原稿用紙三枚分の喜怒哀楽 ―喜:どちらにしようかな―
僕はカミサマと呼ばれている。でも、人々の願いを叶えられるような強大な力はこれっぽちも持っていない。部活ではレギュラーになれず、勉強は常に平均点くらいで、好きな子を思い煩う、平凡な男子高校生だ。
こうよばれだしたのはいつからだろう。それはわからないけれど、由来ははっきりわかる。僕が神社の子で、神々しい名前だからだ。その名前とは神宮尋喜。画数がやたら多く、テストで毎度泣かされる。
僕の父さんは放任主義といわれている。僕が何かに困っていても、「祈りなさい」と言うだけだ。そんなわけだから僕は父さんに悩み事を打ち明けたりしない。仮に父さんが放任主義じゃなかったとしても、やはり今の最大の悩みはとても話せない。その悩みとは神社の後継者になりたくない、ということだ。
台風が近づき雨の激しいある日、僕はあるタクシーをつかまえた。いたって普通のものだ。ただ、その運転士の雰囲気がなんとなく変わっている。運転士のリアクションが知りたくて、僕はこう言ってみた。
「運転手さん、僕はカミサマなんですよ」
「……へえ」運転士は一瞬驚いて「じゃあ、私は貴方様を天国にお連れすればよいのでしょうか?」と言って豪快に笑った。
「えぇと……家とどちらがいいと思います?」
「どちらにしようかな天のカミサマの言う通り……ってね」
運転士は僕をちらりとみた。僕が決めろと言うのだ。カミサマである、僕が。
「では、天国へ向かってください」
「承知致しました。しかし、家族に挨拶をしてきましたか?」
「挨拶は……しません」
「承知しました。では、夢の国へとお連れ致しましょう」
冗談のつもりが、口元にうっすらと笑みを浮かべた運転士は本当に車を方向転換させた。僕の家からはどんどん離れていく。一体、どこへ連れていかれるのだろう。知らない場所へ行けば行くほど、何やら漠然とした不安に包まれた。僕は気付かぬうちに自分から誘拐してくれと言ってしまったのかもしれない。
暫く行くと、田舎らしい町並みになった。そこでタクシーは止まり、扉が自動で開いた。
「そこをまっすぐ行くと、夢の国があります」
タクシーに待っていてもらって行ったそこは、小学校だった。タクシーに戻るとすぐに、僕はどういうことか尋ねた。
「私は夢の国に連れていくと言ったんです。そこには厚かましく、図々しくおっきくした夢を持っている人が沢山います。カミサマにこの偉い子達をみせたかった」
何かが開けたような気がした。そして、何故か自分が認められたような、嬉しい気持ちになった。ふと気付くと、あたたかな優しい水が、雨に混じって僕の頬を撫でていた。運転士は下校中の小学生を見やって「では、帰りましょうか」とひどく優しく微笑んだ。
はじめまして、平津戸 周といいます。ひらつど あまね、と読みます。普段は高校の文芸部で活動しています。以後お見知りおきを。
この作品は四部作の第一部"喜"です。
短編小説をかくのが苦手な作者が、以下のような条件を設定してかきました。
・原稿用紙三枚分
・喜、怒、哀、楽、をテーマにした四作品
・四作品とも作風をかえる
※この四部作に話の繋がりは全くありません。全く違う物語です。
なかなか難しかったですが、このような掌編小説をかいて少し創作スキルがあがった気がします。
本文が短いのであとがきも短めに。第二部、"怒"もぜひ読んでくださいね!