第105話 戦車vs亜竜
一方渓谷から後退し、大量の亜竜を平原まで引き付けた機甲部隊。
その戦いぶりは、今までに無い大規模なものだった。
「右方敵亜竜、弾種HEAT-MP、撃て!」
坂梨中佐が叫ぶ、デジタル式FCSで目標を画像認識でロック、砲手の田中中尉が引き金を引いた。
ドンッ!
総合火力演習に行った事のある方なら分かるであろう、120mm滑腔砲の発砲音に空振、発砲炎たるや凄まじい。
耳栓無しでは鼓膜が痛くなる程だ。
そんな凄まじい音の衝撃が、異世界の空気、ラプトルの森の空気を揺らした。
低く生えた草が揺れ、発砲炎が陽炎を作る。
砲口から飛び出したJM12A1多目的対戦車榴弾がマッハ3程度で飛び出し、ロックしていたカノーネン・レックスに一直線。
突き刺さった対戦車榴弾は鱗に命中して信管を作動させる。
その瞬間、内部に詰まった炸薬が炸裂し、爆発の圧力によって凹みに貼り付けられていた金属のライナーが"圧力によって"蒸発、マッハ20、温度は4000度のメタルジェットとなってカノーネン・レックスの体内を焼く。
メタルジェットはそのまま炎を生成する機関まで辿り着き、カノーネン・レックスは派手に自爆した。
ペリスコープで周囲の状況を確認する、通常なら車長が窓から顔を出して確認するのだが、ここでハッチから顔を出していると確実に四方八方からラプトルに襲われ食われてしまう。それを避けるために、確認の不足を承知でペリスコープで確認しているのだ。
「右からアンキロが来る!弾種APFSDS、撃て!」
坂梨中佐が命じる、砲手が弾種を選択すると、バスル式弾薬庫でルクレール等でも採用されている様なバンドマガジン式自動装填装置からAPFSDSがラマーで薬室に送り込まれる。
装填完了、発射の命令は下りている為、照準を合わせ次第そのまま引き金を引いた。
HEAT-MPより更に高初速で発射されたAPFSDS、その速度はマッハ4とも5とも言われる。
装弾筒を切り離したダーツの矢の様な弾芯が飛び、尾部のフィンによって弾道が安定して数100m先にいるカノーネン・アンキールの頭に突き刺さった。
カノーネン・アンキールはドラゴンに並ぶ硬い鱗を持つが、分厚い複合装甲の装甲ブロックの防御力とRHA換算で460mmの装甲板を貫く攻撃力、そして50.2tを支えながら時速70km/hで疾走する機動力を備えたこの戦車には敵わない。
頭の鱗をブチ抜いたJM33 APFSDSは弾芯がマッシュルーム状に潰れ、内部を破片で切り刻みながらカノーネン・アンキールの尻尾の真ん中辺りに突き抜け、カノーネン・アンキールは地面に倒れて骸を晒す。
16式機動戦闘車も平原を唸りを上げながら疾駆し、精確な砲撃でカノーネン・ディノザオリアを仕留めていく。
93式105mmAPFSDSはJM33と同程度の貫通力を有している為、カノーネン・アンキールを屠る事も容易かった。
展開している90式戦車は4輌のみ、対応しきれない数の穴は5輌の16式機動戦闘車が埋めるように入り、次々と砲撃していく。
城門の方へ向かおうとするカノーネン・ディノザオリアの群れに対しては、包囲するように展開していた5輌のLAV-ATで対処する。
TOWランチャーを装備したこの車輌は、砲より長い射程によって相手を捉えてミサイルを発射。2連装のランチャーから発射されたTOW2Bは真っ直ぐ敵に飛んでいく。
ここはミサイルなど存在しない異世界、そして敵は存在しないはずの異世界の兵器の避け方など知るはずも無く、次々と直撃を受ける。
爆発反応装甲ですら無力化し、それごと戦車の複合装甲を貫き撃破する事が可能なTOW2B対戦車ミサイルを前に、カノーネン・アンキールの硬い鱗の防御力ですら紙に等しかった。
硬い鱗ごと、次々とカノーネン・ディノザオリアを爆破していく。
カノーネン・レックスはこちらに向かって吠えるも、吠えて開けた口に対戦車ミサイルが飛び込んで上顎が吹き飛んだ。
ミサイルを撃ち切ったLAV-ATは素早く射手と装填手が再装填に入る、16式機動戦闘車が援護に入り、装填の間の無防備なLAV-ATに近づこうとするカノーネン・ディノザオリアには容赦無くAPFSDSやHEAT-MPの鉄槌が振り下ろされた。
彼方が異世界最強クラスの魔物・亜竜なら、対抗するこちらは無機物である。
特に対戦車用途として開発されたAPFSDSを防ぐには、JM33に対応するならばRHA換算で500mm以上の装甲が必要だが、異世界でそれを可能にしているのはドラゴンだけだ。
カノーネン・アンキールの鱗を、まるで紙のようにAPFSDSが引き裂いていく。
無機物は現時点で圧倒的な勝利を収めていた。
もちろん90式戦車や89式装甲戦闘車、16式機動戦闘車にLAV-ATだけでは無い。
上空を飛び回る羽音に気付いたカノーネン・レックスが顔を上げた途端、周辺の地面が捲れ上がる。
地面に倒れたカノーネン・レックスの頭上を通り過ぎた羽音は、AH-64Dアパッチ・ロングボウによって生み出されたものだ。
2機のアパッチを追い掛けようとしたのかカノーネン・レックスは立ち上がろうとするが、その脚は空を切った。
痛みに吠えるレックスは、膝から下を失っていたのだ。
旋回して戻ってくるアパッチに対して対空砲火のつもりか、砲弾の様な炎を吐き出す。
しかし上空を翼竜並みの速度で飛び回っているAH-64Dには、そんなショボい対空砲火など無意味だった。
2発目を放とうとしているカノーネン・レックスに、仕返しとばかりにアパッチが30mm機関砲を射撃した。
M230から雨霰と降り注ぐ30mm機関砲弾に頭蓋骨を粉々にされ、カノーネン・レックスは沈黙する。
地上の機甲戦力は強力な打撃力だが、空中から敵目掛けてミサイルやロケット弾を降らせる空中戦力と言うのも凄まじい火力と機動力を兼ね合わせているのだ。
その為近年のアメリカ軍の戦い方は、まず制空権の確保から始まり、敵を徹底的に空爆した後で地上軍を投入すると言う戦術を取っている。
話を戻す。
ガーディアンの戦車は4輌、IFVは2輌、16式機動戦闘車とLAV-ATを合わせても16輌と言う"比較的"小規模の機甲部隊ではあったが、操られていたカノーネン・ディノザオリアを一方的に叩き潰すには充分すぎる戦力ではあった。
ブォォォォォァァァァ!
ブモォォォォォォォォ!
カノーネン・アンキール同士の戦いがあちらでは始まる。
硬い鱗と頭蓋骨を激しくぶつけ合い、鱗の端に噛み付いたりハンマーで激しく殴り合ったりし、ガンガンと激しい音を立てる。
ドガン!
凄まじい音を立てて野生のカノーネン・アンキールのハンマーが、操られている方の頭に叩きつけられる。
操られている方のカノーネン・アンキールの側頭部の鱗はベッコリ凹んでいて、致命傷、もしくは深刻なダメージが入っていると言うのは誰が見ても明らかであった。
カノーネン・アンキールのハンマーは、振り回す遠心力を加味すると場合によっては亜音速に達する。
そんな速度で振り下ろされるハンマーの威力たるや凄まじいものがある、89式装甲戦闘車の防弾鋼板ですら凹む程だ。
カノーネン・レックスも噛み合いの大喧嘩を繰り広げている。
野生の食物連鎖のトップに君臨する野生のカノーネン・レックス、対して転生者に操られ、本質を見失ったカノーネン・レックス。
ティラノサウルスよりも長い前足と鉤爪で引っ掻き合い、距離を取って頭突きをかます。
赤い目の方、つまり操られている方のカノーネン・レックスが野生のカノーネン・レックスの首を捉え、噛み付いた。
グルルァァァ!
ゴァァァァ!
凄まじい咆哮が響く中、赤目のレックスが野生のレックスの首をそのまま捻じ切る様に回し、ゴキンと鈍い音が響く。
首の骨を折られた野生のカノーネン・レックスはそのまま倒れ、勝ち誇る様に赤目のレックスが頭を踏みつけて雄叫びをあげる。
その姿を異世界のスピノサウルス______スパイナス・ディノスが見ていて、カノーネン・レックスに吠える。
カノーネン・レックスは怒った様に吠え返し、火の粉を集めて炎を吐く。
ドラゴンの様な炎では無く、砲弾の様に単発の炎をスパイナス・ディノスに向けて発射した。
榴弾の様に爆発した火の玉はスパイナス・ディノスを弾き飛ばして転ばせ、スパイナス・ディノスは火の玉が命中したところから血を流して起き上がる。
グォォァァァァァァァ!
ワニの様な嘴を大きく開いて吠えたスパイナス・ディノスは背びれを震わせると、背びれが青く発光する。
それを見た赤目のカノーネン・レックスは後退りするが、スパイナス・ディノスの方が速く動いた。
口を大きく開き、ドラゴンの様な火炎放射を吐いたのである。それも青白い炎で、だ。
一般に炎は色が青くなるほど温度は高くなる、スパイナス・ディノスがカノーネン・レックスに並び、亜竜の中でもトップクラスに危険度が高いと言われているのはこの青白い炎が理由である。
青白い炎は赤目のカノーネン・レックスに吹きかけられ、熱さに苦悶の声を上げながら逃げようとするカノーネン・レックスに、スパイナス・ディノスは追い討ちの様に火炎放射を浴びせる。
ガスバーナーの様な音を立て炎が吹き出され、逃れようとカノーネン・レックスは顔を背ける。
そしてスパイナス・ディノスが前脚でカノーネン・レックスを引っ掻いて捕まえ、逃れようともがくのを押さえ込んで口を思い切り開かせる。
トドメとばかりにその開かせた口の中に火炎放射を吹き込んだ。
口の中から体内を焼かれて踠き苦しむカノーネン・レックスは動かなくなり、首だけで胴体を繋ぎとめて置けなくなったのか掴まれた頭を残して首から下が千切れ落ちる。
グルルル……と唸り声を上げるスパイナス・ディノスは、カノーネン・レックスの頭を捨て去って再び渓谷へと向かう。
しかし、その前にあの亜竜が立ち塞がる。
転生者の改造亜竜、"アーマード・K・レックス"だ。
見た目から装甲化されているこの亜竜はズシンズシンと足音を立てて迫ってくる。
「敵の最終兵器だそうだ、気合入れろ!」
「了解!」
坂梨中佐は砲手に叫ぶ、砲手は応えてパネルを操作、多目的対戦車榴弾のJM12A1を選択して装填する。
カノーネン・レックスにもカノーネン・アンキールにも、この砲弾は有効だった。こいつにはどうだろうか。
「撃て!」
ズドンと車内に衝撃が響き、砲身が後退、焼尽薬莢の底部のみが排出される。
9の砲口からほぼ同時に発射された9発のJM12A1多目的対戦車榴弾はそのままアーマード・K・レックスの鱗に命中して炸裂、3000度のメタルジェットがマッハ20という高速で駆け抜け、装甲のユゴニオ弾性限界を易々と超える。
が、鉛筆程のメタルジェットで装甲に穴は開いた物の、改造レックスを倒す迄には至らなかった。
モンロー/ノイマン効果のメタルジェットより、砲弾そのものが命中し炸裂した爆圧のエネルギーによるダメージの方が大きかった様だ。
側頭部に当たった砲弾に顔を背け、吠える。
残りの亜竜はカノーネン・レックスが2頭、カノーネン・アンキールが2頭、そして改造レックスだ。
理解しているか定かではないが、比較的装甲の薄いLAV-ATや16式機動戦闘車を狙って火炎弾を放って来る。
「アイアンフィスト各車、ゴーレムクローを守れ」
『アイアンフィスト2、了解』
『アイアンフィスト3、了解』
『アイアンフィスト4了解』
坂梨中佐は通信を入れて戦車を集め、90式戦車が盾になる様に配置した。
ディーゼルエンジンが唸りを上げ、ギュルギュルと履帯を鳴らして凄まじいスピードで駆け回る。
戦車というのは、人が歩く程の速度でノロノロと走っていると言うのが一般人のイメージだろう。
確かに歩戦共闘……歩兵が戦車に随伴し、戦車が歩兵の盾となって進む際はそうして歩兵と歩調を合わせて走るが、元々の性能は50t以上の巨体を70km/hで振り回す化け物エンジンを積んだ金属とセラミックス、複合装甲の塊なのだ。
盾になる様に戦車が並ぶ、丁度その盾になった戦車の正面装甲や側面装甲に火炎弾を受けるも、当然の如く無事。
反撃として4つの砲口から、APFSDSが撃ち返される。
1体のカノーネン・レックスに集中した射線、4発のAPFSDSは大して硬くも無いカノーネン・レックスの皮膚を易々と引き裂いて致命傷を与えるには充分すぎる程だった。
90式戦車は即座に陣地転換、1列に並んで改造レックスの周囲を回る様に全速で走り出す。
その4輌が通り過ぎた後、構えているのは5つの砲口とランチャーだった。
『ゴーレムクロー隊、斉射用意。撃てッ!』
16式機動戦闘車から発射された5発の93式装弾筒付翼安定徹甲弾は凄まじい速度で滑空し装弾筒を分離、ダーツの矢の様な弾芯は音速の4倍程度で飛翔し、カノーネン・アンキールを貫いた。
1拍遅れてカノーネン・アンキールに直撃したのは、5発のBGM-71 TOW2B対戦車ミサイル。
纏めて5発も喰らったカノーネン・アンキールは、普段より派手に爆発した。
鱗のかけらが爆発手榴弾の破片の如く吹き飛んで地面に突き刺さる、その破片は隣のカノーネン・レックスにも細かく突き立てられ傷つけ、呻き声を上げる。
その間にも90式戦車は、富士総合火力演習でも見られる様な一糸乱れぬ隊列を組んみ、砲口はピタリと改造レックス達に向けられる様に砲塔を旋回させ、後ろに回り込む様に走っていた。
『弾種、対榴!目標、敵亜竜レックス!小隊集中行進射!てぃっ!』
坂梨中佐の号令と共に4輌が同時に火を噴き、JM12A1を発射。
対戦車榴弾は真っ直ぐ飛び、カノーネン・レックスを直撃、信管が作動した成形炸薬のメタルジェットはカノーネン・レックスをいとも容易く無力化してしまう。
『次弾、徹甲!目標、敵亜竜アンキロ!小隊集中……てぃっ!』
砲手がパネルで素早く次弾を装填、今度はAPFSDSのJM33を装填する。
小隊集中行進射と言うのは、車長が目標と弾種を支持、それに従って砲手が素早く装填する弾種と目標への照準を行わなければならない。
そして操縦手も射撃に支障の無いように揺れを制御しつつ走ると言う、戦車の乗組員はまさに三位一体の連携を求められる非常に難易度の高い射撃法なのだ。
号令と共に砲口をAPFSDSが飛び出す。
車内は一瞬の揺れの後、焼尽薬莢の底部が落ちるガシャンという金属音が響く。
放たれたタングステンのダーツはカノーネン・アンキールの鱗を紙の様に突き破り、破片で体内を傷付けながら沈黙させる。
射撃の直後に4輌が同時に回頭、その動きは体操の様に整っており、戦闘中でも思わず見入ってしまう程だった。
そんな改造レックスの頭上をアパッチが飛んでいく。
フライパスした後旋回、反復攻撃の要領で背後からAGM-114Lヘルファイアを2発撃った。
戦車砲とは比べ物にならない威力を持つ対戦車ミサイルの直撃を受け、思わず苦悶の声を上げる改造レックス。
「次弾、D徹甲!」
車長が叫ぶ、D徹甲とはドラゴンの角や牙を削り出して作ったAPFSDS……正式名称はJM33Dだ。
M829以上の貫通力を持つ評価試験隊と工房の合作であるこのAPFSDSは、元となったドラゴンの鱗ですら軽々と貫通する。
そんな砲弾が、この90式戦車には2発が即応弾として自動装填装置に搭載されていた。
バンドマガジン式の自動装填装置が装填位置にJM33Dを運び、ラマーが薬室に先の尖った砲弾を叩き込み尾栓を閉める。
発射準備は整った、砲手が照準をロックする。狙うのは、腹だ。
『アイアンフィスト各車、弾種D徹甲、小隊集中行進射……てぃっ!』
ドン!
空気が震える、砲身が後退して戻った後、少し遅れて砲口からエバキュエーターで戦闘室に逆流しなかった白煙をタバコの様にポッと吐く。
JM33より薄い色をした4発のJM33Dの弾芯はアーマード・K・レックスの腹を食い破り、体内で飛び回って内臓を切り刻む。
さしもの亜竜もこれには堪らず大きな呻き声を上げるが、90式戦車の次の動きの方が早かった。
「次弾同じ、敵同一諸元、左へ!続いて撃て!」
自動装填装置から薬室に次弾が装備される、そして集団行動の様に舵を左へ切った。
その瞬間、2度目の凄まじい衝撃が空気を揺さぶり、10式戦車の専売特許と言われたスラローム射撃の要領で砲撃、砲口からはJM33Dが飛び出した。
狙いは当然の事ながら頭、1km弱の距離などAPFSDSに取っては障害でも何でもなく、正確に頭に突き刺さった。
そのまま頭蓋骨を砕いて脳を掻き回し、圧倒的な力の差を見つけたままアーマード・K・レックスも他の亜竜と同様に地面に這い蹲る事になった。
『全車、敵の殲滅を確認、次弾待て』
坂梨中佐は無線を確認、APFSDSを装填させて歩兵部隊の支援へと向かう。
ダメ押しとばかりに、アーマード・K・レックスの頭を90式戦車の50.2tの巨体でしっかりと踏み付けて、だ……
同じ頃、数頭のラプトルともう1つの人影が歩兵部隊に向けて近付いていた。