1、 朱海さん
これは、なにかを信じたふたりの、
すこし甘くて、すこし眩しい航海の記録。
未来へとつながる、わたしたちの碧い航海日誌。
朱海とたかこは、結婚した。
たくさんの「おめでとう」に包まれて、指先まで幸せでいっぱいのまま、ふたりは海へ向かった。
新婚旅行は、世界一周。
船はゆっくりと岸を離れていく。
出航の汽笛が鳴ったとき。
甲板の手すりにもたれながら、たかこは小さく笑った。
「ねえ、碧い航海日誌って、どんなお話か知ってる?」
朱海はやわらかく笑う。
「なに、それ。もう始まってるの?」
そう言って、たかこの指先をそっと握る。
「どんな話?」
たかこは海を見つめたまま、少し照れくさそうに言った。
「あのね、シャイで優しい男の子とね――」
――それは、まだ私が中学生だった頃の話。
真夜中の大晦日。
クラスの何人かで、近所の神社に初詣に行こう!
ってことになって、来てみたのは良かったんだけど……
いや、人多すぎでしょ!!
夏祭りの時もなかなかだったけど、これはいかん。
完璧にはぐれてしまった。
はぐれた時の集合場所、決めておくんだった。いまさらか。
携帯は……そうだ、さっき動画撮るの頼んで預けたままだ。
あ~気分急降下。
どーしようかなぁ……
「あれ? たかこちゃん?」
見つかった!
違う。誰だ? このひと? 知らないひと。
「はぐれちゃったの?」
いえいえ、知らない人とお話ししてはいけませんので、答えませんよぉ。
「朱海~、どーしたぁ? 妹かぁ?」
「の、友達。通学班一緒だった」
あ~! 知ってた!!
小学校の通学班の班長さん。
名前は……そうそう、朱海さんね。
フルネームは、思い出せない。
そういえば低学年の時は、散々お世話になったんだった。
学校行きたくなくて、玄関でグズグズしていたら迎えに来てくれて、
「一緒に行くから大丈夫」って、手をつないで教室まで連れて行ってくれた。
毎日、毎日。
あの時の班長さんかぁ。
暗くてよくわからないけど、多分イケメン。
きっといいひと。
知らないひとから、いいひとに格上げしてあげよう。
「あっちにそれらしい集団がいたよ。連れて行ってあげるから、大丈夫だよ」
差し出された手。
私、知ってる、この手。
迷わずつないで、歩き出してしまう。
つないだ手が少し冷たい。
何だか、なんなんだか、なんだろう?
お父さん?
じゃなくて、お兄さん?
ん~と……。
「ほら、あの子たちじゃない?」
あ、発見! 良かった!
「じゃあね」
いつの間にか、つないだ手はほどかれていた。
「あー、あの。あり、がと……」
行ってしまった。
お礼もちゃんと言えないなんて、中学生とは思えない失態だわ。
「おーい! どこ行ってたのぉ?」
「えーとね、迷子っていうの?」
「今の人、朱海班長? 手つないでなかった?」
みんなよく見てらっしゃる。
「うん、ここまで連れてきてくれたの」
「へえぇ」
それ以上は追及されなかった。
まぁそりゃそうだ。
追及されるようなこともない。
うん、とりあえずお参りしようっと。
今年の抱負か、願い事か。
きちんとお礼を言うところから始めようかな。
まずは、神様に。
来年も、迷子になってもいいかなぁ。




