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 いつもは通り過ぎるだけの駅に、今日は降り立つ。スマホで地図を開き、目的地を探す。見覚えのある地名が、目に留まった。少し時間がかかる遠さだったが、未知への好奇心が希望を生みだしてくれた。

 平日の来たことのない町を歩く。住宅が立ち並ぶ知らない道を、地図アプリを頼りに突き進む。そこには、穏やかで静かなありふれた日常が流れていた。

 目的地の下までたどり着いた。そこは、有名な戦いがあった場所で、名前くらいは誰もが知る山だった。住宅地の外れに、山への入り口があった。

 鬱蒼とした山の中、暗がりに建っている巨大な鳥居は、圧倒的な存在感で不気味さと神秘さを放っている。

 道は、ある程度舗装されているようだが、地面が濡れていて何度か滑りそうになった。背中から汗が、滝のように噴き出してくる。まだまだ続く登山道に、安直な考えで来てしまったことを後悔し始めた。上から降りてきた人たちとすれ違う。年配の方だったが、ハイキングの格好をしていた。軽装で来る場所ではなかったようだ。しかし、ここで引き返したら今までと変わらない自分に戻ってしまいそうで踏みとどまる。

 展望台と書かれた看板を見つけ、士気が上がる。その看板からしばらく歩くと、開けた場所に出た。展望台と書かれた看板が立つ小さな広場のベンチに、疲弊した腰を下ろす。

 野心に燃えた桔梗の旗印が靡き、天下を掌握せしめる大義名分を得た金色の瓢箪が踊り、天下をかけて争った地。

 歴史の敗者と勝者が存在したこの地から見下ろす景色は、家々が立ち並ぶ平和なものだった。

 この地で眠る血で血を洗う戦いに散った兵たちは、この景色を見て何を思うか。

 ここから更に上に登ると城跡などがあると看板に書かれていたが、今の服装、装備と貧弱な僕の体力を考えると、自殺行為にしかならないのは目に見えていた。大人しく下山することにした。

 無事に駅へとたどり着き、いつもと違う電車に乗る。空いている車内の窓側の席に座った僕は、小さな達成感と充実感による幸せな疲労を感じながら目を閉じた。


 何度目かのお姉さんとの真夜中の密会。長い夏もすっかり過ぎ去り、短い秋も終わりが近づいてきた。

 いつもの如く、二人でコンビニへと入る。いつもと違うのは、カゴに酒の缶が入っていたこと。

 月も星も出ていない夜だった。

 コンビニを出て、再び公園に向かって歩き出した時だった。手の甲に水滴が落ちてきた。上を見上げると、空から細かな雨が降ってくる。

「降ってきちゃったね」

「どうします?」

「から揚げ冷めちゃうし、家にくる?」

「え?」

「私の家ここから近いんだ」

 彼女は、またいたずらっぽく笑った。

 思わぬ幸運に神へ感謝する。

 公園から少し歩き、小綺麗なアパートの階段を登る。二階へ上がり、お姉さんに続いて廊下を歩く。廊下の端までたどり着くと、お姉さんはポケットから鍵を取り出し、鍵穴に入れて回した。

「ただいま」

 お姉さんが先に入っていく。

 一人暮らしの女性の家に入るこのシュチュエーションに、興奮と少し罪悪感を覚えて極度の緊張に陥る。

「お、お邪魔します」

 声の震えを、出来る限り抑えることに集中した。

「お酒飲もう」

 缶を開けると、プシュッと炭酸の音がした。

「乾杯」

 お姉さんが、缶を僕の方に向けた。

「乾杯」

 僕の缶とお姉さんの缶が、ぶつかり合う。あまり酒を飲まない僕でも、この緊張を紛らわせようとアルコールをどんどん喉に流し込む。

「いい飲みっぷりだね」

 そう言ったお姉さんも、缶の中を減らしていった。酒もつまみも時間が流れるにつれ、減っていった。

「この部屋、暑くない?」

 アルコールによって火照ったお姉さんが、シャツを脱ごうとする。

「脱ぐのはやめてください」

「なになに、照れてるの?」

「照れてません」

「かわいいー。もっと照れてよ」

 急激に顔が熱くなっていく原因が、アルコールのせいなのか彼女のせいなのか、僕には分からなかった。


 四畳半で恋をした。物語のような綺麗な恋なんかではなく、あまりにも俗世的でちっぽけな恋。初めてのキスは、微かにたばこの匂いがした。踊り狂うような夜だった。

 好きしか知らず、恋を知らなかった僕の心臓は、破れんばかりに揺れ動いた。あなたは、僕の何倍も大人で、そんなあなたの世界を、僕も見てみたい。

「笑ってる顔かわいいじゃん」

 一人用のベッドで、二人が向かい合う。もうすっかり夜が明けていた。

「ところで、君なんていうの?」

 彼女の言っている意味が、一瞬分からなかった。

「名前だよ。名前」

「村瀬 和樹」

「和樹君、良い名前だね」

「お姉さんの名前は?」

「私は千華。佐々山千華」

 彼女の名前を何度も心の中で唱える。

 出来た経験の無い僕に、今がそのタイミングだと直観が告げる。息も整えない間に、口を開いた。

「千華さん、あの・・」

「それ以上はやめといたほうがいいよ。少なくとも、今は君の望んでいる返事は出来ないから」

 僕が言おうとしたことを、いとも簡単に見破られ、僕の恋は散っていった。この日、初めて千華さんと連絡先を交換した。


 寝不足によるふわふわとした視界で、見る太陽の光が、好きになってきた。夜更かしした特権を得たようで、少しだけ嬉しい。そして、見上げた青空は、泣きたくなるようなくらい澄み渡っていた。

 それからも、僕とお姉さんの不思議な関係は続いた。

「和樹くんと飲みたい気分だったんだよね」

 この人は、本当に狡い。僕が、まだ好きなのは知っているはずなのに。

 僕は、また千華さんと缶を合わせる。

 こうして惰性に関係は続いていく。そして、この都合のいい関係を望んでいる自分もいた。そんな自分を、嫌いになれずにいた。


週一投稿

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