5、 夏祭り ・同じ夜
夏祭りの夜は、少しだけ距離が近くなる。
触れた手も、並んだ影も、偶然のふりをして。
踏み込みすぎないまま、それでも確かに残る温度。
人が多くなるだろうとは思っていたけど、思った以上だった。
たかこちゃんは前の人の頭で見えづらそうにしていて、
背伸びする度にちょっと危なっかしい。
「こっちおいで、前が小さい子だから、良く見えるよ」
そう言って前に誘導したのは、半分は親切心で、
もう半分は…、放っておけなかったからかな。
肩に触れた瞬間、
思ったより細くて、温かくて、
あ、まずいな、と思った。
離そうと思えば離せた。
でも、彼女がちゃんと前を向いて、楽しそうに笑っているのを見たら、
そのままでいい気がしてしまった。
笑い声があがって、彼女がこちらを見上げる。
―――目が合った。
驚いたように一瞬だけ目を見開いて、
すぐに視線を戻すところまで、全部見えた。
気づいたかな、
いや、気づかないだろう。
肩に置いた手を離さないのは、
「ここにいるよ」って伝えたかったから。
それ以上でもそれ以下でも、ない。
お笑いライブが終わると、会場は一斉に動き出した。
笑いの余韻と、人の波と、屋台の匂い。
「面白かったね」
たかこちゃんが言って、少し遅れて笑う。
さっきまで肩にあった距離は、元に戻した。
でも、離れた感じはしない。
ただ隣にいるだけで、ちゃんと一緒にいる。
「何か食べる?」
「たこ焼き、いいですね」
即答だったのが、ちょっと嬉しい。
屋台の前に並ぶ。
鉄板の上で丸い生地が転がされるたび、湯気が立ちのぼる。
ソースの匂いに混じって、夏の夜の湿った空気。
「暑いね」
「ですね。でも、夏祭りって感じします」
たこ焼きを受け取って、二人で少し端に寄る。
割り箸を1膳、自然に半分こ。
「熱いから気をつけて」
そう言ったそばから、たかこちゃんは少し慌てて息を吹いた。
「ふーってやると、余計熱く感じるよ」
「え、そうなんですか?」
そう言って、でもまたふーってやる。
学ばないところが、可笑しくて。
「はい、どうぞ」
一つ差し出される。
一瞬迷って、受け取る。
同じソース、同じ味。
でも、今夜は少し特別に感じた。
「美味しい」
「ですね」
それ以上、言葉はいらなかった。
食べ終わる頃には、人の流れも少し落ち着いてきていた。
境内を出ると、夜道は思ったより静かだった。
「送るよ」
「ありがとうございます」
当然みたいに言って、当然みたいに歩き出す。
でも、歩幅は無意識に合わせていた。
街灯の下、影が二つ並ぶ。
時々、近づいて、また少し離れて。
「今日は誘ってくれて、ありがとうございました」
たかこちゃんが言う。
「こちらこそ。一緒に来れてよかった」
それは、本心だった。
少し歩いてから、思い出したみたいに言う。
「そういえば……初詣なんだけど」
「あ、はい」
「一緒に、行く?来年」
もし、迷惑なら断れるように、逃げ道を残しておく。
だから、来年。
「はい。今度は迷子にならないように、ちゃんと待ち合わせしましょう」
「5分前行動で?」
「もちろんです」
伝わった?
笑うとえくぼができるんだ。
家が近づくにつれて、歩く速度が自然とゆっくりになる。
「今日は……楽しかったです」
「うん。よかった」
玄関先で立ち止まる。
言葉を探すほどじゃないけどーーー沈黙。
「じゃあね」
「送ってくれて、ありがとうございました。班長」
名前を呼ばれる代わりに、役職。
でも、嫌じゃない。
軽く手を上げて、見送る。
ドアが閉まるまで、目を逸らさない。
歩き出してから、胸の奥で小さく息をついた。
今夜は、これで。
踏み込みすぎず、離れすぎず。
でも――
また一緒に歩く夜が、ちゃんと想像できる。
夏祭りの帰り道。
今夜は、それで十分だった。




