第七話
鳥の囀り、穏やかな空気が漂い、木々の上には白い雪が積り、それを溶かすように暗闇が広がる森の中で一人の少年が逃げるように走っている。
逃げなきゃ、逃げないと、来る、奴らがすぐそこまで…
木の枝で腕を切っても、地面の石に足を引っ掛けても少年は停まる事をしなかった。
必死に、必死に、必死に。
離れなければいけない。自分を追うであろう奴らから、
少年は自分の帰るべき村に向かって懸命に足を動かす。
グアアアアアアアアアアアアオオオオオッ!
「…あ、…ああッ」
だが、必死に逃げる少年の目の前を、黒い巨大な何かが遮った。
雪森熊
人に害成すモンスター。
勝てない、少年はそう思わずにはいられない。
たかが<大地人>である自分にはこの化け物を殺せない。
先程まで、生きようとする意思を宿していた少年の瞳には、もう諦めしか残っていなかった。
もう父も母も妹もいない自分に、生きる意味はあるのだろうか。
スノウグリズリーは白い毛で覆われた太い右腕を上げ、そのまま少年に巨大な爪で抉るように振り下ろした。
「――――やらせるかあ!」
瞬間、スノウグリズリーと少年の間に緑の影が入り込んだ。
緑の影は女性だった、スノウグリズリーの巨爪を木の蔓を巻き付けた杖で防いでいる。
「ブウーッ!やれええ!」
緑の影の高く澄んだその叫びと共に少年は甘いハチミツの香りを嗅いだ。
ガアアアアアアアアアアアアッ!!
グルオオッ!?
少年を襲ったスノウグリズリーに黄色い熊ハニーベアが野性を感じさせるように碧い瞳をぎらつかせ、喰いかかっていた。
「<単体脈動回復呪文>!」
スノウグリズリーから離れた女性は、淡い緑色の光を宿した杖を振い、ハニーベアに森呪遣いの脈動回復呪文をかけた。
ハニーベアは緑の光に包まれ、スノウグリズリーの抵抗で傷つけられた体が徐々に癒えていく。
ガアアアアアアアアアアアアォォォッ!
傷が癒えてゆくのを見て、癒しの魔法を唱えた女性を脅威と判断したのか。
スノウグリズリーは襲いかかってきた熊よりも女性の方へと跳びかかろうとする。
不意に、スノウグリズリーは立ち止まった。
甘い蜜の香り。
ハニーベアから放たれるその魅惑的な香りにスノウグリズリーは本能のまま、その香りを放つ方へと反転した。
野性の咆哮をあげる二匹は互いの爪と牙で鎬を削りあう。
「キバ、来いっ」
アオオオオオオオンッ!
女性は自身が持つ杖の先端で、円の軌跡を描き、発光。
光の中から獰猛な雄叫びをあげる巨大な狼が姿を現す。
従者を呼び出した女性は、杖を下段に構えスノウグリズリーへと突撃する。
ハニーベアと正面で戦うスノウグリズリーの両脇を、女性とグレイウルフが挟撃を叩き込む。
<フランカーファング>
従者に指示し挟撃を行う森呪遣いの特技だが、<大災害>以降から何故か聞える耳障りな奇声や従者の気持ちと通じ合うことが出来ている女性には口で指示する必要はない。
グレイウルフは、スノウグリズリーの足に鋭い牙を突き立てた。
ガアアアアアアアアアアアアッ!
足を噛まれたスノウグリズリーは絶叫をあげる。
「うるさい」
反対側の女性は、スノウグリズリーの叫びを耳障りと下段に構えた杖で素早い一撃を顎へと掬い上げるように叩き込む。
アアアアアグウッ!?
顎を下から打ち抜かれたスノウグリズリーは堪らず怯んでしまう。
その隙は、目の前にいるハニーベアには十分すぎるものだ。
ガアア、ガアアアッ!
ハニーベアはスノウグリズリーの顔へと重い一撃を叩き込む。
ガ、アアアァ…
数の前では圧倒的に不利なスノウグリズリーはなすすべもなく、一人と一体と一匹の連携に沈んだ。
スノウグリズリーの肉体を構成していたなにかは、シャボン玉のように肉体から離れ、暗闇に溶けるよう消えていった。
「キバ、周囲に敵は?」
それを見つめていた森呪遣いの女性は、グレイウルフに周辺の敵の有無を確認をとる。
…フルフル
グレイウルフは、その優れた五感から敵の心配はないことを主に伝えた。
「そう、ありがとう。…おい、もう大丈夫、っていない!?」
確認を終えた森呪遣いの女性は襲われた少年に声をかけようと振り向いたのだが、助けたはずの少年の姿はなかった。
少年がいないことに気づいた女性は、先程まで勇ましい姿はなく、大慌てになる。
「キバッ! あの子の匂いを追ってくれ、…ブウ、悪いもう一回手伝ってくれるか?」
お願いされたハニーベアは、鼻を鳴らし肯定の気持ちを女性に伝える。
クンクン、ガウッ!
「そうか、ありがとな! なんとかして<ブリガンティア>の奴らより早く見つけないと…」
少年を追うように指示されたグレイウルフは、鼻を鳴らし少年が逃げていった方へと、女性を夜の森の中へ先導していく。
第7話
「本気で相手してやるからかかって来いよ屑野郎どもッ!!」
「雪だ~」
「オオ、雪遊びがデキルネ」
「普通、雪が降るなら寒いもんなんだけどなー」
「………すずしい」
「冒険者の身体ってすごいですね」
「これなら、<オソの霊山>のような氷雪ゾーンや<灰燼島サクラジマ>の溶岩ゾーンも大丈夫かな」
<ライポート海峡>を越えたハカセたちは、現実世界の北海道に入ると降り積もる雪を見て子供のようにはしゃいでいた。
「ズッドーン!」
ハア、ハア~♪
ミズキはグレイウルフのごん太と一緒に真っ白に染まる地面に向かって突き進み、地面に転がりごん太と遊びだした。
「喰らえッ!」
「やりやがったなヒビキ!…って、HP減ってる!?」
「<従者召喚:ゴーレム>、博樹に雪玉をぶつけるんだ」
「いいだろう、ならば戦争だッ!<方術召喚:ブラウニー>爺さんたち雪玉を作れッ!?」
「フォッ、よいぞよいぞ、雪遊びとは童心に返るわ」
ハカセとヒビキは、雪玉を握ってはぶつけ合い、冒険者の膂力によって投げられた雪玉からダメージを受けることに驚いていた。
と言ってもダメージは微量であるので特に気にもとめず、召喚魔法を使用した雪合戦を始めてだした。
「………バケツ欲しい」
「石ト木ノ棒デ満足シヨウネ」
「…むう」
大きな雪玉を転がしているデラルテとカレアは、どうやら雪だるまを作っているようだ。
小柄な女性であるにもかかわらず、自分の身体の半分もある雪玉を転がす姿は違和感が凄まじかった。
あっという間に雪だるまの身体を作り上げ、すでに飾りつけに入っている。
「君たちねッ、フィールドゾーンで遊んでんじゃないよ!!………お腹痛い」
モンスターがいるフィールドゾーンで遊び出すメンバーたちを見て怒り出す朧は心労でお腹を痛めていた。
最終的に朧が囲むように骸骨兵士の大軍を召喚して、全員の頭を視覚的に冷やしてその場を収めたのだった。
無事にエッゾ帝国内に入った皆はクエストを受けるよりも先にススキノに立ち寄ることを決めていた。
五つあるホームタウンの一つ、ススキノがアキバと同じ現状であるかを確認するためだ。
ついでに、万が一に誰かが契約クエスト中に神殿送りになったときのための保険だ。
現在、ハカセたちは<エッゾ帝国>のフィールドゾーン<カムイの森>を歩いている。
<カムイの森>
巨人族とエッゾ帝国の争いが絶えないこの地で、この森は木々が生い茂げ、神秘と生命が力強く溢れている。
妖精種や魔獣種が生息し、森の奥深くには高位の霊獣・精霊までもが存在するフィールドゾーン。
エッゾ帝国内はモンスターのレベルは軒並み高く、<カムイの森>の表層部もレベルが50~60台と低くはない。
また、表層部と深層部の境目には<コロポックルの隠れ里>という町があり、補給地点があることとススキノに近いところから稼ぎ場所として有名所。
ミズキが呼び出した緑の光<バグズライト>が暗い夜の森を照らす。
<カムイの森>をハカセたちは隊列を組みながら、先頭にグレイウルフのごん太を周辺警戒に歩かせて森を進む。
ごん太の後ろには、壁役のハカセが続いて低レベルのミズキとヒビキを囲う様、陣形を組んでいた。
「博樹、グリフォンやペガサスで森を抜けなくて良かったの?」
「グリフォンはレイド報酬のレア物だしな、<カムイの森>を抜けたらススキノが目と鼻の先にあるから目立つ、見られるのは避けたい」
「ワタシのペガサスも高難度クエストでケイヤクする召喚獣だからね」
「小規模ギルドがレイド報酬アイテム持ってるなんて、変に嫉妬するヤツが出てくるからなあ」
「ハハハ、特にワタシタチを知らナイ、最近ノ冒険者ガオオイネ」
「色々、大変なんだ」
木々が立ち並び、地面に生える草に木から落ちた雪が所々に積もった獣道を歩く一行。
普通は安全を考えて遠回りでも整理された街道を歩くのだが、モンスターの平均レベルから<生物魅了>の効果が届く高さのため、六人は近道として表層部を突っ切ることにした。
(ふう、確認のためとはいえ正直、良い予感がしない)
ハカセはススキノの様子を確認するのは賛成している。しかし、ススキノの中に入るのは気が乗らない。
アキバにいた時は、自分たちはそれなりに楽しんでいた。
だが、他の冒険者は別の話だ。
やることがなく街で沈んでいる者もいれば、自分たちのように楽しんでいる者もいるだろう。
それだけならまだいい、ひどいのはやることがないからプレイヤーキラー、しかも初心者を狙った悪質な冒険者がいることだ。
<大災害>の混乱も見ていて酷い有様、混乱が落ち着いてきても見るに堪えないことが多かった。
生活改善、なんて皆には言ったが本音の半分は違う。
日に日に居心地が悪くなるアキバに朧やカレア、そしてレベルの低いミズキやヒビキを離しておきたかったのが理由。
―――――ごめん、ゴメンね、ぎ、ギルド、ハカセ…わた、私のせいで…
(もう傷つかれるのはゴメンだ。見ていて気分が悪い…)
ギルドメンバーといつものようにただゲームを楽しむ。
彼女がいなくなって、ギルドマスターに再度就任した時から決めたこと。
ハカセは<大災害>からもそれは変えないようにしている。
不味い飯で、皆が不満になっているから、美味い物が食べられるようにしよう。
プレイヤー同士の諍いで居心地が悪い、ギルドホールのシェリアを見てアキバの外にある大地人の街で過ごそう。
そういう理由から、ハカセは遠征をしようと言い出した。
他のメンバーに気を使われていると思われたくないハカセはこのことを言わない。
というよりも、ハカセ本人も味のない食事は不満だし、居心地が悪いとこにいるのは嫌。
本来、ハカセは自分勝手な性分なのだ。
そのためハカセは、ススキノの様子次第では何か適当な事を言って中に入らずクエストを受けに向かうつもりでいる。
(契約終わったら、アキバに変化はないか確認しておくか…)
「博樹、眉間にしわ寄せて何考えてるの?」
「さっさとススキノでゴロゴロしたいなあって」
腹の内で算段つけるハカセにミズキは心配そうに話しかける。
ハカセは何でもないように話を誤魔化す。
唯一の身内であるミズキは心配の種であり、心配性の姉には心配を懸けさせたくはない。
変に鋭い所もあるために、ハカセは中々に気が抜けない。
「壁役が気を抜いててどうするんですか」
「任せたぞ補欠タンク」
「薄い壁のハカセよりは壁役に向いてます」
「馬鹿め、俺じゃなく召喚獣が壁をやるんだぜ…」
「戦闘でのいつものあなたの立ち回りを考えてからいいましょうか」
「………馬鹿?」
「ソノ頭ノ中二脳ミソ入ってるカイ?」
「博樹、気分が悪いなら休憩しよう?」
「お前ら優しそうな顔を見せつつ、あからさまにディスってじゃねえよ!」
ハカセのボケに総ツッコミで返される。
内心では、一人残したシェリアに悪く思うが、ハカセはメンバー全員がやはり外で冒険していることで気が紛れている事に安堵する。
「それにしても神秘的な森だよね。ほら、も○○け姫のあれみたいな」
「………お前にサ」
「カレアチャン、ストップストップッ!!」
「少なからず影響はあると思いますよ。僕の木霊もここのクエストで取得しましたし」
「日本サーバーは結構、そういうもの取り込んでるからな。まあ、その作品はむしろ<ティアストーン山地>付近を参考資料として使ってたみたいな話だけどな」
「アキバの街もそうですけど、意外と現実世界と似てるもんね」
「そっちはハーフガイアプロジェクトが理由だな、日本鯖は人気アニメのコラボイベントも多いから海外のプレイヤーもそれ目当てで遠征する猛者もいるからな」
「意外と、<ノウアスフィアの開墾>で海外サーバーから来た冒険者もいるかもしれませんね」
周辺警戒に気を抜いてはいないが、雑談をしながら歩く全員は和気藹々と森の中を歩く。
そして、グレイウルフのごん太が吠えた。
ガウッ、ガウッ
「ッ、全員戦闘準備!!」
「<生物魅了>も準備してください」
「………任せて」
「サテ、雑魚ダトヨイノダケドネ」
ごん太の変化に高レベル組は先程までとは打って変わって機敏な動きでいつでも戦えるように構える。
ヒビキも緊張した面持ちで周囲をチラチラと見渡している。
「…待って、モンスターじゃないみたい」
「モンスターじゃない?」
「………じゃあ何?」
「他の冒険者でしょうか」
「PKハ、オコトワリダネ」
ごん太の気持ちが何故か分かるミズキの言葉に少しだけ警戒を緩める。
ハア、ハア、グル…
「あそこに誰かいるの?」
「<従者召喚:キリング・ドール>、おい、そこにいるやつ出てこい」
「切っちゃう?斬るの?キルか?エヘヘヘヘ」
ミズキはごん太の鳴き声と首の動きで、森の茂みの方に誰かがいるのを教えてくれた。
ハカセはその言葉にすぐさま従者を召喚、鋭い目つきとドスをきかせて茂みの方へ声をかける。
「………チビ、見てきてくれ」
「斬っていい?」
「攻撃してきたらな」
「ひゃは」
だが、声をかけても出てこない。
ハカセは警戒しながら、従者のチビに指示を出す。
主の言葉に嬉々としてキリング・ドール茂みの方にその小さい体で突っ込んだ。
「………チビ?」
「兄ちゃん、この子大地人だよ。…ケガしてる」
「なっ!?」
キリング・ドールはその小さいからだで、自分よりも大きい大地人の子供を引っ張り出していた。
普段の狂気的な雰囲気はおさめて、年相応な子供の声で心配そうにしている。
大地人の少年は、全身に擦り傷を負い、憔悴しきっている。
「回復しないとッ、ごん太、ゴメン<従者召喚:アルラウネ>」
「………デラルテ」
「ワタシも必要ダネ、<従者召喚:二角獣>」
「仕方ない。ヒビキ君、周辺警戒をしましょう」
「はいッ」
少年の無残な姿に、ミズキは周辺警戒で呼んでいたごん太を送還し、回復補助のために植物精霊アルラウネを再召喚した。
デラルテもそれに続くように、黒い体毛と頭部に二本の巨大な角を生やしたバイコーンを喚ぶ。
グレイウルフがいなくなったことで、朧はヒビキと共に周辺警戒に徹した。
「<ハートビートヒーリング>ッ!」
「<疲労>に、<出血>なにこれ<飢餓>って、他にも状態異常がこんなに…フィアッ」
ヒヒーンッ!
「回復にブーストするよ…」
憔悴しきった少年の呼吸は既に虫の息だった。
しかし、ミズキの脈動回復呪文による緑の光に包まれると、徐々に力強い呼吸に戻る。
だが少年を苦しめていたのはHPの残量だけではない見たこともない状態異常の数々だ。
それを見て、デラルテは演技を忘れて従者のバイコーンに回復特技の指示を出す。
少年の身体から、毒々しい極彩色の何かが溢れ出て、それらがバイコーンの方へと吸い寄せられる。
ついでに、デラルテは幻獣の召喚獣を使役中に使える特技<ファンタズマルヒール>を発動させた。
緩やかに回復していく少年の姿を見つめながら、ハカセは疑問を考えていた。
ハカセがじっくり見つめていると大地人の少年の上に表示が現れる。
(何でこんな所に大地人の子供がいるんだよ…)
アシス レベル 3 クラス 大地人
ありえない。
ハカセはその表示を見てさらに困惑した。
カムイの森の平均レベルは表層部でも50~60台。
レベルが一桁しかない大地人の子供が生きていられるはずがないのだ。
(複数で旅をしていた?いや、服装からして旅をする格好じゃないし、この子以外にもいるなら近くに他の大地人が…)
この格好はまさか、ここから近いススキノの大地人なのか。
それにしたって、ボロボロとはいえモンスターから生き延びれたのは?
現状から湧いてくる疑問の数々にその場で考え出すハカセ。
そのため、彼は自分に襲いかかろうとする黒い影に気づけなかった。
「ハカセ横だッ!!」
「<絶命の一閃>ッ! 死になアアアァッ」
「――――マズッ」
突如としてハカセの真横から必殺の一閃が迫る。
法義族のハカセは一撃を喰らっただけでも相当なダメージになる。
しかし、周囲に気を配らずに立ち尽くしているハカセは隙だらけだ。
そのまま何者かの一撃をハカセはまともに受けるかに見えた。
「お兄さん、危なイッ!!」
ズドンッ
「ゴフッ!?」
自身の従者キリング・ドールの手によって、ハカセは凄まじい衝撃を腹部に受けた。
「オ兄ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だけど、大丈夫じゃじゃないッ、頭打ったし舌噛んだッ!!」
従者の攻撃はダメージにはならないようだが、倒れた際に地面で頭を打ったようだ。
おかげで、直撃を受けることを免れたハカセは自分を襲った何者かを見る。
(冒険者ッ!!)
「隙だらけだぜえええええッ」
「ってやべええええ!」
襲ってきたのは、同じ冒険者の暗殺者。
アサシンは倒れているハカセとキリングドールの隙を見逃さず、容赦なく追撃をかける。
「<デスサイズ>!」
その間に、骸骨兵士がハカセとキリング・ドールを守らんと立ちはだかった。
「ッち」
「やらせませんよ」
全員にフォローが出来るようにすでに骸骨兵士をバラバラに召喚していた朧はハカセに攻撃するアサシンの壁となる。
仕留めることが出来なかったアサシンは、ハカセたちから距離を離すように後ろへとさがった。
骸骨兵士三体がアサシンの動きを遮るように立ちはだかった。
「今度からお前が壁役でいってみるか?」
「助けられた癖に口がよく回りますね」
「うるせえ、チビありがとな」
「エヘヘヘ」
「来ますよ二人とも」
ハカセは従者に礼を言い、朧の言葉に同意するように自分の武器である短剣を抜き出す。
そして、二人と一体は眼前のアサシンを前に構えた。
「<従者召喚:爆炎精霊>、…上空で待機して」
離れて様子を見ていたカレアは、周囲が分かるように炎の精霊を召喚して暗い夜の森を照らし出す。
暗い森の中へと溶け込んでいた黒装束の暗殺者の姿がハッキリと見えだした。
「いきなり襲いかかるとは随分と品がないことで、…しかも暗殺者の真似事ですか、冗談は職業だけにしてほしいですね」
「つべこべ言わず、アイテムと…女たちを置いてきな。 そうしたらてめえらは特別に見逃してやってもいいぞ…」
「うわあ、ここまでクズい上に、三下な台詞は初めてだな…」
(やばいな、囲まれてやがる…)
(ええやばいです。僕のスケルトンは数は多いけど、単体では非力すぎます)
(クソっ、まずいのは姉ちゃんとヒビキ、そしてあの大地人の子供だ。)
イグニスの炎の身体で明るくなった周囲の森には、目の前の暗殺者以外にも幾つかの人影が周囲に見える。
サモンのメンバー全員がこの状況にヒヤリとする。
「この子に何をしたのッ!!」
ただ一人ミズキを除いて。
普段の緩い雰囲気はどこにもないミズキは、怒気をにじませた声をPKたちに放つ。
PKの男たちは、ミズキの言葉に一瞬怯むもすぐに嫌らしい笑みを浮かべる。
「お前と同じ森呪遣いの糞狼で居場所がばれるからな。…お人好しで馬鹿なヤツを誘き出すのに餌がいるだろう? 丁度よく、すぐそこで手ごろなのが手に入ったのさ」
「あなたたちッ」
「おいおい、あの女たちもそうだったが…たかがNPCになにムキになってんだ」
男たちは知らない。
もうこの世界は自分たちの知っているゲームない異世界にいることを。
自分たちが知らないですまされない、取り返しのつかないことをしていることに。
彼らは知らない。
「…デラルテ、そいつらを絶対近づけさせるな。朧、お前も前衛で壁やれ」
「言われずとも、カレアさん後衛をお願いしますね」
「………全力でやる」
「指一本触れさせないから安心して…」
「デラルテちゃん、もしもの時は…」
「僕が守りますっ!」
自分たちが彼らをどれ程怒らせてしまったのかを。
男たちのその非情な行いにこの場にいた全員が胸の奥に滾らせたものがある。
それは決して無視できるものではなかった。
ハカセが今まで仲間たちと自分の気持ちから、面倒事を避けていたことも。
朧がこの世界に来てからあるどうしよもない不安の感情も。
この世界が本物の現実だと思っているカレアの願いも。
浮かれた気持ちを鎮め、友達との約束を守ろうとするデラルテも。
ただ、ただ弟の身を案じるミズキの献身も。
ヒビキの幼い心に襲いかかる理不尽に対する恐怖も。
それらの思いも焼き尽くすほどの、男たちがやった外道な行いに対する怒りという感情のまま、彼らの身体を戦いへと動かす。
「本気で相手してやるからかかって来いよ屑野郎どもッ!!」
「ひ弱な召喚術師如きが吠えてんじゃねえよ! てめえら、やっちまえっ!!」
<カムイの森>にて、<サモンッ!?>とPK冒険者たちの戦いの火蓋が切って落とされた。
今日の召喚獣
バイコーン(二角獣)
条件 クラス・召喚術師 レベル・40以上 クエスト<救いなき二本獣>クリア
スキル一覧
<騎乗可能>特性
バイコーンと友情を育んだ者だけが、背中を許される。 <ファンタズマルライド>使用可能
<カオス・ラン>特殊移動・属性物理特技 条件・<ファンタズマルライド>使用中
穢れを全身に覆い、戦場を駆け抜ける。 闇属性物理攻撃 直線高速移動
<穢れよ集え>常時発動特技
他者の穢れをバイコーンはその身で受けとめる。 <状態異常>を引き受ける。引き受けた状態異常は<狂化>に変化する。
<穢れた雷>範囲雷・闇属性魔法 <ファンタズマルライド>中使用可能
聖なる雷はもはや見る影もない。 <麻痺>付加
バイコーンは一角獣の派生召喚獣の一つ。
<純粋>を司るユニコーンとは真逆の<不純>を司る聖獣。
<不純>と聞くと悪く聞こえてしまうかもしれないが、バイコーンは魔獣の類では決してない。
ユニコーンは穢れを跳ね除ける聖獣とされており、そのユニコーンが穢れを自分が受けたことによりバイコーンへと変化したのだ。
その為、穢れを跳ね除けるのではなく他者の穢れを引き受ける性質へと変化し、白い体毛は黒く染まってしまい、頭に生えた一本角はもう一本角が生え二本角となったのが今の姿だ。
また穢れを引き受けたことにより、その気性はユニコーンだったころよりも攻撃的なものになっている。
そのため、穢れを引き受けすぎたバイコーンは暴走するか、衰弱してしまい一目のつかない森の奥深くでその魂を天へと還すと言われている。
※ユニコーンは本来<純潔>、<貞節>を司ると言われているがエルダーテイル内のユニコーンは<純粋>を司るとされている。
バイコーンは状態異常を防ぎながら、前衛で戦えるユニコーンの派生召喚獣。
しかし、<狂化>の状態異常で攻撃力が増加する代わりに防御力の低下するために打たれ弱いという欠点がある。
バイコーンを使役する際、<ファンタズマルライド>で騎乗状態で戦うのが最も適している。
<大災害>以降は、<カオス・ラン>の穢れによって騎乗している冒険者が体調不良を起こすことが続出したため、契約を結ぶ召喚術師が激減した。(デラルテも体調を崩したが、特技を使わなければいいので契約をそのままにしている)
またユニコーンがバイコーンへ変化する現象を研究する者も多い。
一部のバイコーンには特殊な力に目覚めた個体も存在していて、海外サーバーには典災ばかりを喰らうバイコーンの存在が確認されている。
いずれこの身が狂うその時まで、貴様らを喰らい続けよう
~典災喰らい~




