1
「この歳にしてビッチってどうよ」
むぅ、と口を尖らせて不本意であると訴える。日々追加される学業や習い事に脳を身体を酷使しているのだ。オトコ漁りなんぞしている暇はない。ましてやまだ自分は10歳だ。もう一度いう。自分はまだ10歳なのである。お前ビッチの意味わかってんのかと問い詰めたくもなるというもの、いや分かってる自分の方が変なのか?
まぁしかし心の方は50をとうに過ぎてるし、前世では夫も子供もいたし、オトナの事情に詳しくても問題は無い、タブン。いずれにせよ今の体は清いのだ。文句を言われる筋合いは無い、ビッチなど以ての外だ。例え今現在己が子爵夫人と呼ばれ、且つ国王陛下の愛人の地位を得ていようとも。
****
記憶が蘇ったのは3歳の頃だ。少しずつ少しずつ滲み出るように現れ、気付けば、今の私と過去の私は完全に融合していた。とはいえ、もう前世の記憶はボンヤリとしか浮かんでこない。これは新しい生を得たから古い記憶を消そうとしているのだと思う。
そう、間違っても前世で生きていた時から薄らボンヤリしていたからではないはず。流石の私でも、腹を痛めて反抗期には頭も痛めたバカ息子の顔まで、ボンヤリとしか記憶していなかったはずはない。単身赴任中だった夫の顔については自信無いけど。
まあそんな訳で、よくあるマヨネーズやら内政チートやら俺TUEEEEなんかは無かった。
そもそも前世でマヨネーズ自作したことなかったし。コッチのニワトリ、ダチョウサイズだし。子供に攪拌出来るしろもんじゃないし。お菓子作り?一家揃って甘いもの苦手だったからねぇ。と、前世の主婦歴23年という無駄っぷりに遠い目をしつつ、現世の家業を嬉々として手伝うのが関の山な普通の幼女だったんですよ。
そんな、自分で言うのもなんだけどアホ可愛い幼女の人生が狂ったのは8歳の誕生日から1週間後。
宮廷治癒師の父に連れられて王城に行った私は、とあるキレーなお兄さんの肩を揉んであげることになったのだ。父が王太子妃の足に針と灸をする間お兄さんのお相手をと頼まれたからだ。決して小遣い目当てではない。
マッサージは子供の手では疲れるが、それでも目一杯頑張ってみたのがいけなかったのか、それともサービストークがお兄さんのツボにハマってしまったのか。ともあれ翌日には屋敷に城からの使いが訪れ、2週間後にはお兄さんと一緒に隣国ニストラスへと旅立つ事になったのである。
嫁入り準備をする時間も、満足に家族と別れを惜しむ時間もなかった。父よ、もう少し渋って粘ってくれても良かったのよ?まぁ男爵クラスの処世術なんて、長いモノには15周くらい巻かれるしかないんだろうけどさ。
旅は道連れ世は情け。というわけで、ニストラスに向かう道すがらキレーなお兄さんに、これからのことを説明してもらった。
父からは、妻を亡くした56歳の子爵に嫁ぐことになったのだと聞かされていたが、まさかソレが目の前のお兄さんの愛人になる為のもので、更にお兄さんがニストラスの若き国王だったとは思いもしなかった。
いや、王城に滞在しちゃう様な貴人であることは理解していたけど!だってフツーに気さくなお兄さんだったし。周りも私の態度に何も言わなかったし。むしろ微笑ましく見守られていたし。この馬車だって快適だけど見た目だけなら男爵家のと変わりないじゃん!
あー、そういやサーガスの王太子妃殿下ってお兄さんと同じ見事な黒髪だったねー、ニストラス王家出身だったねー、あー。