File2.十三番目のマンション
俺の朝は早い。どうも刑事時代に身体に染みついた癖が未だに抜けないらしい。
朝の7時には事務所を開ける。
と、言っても客が来る訳ではない。残念ながらただ開けているだけだ。
客が来ない日は延々と各新聞社の事件欄の切り抜き。目を引いた事件があればソレに関連した週刊誌の記事をファイリングする。
最近はネットにも目を通す必要がある。
まぁ俺がそれに関連する事はまずないのだが、習慣として行っている。
「やっほー!しょちょー!」
また来たか。
ドーーンとしか言い表せないようなテンションで扉を開け飛び込んでくる女。
「帰れ。」
「ひっどーい! 女子高生よ? ここは“うひょー現役JKキター”とか言う所じゃないの?!」
この馬鹿女は近所っちゃ近所に住んでる高校生、美月二代。
「言うか馬鹿者。仕事の邪魔だ。帰れ。」
「ふーんだ。まぁいいや。で、これ先月のファイル?」
勝手に入って勝手に漁る。
「お前なぁ…。」
そう、この高校生は俺の事件ファイルを目当てにココへ来ているのだ。
「いいじゃんどうせ客って4日前の猫探しが最後でしょ? それにさ刑事の視点でこれだけ事件集めてる資料ってココにしかないじゃん。小説家を目指してる私としては最高の資料なわけよ!」
「その前にまともに漢字を読めるようになる事だ。」
「うー…それは言わないでっ! いいのよ今はパソコンで打つんだし!」
よくねぇよ。まるでよくねぇよ。
「そーいやポストに入ってたよコレ。」
依頼者用の椅子に腰掛けファイルを読む段になって美月は俺にチラシを渡してきた。
「空き巣被害多発?」
「そーそーこの団地で流行ってんだってさ。」
流行り廃りがあるものだろうか?
「だーいじょうぶ大丈夫、しょちょーはいっつも事務所にいるから空き巣には遭わないよ。」
「おい…。」
没頭していて説教なんざ馬の耳に念仏。諦めて切り抜きを再開する。
「っと!ヤバ! 遅刻する!! しょちょー送って!」
バッと唐突に時計を見上げ叫ぶ美月。
「自業自得だ。走れ。」
「くぅぅ! しょちょーのバカーーー!」
猛烈な勢いで走っていく後ろ姿。
「全く……人の資料を。」
そうは言いつつも頬が弛むのが自覚できる。
資料を集め、難しい漢字にルビを振り難しい語彙を説明する文章を添えて、更に見解まで書いている俺は全く馬鹿で暇人だ。
……まぁ人が来るのは悪くない。
「…不味い。」
冷えた珈琲を流し込む。
さて、客が来るまで切り抜き作業だな。
◇―――――◇
結局誰も来る事はなく午後20時、店じまいを始める。
「やほーまだいい?」
「………いや、冗談抜きに帰れ女子高生の歩いてる時間じゃないぞ。」
いつからそこにいたのか美月が現れた。
「面白い噂仕入れて来たから聞いてよ。」
いつもなら”頭かたーい”などと言いそうなものだが……。
いつになく真剣なでも、いつも通りのちゃらけた雰囲気に
「…いいぞ聞くだけ聞いてやるから。」
一瞬つまりながらもそう答えた。
「この団地って”13”を凄く嫌ってるじゃん?」
「嫌っているという表現が正しいか否かはともかく”13”に纏わる物は確かに少ないな。」
例えばマンションはどんなに高くとも12階まで。
階段は11段か15段。13番地には夜は無人の交番や会館が割り振られている。
偶然かと問われれば偶然だろう。
13番地は丁度真ん中に位置する。そこに公共施設を置いたところでおかしくはない。
階段にしたって職人が13段ということを嫌ったのだろう。
まぁ一般家屋では階高や踏面・蹴上げの面積の関係で13段になっていたりするのだが…。
さておき、子供の興味って奴はそういう微妙な事が琴線に触れるらしい。
「でもね此処のブロックに13番目のマンションが建ってるんだって!」
……いつの間に?!