第三話
「<戦技召喚:ソードプリンセス>ッ!正面の敵をお願いしますッ!」
「幼き主の命により、道を開けさせてもらうぞッ!!」
ヒビキの声と共に、簡素な剣と質素な服に身を包んだ乙女は淡い光と共に戦場を駆け、自身の主のために道を切り開く。
「今です、主様!」
役目を終えた剣の乙女は光の粒となって消えていく。
それは貧困を思わせる見た目とは裏腹に、儚くも美しい光景であった。
だが、ヒビキにそれを見る余裕はなかった。
周囲をホーネット(大針蜂)に囲まれ、今、彼女が作った道を走りぬかなければいけない。
「ありがとう、<戦技召喚:セイレーン>、クラドさん走りますよッ、ミズキさん殿お願いしますッ!」
「………はッ、はいいぃ」
「任せてッ」
大きな鳥の翼を広げ、緑色の古代ローマの衣装を着たセイレーンは空気に入り込むような声で歌い出す。
その歌声は風乙女の祝福だ。大地人のクラドは全身が羽のように軽くなるのを感じた。
冒険者に劣る大地人である自分が冒険者の速さに追いつけることに驚き、その祝福と美しき声と姿に身の危険が迫っているにもかかわらず見惚れしまいそうになる。
ブブブブブブブブブ
耳障りな羽音を鳴らすホーネットは逃げるヒビキたちを追いかけようとする。
殿を任されたミズキはホーネットを行かせてやるつもりはない。
彼女は両手で持った槍で、三匹のホーネットを同時に薙ぎ払った。
今、彼女には従者がいない。
荷物を運ばせるためにマイコニドを召喚し、ヒビキたちと共に行かせた。
一見、不利に見える。
森呪遣いは回復職だが、オールラウンダーの側面を持つ。
回復と従者召喚。
「冬の始まり、フロスティとヨクルの目覚め、汝ら雪と氷の妖精よ<ヘイルウインド>ッ!」
そして、物理や魔法を問わない攻撃手段。
森を突風が走り、それと共に雹が舞い飛ぶ。ホーネットは吹き飛ばされ、羽を雹が打ち抜いていく。
<ヘイルウインド>
雹混じりの突風を生み出す冷気属性の範囲攻撃魔法。
低温の吹雪は魔法ダメージを与えると同時に相手を凍えさせ、一定の時間、反応速度を鈍らせる。
ちなみにこの魔法には詠唱の必要はない。
「はあああああっ!」
ミズキは牽制にヘイルウインドを放ち、ホーネットの群体へと突き進む。
雹に打ち抜かれ、凍らされたホーネットたちの動きは鈍い。容易くミズキの振るう槍に貫かれる。
動きが悪いホーネットだがその数は脅威であり、これ以上の深入りは禁物。
ある程度の数に減らしたところで、ミズキはヒビキたちが逃げた方へ走る。
「汝が呪い、今だ消えず<フレイミングケージ>!」
ミズキは最後の置き土産とホーネットへ魔法を放つ。
森の中で炎が燃え盛る。その炎は木々に移らずに、ホーネット閉じ込めるように檻へと形を変える。
<フレイミングケージ>
炎の檻で敵を閉じ込める炎属性の攻撃魔法。
見た目の割にダメージはさほど高くはないが、魔法効果が発揮されている間は対象の異常状態が解除されない効果がある。
長期戦になるとき、この魔法はコスト以上の効果を発揮してくれる。
ちなみにこの魔法も詠唱の必要はない。
「よし、今のうちッ!?」
キシャアアアアアアアアアァァァァ!!
「―――ック、うぐぐぐぐぅ」
ヘイルウインドウで鈍らせ、フレイミングケージで逃げる時間を作ったミズキに横の木々の合間から《バトルマンティス》が襲いかかる。
バトルマンティスは鋭い刃を両手に生やし、それを交差させながらミズキに切りかかる。
ミズキはバトルマンティスの刃を槍の柄で受け止める。ミズキはこの時森呪遣いの欠点をまだ知らなかった。
森呪遣いは幅広い特技を持つが、一つ一つの特技を見ていくと全体的にコストが重く、発生ヘイトが高い。
それによって、バトルマンティスは魔法を放ち、ホーネットを槍で貫いたミズキに向かってきたのだ。
人数上、周辺警戒を出来ないのは仕方がない。
ミズキの最大のミスは最初の一発目を放った後、すぐに撤退し体制を整えなかったこと。
ヒビキと合流していれば話は違っていただろう。
(判断まちがえちゃったなあ。でも…送還ッ!)
判断を間違えた。
そのため、動きを止めていたホーネットも襲いかかろうとし、この状況はミズキにとっては四面楚歌もいいとこだ。
だが、だからといって諦めるほどミズキは潔くもなかった。
素材アイテムも大事だが命あっての物種、ミズキは召喚していたマイコニドを送還する。
そして、ミズキは自分が最も頼りにしている相棒の名を呼ぶ。
「<従者召喚:グレイウルフ>ッ、お願いごん太ッ!」
アオオオオオオオオンンッ!
ガ、ガ、シャアアアアア!?
ミズキと鍔迫り合いをしていたバトルマンティスの死角から灰色の狼グレイウルフ(灰色狼)が現れ、その腹に牙を突き立てる。
腹部をかまれたバトルマンティスは堪らず、距離を離した。
「逃がさない、てりゃああああああ!<バーニングバイト>!」
無論、ミズキはバトルマンティスを逃がす気はない。
力いっぱい、地面を蹴り前へ飛ぶ。
槍を突き出し、複眼で顔の半分が覆われている頭部に一撃を入れる。
ガアアッウ、ガアアッウ
槍が複眼を貫くと、槍から獣の吠え声が響く。それと同時に槍の先端部から炎が噴き出す。
それは炎で出来た狼の顎だ。
顎は容赦なくバトルマンティスの頭部に喰らいつき、燃やし尽くした。頭を燃やされたバトルマンティスは力尽き上から光の粒となって消えていった。
グルルルルル、アウッ、アウッ!
「ゴメンゴメン、心配かけちゃったね」
バトルマンティスがいなくなり、グレイウルフのごん太は周辺を警戒し、一人でホーネットたちと戦っていた事に気が付くと自分の主へと吠えた。
何故、自分をすぐに呼ばなかった、のだと。
森呪遣いのミズキにはごん太の泣き声が痛い程、伝わるのを感じた。
〈ナチュラルトーク〉
本来、この特技は従者召喚時の最大MP低下効果を軽減する常時発動特技。
この特技の説明にあったフレーバーテキスト(意味のない文章)にはこうあった。
自然と深いつながりを持つ森呪遣いは植物や動物といったヒト以外の生命とも心を通わせることができる
ただの設定だったはずであるそれが、異世界となったエルダーテイルでは可能になっていることだ。
ごん太の言葉はミズキには理解できないが、自分を心配し怒っているの気持ちを奥底で感じられる。
現実であったころにはない感覚だ。
だが、悪くない。自分のミスで悲しませたことに申し訳なさもあるが、それ以上に主である自分を心配してくれたことが力を与えてくれる。
「心配ついでに、一緒に戦ってくれる?」
アオオオオオオオンッ!?
肯定の雄叫び。
もう言葉はいらない。
一人と一匹は、大針蜂の群れを引き裂きにかかる。
第3話
「…本当だったらすごいこと」
「で、何かいう事はありますか?」
「………ごめんなさい」
「それだけですか?」
「………えう、あ、もう一人で無茶しません」
「まだあるでしょう?」
「朧、マジ切れしてるし」
「………正座」
朧が珍しく怒ってる。
ミズキが判断を間違えたから。
でも、周囲をスケルトンで囲うのはひどい。
「おい…、大丈夫か?」
「……なにが?」
「…いや、やっぱ何でもない」
ハカセが生暖かい目で見てくる。
スケルトンはもう怖くない。
この震えは武者震い。コワクない。
「ミズキさんがアブソーバーのスタイルでMP回復狙いもわかりますが、そもそも、森呪遣いが接近をするときは従者が一緒にいるか、事前に脈動回復をかけておくのが普通で」
「あうあうあう」
「まあ、大事なことだな」
「………ハカセ、人のこと言えない」
「俺は引き際は間違えねえよ。保険もあるしな」
ハカセは法義族。
魔法にボーナスが付く変わりに、HPにペナルティがある。
敵の攻撃に物凄く脆い。
そのためのゴーレムなのに、一緒に前に出る。
私のように、後ろから魔法を撃てばいいのに。
「まあ、俺のプレイスタイルは置いといて、思わぬところで蜂蜜も手に入ったことだしクエストの手間がだいぶ楽になったな」
アキバを発った私たちはデラルテの<ファンタズマルライド>とハカセと朧の《グリフォン》(鷲獅子)で移動をしていた。
道中、上空から大地人の村を見つけたハカセが興味を持ち、一日滞在することにした。
そのとき、知り合った大地人のクラドから、隣町まで護衛の依頼を頼まれたのだ。
その話にミズキとヒビキは自分たちにやらせてほしいと頼んできた。
最初は4人で悩んだが、周囲のレベルが低いこともありデラルテと朧の《ソウル・ポゼッション(幻獣憑依)》で見守ることを条件で二人に任せることにした。
結果はクラドは無事隣町まで送ったが、デラルテはミズキの無茶な行為を聞いて怒り今に至る。
「………ハカセ、大地人はNPC?」
「…やっぱ、カレアも違和感あるか」
「………だって、この町で蜂蜜なんて取れない。こんなクエストなかった。なにより…」
「シェリアさんとクラドさんか、それともこの町か、ああ両方か?」
私はうなづく。
ギルドホールで出会い、数日を一緒に過ごした彼女シェリア
甲斐甲斐しいまでに自分たちの身の回りの世話をしてくれた。
彼女は私たちの世話をするのが生きがいだと言ってくれた。
隣町に送り届けたクラドは私たちを尊敬、崇拝、憧れにも似た態度で私たちに依頼を頼んできた。
この町に一日過ごしただけでも色々な大地人の人たちに出会い、思ったのだ。
この人たちは私たちと同じで泣いて笑うことが出来る人間。
むしろ、私たち<冒険者>の方が異物だと。
そして、違和感はそれだけじゃない。
「………それも、ある。もう一つ、私たちの召喚従者」
これは、一番最初にゲームではなく異世界に来たと思わせてくれた。
《大災害》の日、
周りの人間は、泣き叫び、怒り散らし、聞くに堪えない光景に私は不安と恐怖で動けずにその場に座り込んだ。
しばらくして、ハカセがフレンドチャットで呼びかけてくれたおかげで不安は軽くなる。
でも、周囲の混乱は収まらずひどくなっていくばかりで恐怖を拭えるどころか体が震えて余計に動けなくなった。
気を紛らわそうとメニューを開いた。
フレンドリストを眺め、
アイテムリストを見つめ、
特技リストを開いて手が止まった。
従者召喚
気が付いたら私は喚んでいた。
目の前に大きいモグラが地面から掘り出てきた。
<ノーム>(土妖精)は震えていた私に近づき、一緒にいてくれた。
鳴き声を鳴らして呼びかけるように、心配するように、慰めるようにしてくれて。
その時、私は泣いた。
そのときは何で泣いたかはわからなかったが、今考えると安心してしまったのだろう。
だから私はこの子たちには生物の持つ本能があり、誰かを思う感情がある、と思う。
「…はあ、最初は最新のVRMMOが出来たんだと喜んだんだけどなあ」
ハカセは複雑そうにため息をつく。
私も同じ気持ちだ。ゲームの中に入ったと思った。
目の前にメニュー画面があり、自分のキャラクターそのものになったのだから。
それが本当はゲームによく似た世界なんてまるでネット小説のような体験だ。
「ゲームにしろ、異世界にしろやることは変わらないし、いちいちこんなこと深く考えなくてもいいだろ。どう思うかは俺らそれぞれだからな」
「………うん」
「いいですか、そもそもあのレベル帯なら森呪遣いの《アイシクルリッパ―》で十分ですし、足止めなら《ウィロースピリット》でヘイトを集めずに済んだでしょう」
「う~、ごん太~」
プイッ
「そんな~見捨てないで~」
相変わらず説教は続いていた。
ミズキは自分の従者のごん太に助けを求めているが、件のグレイウルフはそっぽ向いている。
あれを見ていたら感情があると思うけど…。
「…姉ちゃんから聞いたけど従者の気持ちが分かるんだと」
「えっ」
それはどういうことだろう。
彼女は頭がおかしいとハカセは言いたいのだろうか。
「んにゃ、姉ちゃん自身そのことに戸惑いがあるって相談があった。しかも、デラルテが見ていた話、本当にお互いの考えていることが分かってるみたいな動きだった言っててな」
「………それは」
私にも出来るんだろうか。
聞こうと口を開きかけたがハカセにそれを聞くのは少し恥ずかしい。
「…本当だったらすごいこと」
濁すことにした。
私の従者である精霊たちは話さない。
だからこそ、ミズキが従者の気持ちが分かることは素直に羨しい。
でも、自分の精霊と心を交わしたいなんて失笑ものだろう。
「…別に、従者の気持ちが分かりたいことを俺は笑わねえよ」
「…ッ、言葉出てた?」
「そんな顔してりゃわかるわアホ」
恥ずかしい。
自分の心が見透かされたことが…。
そんなに分かりやすい表情をしているのだろうか私は…。
「お前、ボイスチャットだけだと分かりづれーけど、もろで顔出てるぞ」
「………」
今度から意識するようにしておこう。
でも、表情だけでそこまでわかるものだろうか?
「言っておくけどな」
「………なに」
「俺だってこいつらの気持ち知りたいよ」
なんだ。
ハカセも、同じ気持ちなんだね…。
今日の召喚獣
グレイウルフ(灰色狼)
契約条件 クラス・森呪遣い レベル・なし クエスト《森の従者たち》クリア
森呪遣いが最初に契約する四体のうちの一体。
森呪遣いと共に森を駆け、共に戦う心強い森の相棒だ。
元々、狼は集団で狩りをし獲物を仕留める動物であり、共に戦う主には忠誠を誓っているがどちらかというと対等な戦友として一緒にいる。
ゲーム中、召喚されたグレイウルフは、森呪遣いの攻撃に併せて自動的に攻撃を繰り出す。
異世界となった今、グレイウルフは攻撃するだけでなく、周囲に敵がいないかを感知し主に知らせるなど探索に大きく貢献するようになった。
また、〈大災害〉後に判明したことだが、呼び出されるウルフの毛並みは使い手によって違っており、〈森呪遣い〉による「うちの子自慢」はさらに加速したという。
派生召喚獣には、ゴブリンも使役してくる《ダイアウルフ》 魔法を操る《マナウルフ》がいる。
間違うな。狩るのは君ではない。狩られるのが君で、狩るのはあの森の戦士だ。
~とある大地人の忠告~