2、 朱海さんの初詣
はじまりより、少し前のお話。
まだ何も始まっていない夜。
ただ、迷子を送り届けただけの出来事でした。
大晦日の神社は、正直あまり好きじゃない。
人が多すぎるし、足元は見えないし、声はざわざわして落ち着かない。
それでも来たのは、友だちに誘われたからで、断る理由も特になかったからだ。
少し離れたところで、立ち止まってる子がいた。
人の流れに逆らうみたいに、動けずにいて、きょろきょろしてる。
……あれ?
顔を見て、すぐわかった。
変わってない。
背は伸びたけど、困ったときの目は、あの頃のままだ。
「あれ?たかこちゃん?」
声をかけた瞬間、しまったかな、と思った。
急すぎたかもしれないし、覚えてないかもしれない。
案の定、警戒した顔をされた。
それもそうだ。真夜中だし、人も多い。
「はぐれちゃったの?」
答えは返ってこない。
……まあ、正しい反応だ。
ちょうどその時、後ろから声が飛んできた。
「朱海~、どーしたぁ?妹かぁ?」
「……の、友達。通学班、一緒だった」
そう言いながら、もう一度ちゃんと顔を見る。
記憶は、間違ってなかった。
低学年の頃、毎朝迎えに行った子。
玄関で泣きそうになって、でも手を出すと、ちゃんと握り返してきた小さな手。
「あっちに、それらしい集団がいたよ。
連れて行ってあげるから、大丈夫だよ」
差し出した手を、ためらいなく取られた。
……ああ、やっぱり。
手は少し冷たかった。
夜のせいか、緊張のせいか。
歩く速さを、無意識に合わせる。
途中で、何度か振り返られた。
たぶん、安心していいのか確認してたんだと思う。
「ほら、あの子たちじゃない?」
見つけた瞬間の、ぱっと明るくなる顔。
ああ、よかった。
「じゃぁね」
引き留める理由は、ない。
ここで長く話すほうが、変だ。
「……あり、がと」
ちゃんと聞こえた。
小さかったけど。
人の波に戻っていく背中を見ながら、少しだけ立ち止まる。
迷子は、ちゃんと帰る場所を見つけた。
よかったな。
もしまた迷っても――
その時は、その時だ。
ぼくはそう思って、神社の明かりの中に戻った。
神社の明かりの向こうで、
あの子はもう振り返らなかった。




