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ネタバラシ的な陛下の独白
何故だろう、主人公はリリスちゃんの筈なのに。文字数が……
彼女の口角が少し上がる。その表情は昔と変わらない。私を甘やかして食べてしまいたいという顔だ。
ほら、やっぱりキスしてきた。あぁ、堪らない。
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『リリス』と初めて会ったのは彼女が産まれた翌日だ。
私は生まれつき体が弱く、ほんの半刻外にいただけで熱を出してしまうような有様で、我ながら本当に手のかかる子供だったと思う。既に世嗣ぎの兄が居たゆえ、王子とはいえ末子の私が病がちでも問題はなく、ただただ甘やかされていた。しかし9歳の頃いよいよ喘息が酷くなり、隣国サーガスに嫁いでいた姉のツテで、サーガスとニストラスの国境近くにある鄙びた温泉地にて療養することとなった。
そこは温泉と山以外何もないような土地で、その小さな領地を守っているのは古くから続く治癒師の一族。当主であるカールソン男爵は王族への施術が赦される程の腕前であったことから、彼の屋敷に滞在し治療を受ける事となったのだ。
高原の綺麗な空気に温泉。そしてあくまでも薬は補助とし、鍼灸によって自身の治癒力を高めるという方法は私に合っていたらしい。4ヶ月もすれば健康優良児とまでは言えぬものの、喘息もほとんど治まり、簡単に熱を出すようなことも無くなった。そうして少しずつではあるが外に出て、敷地内の林の中を散策出来るようになった頃に彼女は生まれた。
夫人が産気づいたのは、丁度男爵が午後の診察に訪れていた時だ。診察が終わり男爵が部屋を出ようと扉を開けたところで使用人が報せたらしく、それはもう飛ぶように走り去る後姿がおかしくて、女官や護衛達と笑いあったのを憶えている。末子だった私にとって新しい命の誕生というのは大変興味深い事で、翌朝、私を起こしに来た女官から母子の無事を聞くと同時に、赤子に会わせて欲しいと強請った。
午後になってようやく許可がおり、赤子の眠る部屋に向かう。足音を立てないように、そっと近付いて、部屋の中央に設えられたベビーベットを覗いた瞬間、目の前で光の珠が弾けたかのような衝撃を受けた。今までの自分が嘘だったかのように世界が変わる。赤子を一目見て『理解した』のだ。彼女は自分のものだ、やっと会えたのだと。その場に跪いて彼女にプロポーズした私に、大人達は大層慌てていたが構わなかった。後日聞いたところによると、その時の様子を聞いた夫人が大爆笑したらしいが……産後ハイだろうから許す。
その日から私の生活の中心はリリーになった。
リリーを娶るには、彼女に相応しい男に成らなくてはいけない。私はあらゆる事に積極的になった。先ずは健康になる事。無理をしても体が良くなる事はないが、男爵と相談して、食事内容や湯治の回数を変え、外に出てよく歩き、体力をつける。同時に護衛達にはストレッチや、息の上がらない程度の運動を教わる。学業に関しては今まで外に出れなかった分、年の割に随分と先まで修めていたが、どうせならと高等官を目指す者が入る官吏大学レベルまで進めることにした。
治療、運動、勉学と忙しい日々になったが、空いた時間は、その殆どをリリーの傍らで過ごした。彼女が眠っていれば隣で勉強をし、起きていれば、あやしたり、抱きしめたり、キスしたり、勿論オムツだって替えた。与えられるものなら乳も私がっ……まぁいい。その代わり離乳食は手ずから作り食べさせた。初めて『ヴィー』と呼んでもらった時の喜びといったら!因みに『かー(母様)』には負けたが、『とー(父様)』より早く呼んでもらえた。
そんな風に、彼女と暮らす生活はとても幸せで充実していたが、幸せであればある程、時はあっという間に過ぎる。残念ながら、私たちの生活にも終わりが来てしまった。リリーが1歳になる頃だ。
彼女の為の努力が仇となり、私は健康になってしまったのだ。
……まぁ、療養目的で滞在していたのだから、流石に剣を振れる様になれば帰らざるを得ないだろう。一応抵抗は試みた。悉く却下されたが。それならばと、今度はこのままリリーをニストラスに連れて帰りたいと願ったのだが、当時妊娠していた姉に親子を離すなと叱られ断念。この件に関しては、子煩悩な男爵が姉に訴えたらしい……それを知った時には大層怨んだものだが、結果的にこれがリリーを守る事になったがゆえ許す。
男爵には半年に一度はリリーの姿絵を送る事、リリーの成長日誌は毎月送る事、家族以外の男を近付けない事、早々に王都で生活させる事などを約束させた。私は13になったらサーガスの王都にある大学に留学するつもりだったのだ。そうすれば、休日はリリーと過ごせるだろう。あと2年。それまでに父王を説得しよう。いや、世嗣ぎでもない私なら説得するまでもなく許されるだろう、その時はそんな風に考えていた。まさか2年後に父王と兄を失い、自分が新国王として立つ事になるとは思いもよらなかった。
リリスちゃんがキレーなお兄さんの肩を揉んでいる間、微笑ましく見守られていたのは、皆さん当時のコトを知っていたからです。
また、彼女が陛下との事を知らなかったのは、そういった話をし始める前に末っ子王子が国王になってしまい、リリスが輿入れする可能性はないだろうという大人達の判断と、娘を盗られたくない男爵の嫉妬によるものです。