第六話
ラットマンを撃退し、ダンジョン内でハカセたちは探索を一時中断し、部屋の一室で休息を取ることにした。
休息中に、それぞれがこの旅の間で決めた役割をこなしていく。
朧とヒビキは、先のラットマンとの鉢合わせを反省し、召喚獣に乗りうつる<ソウルポゼッション(幻獣憑依)>で本体の肉体をキャンプで寝かせて偵察している。
周辺警戒は、デラルテがペガサスで空からやっていたが、天井のあるダンジョン内では不可能である為、ミズキのグレイウルフが代わりをすることになりデラルテはその手伝いをしている。
ハカセとカレアの二人は言うと、キャンプの準備をしている。
毛布をお腹で抑えながら片手で持ったハカセは固いコンクリートの地面の上に柔らかい毛布を敷いていく。
この旅の間に慣れた手つきでみんなの寝床を確保していくハカセの後ろからトコトコと自分よりも大きい瓶を運ぶ小妖精ブラウニーが近づいてきた。
「ほれ、『守護戦士の秘薬』じゃ」
「おうサンキュー」
ハカセは礼を言いながら、ブラウニーから瓶を受けとる腰に下げた鞄に瓶を入れる。
そして、そのまま鞄から草らしきものと、何も入ってない透明な瓶を取り出し、ブラウニーに手渡す。
「爺さんたち、次はこれ頼むわ」
「全く妖精使いの荒いことじゃ」
(プッ、やっべ、見た目と言動が…)
白い長いひげを撫でながら渋い声で愚痴を漏らすその姿に、似合いつつも自分よりもはるかに小さい妖精とのギャップでハカセは吹き出しそうになる。
笑いをこらえようとしたハカセは、最後の毛布を敷くためにブラウニーから顔が見えないようにする。
「…?、…どうしたのじゃマスター、手を口に押さえて」
「…い、いや、くしゃみが出そうになっただけだ」
なんとか笑いを抑えたハカセは適当に言い繕い、再度ブラウニーの方へと顔を向けた。
「愚痴はミルクと蜂蜜やるんだから勘弁してくれ。さて、寝床も確保したから俺も生産活動しますか」
「ふむ、手伝いに一人つけるかの?」
「ひとりでやるさ」
ブラウニーの提案を断るハカセは、鞄に両手を突っ込み、鞄に入りきるはずのない大きい釜を取り出す。
大釜を持ったハカセは、もう一人キャンプの準備をしているカレアの側に近づく。
「カレア、たき火の数を一つ増やしてくれ」
「………なんで?」
「アイテムを作るから火種がいるんだよ」
ハカセの言葉をカレアは理解できない。
サブ職を生産職の錬金術師にしているハカセがアイテムを作るのは分かる。
でもそれは、メニュー画面を開いて、材料がそろうアイテムの項目を選択すればその場にすぐに出来る。
だが、ハカセは大釜を両手で持ち、何でもないかのように火を要求する。
「まあ、疑問は分かる。向こうの爺さんたちを見ろ」
「………えっ」
カレアは、この世界に来た時と同じように、自分の目を疑った。
「よーし、インよ。次の材料じゃ」
「ほれほれ、ヴァツ、はやく瓶に入れんか、次が入らんじゃろ」
「ライ、ワシを誰だと思うちょる。これは今の分じゃ」
ハカセのブラウニーが、カレアが精霊を呼び出して作ったたき火での上で、小さな釜に素材アイテムを入れて棒でかき混ぜているのだ。
しかも、釜の中身の液体を入れている瓶には、宙に『耐病毒ポーション』と表示されている。
ブラウニーがアイテムを作っている、そのことにカレアは開いた口が塞がらない。
「な、すげえだろ」
カレアの表情をみて、ハカセはしてやったりの顔をしている。
その顔にカレアはムカつくも、気持ちを抑えハカセに問いだそうとハカセの服を引っ張る。
「あ、………あれは何?」
「だから、アイテム作成してるんだよ」
「…それは、わかる。………どうしてメニュー画面で作らないの」
「よくぞ、聞いてくれた!?」
カレアの質問にハカセは背中のマントをたなびかせ、両腕を組みドヤ顔をして返事をする。
ああ、うざいなあ。
「んな、鬱陶しい顔しなくても…」
「………人の表情から考え読むな」
ウンザリとした顔でカレアは話を急がせる。
ハカセはションボリと残念そうに頭を傾け、話し出す。
「事の発端は、アキバにいた時だ。俺はススキノの遠征のためにアイテムを揃えることにした」
「………それで」
「サブ職の錬金術師を使おうとしたとき、錬金術師の道具アイテムの大釜をみて………」
「もう言わなくていい」
「いや、言わせろよッ!?」
カレアの言葉に、ハカセはツッコミを入れる。
だが、カレアは溜息を吐き、先程よりも疲れた目でハカセを見る。
「………どうせ、ハカセのアトリエ、キタコレとかで真似事しただけ」
「そうだけどっ、アキバの錬金術師って思ったけど、ねえ話を最後まで聞いてええぇ、聞いてくださいお願いします!」
「………はあ、それでどうして今も真似ごとしてるの」
「…それがな、メニュー画面で作成するよりもアイテムの量と質が違うものができたんだ」
「………」
「しかもな、手法や材料の組み合わせで………本来あるはずのないアイテムが出来た。検証もしていたから、これを言ったのはお前が最初だ」
ありえない。
カレアはその言葉は嘘だと思いたくなるが、ハカセは悪ふざけこそはするものの嘘をつくことはほとんどない。
長年、一緒に遊んでいたわけではない。
そして、<大災害>から今日までハカセはこの世界の情報はみんなに絶対に知らせるようにしている。
「………本当なの」
「…おう、これを見ろ」
「………なにこれッ」
そういって、ハカセは鞄から瓶を一つ取り出す。
カレアは、瓶から表示された道具名に目を疑い、取り乱す。
それは、このエルダーテイルではあるはずのないアイテムだからだ。
『MPポーションⅤ』
効果はMPを50%回復する。
なるほど、他のゲームならありふれたアイテムだろう。
だが、ゲームだった頃の<エルダーテイル>には、MP回復アイテムの中にこれ程の回復量を持つポーションはない。
エルダーテイルのMP回復方法は、時間の経過による回復とこれとは天と地の差があるほど回復量が微量なMPポーションだ。
「………どうやって」
「この方法でアイテムを作るとき、追加で別の素材を入れようと思い付きでやって、アイテムに変化があるのが分かった」
ハカセも真剣な顔だ。
当たり前だ。
このアイテムだけでどれ程、戦闘バランスが崩れるか分かったものではない。
「………これ、量産は?」
「…これを作れる素材はどれもレアすぎて量産なんて出来る代物じゃない。正直、これを作れたのは偶然だ」
「残念」
本当に。
カレアは思わずにはいられない。
これがあれば、どれだけ戦闘の助けになるか考えただけですごいことだ。
MP管理が厳しい魔法職や回復職なら口から手が出るほどのものだから。
だが、ハカセは話はこれだけじゃないと首を振る。
「そして、これを作って、サブ職のレベルが低いおかげで分かったことがある。これをもう一つ作ろうとして―――――、失敗した」
「………作成判定ッ!」
「正解」
生産系サブ職には、作成判定というアイテムを作成するときに、レベルに合わせて判定を行い完成の可否を決めるシステムがある。
カレアはこの現象に嫌気がさす。
この世界の大地人やほかの生物、何よりも身近の召喚生物たちはどこも本物に見えるのに、理、法則ともいうものがどこまでもゲーム的なことが、心の中を複雑にする。
そして、気持ちはハカセも同じのようだ。
苦い顔をしながら、ハカセは口を開く。
「そういうわけだから、たき火を頼む」
「………わかった。ねえ、ハカセ」
「前にも言ったが…」
ハカセはカレアの声を遮る。
厳しくも、優しく、突き離すようで、背中を押してくれるようにハカセは言った。
「いちいち深く考えるな。どう思うかは俺たちそれぞれだ」
第7話
「そんじゃあ、行くかっ!」
<パルムの深き場所>にて、彼らはこれからの探索について相談していた。
みんなが頭をひねり、まともな意見を出し合うが、話し合いは順調とはいい難かった。
「どうすっかなあ…」
「僕らのレベルでは弱いとはいえ、ミズキさんたちは…」
「だよなあ」
「…うう~」
「………ミズキ、気にしない」
話し合いの論点はいかにミズキたちを安全に移動させるか問題になっている。
本人たちにも戦わせる。
師範システムで自分たちがミズキたちに合わせるなどなど。
対策、対処法を次々と出し合うが、ハッキリと決まらない。
高レベルプレイヤーであるハカセたちなら、無理してでも何とかなる。
ただ、ミズキとヒビキの二人をどうにかする点はやはり難しかった。
「他になんか手はないのかよ…」
出てくる意見はどれも、一長一短でこれだと決めるものがない。
みんなが思い悩む中、ミズキは脳内でメニューを見ているとあっと声をだす。
その様子にメンバー全員がミズキの方へと顔を向けた。
ミズキは全員の目線を確認し、自分が見つけたものを言葉にした。
「スキルはどうなの?」
「特技?」
「特技でなにかありましたか?」
「ウン?、アア戦闘系にメがイキガチだけど、<補助特技>をマダホトンド試してイナイ」
「あああああっ、忘れてた!」
「…召喚術師って探索で活躍するものありましたよね………僕たち」
「………馬鹿ばっか」
ミズキの言葉にハカセたちは自分たちのマヌケ具合に恥ずかしくなる。
それほどまでにミズキの言葉は意表を突くものだったからだ。
<補助特技>
モンスターなどの戦闘以外で使用する特技。
召喚魔法の方術召喚と同じ、その他の特技に分類されるものだ。
移動、作成、フィールド操作、探索、ネタと用途は幅広い。
ゲームの時にも色々役立つものもあった。
アイテムが収納されたボックスに罠が存在するかを探知する特技<トラップ・サーチ>
一度装備したら外すことが出来ないといった呪いのアイテムを解呪する魔法<アンチ・カーズ>
といった物が数が多く、サブ職業を筆頭にメイン職業の固有特技や同系統三職共通のものがある。
今まで、気付けなかったのは、ハカセたちは戦闘、召喚魔法にばかり夢中であったことと、ここまでそれだけで解決できたことが原因だった。
「レベル高くて、モンスター倒すのに困らなかったとはいえ…」
「お前はいいだろ。俺なんて、生産するときメニュー開いてんだぞ。気づけよ俺」
しかし、ハカセは自身のサブ職である<錬金術師>のことで頭が一杯だったと言い訳は出来なくもない。
誰が悪いとかではなく、この場合は今まで気づけなかった全員が悪い。
そのことに気づけたミズキにみんなは尊敬の眼差しを向けた。
「………ミズキすごい」
「ハハハ、気づいたの私だけじゃないよ、ねえヒビキ君」
「えへへへ、なにか出来ないかと思って」
「いや、盲点だったよ」
「ほんとにな、それじゃあ特技を見て再検討するぞ」
それぞれがメニュー画面を開き、使える特技を調べ、どこまで使えるかを検証を始めていった。
話し込み、試していくことで彼らは今日一日をダンジョンで過ごした。
一日が明け、検証を終えたハカセたちは落ち込んでいた。
正確には、高レベル組全員が頭を下げ、暗い影が差していた。
「めちゃくちゃ便利なのあるじゃあねえか…」
「……今までの道中って一体」
「………」
「周辺警戒、意味アッタのカナ」
「ええと、地形を調べるという意味では良かったじゃないですか。僕らもレベルアップ出来ましたから!」
「ヒビキ君、そっとしておこう」
落ち込むのも無理はない。
それはもう、今までの旅がどれだけ楽になったかと嘆きたくもなるだろう。
メニュー画面に乗っていた特技のそれにはこう表示されていた。
<生物魅了>補助特技のひとつ。
召喚術師特有のモンスターに好かれる魅力を魔力で引き上げる特技。
効果は知能やレベル差で変わるが、この魔法が続く間は周辺にいる敵対するモンスターをノンアクティブ状態にする。
つまり、多少知能があるラットマンとはいえ、ハカセたちのレベルでこれを使用するとこちらから手を出さない限り、絶対攻撃してこない。
一応、この特技はボスモンスター・一部のモンスターには効かないが、あるとないではあった方がいいに決まっている。
なんという無駄骨としかいえない現状にほとほと自分たちに呆れるほかない。
「…兎に角、試してみてから、隊列組んで進むぞ」
「落ち込んでいても仕方ないか」
「………同意」
「フフフ」
(…良かった)
「がんばりますッ」
気を取り直し、見つけた特技が必ず上手くいくとは限らないことを念頭に置いておく。
隊列順を決め、偵察に行った朧とヒビキが調べたダンジョンの地図を確認し、ダンジョン脱出に取り組んだ。
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隊列を組んだハカセたちは、ダンジョンの出口を求めて前へ、前へと進んでいた。
ガルルルルルゥゥゥ
「右だね、ありがとうごん太」
「すげえなグレイウルフ」
「まだ、一度も遭遇していませんよ」
「コレはスゴイ」
「………モフモフ」
「出会わないのはいいんですけど、僕は個人的にダンジョン地図を埋められないのが残念です」
一番前を歩くのは、ミズキのグレイウルフであるごん太が周辺にいるラットマンたちを探知していた。
補助特技である<モンスター・チャーム>を敵に出会って試す前に、ハカセたちはミズキの話で聞いていたグレイウルフの嗅覚や聴覚による探知能力で事前に遭遇しないためにそして、外へと出るための道案内を任せた。
ミズキを除いたメンバーは、道中の間にラットマンと遭遇しないことにごん太に素直な称賛を贈った。
ガウッ
ハカセたちがほめているのが分かるのか、ごん太はどうだと言わんばかりに嬉しそうに一鳴きする
そして、しばらくの間順調に進んでくと、二つに分かれた道の前に出るとごん太は立ち止まる。
ガアウ、ガアウッ
「えっ、両方にいるの、えっと、じゃあ外がどっちかわかる?」
ガウウッ
ミズキの言葉にごん太は右の方へと足を動かす。
出口があるほうがわかったのはいい。
だが、この先にはラットマンがいるとも言っている。
進んだ道は、直線に進んでいた。
すると、薄明りの見える出口の手前で、壁や天井に張り付くラットマンが密集していた。
キーッ、キーッ、キーキー、キキーッ!?
キュー、キュー、キュキュー!!
耳にうるさく響く警戒した鳴き声を鳴らすラットマンたち。
どれだけ、うるさい鳴き声を聞こうがハカセたちは動じない。
「出番だな」
「まあ、効果はあると思うけど」
「コのレベルでハネエ」
「………<生物魅了>」
カレアが魔法を使用すると、カレアを中心に桃色の煙が周囲に漂う。
ラットマンたちはその煙に飲まれると、怯えるほど警戒していた鳴き声は鳴りを潜め壁や天井から降りて、ダンジョンの奥へと散っていた。
あっけなく、あっという間の出来事だった。
ハカセたちもここまで効果があることに唖然としつつ、明かりが見える道の先へと歩を進めた。
「オッケーッ、何はともあれ昼には出れたああああああ!」
「いやあ、あっという間に出口でしたね」
「カレアちゃん、海だよっ!」
「………綺麗」
「ウ~ン、潮のカオリがタマラナイネー」
「ダンジョンがジメジメしてましたから尚更爽快ですね」
青一色で雲一つない空が広がり、冷たくもかぐわしい風が吹き抜ける。
長い間、地下にいたことはそれだけで息苦しい。
だが、その道のりも眼下にある光景を思えば苦労したかいがあったというものだ。
太陽が照らす濃い緑の森林が生え、その先には空と見間違うばかりの美しい海があるのだから。
ゲームの頃では感じられないそれらは彼らの心にここが現実だということを想起させる。
だから、この場にいる全員が同じことを思ったのだ。
(ああ、やっぱ現実なんだなこの世界は…)
彼ら全員がこの異世界を現実のものだと再度、認識したのだ。
「そんじゃあ、行くかっ!」
目指すはススキノ。
グリフォンとペガサスを呼び出し、東の空へと飛びだつ。
今日の召喚獣
ブラウニー (労働妖精)
条件 クラス・召喚術師 レベル・20以上 クエスト<世話好き妖精の仕事探し>クリア
ブラウニーは、悪戯好きの多い妖精の中では珍しいほどまともな妖精種だ。
冒険者と契約する前のブラウニーは家の中に住みつき、家人がいない間に家の掃除や洗濯といった家事を済ませたり、家畜の世話するなど大地人の世話をすることで有名な話。
大地人は礼として、彼らの好物であるパンとミルク、ハチミツを部屋の片隅にさりげなく供えるのだ。
一部のブラウニーには、妖精らしく悪戯好きな面があり、整理整頓された美しい家は、家人のいない間に散らかすといった天邪鬼な面もある。
また、冬のスノウウェル(雪まつり)では、お世話をしている家の住人にばれないように贈り物を贈ることがある。
もしかしたら、サンタクロースの伝説の正体は彼らのことかもしれない。
生産系サブ職業の冒険者は大変お世話になる召喚獣はブラウニーだろう。
成功率上昇、作成スピードアップ、作成数増加などの効果をもつために、生産系プレイヤーに召喚術師が多いのは当然のことだ。
習熟段位が上がるとブラウニーの数が増える変化があるのだが、なぜかハカセのブラウニーは三体しかいない。
見た目は、可愛らしい子供の妖精なのだが、ハカセは趣味でスキンアイテムを使い、見た目が威厳ある老人の姿にしている。
ボクたちが~好きなもの~いちにそうじ~ににせんたく~さんしはミルクとハチミツさ~
~世話好き妖精の嬉遊曲~