小説を分解する―『視野2メートルの想い』
注意事項
既読推奨。
重大なネタバレ多。
分解しきれていない。
ただの作者のあとがきにもみえる。
今回の記事には、人鳥の小説『視野2メートルの想い』に関する重大なネタバレが多く含まれている。そのため、すでに読んでいる場合か、そもそも読むつもりがない場合、ネタバレされても物語は楽しめるという人以外は、一度ブラウザバックして、そう長くないから読んでから来てもらいたい。
ちなみに既読推奨である。
『視野2メートルの想い』を分解することにしたのは、これがすでに完結してからかなりの月日が経っていることと、完成度的にも最初の分解対象としては適役と考えたからである。今までの記事とは異なり、まるで『視野2メートルの想い』の解説記事のようにも見えるが、そう見てもらっても構わない。
今までの記事とは毛色が違うことだけは、覚えておいてほしい。
さて本題。
【設定の色々】
○キャラクタ編
ここではキャラクタの設定と、立ち位置。
〈主人公・葵 冬麻〉
「それなりに高い学力を有する高校生。幼い頃、霧の濃い夜に男に襲われトラウマを抱く。その事件をきっかけに、霧を認識すると自分を制御する事ができなくなる」
語り部であり、物語の中心に位置しながら、最後までその物語の登場人物になることはなかった。これに関しては物語編で語る。
夏鈴と時雨、それから恭介が馬鹿キャラ的立ち位置になっているため、みいこと共にそれを制する性格になっている。三馬鹿とは親しい付き合いの為、ところどころに馬鹿っぽさが出てくる。人は人の影響を受けやすいので、こいつも真面目だけは生きていけないみたいだ。みいこが葵家に泊りに来た場面では、真面目の一端がうかがえる。
トラウマによる自制心の崩壊は、かなり無理があった。そもそも本当にそうなる場合はあるのか、というのが大きな問題だった。しかしこの件については、フィクションの小説であるという性質上、あまり問題ではない。大きな問題ではあるのだが、それはリアリティを求めた場合だ。
今回の場合は、一瞬でも読者がこの設定を受け入れてくれたら、それで問題ないのである。
立ち位置としては、ふつうの語り部であり夏鈴の操り人形。その特異な性質を除けば、ただの一般人である。
〈ヒロイン・霧埼 時雨〉
「ヒロイン。全校親交部の創設者で、冬麻の幼馴染。中学生の時に交通事故で父と兄を失い、自分の殻に閉じこもる。現実逃避の手段として、冬麻と自分が恋人関係であるという虚構を作り上げた」
家庭教師云々のくだりは、ボツ案の名残。家庭教師(男)とのドロドロな場面を書こうとしたのだけど、途中でボツにした。今思えば、家庭教師とのドロドロを書くことは、物語後半への展開の布石になって、それはそれで良かったのではないかとも思う。
自らの虚構を冬麻に砕かれる以前は恋人として、それ以降は冬麻のことが好きな女子として冬麻と接する。結局やっていることは同じ。そういう部分で時雨のキャラクタを出していきたかった。
夏鈴と対立する立ち位置の人物の筆頭として、このキャラをデザインした――わけではない。本来はこの時雨は刺されることはなかったはずだった(物語編で)。
立ち位置はメインヒロイン。
〈黒幕・葵 夏鈴〉
「兄のことが病的に好きな女子中学生。悪意の異質。今回起きた事件の元凶で、仕掛け人。」
ふだんは兄にゾッコンな、よくあるブラコン妹であるようにデザインしたつもり。そこまではよかったのだが、問題は裏の部分だった。あまりに伏線が無さ過ぎた。今回登場した全てのキャラクタの中で、もっとも強引でめちゃくちゃなシナリオを持つキャラクタ。
幼いころの事件の時より始まっていた今回の計画――その計画の第一歩は、兄の暴走に立ち会うこと、であることは言うまでもない。そこで兄の暴力の初めての犠牲者になり、そしてそれを受け止めた人物であることは、彼のストッパーになる為には必要なことだった。
強引な設定が多いため、この小説内でもっとも重要なキャラクタでありながら、もっとも違和感のある人物になってしまった。その違和感も伏線などによって生じるものなら問題ないが、作者の怠慢によるものなのだから、全く褒められたものではない。
立ち位置は黒幕で、ハッピーエンドブレイカー。
〈冬麻と恭介のアイドル・火神 みいこ〉
「冬麻に思いを寄せる女子中学生。主要キャラ唯一の、安定した常識人」
主要人物の中では、いてもいなくても良かった人物――その1。ではなぜ登場したのかというと、時雨も夏鈴も書いていて面白いキャラクタではあったのだけど、ぶっちゃけると友達に欲しいくらいだったけれど(異質さは御免被るが)、ぼく好みのキャラクタではなかったので、そういうキャラクタがほしかったのである。つまり、自分の為。
閑話休題。
書き手の怠慢によって、よくわからない内にひどいことになっていた彼女。親しくもない時雨に葵家に連れて来られたり、遊びに来た友人宅でその兄に(しかも思い人に)半ば無理矢理勉強させられたりと、物語中ではかなり不遇な扱いを受けている。
彼女にも異質のひとつくらいあったほうが、それは自然であったのかもしれない。しかしそうなると、物語における「ふつうの人」が恭介と全校親交部の部員だけになってしまう。ヒロイン勢の中にもひとりくらい「ふつうの人」がいた方がいいんじゃないか、という書き手のいやらしい良心によって「ふつうの人」となる。
立ち位置は、日常。
〈冬麻の友人・経島 恭介〉
登場しなくても良かったキャラクタ――その2。
登場しなくても良かった、と言いつつも、実はそれなりに大切なポジションであるでるのも確かである。恭介の項はそれほど語ることがないので、それについて。
立ち位置は、日常。
恭介は完全に物語の外側のキャラクタである。みいこは物語内の人物でありながら、日常の代表キャラである。非日常の物語が展開される場合、その物語に日常に生きるキャラクタが存在することは、実は有益なことである。
冬麻は恭介やみいこのようなキャラクタが登場している時は、いわゆる日常パートである。今作では、後半になるにつれ、恭介やみいこの影が薄くなっている。恭介に至っては、物語の中盤、冬麻の家で主要キャラが集合した場面以降、冬麻が恭介のことを思い浮かべた以外に、その名前すら登場しない。みいこもその影を徐々にひそめ、最後の最後に登場する。
日常パートを表すキャラクタは、物語が見せる顔を表すためのバロメータにもなる。
○物語編
荒っぽさが目立つ構築。設定の練り込みがさらに必要となっている。その最たるものが「みいこ、橋の下事件」であるが、それは後に回して、まずは冬麻のこと。いや、さらにその前に、まずは「異質」について。
この物語には何度となく、異質という言葉が登場する。この場合は、トラウマによってキャラクタに生じた歪みのこと。冬麻なら自制心の崩壊(限定条件下)、夏鈴なら悪意、時雨なら虚構の構築――内面にある暗い部分や弱い部分が、より強いものとなって表面に出てきていること、それを冬麻は異質と称した。
『視野2メートルの想い』では、この異質がかなり重要な意味を持つものとなっていて、最後の最後までその要素が物語から外れることはない。もしこの要素が物語から外れるような展開になったなら、結末は大きく変わっていただろう。
このような物語の装置をひとつ設定しておくと、それが世界観を表す役割を果たしてくれる。それは物語の雰囲気に大きな影響を与えるため、積極的にしようしていきたい。
・登場人物になれない主人公
語り部であり、物語の中心人物であり、主人公の冬麻は、物語の登場人物にはなり得なかった――とは、冬麻の項で書いたことだが、正直、何書いてんだこいつ、というのが本音だろうと思う。
主人公でメインの語り部を務めているのだから、もちろん、物語には登場している。しかし、そこに彼の選択肢は用意されていない。彼が自発的にできた物語に干渉する最後のことは、時雨と仲直りをすることである。彼の行動のほとんどは、黒幕の夏鈴によってコントロールをされていた――と見ても、この物語の展開上不思議ではない。展開上と言うか、その設定上。
そこら辺はミステリにおける「操り問題」にも似た要素が含まれていて、冬麻の行動が夏鈴によって操作されていた、という可能性が払しょくできない。夏鈴の計画はその異質が発現した時から始まった。つまり、それ以降のあらゆる行動が、その影響下に遭った可能性が否定できない。
仲直りをする場面も、夏鈴の想定の範囲内だとするならば、完全に冬麻には選択肢がなかった。そういう意味で、彼は物語の登場人物というには、いささか立場が危ういのだ。
・「みいこ、橋の下事件」
「みいこ、橋の下事件」は、最後の最後でとってつけたように明らかにされた事件。夏鈴の暗躍によって引き起こされそうになったが不発、みいこの命を奪うまでには至らなかった。
語り部が冬麻の為、その場面を描くことができなかったのだが、そうでなくても伏線を張ることはできた。この場面に関しては、どうしようもなく人鳥の力が足りないことの証左である。
このことが物語に与える意味は、「そこまでするのか」という、夏鈴に対する驚き。夏鈴が持っている異質――というよりは、異常性を表す装置である。尤も、それも失敗している感が否めない。
ただ、人鳥のように書き方と使い方さえ間違えなければ、夏鈴の異常性はより鮮やかに描かれていただろうし、読者にも衝撃を与えられていたはずである。
読者を一瞬でも納得させることができれば、それは書き手の勝利なので、伏線は張っておくようにすることを強く推奨しておく。もちろん、読者をだますための伏線もありだが、あまりにズルイだまし方をすると、読者が納得するどころかイラッ☆とするので、そこの調節は慎重に。
・時雨は刺される予定はなかった
元々、時雨は刺される予定はなかった。書いている内にその方が自然であると判断して、悪いとは思いつつも刺されてもらった。そう考えれば、夏鈴は書き手すらも操っている。
いわゆる「キャラが勝手に動く」という状態である。
あまり良い状況とはいえないので、ちゃんと暴れそうなキャラクタには鈴をつけておくように。「キャラが勝手に動く」状態には二種類あって、ひとつは物語に良い影響を与え、もうひとつは悪い影響を与える。
キャラが動くと筆が進むが、悪い影響を与えそうになったら止めてやる必要がある。今回の夏鈴は、なんとも言えない微妙な影響を与えてくれたので放置した。その結果がこれである。
実は本来、時雨は刺される側ではなく刺す側だった。ネーミングはそこからつけたもので、「霧埼」は「切り裂き」の当て字。「時雨」は「血しぶき」の連想。
そして冬麻の異質に大きな影響を与える霧は、このキャラクタの名前が決まった時、同時に設定された。
【物語のこと】
簡単に言ってしまえば、ヤンデレ妹がお兄ちゃんを手に入れたくて策を巡らし、兄以外を傷つけて、お兄ちゃんを手に入れる話である。
まあ、ありきたりである。
オリジナル要素が全く足りない。他の作品の影響を脱しきれていない部分が多く、習作の域を出ない物語である。
書いている時は、「想定される最悪のエンド」を意識していた。もしこれがゲームならば、リプレイしてトゥルーエンドを目指さないといけない。時雨をメインヒロインと紹介しているのは、そういうことである。
○流れ
日常→時雨へ異質の暴露→仲直り→日常→時雨を刺す→エンドディングへ……
という流れ。
起承転結でいうと、
起承→転→転→承→転→結
という流れ。
起承→転→転→転→転→結
という流れでも可能だったが、一度日常パート(承)を入れておくことで、時雨を刺すパート(転)のインパクトを強くする効果が期待できる。
二回目の転で仲直りをしていることで、さらにその効果が高まる。
起承転結はあくまで目安でしかないので、「起承転転」とか「起起転結」なんかでも良いとは思う。
構成も四つである必要も必ずしもない。本作も七つのパートで構成されている。(上記では無理矢理六つにまとめている)
いや、もしかしたら本作は「承転転承転結」なのではないだろうか。
ヤンデレ物によくある、ヒロイン勢に主人公が恐怖するのをできるだけ避けた内容。むしろヒロイン勢に害を与える主人公となっている。そこに関しては少しばかりオリジナリティ(笑)を認めても良いような気がしないでもないが、そこは読者の判断となる。
そう言う意味では、本来なら自分の小説について語るなんてのは、愚にもつかない行為のように思うけれど、どういうわけかこんな記事を書いているので、書く運びとなった。ひとまずは試験的な記事であると思ってもらえれば幸いである。
この記事には結論は書かない。そもそもそういうことを書けるタイプの記事でもないだろう。今回は『視野2メートルの想い』を分解する事が目的だったが、割り算程度の分解で終わってしまった。目標は因数分解である。
自分で書いた小説であっても、自分で分解してみればまた違った見方ができる。書いていた時には気づけなった要素が見つかることもある。
第一回の分解記事はこれくらいで締めて、次の機会があればより細かく分解をしていきたいと思う。因数分解程度には分解したいものだ。
本文でも書いていますが、これはかなり実験的なものです。
次の機会と書いていますが、次の機会がない場合もあります。