。:第2話:。・**事故と自己*
「悪いことは言わない。今すぐ勇司と別れた方がいい」
今日は冷たい風が吹く日だった。
1ヶ月15日目。勇司と付き合った日々は長く感じてまだ2ヶ月も経っていない。
…放課後のことだった。
美奈子も千夏も紀香もいない教室で、さつきが静かに私に言った。
「どうして?」
私はさつきがそんな事を言う人だと思わなかった。
どうしてそんなこと言うの?
どうして応援してくれないの?
「…悪気はないんだけど。勇司は真耶のこと好きじゃないと思う」
「…どうして?」
「見たの。知らない女の人と手を取り合って歩いていく姿を」
「そんなの、単なる知り合いかもしれないじゃん!」
「とにかく今すぐ別れなよ」
「どうしてそんなに冷たいの!?そんなの見てたとしても、言い方とかあるじゃない!」
「勇司のことは私がよく知ってる。とにかく…」
「勇司を自分のものみたいに言わないで!!」
私とさつきしかいない教室が静まり返った。
「…さつきは応援してくれてるって思ってた」
私はそう言い残し鞄を持って教室を出た。
今日、勇司はめずらしく欠席していた。
風邪気味だったことは知っていて、途中で勇司のお母さんに会って家で寝ているということも知った。
…なぜかちょっとだけ安心した。
学校を休んで女と遊んでいるんじゃないかと不安になった自分がいた。
私は勇司を一瞬疑った。
…なんなの
…なんなのよ!
翌日、美奈子に相談をした。
「どうしよう。美奈子」
「勇司にさつきが言ったことを聞いてみたの?」
私は首を横に振った。
「さつきは人を傷つける人じゃないから…。でもそのネックレス、勇司があげたんだよね?それ高いんだよ?」
「…うん」
「さつきって勇司のこと好きなのかもね、そう決めつけるのは悪いけど、最近さつきの様子変だし…」
そう。さつきは変。
朝、私とすれ違っても挨拶をしない日があった。何かを考えているように。
体育中もずっと勇司をみつめていた。
放課後もすぐに帰る。
以前のさつきならしない事ばかりだ。
放課後の帰り道。
勇司と喫茶店に向かっていた。
まだ話さないでいた。さつきのことを。
疑うようなことをしたくはなかった。
「どうした?」
喫茶店で勇司が聞いた。
「え?」
「元気ないじゃん。どこか具合でも悪いのか?」
心配してくれてる彼と別れろ?何言ってるのさつき。彼はこんなに優しいじゃない。
「ううん!何でもないよ」
私は私らしく、誰が何を言おうとこの人を愛します。
冬になっても私と勇司の関係は崩れることはなかった。さつきは…相変わらずだった。
…ねぇ。さつきは一体何がしたいの?
クリスマス、勇司に誘われて家に行き勇司と楽しい一時を過ごした。
「勇司見て!雪振ってる」
勇司の家の窓から外を見ていた私に勇司はそっと後ろから抱き寄せた。
「来年も一緒にいような」
うん。ずっと、ずーっと一緒にいてね
勇司の部屋。
勇司のベッドの上。
2人で横になってちょっとだけ話をした。
「ねぇ勇司」
「ん?」
「私のこと好き?」
「当たり前じゃん」
「本当に?」
そう言う私に勇司は優しく笑いかけ、
「俺はお前の彼氏だ」
って言ってくれた。
…勇司…
口が触れ合う。
この日私と勇司はひとつになった。
ちょっぴり痛くて
甘い時間。
年があけ、正月も過ぎ、三学期が始まった。
…それはいきなりだった。
事故というものは何の前ぶれもなくいきなり起こるものだと改めて知らされた。
休日が終わってこの日、私は朝礼で
「昨日の夕方ある生徒が車に跳ねられ入院」
ということを知った。
…嫌な予感がした。
その予感が当たったと思ったのは放課後の時だった。
美奈子が先生に事故にあった生徒の名前を聞いてみた。
聞きたくなかった名前が出た。
時停勇司
私は急いで病院に向かって走った。美奈子や雅也、その他の人みんな一斉に。
「お…おい!見舞いはまだ無理だぞ!?」
先生の声を聞いてほとんどの人が諦めた。が、私と美奈子、は急いで病院に向かった。
病院に着いて受け付けの人にワケを話し、入室許可を願った。しかし
「今はまだ入室許可がありません。明日おこし下さい」
の一本調子でなかなか入れてはくれなかった。
諦めて帰ろうとした時、
「真耶ちゃん!」
勇司のお母さんがエレベーターから降りてきた。
私は急いで駆け寄った。
「あ…あの!勇司は!?」
「酷い状態なの…」
私は言葉を失った。
「…なんてね!大丈夫よ。心配しないで」
「え?」
「今日は色々と検査があって疲れきって寝てるの。足とか腕を擦りむいただけでたいしたことないから」
「検査って…」
「検査の方も異常なしだってさ。本当。人騒がせよね~!」
そう言って笑う勇司のお母さん。
私は心から安心した。
本当に、本当に良かった。
…もうこんな怖い思いはしたくないと思った。
翌日の放課後、
勇司のいる病室に入ることが出来た。
先にファンクラブの子達が10人近く来ていたけど勇司がすぐに追い返した。
「またくるねーっ!」
とファンクラブの女子生徒は笑顔で返っていった。
みんなも心配だったんだもんね。
「来てくれたんだ」
ようやく2人っきりになったとき、勇司が嬉しそうに言った。
この笑顔。
もう二度と見れないって思った…。
「調子はどう?」
「沢山寝られて最高だよ」
「ご飯食べてる?」
「不味くて吐きそう」
会話をしながら私は勇司の座っているベッドに歩み寄った。
「心配したんだから…!」
私は勇司を抱きしめた。
勇司も私を抱きしめた。
「俺は不死身なんだぜ?」
私は本当に嬉しかった。
ほんの一瞬のことだったけど、被害にあったのがあなただって知って、どんだけ苦しくなったことか、どんだけ怖かったことか…!
分かる?
本当に怖かった。
怖くて病院に向かうことも内心、嫌だった。
あなたがこの世からいなくなったらどうしようって何度も思った。
今こうしてあなたの温もりを感じることができる。
あぁ。本当に嬉しい…!
「本当に…っ良かった!」
「…お!さつきじゃん」
すると抱きしめたまま、勇司が入り口の方をみて言った。
私は驚いて振り向くとそこには制服姿のさつきの姿があった。
「お邪魔だったみたいだから帰るね」
「待てよ。さつき」
勇司はさつきを止めた。
…何でとめるの?帰してよ。せっかく2人っきりになったのに。
「じゃあね」
さつきは勇司の言葉を振り払い、言い切り去った。
「何だよ。気難しい顔してんなぁ真耶。大丈夫だってあいつと俺は単なる幼なじみだから」
…単なる幼なじみ?
勇司にとってさつきはそうかもしれないけど、さつきにとって勇司は?
…やだ。取られたくない。
この日は話をして帰った。
「また来るね」
そう言い残して。
翌日の放課後、勇司の病院から声が聞こえた。
それは紛れもなく勇司とさつきの話声だった。
「勇司は真耶のことどう思ってるの?」
そんな内容だった。
勇司のは
「彼女だよ。俺の彼女」
そう答えたのが聞こえた。
さつきはため息をついて小さな声で何かを勇司に言った。すると勇司は笑った。
「んじゃ帰るから」
「また来いよ」
勇司は笑った口調で言った。
私は急いで近くのトイレに隠れた。
何で隠れてるんだろ…自分。
平然としていれば良いのに。
今来ましたって感じに振る舞えば良いのに…。
…なぜかさつきが怖かった。
ねぇ。勇司。
さつきに何て言われたの?
どうして笑っていたの・・・?
私は当分、トイレから出られなかった。