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「陛下は幼児性愛者なのですか?」
思わず聞いてしまった私は悪くないと思う。その時の馬車内の空気は言わずもがなだ。だがしかし、齢8つにして貞操の危機にあるのだ。身を守る事叶わずとも、心の準備はしておきたい。しかし帰ってきた返事は意外なものであった。
「幼児を性的対象に見たことはないよ。それにあまり子供は好きじゃない。私自身まだ完全な大人とは言い難いしね。私はただ、もう二度とリリーと離れたくはなかっただけなんだ」
はて、『もう二度と』とは?以前お会いしたことありましたっけ?
「会ってるよ。一緒に暮らしていたこともある」
スミマセン。私の記憶倉庫にはこんな美形入っておりません。赤ん坊の頃のことかしら?
「詳しい事はナイショ♪ まあ思い出せなくても構わないよ。これからは一緒だからね」
ま、いっか。美形は好きだし。それに教会の教えに従うとのことで、15歳で成人するまでは貞操も守られるようだし。
ところで口に出してないはずなのに、なぜ会話が成立するのかな?
「顔に書いてある」
それは失礼いたしました。
ペコリと頭を下げれば、大きな手が頭を撫でてくれる。見た目に反してゴツいね。剣を握るんだものね。それでも未だ10代の何処か華奢さの残る長い指が私の髪に引っ掛かる。スミマセンね、頭モジャ子で。べ、別に梳かしてないワケじゃないんだからねっ。
言い訳させて貰えば、これは遺伝だ。我が家は頭モジャ子(天パ)の家系なのだ。しかも真っ赤だ。マッカッカ。その赤さといったら『ニンジン』などと呼ばれたら相手の肩を抱いて親友扱いしちゃう程だ。『トマト』呼びした奴には飛び蹴り喰らわせたけどな。
だから陛下の様なキレーな黒髪には憧れちゃうのですよ。しかも艶サラのロングストレートを後ろで1つに纏めてらっしゃる。イイねぇ、黒髪ロングが某○八先生にならない人なんて初めて見たよ。元アジア人としては堪らんよね。手触りもシルキー。
こんなサラッサラじゃ寝癖なんてついた事ないんだろうな。私なんて朝鏡の前に座る度に「 アタイ、もーどうしてイイかわかんないっ…!」って気分になるのに。前世でも天パだったんだよなぁ。そりゃもうウネっちゃって、雨の日は帽子が大切な友達だった。夫と沖縄の離島を旅した時は大変だったなぁ。あー懐かしい。
さてさて、そんなこんなで無事ニストラスの王都ニスタルに入り子爵家の屋敷に到着。ここで陛下と暫しのお別れです。陛下は子爵と二人きりで少し話をした後、王家印の派手な馬車に乗り換えて王宮に帰っていった。
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夫となる56歳の子爵はダンディというより、ニコニコとよく笑う、人の良さそうで少々ふくよか気味のオジさん。『よくいらっしゃいました、ここを第二の実家だとお思い下さい』と歓迎してくれたが、1週間の滞在中顔を合わせたのは、出迎えと結婚前日のお茶と結婚式の3回だけであった。
まぁ、陛下のモノには迂闊に近付けないよね。ごっつい護衛達が私の部屋の前で見張ってたしね。そして残念ながら息子さんとは会えずじまい。その代わり結婚祝いのお花と手紙を送って下さった。
ただ子爵とは一度お茶をご一緒した際に、ほんの少しだけお話をした。この結婚で彼が得るモノについて。
どうやら家業である製材業がここ数年上手く行っておらず、陛下からその資金援助と経営指導を約束して貰ったようだ。遅くに出来た一人息子を溺愛しており、彼に負債を残したくはなかったが故に今回の話を受けたのだとか。
そんな話、馬鹿正直に8歳の子供にするなよとは思ったが、まあ一種の牽制だったのだろう。要は『オマエの帰ってくる場所などない』ということだ。だからと言って子爵が腹黒だとは思わない。当主として家を守ろう、発展させようと思うのは当然のこと。彼の肩には領民と従業員の命が乗っているのだ。
愛人として王宮で暮らすようになってからも一切接触が無いというのも好感が持てる。世の中にはおねだり体質な人って結構居るからね。ま、その調子で頑張ってくれたまえ、新郎殿。
子爵と結婚した翌日は、朝っぱらから迎えが待ち構えていた。気が早過ぎる!
若干、陛下の本気っぷりに戦慄しつつも再び地味な馬車に乗り、更には『あ、これ絶対裏口』というような門を通ってコテージに到着。離宮…ってサイズではないな。離れって感じ。背の低い子供目線では離れを囲う木々の向こうなど見えないが、後宮のどこかなのだろう。
私を出迎えてくれたのは、いかにも優秀そうな女官3名と女騎士5名。愛人如きに過ぎた待遇だとは思ったが、私の年齢や立場を考えれば、この位隔離され守られなければ安心して生活など出来ぬ、という陛下の御配慮なのだとか。であれば私に否やは無い。
これから宜しくお願いしますと挨拶し、新しい生活が始まったのである。