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本編最終話です。後半は陛下目線です。
ここまで読んで下さって、本当に有難うございました。
生涯に一度だけ許された化粧を施し、女官達が広げたドレスに身を滑り込ませる。この姿を見て彼はどんな顔をするかしらと、この日を待ちわびていたあの人を想う。
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今日のドレスには一切肌の露出が無い。高襟で身体に纏わり付く様な細身のライン、後身の裾だけが扇状に広がっているこのドレスは、最高級の絹地に全身細かな刺繍が施されており、見た目以上に重い。当然、色は純潔を示す白だ。
あとは結い上げた髪にヴェールを被せるだけ、というところで今は一旦休憩中。朝の4時に起こされて、ただいま9時過ぎです。入浴から始まって実に5時間。おぅふ。
こっちのウエディングドレスはねー、ボタンやフックは一切無いの。ドレスを着た状態で開いていた背中部分を縫っちゃうの。で、初夜に新郎が特別なナイフで糸を切って、いただきます、なの。肌を傷つけ無いようにチマチマ縫うから時間かかるんだよね。しかも一針ごと玉結び。儀礼的なものだから仕方ないけど、いやはやオンナは大変だ。
子爵との時は離婚前提だったから役所での式だけだったのよね。だからちょっと豪華目な平服。子供だったから着付けが必要なドレスじゃなかったしねぇ。
というわけで、先日成人致しました、リリスです。本日はお日柄よろしく結婚式ですよ。
おかげさまで無事大人の階段を昇ることなく、純白のドレスです。良かったですね陛下。これでロリコンの誹りとはおさらばですよ。
さて前回愚痴ってからの私達がどうしていたかといえば、まあコレといった宮廷ロマンスも昼メロもなく、至極穏やかに暮らしておりました、1年前まではね。しかし私が14歳になる少し前から、正妃になるための準備が本格的に始まりまして、そこからは怒濤の日々でした。
いつも通り夕食を共にし、さてお見送りしましょうか、というところで『あ、明日から審査が始まるから』と言い放った陛下にローキック喰らわせたのは良い思い出です。
もっとも常日頃から、王太后陛下や教師陣にギッチギチに鍛えられていましたから、むしろ審査官の視線の優しさに超リラックスして受けることが出来ました。そうして審査内容も踏まえ王室会議にかけられた結果、無事正妃となることが決まりまして。有難ことですね、努力した甲斐があったというものです。
本来なら、私の身分では一旦後宮に入らねばならぬところを、妃教育を既に修めていること、6年間王宮で男子禁制の生活をし陛下に仕えたこと、そして養子縁組をするのは侯爵家ではあるが後見は王太后がなるということで、特例中の特例で認めて頂いたんですけどね。まあ、うん。多分誰かさんがゴリ押ししたんだろうな。変な前例作っちゃって良かったのかしら?後世の王室会議に期待しよう、うん。なんかゴメン。
で、婚約するために子爵と離婚。そうすると既婚者でなくなるので愛人生活は終了。ここで一旦王宮を出ました。その後侯爵様と養子縁組して、この国の貴族として王家に忠誠を誓う儀式をして、婚約して。そして再び婚約者として王族の女性陣が住まう西宮に引越し、王太后陛下に更に鍛えられ、半年前にデビュー。そこからシーズン中は顔を売るため、国王陛下や王太后陛下が出席する夜会やら晩餐会やらお茶会やら叙勲式やら何やらにお伴して出ずっぱり。マジ死ぬかと思った。で、本日ようやくです。
まあ、実際はこれから先が人生の本番ですからねー。結婚してからの方が忙しくなるのは理解していますが、適度に頑張りますよー。尤も陛下にはまだ子がいませんし、側妃様たちも後宮を出られましたので、妃は私のみ。まずは子作り優先という事で、お仕事は抑えて下さるそうです。有難いのか、余計なお世話なのか微妙なところです。それを大臣方が居並ぶ場で言われた私にどう反応しろというのか。
おやエミーさん、もう休憩終わりですか?はいはい、逃げませんよ。ちょっくらお花摘んで来るだけですから。え、このドレス、手伝い無しじゃ出来ないの!?ちょっ、まっ、パンッ、イヤァァァァァァァ!!
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祭壇に背を向け、待ち人を想う。どんな形のドレスを纏っているのだろう。目尻に差した紅は、あの愛らしい顔を大人の女性のそれに変えているのだろうか。あの扉の向こうで彼女も私を想ってくれているだろうか。
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彼女を手元に置いてからの日々は穏やかではあったが、同時に理性と衝動の闘いの日々でもあった。性欲と言うよりは独占欲。彼女を完全に己が物にしてしまいたくて、折れそうな程強くリリーを抱き締めたのも一度や二度ではない。その度に彼女は側にいるからと口付けをくれた。
その口から愛の言葉を聞き出せたのは、つい最近だ。王妃となることが決まり、侯爵家の令嬢として婚約をした際に、やっと『愛してます』と言ってもらえたのだ。別に強制したわけではない。ただ言って欲しいなと強請っただけだ。あのマイペー…いや、何事にも自分に正直な彼女が、国王如きに強請られたくらいで己の気持ちを偽ることはないだろう。今まで何度笑って誤魔化されたことか。
パイプオルガンの音が響き渡る。漸く花嫁が入場するようだ。
この日を待ちわびていたとはいえ、今日はゴールではない。私たちの人生は此処からが本番だ。彼女には今まで以上に苦労をさせてしまうだろう。それでも私の隣に立つと言ってくれたリリーを、私は守り幸せにする事ができるだろうか。ふと、夢の中の自分を思い出し、目を閉じる。もう二度とあんな思いは御免だ。彼女を独りにはさせない、独りにはなりたくない。再び出逢えたのだ、もう間違えない。
開扉の音に目を開けば、そこには白百合のような花嫁がいた。
集まった民衆に手を振りながら、リリスはしみじみと呟く。
「結婚しちゃいましたねぇ」
「後悔はない?」
「あったら逃げてますねぇ」
「逃がさないけどね」
「義母様に、秘密の通路を幾つか教えて頂きましたよ」
「ちょっ、あの人何教えてるのかな!?」
「それはさておき」
「おいちゃいけない気がするけど、なんだい?」
「ここの教会って誓いの言葉無いんですね」
「契約の神を祀ってるからね、誓いを破ると最悪命を取られてしまうから」
「なるほど、破る気満々なんですね」
「違うよ!しきたりだからだよ!」
「ふっ」
「信じて!」




