出発点
まあ、あれですね。寒くなってきましたね
職業選択
これは人間として生まれてきた以上悩むべき選択であるはずだ。そしてこの俺。安藤 幸太郎もその職業選択で悩んでいた。どこを見ても同じような企業ばかりで何が良くて何が悪いのかが全くわからない。そのため俺はなかなか就職先が決まらないでいた。だが、そんな悩みを吹き飛ばすような出来事が唐突に起こった。
その日は俺は七時に起きて朝ご飯であるパンをかじりながら新聞紙を広げる。なんか、面白い記事がないかなぁ、なんて、適当に新聞をペラペラとめくっていくと、とある記事が俺の目に飛び込んできた。
『サンタクロースになってみませんか?』
一面にその文字が書かれており下にちょろっと電話番号が書かれていた。
「ったく、ふざけてんのか?」
冬ならともかく今は春だ。この時期にサンタクロースなんて言っても誰もが怪しんでこんなのにはならないだろう。全く気晴らしにゲームでもするか。
しかし、どれだけゲームやら漫画やらをしようとあの記事が忘れられない。俺は別にサンタクロースが好きなわけではない。でも、俺が最も気になったのは労働時間である。サンタクロースが働くのは子供達にプレゼントを配るクリスマスだけであり、それ以外は遊んで暮らせるのではないだろうか。そして安心して彼女もできるのではないだろうか。いや、彼女はともかく休みは多そうだ。俺の意思とは関係なくスマートフォンを手に取り新聞の記事に載っていた電話番号をスムーズに押し、発信ボタンを押す。
トゥルルルル……ガチャ
「はいこちらサンタクロース協会極東支部東京都エリア実働部の中西です」
「あの、こんにちは」
「あ、はい。こんにちは」
「あの、新聞の記事を読んでお電話をかけさせていただいたのですが」
「…………」
なんだ?この沈黙まずいことでも言ったか?
「部長!あの記事で就職希望者が!」
「ほら!やっぱりな!大切なのはインパクトだったんだ。これで今日の昼飯はお前のおごりだからな」
「あの…」
「ああ、すみません。つい取り乱してしまって」
「別に就職を決めたということではなくて、少し詳しい話を聞きたくて…」
「ええ!そうなんですか。では、詳しいことはこちらの協会でお話しいたしますので、記事のしたにある住所までお越しください」
「え、あ、はい」
「ではよろしくお願いします」
ガチャ
そうして電話が切れた。なんだかものすごく歓迎されている気がするが、正直少し…いや、かなり行きづらいのだけど、流れ的に行かなくてはならないだろう。
「はあ〜」
俺はため息をつきながら出かける準備をする。新聞に書かれていた住所は意外と近く。俺の家の近くの駅から二駅先の駅につき、徒歩数分のところに…まさかこれじゃないだろうな
俺の目の前にはどでかいビルがあった。まさに、天を貫こうとしているかのようだ。
「あ、あのー、すみません中西と申すものですが、もしかして先ほどお電話していただいた方でしょうか?」
俺はボーッとビルを眺めていると中西という女性に話しかけられる。てか、さっき電話で話していたやつだ。そういえば自己紹介してなかったな。
「えーと、サンタクロース協会の中西さんですよね。そうです僕がさっき電話したものです。僕は安藤 幸太郎と言います。今日はよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ。では案内しましょう」
そう言って、ビルの中に入る中西。中は本当にサンタクロースとは関係なさそうな普通の会社のようだった。騙されたか?とも思うが新聞の一面を飾っておいて嘘でしたというオチは流石にないだろう。ないと思いたい…
「じゃあ、エレベーターで十階に上がりますよ」
なにやらいかにも怪しげな雰囲気を醸し出すエレベーターが目の前にある。中西は普通にそのエレベーターに乗り手招きしてくる。仕方がないので、その怪しげなエレベーターに乗る。てか、意外と狭いな。おい、今の絵面大丈夫か?この狭いエレベーターで若い男女二人だぞ。いや、大丈夫だ。彼女いない歴=年齢で未だに童貞を捨てきれない俺だ。健全であるはずだ。
ピンポーン
そんな風になんだか心の中で言い訳をしているうちに十階についた。ドアが静かに開くと目の前に広がる光景は…変わらず普通の会社のような景観だった。くそ!なんか期待した俺がバカだった。
「ここがサンタクロース協会です」
「いやいや、嘘はやめてくださいよ。全然サンタクロースっぽくないじゃないですか」
「まだ春ですからね。まあ、冬でもこんな感じですけど」
もうわけが分からん。何なんだ?なんの宗教団体なんだ?帰りてぇ
「じゃあ、さらに上がって十三階に行きますよ。そこが私たちの仕事場です」
今度は普通のエレベーターだ。どんだけエレベーター使うんだよ
ピンポーン
俺は中西に続いてエレベーターの外に出る。そこは広大な敷地を使ってできた住宅地があった。中西はエレベーターの目の前にある赤い屋根の家に入り込む。俺もそれに続いてその家に入ると、ケーキが用意されていた。
え?ケーキ?
よく見たら美味しそうな料理がわんさかある。
「ようこそ。えーっと「幸太郎さんです」そうだった。えー、幸太郎君歓迎するよ。好きなだけ食べて行きなさい」
部屋の中にいた結構な年の男が言う。てか、さっきの言葉の中に違和感を感じたのだが気のせいだろう。ということで、俺は遠慮なくテーブルに置かれたごちそうにかぶりつく。
「ああ、そういえば君は入会希望者だったね。はい、契約書」
「違いますよ。俺は説明を聞きに来たんですよ」
「え?そうなの?なら説明しないとね。いくよ!中西君!」
「はい!部長!」
「デメリットォォォ!」
急に中西が叫び出す
「夏にサンタ服は暑い!」
それに続いて部長も叫ぶ。年も結構くっているから血圧とか大丈夫だろうか
「メリットォォォ」
「給料が高い!」
もう、こいつらのテンションについていけない。目眩がする。その後も二人で何かを言っているが。正直もう面倒臭い。
「…というわけなんだがどうだい入会する気になった?」
「あの、結局サンタは何をするんでますか?」
「クリスマスの日にプレゼントを配ることが仕事だね。あとはまあ、世話とか、交渉とか、かな?」
なんだか楽そうだ。
「そして、給料は…ごにょごにょ」
ヤベェ、良ゲーじゃねえか。
「俺ここに入会します!」
こうして俺はサンタクロースになった。
部長の沼 茂
上司の中西 砦
で今回入会した安藤 幸太郎
という三人でクリスマスの日にプレゼントを配るらしい。今のサンタクロース協会に入会している人数はゆうに1000人を超えているのだが様々な部門に分かれており最も多いのがサンタクロースの道具を作るところらしい。しかし、その一方プレゼントを配る世間一般で言われているサンタクロースを担う俺たちの人数は三人しかいない。重大な人手不足だ。
「というわけで早く使えるサンタになって俺たちの負担を軽くして欲しいからまずは中西からトナカイについて教えてもらえ」
「はい!頑張ります!」(主にお金のために)
トナカイか…にんじんでも食べさせとけば大丈夫だろう。そんな軽い気持ちでトナカイのいる場所に向かう。
住宅街を数十分進むと牧場のような場所についた。てか、このフロアまるまる俺たちのものなのか?そして、なんかこんなに広かったっけ?まるで北海道だぞ。そのことを中西に聞いてみる
「ああ、これですか。十三階はまるまるうちの土地ですよ。そしてこの広大な土地は、まあ、超次元的ななにかかと思います」
いや、あんたも詳しく知らねえのかよ。俺はため息をつきながらそう思う。もう、考えることをやめよう。多分サンタだからという言い訳ですべて通ってしまうだろうからな。
「では、あなたのパートナーとなるトナカイのカリンちゃんを連れてきますね。ここで待っていてくださいよ」
そう言って中西は牧場の奥へと消えた。俺は腰を下ろし一休みをする。
「ふう、やっと一人になれたぁ。トナカイにも飯食わせておけば安心だし、サンタクロースってかなり楽な仕事じゃねえのか」
俺はかなりの上機嫌でついつい自分の心の声を口に出してしまうほどだった。ちょうどその時…
ドドドドドドドド
という大きな音が聞こえてきた。俺は穏やかな顔で音源に顔を向ける。するとそこにはものすごい勢いでこちらに突進しようとしてるトナカイが見えた。そのトナカイの足音に紛れて「カリンちゃん待ってください〜」だの「いい子にしてたらにんじんあげますよ〜」だのという情けない声が聞こえる。無論この声の主は中西なのだが。だが、その声はトナカイには届いてないらしく止まる気配は全くない。俺は立ち上がりダッシュでトナカイから逃げる。だが、無謀だったのだ。ただでさえ俺は足が速くないのだ。それに加えて相手はサンタのソリを引っ張るトナカイ。もはや結果は火をみるより明らかだった。俺のスタミナが切れて始め後ろを振り返った時、腹に鈍痛が走り俺の体が宙を舞う。俺は薄れゆく意識の中でこう思う。
サンタクロースってなんだっけ?
俺の体はベチャっという情けない音を立てて地面に墜落し意識を失った。
マフラー半端ねえ