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 まだ明けきらない朝の空に、僕の白い息が浮かぶ。

「おまたせ」

 榊さんが、車のカギを開けてくれ、コンビニの袋とともに後部座席に座る。

 ~あのひとの ママに会うために 今ひとり 列車に乗ったの たそがれせまる 街並や車の流れ~

 スマホと接続したカーナビオーディオが、奏でている旅立ちにふさわしい曲を口ずさむ。

 高速道路に入り、本格的な旅路を想起させる。

 朝日が山々の間から顔を覗かせ、僕に一日の始めを告げてくれる。

「二人とも寝てていいからね」

 ハンドルを握っている榊さんの気遣いとは裏腹に、僕の眠気は全く無くなっていた。

 高速道路から見上げる木しか生えていない山肌を見ているのが、楽しかった。

 数時間走り続け、休憩のためにサービスエリアによる。

 様々な地名のナンバープレートが並んでいる。一つ一つの車と持ち主に、唯一無二の思い出があるのかと想像すると、あたたかな気持ちになる。

 再び僕らを乗せた車が、走り出した。

 中国自動車道で、北へと上がる。

 日差しが顔に当たり、目を覚ます。シートベルトの中で、体を伸ばした。

「おはよう。千華ちゃんも寝ているよ」

 首だけを後ろに向けると、静かに寝息を立てている綺麗な人がいた。

 高速道路の看板が、鳥取県に入ったことを知らせてくれる。

「あとどれくらいですか?」

「一時間くらいで着くみたいだよ」

 カーナビが示す目的地までの時間が、一時間を切っていた。

 

 山を車で登り、標高が高いところまでやってきた。

 展望台の駐車場を降りると、体感気温が10℃近く下がっていた。念のため、持ってきていた上着の出番だ。

 展望台までの道一面にあるすすきが、僕らを待っていてくれた。この素晴らしい光景を、スマホの写真ホルダーに収める。道の両脇でアーチを架けているススキの下を、僕らは一緒に歩く。

 展望台に登り、周りの山々をパノラマのように見渡す。

 一番高い山の上には、雲がかかっていた。空気の薄さと急激に下がった気温が、この地の標高の高さを物語っていた。

 雲の隙間から神々しい光が、無数に伸びて、大地が、太陽に照らされていた。

 しばらくその絶景に息を呑んでいた。

「綺麗ですね」

「そうだね」

 千華さんと榊さんの言葉に、無言で同意する。

 寒く無ければ何時でも居れそうだった。


 湿原は、霧が立ち込めていた。視界が悪い。

 歩くべき道を示す板敷きだけが、人の手が加えられた証拠だった。しかし、それ以外は人ならざるモノの領域を感じる。

 幻想的な風景は、どこかに引きずり込まれそうな危うさを秘めている。決して踏み入れてはいけないと思うのは、この地の雰囲気に飲まれすぎているからだろうか。

 そして、瑞々しく見える草木は、生命の潤いに満ちている。僕には、この光景が美しく見えた。

「そういえば、ここ冬になったらスキー場になるみたいだよ」

 この大地が、銀世界に変わる情景を思い浮かべた。その時の僕は、何しているだろうか。

 油断した僕の思考の隙間から、就活の二文字が滑り込んできた。楽しい旅でも、僕の邪魔をしてくる忌々しい言葉を抑え込む。

 僕は空想を止めた。


 時刻が午後に変わる頃、から揚げを頬張る。熱々の肉汁が、口の中で暴れ、危うく火傷しかけた。

 二人が頼んだグリーンカレーが、少し遅れて運ばれてきていた。

「和樹君食べてみる?」

 千華さんから差し出されたスプーンが、僕の口の中に入ってくる。スパイスによる豊かな香りに鼻孔が広がり、スパイスによる辛さが舌を執拗にいじめてきた。

「辛かった?」

「全然平気です」

 精一杯の強がりを見せてみようと思った。好きな人の前では弱いところを見せたくない、男とはそういう生き物だと思うから。

 にこやかに笑いながら、水の入ったコップを傾けている榊さんの視線に恥ずかしくなる。

 ふと、何を食べるかよりも誰と食べるか、そんな誰かが言っていた言葉を思い出した。


 お腹を満たした後は、妖怪の都市に赴いた。

 電車にもこの地ならではのイラストが描かれ、他の観光客とともに、僕たちも携帯のシャッターを切った。

 どこか潮風香る道のいたるところに、妖怪の像が置かれている。写真一枚一枚、この場の記憶とともに携帯に記録する。

 情緒溢れるお土産屋で妖怪のお土産を買ったり、すなば珈琲で一服したり、水木しげるロードを満喫した。しかし、見るところがありすぎるこの道を踏破するには、時間が足らなかった。

「今度来るときは、もっと見ようね」

 千華さんとの約束が、また一つ増える。

 そして、入り口の広場にあった石碑に刻まれていた言葉が、胸に残った。

『なまけ者になりなさい』

 目に見えないナニカが、僕の背中をそっと押してくれた気がした。

 

 車窓から見える景色は、すっかり夕焼けに染まっていた。今日最後の目的地に向かう。

 宿の外観は、日本旅館そのものだった。

 綺麗で大きな露天風呂に、心身ともに癒される。

 旅館の中庭で見た萩は、絵のように咲き乱れていた。

 美味しい夕食に舌鼓を打ち、いつもより数時間早く布団に入る。今日一日で得た楽しさと明日へのワクワクでいっぱいだった僕は、すぐに寝息を立てていた。



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