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「この歳にしてビッチってどうよ」
いかにも不本意であると、尖らせた唇が可愛らしくて、思わず摘んでしまう。
今年の夏は長かったから、暑さに弱いリリーには辛かっただろう。10月に入って漸く屋外でも過ごしやすくなり、最近ではこうして庭先でお茶を飲むのが私たちのブームだ。暑さを和らげる為に作った小さな池に、夏の間はいつも西瓜が浮かんでいたが、今では柚子が浮かんでいる。……柚子!?
「…………『有り』だな……まぁ君の望みとあらば私も協力は惜しまない」
「オイ待てロリコン。協力って何する気!?」
ははっ。今日もリリーは元気で何よりだ。でもロリコンではないからね。だが君の望みとあらば、あんなコトこんなコト、何なら、そんなコトも試して……ふむ、全力で協力しよう。
「『何』もなにもナニでしょう」
「エミーも無表情でそういう事言わない!普段無口なクセに、こういう時だけは外さないわね」
エミーは元々王太后付きの女官であった。彼女の母も私付きの筆頭女官であり、リリーを呼び寄せるにあたり、次期王妃に相応しい筆頭女官になると母が推薦してくれたのだ。確かに、その手腕は見事なモノで、この魑魅魍魎蠢く王宮でリリーを煩わせることなく守っている。ただ少し、リリーに対して、忠誠心が厚いのか、変態を拗らせてるのか判断しかねる所がある……無表情だけど。しかし、私とて負けてはいられない。
「私もナニの事なら自信が「側妃達に披露してこい!」」
残念だ。
「あのねビッチになるって話じゃ無いの!余所で私がビッチ呼ばわりされてる件について嘆いているの!」
何とも失礼な話だ。私がどれほどの忍耐力を持って日々過ごしていると思うのか。まだ10歳の少女でありながら、時折大人顔負けの色気をダダ漏れするリリーを前に、イロイロ出ちゃうのを我慢するのがどんなに困難なことか。しかも私は以前のアレやコレやを知り尽くしているだけに……もう!
因みに以前の彼女も経験は私だけだ。ふふ。
「まぁ私がロリコンかどうかは兎も角として……イタすのに時間は関係無いよ。なんなら15分もあれば「そんな事は聞いてない!」」
「左様で御座います。奥様のお身体を考えれば最低でも1時間半は時間を掛け「エミーは黙って!」」
おや、揶揄い過ぎたかな。
「コホン…あ〜、ところで、そんなコト誰に言われたのかな?」
「や、はっきり誰というわけではないんですけどねー」
名指しは避けたいのだろう、苦笑いをしつつ彼女が紅茶を飲む。なんて心優しい子なんだろう。自分の影響力を知って常に控え目に行動する様は、とても10歳とは思えない。
この離れの中には決まった人間以外立ち入らせないが、だからといって完全に隔離しているわけではない。彼女は此処を後宮のどこかと考えているようだが、実際は王宮奥にある王族の私庭の端だ。許可なく入り込めば、相当の罰を受けるコトになる。だが、あえて見張りには貴族どもを通すように言い付けている。また、手紙なども検閲済みの物は届くようにしてある。リリーには、彼女を歓迎していない者が少なからずいるコト、そして、一人では何の力も持たぬ彼女には私しかいないのだと知ってもらわなくてはならない。彼女を守れるのも、彼女が縋り付くのも私だけで良い。
しかし、あえて奴等を泳がせてはいるが、度がすぎる様なら少しばかり釘を刺さねばなるまい。リリーを傷付けるために泳がせているわけではないのだ。
そういえば、手紙は兎も角、招待状を送ってくる阿呆どももいる。最初に見つけた時は、その余りの悪質さに血の気が失せた。未成年の少女に夜会の招待状を送るのは最大の侮辱。『教会の教えに背き、大人になった女』と言っているのだ。悪辣にも程がある。だいたい、その行為は私への侮辱でもあると分からないのか?
まあいい、私達に疚しいことは何もないのだ。初夜まで純潔を奪うつもりはない。純潔の印である純白のドレスを着せるのだ。もっとも新郎はウエディングドレスに関われぬ。その代わり、デビュタントボールには誰よりも素晴らしいドレスを贈ろう。リリーはなんでも似合うから……ふふ……おっと鼻血が。
「ちょっ、大丈夫ですか!?どうしました!?」
「君のデビュタントボールにどんなドレスを着せるか想像してたらつい、ね」
少々妄想が迸りすぎたか。
「………はぁ、もういいや。最後まで責任取ってくださいね」
「勿論だとも。誰が何を言おうと、リリーは私が守るからね。さて、少し風も出てきたし、そろそろ部屋に戻ろうか。」
彼女の小さな手を取り、部屋へ向かう。今日あたり、阿呆共が来るだろう。奴等なんぞにリリーの姿を見せてやる義理はない。道化は勝手に踊っていれば良いのだ。
陛下の目は、夫の欲目500%です。