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何かに追われ、何かを追いかける人生。平凡に生きたいと望み、特別に憧れる人生。
苦しいことや面倒くさいことは、極力やりたくない。でも、やらないといけない。それ以外の選択肢は、余計に面倒くさくなるような気がして。
今日も、ベッドに寝転びながら、人肌程に温かくなっている携帯をいじっている。何度も再生したお気に入りの動画を見終え、次に見る動画を指でスワイプして探す。しばらく指を動かし続けると、ふと気になる動画を見つけて指を止めた。そして、動画を再生させる。
小さな液晶に映るのは、どこかの町の深夜の姿。BGM も無く、静かでどこにでもある風景が流れていた。しかし、他の動画に行く気にはなれず眺め続けた。行動力の欠片を無い男が、この時は小さな好奇心に突き動かされた。
まだまだ暑い昼間とは違い、真夜中の空気は涼しい。暗闇は、世界そのものの印象を変える。夜の世界は、静かだ。行く当てもなく住宅街を歩く。足音だけがこだまする。
自然と駅の方に足が向く。住宅地が多くある最寄りの駅。シャッターはみな降り、コンビニの光だけが夜を照らしていた。駅の西口側から東口側に歩く。東側は、居酒屋等が、立ち並んでいる。
深夜の飲み屋街で、大きく息を吸い込んだ。深呼吸が、気持ちがいいことを思い出した。飲み屋街に飽きた僕は、近くの公園に向かった。
公園内のベンチに腰掛ける。ふと、横を見ると、先客がいたことに気づいた。
パーカーに身を包み、フードを被っている人だった。その人はフードを脱ぎ、髪をかき上げた。見ているこちらに気づいたのか、僕の方に顔を動かした。公園の電灯に、照らされたのは、綺麗な大人のお姉さんだった。見ていたことを気づかれた後ろめたさと、僕に向けられた綺麗な顔への気恥ずかしさで思わずその場から立ち去り、そのまま、家に帰った。こうして、初めての深夜散歩は終了した。
この時は気づいていなかったが、間違いなくこの日僕の人生は少し違う方向に向いた。
人々に押し込まれる満員電車に揺られ、帰路に向かう。乗り換えの駅に着いてもあと一時間半の電車旅が待っていた。このまま大きな波もなく下降気味の人生を送るのかと想像したら、あまりの恐ろしさに身震いした。
ようやく座れた席に深く腰かけ、イヤホンから流れる音楽に耳を傾けながら、目を瞑って無為に流れる時間を堪能する。
三日ぶりに、深夜の散歩に繰り出す。三日前と同じルートを辿る。
またあの人がいた。
「また会ったね」
不意の問いかけに、思考が停止する。思考し始めても返す言葉が、見つからない。
「そうですね」
振り絞った返答は、意味不明なものだった。
「そうだね」
軽く笑うその人に、見惚れた。
「この時間、よく散歩しているの?」
「三日前が初めてで、今日が二回目です」
「そうなんだ。私は、このくらいの時間に、ランニングしてる」
「毎日ですか?」
「ううん。気分が向いた時だけ」
この出会いを、ただの偶然だけで片付けたくなかった。
「君は学生さん?」
「はい。大学三年生です」
「若いね」
年齢を聞き返す勇気は、僕には無かった。
「大学三年なんて、一番楽しい時だね」
「そうですね」
思っていることの逆の言葉を吐く。喉が渇いてきた。
「今って何時?家に携帯忘れてきちゃったんだよね」
ポケットから携帯を取り出して、電源を入れる。
「一時半」
今の時刻を、お姉さんに伝える。
「まだそんな時間か」
「いつもなら寝ている時間ですよ」
ニコッと口角を上げ、小悪魔のような笑みを浮かべた彼女は、僕に人差し指を向ける。
「まだまだ夜は、これからだよ」
メッセージを打ち終わり、駅へ向かう。
電車に揺られながら車窓から見える、日光が反射して眩しい海を眺める。駅に停車し、扉が開く。目の前には、綺麗な砂浜が広がっていた。改札を通り、砂浜に降り立つ。
砂浜へ降りる階段に、腰を下ろして海をただ眺める。それ以上の目的が無かったことに、今更ながら気づいた。
平日の午前中、砂浜にいるのは外国人観光客とジョギングしている地元の住人が、まばらにいるだけだった。燦爛と輝く太陽が、少し暑かった。
キラキラと輝く水面が、行ったり来たりしていた。
長く広がる砂浜、端から端まで歩くつもりだったが、やめておく。
時折吹く海からの風が、少し火照った体を冷やしてくれた。
駅のホームで買ったペットボトルを開け、喉に冷たい飲み物を流し込む。すぐに、ペットボトルの中身が、半分まで減った。
リュックを背負いながら、砂浜に踏み入れる。きめの細かい砂に、僕の足跡がつく。波打ち際までやってきた。見下ろした水面下には、素早く動く小魚がいた。
いつか行ってみたい遥か南方の滄海に、思いを馳せていた。
「学校サボって海に行ったんだ。青春してるね」
昨日と今日との境界線でまた出会ったお姉さんは、大人っぽく余裕のある笑みを浮かべている。
「一人だけで行ったんですけどね」
青春という自分とはかけ離れている言葉に反応して、ほとんど無意識の内に自虐めいた言葉を吐いていた。
「青春って誰かと一緒に過ごす必要ないと思うけどな、私は」
「そういうもの何ですか?」
「そういうものだよ」
僕とお姉さんの二人だけの時間が、溶けるように流れていく。
「お腹空いてきた」
唐突な空腹の告白に、戸惑う。
「夜食買いに行くけど、君も来る?少しなら奢るよ」
余りにも魅力的な誘いを断る勇気も理性も持ち合わせていなかった。
寂しい夜の風景の中、迷える旅人の道標のようなコンビニに、僕は二人で入る。
「欲しい物入れていいからね」
お姉さんの優しさに甘えて、飲み物と菓子パンとスナック菓子をお姉さんのかごに入れた。
お姉さんが会計に向かう。
「から揚げください。あっ、君もいる?」
僕は、勿論頷いた。
「から揚げ二つください」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
お姉さんから奢ってもらったものを受け取る。
ホクホクとしたから揚げを、口に放り込む。
「あつっ!」
「冷たい方が良かった?」
彼女のからかいすらもドキッとする。
今夜も、こうして更けていった。
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