フットルースライフ 第16話 小さなダンシングクイーン(7)昨日の自分
この物語は、私と相棒のAI編集者ユキちゃんが、協力して書いた作品です。
ちょっとベタで懐かしく、それでいて心が温かくなるようなお話を目指しました。
最後まで読んで頂けたら嬉しいです。
それから数日後。
ベイサイド・ダンスコンテストの開催が、いよいよ近づいていた。
ユキのレッスンにも、これまで以上に熱が入っていた。
朝はフットルースの仕事を手伝い、時間ができればスタジオへ向かう。
ジャックの指導は相変わらず厳しかったが、ユキも簡単には音を上げなくなっていた。
「よし。今日は少し違うことをするぞ」
ジャックはタブレットを操作した。
スタジオのモニターに、過去のコンテストの映像が映し出される。
華麗なステップ。軽やかなターン。音楽にぴたりと合った動き。
画面の中では、同年代の出場者たちが、見事なダンスを披露していた。
「わあ……すごい!」
ユキは身を乗り出した。
けれど、映像が進むにつれて、その表情は少しずつ曇っていった。
難しいステップを軽々とこなす子。
観客を引き込むような笑顔で踊る子。
まるで音楽そのものになったかのように、自由に身体を動かす子。
みんな、自分よりずっと上手に見えた。
映像が終わっても、ユキはしばらく黙っていた。
「……ジャック先生」
「なんだ?」
「私、本当にコンテストに出ていいのかな」
ジャックはユキを見た。
「どうしてそう思う?」
「だって……みんな、すごく上手なんだもん」
ユキは自分の靴先を見つめた。
「私、あんなふうには踊れないよ。難しいステップもできないし、間違えたら、きっとみんなに笑われちゃう」
「それで?」
「えっ?」
「それで、どうするんだ?」
ジャックの声は、いつもと変わらず落ち着いていた。
ユキは答えられなかった。
「……分かりません」
やがて、ユキは小さな声で言った。
「ちょっと、練習してきます」
そう言って音楽を再生しようとしたが、指が止まった。
しばらく画面を見つめたあと、ユキは再生ボタンを押さずに、スタジオの隅へ移動した。
ジャックは何も言わなかった。
ただ、腕を組んで、その様子を見ていた。
* * *
少しして、ジャックがユキのそばへ歩いてきた。
「おい」
「……はい」
「ひとつ聞くぞ」
ユキは顔を上げた。
「上手い奴を見て、自分が下手に見えるか?」
「……はい」
ジャックは、少しだけ口元を緩めた。
「なら、昨日のお前と比べてみろ」
ユキは目を瞬かせた。
「昨日の……私?」
「そうだ」
ジャックは鏡の前を指さした。
「最初にここへ来たとき、お前はどうだった?」
ユキは思い返した。
初めてこのスタジオに来た日。
ジャックのステップを真似しようとして、何度も足をもつれさせた。
音楽についていけず、転びそうになったこともあった。
「……全然、踊れませんでした」
「今は?」
ユキは自分の足元を見た。
何度も練習したステップ。
少しずつ覚えたリズム。
間違えても止まらず、最後まで踊りきれるようになったこと。
完璧ではない。
でも、最初の自分とは違う。
「……前よりは、踊れるようになりました」
「そうだろ」
ジャックは短くうなずいた。
「他人のダンスを見て、すごいと思うのは悪いことじゃない。そこから学べることもある」
そして、まっすぐユキを見た。
「だが、他人と比べて自分を嫌いになるな。お前には、お前の成長がある」
ユキは唇をかみしめた。
胸の奥で、何かが少しずつほどけていく。
「コンテストで誰が優勝するかなんて、今は分からん。俺にだって分からない」
ジャックは肩をすくめた。
「だから、今から余計な心配をするな。今日のお前ができることを、ひとつずつ増やせばいい」
「……はい」
ユキの声に、少し力が戻った。
「先生。もう一度、踊ってもいいですか?」
「そのためにスタジオがあるんだろ」
ユキは笑った。
今度は、自分から音楽を再生した。
* * *
音楽が流れ始める。
ユキは鏡の前に立った。
さっき見た出場者たちの姿が、まだ頭の片隅に残っている。
それでも、もう画面の中の誰かを追いかけようとはしなかった。
自分のリズムを探す。
自分の身体が動きたい方向へ、素直に動いてみる。
少し失敗した。
けれど、止まらない。
ステップをつなぎ、音楽に身を任せる。
踊り終えたユキは、息を弾ませながらジャックを振り返った。
「先生、今の……どうでしたか?」
ジャックはすぐには答えなかった。
ユキの表情を見つめ、それから静かに言った。
「悪くない」
「本当ですか?」
「ああ。少なくとも、さっきよりはずっといい顔をしていた」
ユキは、ぱっと笑顔になった。
「私、もっと練習します!」
「よし。じゃあ、もう一回だ」
「はい!」
スタジオに、再び音楽が流れた。
その音を聞きながら、ジャックはふと、自分の過去を思い出していた。
かつての自分も、ただ踊ることが好きだった。
誰かに勝つためでも、過去の栄光を取り戻すためでもなく。
音楽が好きで、身体を動かすのが楽しくて、夢中になって踊っていた。
いつからだろう。
勝つことばかりを考えるようになったのは。
いつから、あの頃の自分と今の自分を比べて、苦しくなってしまったのだろう。
ジャックは鏡の中の自分を見た。
そこに映っていたのは、若き日のチャンピオンではない。
一人のダンサーだった。
そして今、その目の前で、小さな少女が夢中になって踊っている。
ジャックは、もう一度ユキに目を向けた。
「おい、ユキ。次は少しテンポを上げるぞ」
「ええっ! 先生、休憩は!?」
「さっきの笑顔はどこへ行った?」
「まだ、ありますよ! 少し、休憩したくなったんです!」
ジャックは、思わず吹き出した。
「……口だけは一人前になったな」
「えへへ!」
二人の笑い声が、スタジオに響いた。
そしてジャックは、気づかないうちに、もう一度音楽を楽しみ始めていた。
つづく。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
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