噛んだ。
会場から失笑が漏れる、恥ずかしくて逃げたくなったが、会場の後ろの方にエリスが居るのを見つけた。
微笑みながら見上げるエリスと目が合い、微笑む彼女にまた元気をもらう。
「……失礼、ありがとうございます。ガーディアン団長の高岡大翔です。本日お集まり頂いたのは、皆様へ大切なお知らせがある為です」
俺はそう言うと最初のスライドを映し出す。"航空基地設営と航空機の存在について"とタイトルが付き、滑走路と飛行機のイラストが載っているスライドだ。
「おおぉ……」
説明会に招いた彼らはプロジェクターの存在を知らない為歓声を上げるが、今回のメインの話はそちらでは無い為スルーさせて頂く。
「まず、これから我々の飛行戦力である"航空機"について少しお話しさせて頂きます」
スライドのページを送って写真と解説を出す、取り敢えず写真に使っているのはP-3C対潜哨戒機である。
「航空機は翼竜より速く、高く、長い距離を飛べる我々の技術です」
P-3Cの画像の近くに、同じ縮尺にした翼竜の画像を表示する、翼竜の隊長の3〜4倍はあり、翼幅も恐らく3倍以上ある航空機のサイズにまた聴衆は驚き、声を上げる。
航空機という技術が異世界に広まれば、空輸によって物流はガラリと変わるだろう。
しかしその技術を持つのは、今の所ガーディアンだけである。
「我々はこの"航空機"の運用を始めます、"航空機"運用の為には、"飛行場"と呼ばれる設備が必要になります」
「翼竜と同じだな」
説明の中、そんな声が上がる。
俺は異世界の翼竜の運用方法に頷きながら説明を続けた。
「飛行場には航空機の運用に必要が設備が整っており、これ無くして航空機の運用は不可能です。それに関して、起こり得る問題は次の事が考えられます」
スライドを次のページに送り、プロジェクターに表示させる。
「"落下物"と"騒音"です」
スライドにはその2つのイラストが写し出され、聴衆達が動揺する______かと思われたが、想像より反応が薄かった。
あ、あれ?何でこんなに反応薄いんだろう……
不思議に思いつつ解説を進める事にした。
「ら、落下物は大変危険で、我々の保有する航空機から部品などが落下する恐れがあります。これに付いてはベルム街を大きく迂回する様な飛行ルートをとり、基地をガーディアンの所有地の中に完全に置いてしまう事で落下物の被害を防げるかと思われます」
「翼竜の飛行場周辺でも落下物はあるぞ、それに関しては理解もあるから安心せい」
老人の1人が笑いながらそう言う、なるほど鎧のパーツやヘルム、矢とか落ちる事もあるのか……理解があるのはとても助かる。
「次は"騒音"です、これに関しては皆様に最も伝えたい事です。翼竜に関しては、騒音はどの様になっていますか?」
全体に問いかける様に言うと、中年の男性が声を上げて答える。
「"ドラゴンナイツ"の翼竜飛行場でも騒音はあるぞ、主に羽ばたきや翼竜の鳴き声が主な原因だ」
「落下物は兵士の落し物だな、短剣が落ちて来た事もあったぞ」
隣の男性がそう言うと、会場が笑いに包まれ、釣られて俺も笑う。
説明を戻そうとスライドを捲った。
「落下物では皆様も理解があるようなので、騒音の方に行きたいと思います。騒音に関しては、この2種類になります。今からその音声を流しますが、大きな音がしますのでご注意下さい」
そのスライドにある音声再生ボタンを押すと、大きなジェット音が流れ始めた。
騒音が大きいとして有名なF/A-18E/Fスーパーホーネットのジェット音である。
会場を異世界に無いはずのジェット音が包み込み、ビリビリと空気が震える。
「大きな音だな……」
「翼竜とは大違いだ……」
ざわざわと講堂が俄かに騒がしくなり始めるが、俺は解説を続けた。
「先程の音と同様、もう1種類の音を流します。音にご注意ください」
スライドを送り、もう1種類の音を流す。
今度は"ブウゥゥゥゥ……"と言う重い連続した低音、C-130Hの音だ。
「この2つの様な"鳴き声"を上げながら飛行します、この音が問題になるかもしれないと思い、今回の説明会を開かせていただきました。質問のある方いらっしゃいますか?」
「この"鳴き声"は常に発しているのか?」
街の戦闘ギルドと思しき筋肉質な男性が立ち上がって質問を投げかける。
胸に付けられた紋章は"翼竜に長槍"、街の防空を担当する戦闘ギルド"ドラゴンナイツ"である。
「ええ、飛行している時は常に。地上に降りてしまえば鳴き声を上げることは無くなります」
と答えると、今度は別の質問が飛んだ。その近くに座って若い女性である。
「ベルム街新聞のシャロと申します。"鳴き声"の対策はどうするのでしょうか?」
瑛士が勤めているあの新聞社である、彼奴は担当を外されたのか、別の記者がやって来て居た。
「飛行場から近い所に"防音塔"を設置します、言って見れば音に対する見えない結界を張る事で、騒音被害を小さくする事が見込まれます」
音と言うのは空中を伝わる空気の波だ、そこでその音に逆向きの音をぶつける事で、その波を打ち消す事が出来ると言う訳だ。
「加えて可能な限り街から遠ざかるルートを離着陸のコースとして取ります、最大限の努力を致しますので、どうかご協力お願い致します」
ガーディアンの固定よく航空戦力、それを達成するには住人の理解と協力が必要になる。
俺は必死に頭を下げた、俺が見せられる最大の誠意だ。
「……仕方ない、この街を1度救ったガーディアンの発展の為だ」
中年男性らしき声が上がる、俺はハッとして顔を上げると、声を上げた男性がにこやかに笑いながら腕を組んで頷いて居た。
すっかり忘れていたが、俺達は飯喰い騒動の際に友好的な飯喰いとの仲を取持ち、反人間思想を持つ飯喰いの大群からこの街を救っている。
男性はおそらくその時、飯喰いから被害を受けていた1人なのだろう。どうやら俺は知らないところで、沢山の人を救っている様だ。
その男性に続いて俺も私もと声が上がる。
「……本当に皆様、ありがとうございます!」
再度深く頭を下げると、講堂の皆様から激励の声が飛ぶ。
それに答えてみせよう、そう思って顔を上げる。エリスも満足げにウンウンと頷いていた。
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「ふぅ……緊張したー……」
執務室に戻って来た、座り心地の良い椅子にどかっと深く座り脱力する。
「ふふっ、お疲れ様……」
執務机を挟んだ向かい側に立つエリスがニコリと笑う、この笑顔に毎度毎度癒される。
「ありがとな、助かった」
「何を言ってるんだ、直接言ったのはヒロトだろ?」
エリスは片手でもう片方の手の肘辺りを抱く様にすると、エリスの胸が強調されてゆさっと揺れる。
Dカップ……
「ん……どうした?……どこ見てるんだ?ヒロト?」
エリスが視線に気付いたのかニヤッとしながら顔を覗き込んで来る、心なしか胸も強調されている様な……
「な……何でもない……」
「気付いてるって……」
エリスが執務机を回って来ると、椅子に座っている俺に覆い被さる様に抱き締めて来た。
「ふふ……ヒロトの事……全部好きだぞ?頑張ってるところも、戦ってるところも、ニコって笑う笑顔も……全部……」
……何故だろう、もう肌を重ねる様な関係なのに、コンシャツを隔てたこの感触とエリスの言葉にドキドキしてしまう。
俺は戸惑いはしたが、遠慮する事は無い。エリスの背中に手を回す。
「んッ……」
エリスが声を漏らすと、またドキッと心臓が跳ねた。
耳元で彼女の吐息が漏れる、それがまた愛しさを増幅させた。
「……なぁ、こんな昼間っから我慢させないつもりか?」
「ふふっ、そんな事はないさ……また夜に、な?」
俺の愛しい恋人は艶かしく微笑みながら唇に人差し指を当てる、俺は苦笑して肩をすくめる事しか出来なかった。
と、外でキュウキュウと鳴き声が聞こえる。
あぁ、そう言えばK9部隊、ラプトル孵化したんだっけ。
「ラプトルの鳴き声だな、K9が外にいる様だ」
「行ってみるか、ラプトルがどの位大きくなったのかな」
エリスは俺の上から退き、俺も椅子から立ち上がる。
執務室を出て階段を降り、管理棟を出ると、中央通りを小型犬程の大きさのラプトルがゴードンと共に走り回っていた。
「よう、ゴードン」
「あぁ、ヒロトか」
ゴードンがこちらを振り向くと、ラプトルも一斉にこちらに向く。
ラプトル達は俺に向かって吠えるも、ゴードンがひと睨みすると吠えなくなる。
ラプトルに立ち位置を教えるのはゴードン達の仕事だ、ラプトルはK9部隊を"群れ"として認識しており、その群れのボスはゴードンとなっている。
ラプトルは頭が良く、群れのボスには絶対に逆らわない。それを教え込み、ボスよりもさらに高い位置にいる"大ボス"が俺と言う事を教え込んでいるのだ。
ラプトル達は俺を大ボスと認識し、ボスであるゴードンと同じクラスもしくはより高い地位であると示す事で、ラプトルは俺に従う……と言うと聞こえが悪いが、部下である隊員達を襲わなくなる、と言う事だ。
「エサの時間はもう終えたのか?」
「あぁ、もうこいつらは満腹だ。運動させたら昼寝させる」
空腹や運動不足ではラプトルも苛立つので、食事と運動には気を使うように言っている。
運動は主にキリング・ハウスとこの基地の飛行場や格納庫、建物の中以外の外、エサには街で購入する実験動物のホワイトラットやグレイラビットを生きたまま与えている。
生きたまま与えるのはラプトルの中にある狩猟本能を忘れさせない為だ、死んだ餌ばかり与えていたら狩りの能力が低下してしまう。
「この群れの中のボスはどいつだっけ?」
「あぁ、それはエイブルだな」
"エイブル"と名付けたラプトルにゴードンが目をやると、エイブルは首を擡げて目を合わせる。
グレーの身体に白っぽいラインが走っており、首輪には"A"という文字が刻まれている。
「序列としてはエイブル、ベイカー、マイク、キングの順か」
「その通りだな、キングが一番下というのも面白い順だが……」
そう言ってゴードンは笑ってみせる、エリスはラプトルの1頭に恐る恐る近付いていた。
「か……噛まないのか?」
「あぁ、噛まないように躾けてある」
エリスの問いにゴードンは頷くと、これまた恐る恐ると言ったようにエリスが手を伸ばす。
彼女の手にラプトルの頭が触れると、ラプトルはエリスをじっと見つめるが、襲おうとはしない。
「す……凄いな……蛇の表面を撫でているみたいだ……」
そう言いながらエリスはラプトルの頭を撫で続ける。
「ラプトル用のボディーアーマーも必要になるな、工房に頼んでおくよ」
「ありがとう、助かるよ」
"かぅ!かぅ!"
ラプトルは鳴きながら口をパクパクさせている。
「ふふふ、よしよし……」
エリスはラプトルの頭を撫でると、ラプトルは目を細める。おいラプトルそこ代われ。
「K9の組織の方はどうなってる?」
「あぁ、"クロスロード・チーム"と"アイビー・チーム"だが……」
「何だ?」
「この間、連れて来たラプトルが2つ卵産んで……」
「マジで!?」
思わず大きな声を出してしまい、反応してラプトルが振り向く。
ゴードンが違う違うと首を振るとすぐに何ともなかったかのようにするが、2つもラプトルの卵が産まれたのは驚いた。
「ああ、今は孵化器の中で温めてる」
「親のラプトルは?」
「既にこいつらのことを親だと思ってるから、大丈夫だろう」
なるほど、しかしその卵が孵化すればガーディアンのラプトルは8頭と言う事になるのか……
「分かった、ラプトルの事はそちらに任せる、預けた隊員達としっかり信頼関係を築いてくれ」
「分かった」
「バイバイマイク」
エリスはさっきまで撫でていたラプトル"マイク"に手を振るとキュルキュルと鳴く、それがまた可愛らしい。
次の予定は分隊でキリング・ハウスで訓練だ、最近は特殊戦の練度向上を図る為頻繁に訓練を行っている。
スキル"グリーンベレーCIF"を装備はしたが、練度向上の為には訓練は欠かせない。
管理棟に戻ろうとすると、ゴードンが再び声を掛けて来た。
「ヒロト!」
「ん?」
振り向くと、ゴードンはラプトルを引き連れて眩しい笑みを浮かべていた。
「K9は俺が育て上げる!楽しみにしとけよ!」
「……ああ!頼んだ!」
俺はゴードンの笑みにサムズアップで答え、管理棟に戻った。
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今日も1日疲れた……そう思って自分の部屋に戻ると、エリスが先に戻っていた。
「ただいま」
「おかえり、私はもうお風呂頂いたから、入って来ると良い」
そう言うエリスの髪はしっとりと濡れ、薄いパジャマが濡れない様に肩にはタオルが掛けられていた。
「ん、じゃあ俺もお風呂頂こうか」
俺はそう言ってカバンを置くとコンバットシャツとコンバットパンツを脱ぎ、コンバットパンツからニーパッドを抜いて洗濯機に入れる。ニーパッドを抜く作業が割と面倒臭かったりもするが仕方ない。
ニーパッドを洗濯機の上に起き、スプレーして置いて自分の下着を用意し、風呂に入る。
風呂は一般家庭にある様なシャワー付きの風呂場と浴槽があるタイプだ、ユニットバスはあまり好きでは無いし、こちらの方が好評だった。
シャワーでお湯を出す。季節は初夏、暑いこの季節、お湯の温度は少し低めの37度だ。
シャワーで1日の汗をしっかり流し、ボディーソープで身体を洗う。
シャンプーで頭を洗い、リンスで髪を整えて一気に流し、流し切ったら湯船に浸かる。ここまで7分。
基本的に俺は長く風呂には入らない、長くても20分程度だろう。
エリスも30分ほどで上がるし、女子にしては短いのかな……女子って何で長く浸かってるんだろうと純粋に疑問に思う。
あまり長湯せずに出て、バスタオルで水気を拭き取り頭を拭く。
下着を履いて寝巻きに着替え、リビングに出るとエリスは本を読んでいた。
最近ガーディアンでは、ショップが解説した為ライフルからプレートキャリアのポーチまで自分好みに凝ったカスタマイズにするのが流行らしく、戦闘での使い勝手にも影響を及ぼす為いい流行だと思っている。
「なぁ、ヒロト、フラグポーチって何処に付けたら良いだろうか……?」
エリスはショップで発行している販売物のリストの雑誌をめくりながら訊く。
フラグポーチはM67破片手榴弾を1発収納出来るポーチだ、俺はCRYE PRECISIONのフラグポーチを使っていて、カマーバンドの右側に動きを阻害しないように低めに取り付けている。
他にもベルトに取り付けている隊員が居たりもするが、エリスの場合は胸に付けていた。
そして今日の訓練で伏せ撃ちしたところ、胸につっかえて非常に邪魔だったと言う。
「なるほど、カマーバンドか……」
そう言いながら雑誌を閉じ、ベッドの俺の隣に座る。
「ふふふ……」
エリスが妖艶な笑みを浮かべながら微笑み、俺にしなだれかかかる。
俺はそれを受け止めるとぎゅっと抱きしめてやり、頭を撫でる。
エリスの金髪が好きだ、染めたような不自然さの無い綺麗な金色で、手で掬うように持つとサラサラと指の間から零れ落ちる金髪が好きだ。
エリスの目が好きだ、青く透き通っていて、たまに鋭くなるが大きくて愛らしい碧眼が俺は好きだ。
エリスにベッドへと押し倒される、いつの間にか俺はキスをしていたらしい。
唇を割り込んでくる下の感触が今日は妙に扇動的だ、誘っているのか?
でも……たまにはエリスに襲われるのもいいかもしれない。
部屋の電気を少し暗くし、エリスに覆い被さられされるがままに。
そのまま俺達は互いに互いを求め合い、翌日枕元にあったハッカの瓶からハッカが一粒減っていた。