夜
この物語は、半分だけ実話である。
私は小学生のころに見てしまった光景を、長い間、胸の奥にしまっていた
記憶は曖昧だ。事実と想像とが、もう溶け合っている。思い出そうとすればするほど、私は自分が子どもであったことを突きつけられる。そして大人というものが、どれほど哀しく、惨めで、しかしどこか滑稽であったかを思い知らされる。
だから、これは小説であり、同時に私の記憶の断片でもある。
読者には、虚構と現実の境い目を問わず、ただ一つの「夜の記憶」として受けとめてもらえたら幸いである。
その響きは、私にとってただの暗闇ではなく、胸の奥底に重たい石を落とされたような記憶を呼び覚ます。
あれは小学生の頃だった。特別支援学級に通う同級生と、そのお母さん、そして私の母と私の四人で夕飯を食べに出かけた。小さな町の定食屋で、定食屋といっても、どこかくすんだ照明の下、壁紙が油に染みて剥がれかけているような、そんな店だった。私たちはテーブルを囲み、唐揚げだとか、焼き魚だとか、子どもには少し大人びた料理を口にしていた。
だが、奇妙なことに、その夜の食事は私たちだけのものではなかった。隣の席に座っていた見知らぬ夫婦が、なぜか自然な流れで私たちと混ざり合い、やがて一緒に外へ出ることになった。小学生の私には理解できなかった。いや、今でも本当に理解しているのか分からない。ただ、「大人はどうしてこんな風に寄り道をするのだろう」と、不思議でたまらなかった。
私たちは彼らに連れられて、バーへと足を踏み入れた。子どもが入るには場違いな空気だった。カウンターの向こうに並ぶ酒瓶は、どれも大人の秘密を溶かしこんでいるように見えた。そこで私は、生まれて初めて「裏切り」というものを目撃する。
隣の男が、目の前で女と唇を重ねたのだ。女の隣には夫がいるはずだった。だが、その場では笑っていた。笑っていたのだ。まるで滑稽な芝居でも見せられているかのように、皆が笑った。私の母も、その特別支援学級の母も、そしてあの子も。笑いながら、何かを誤魔化すように、笑っていた。
私は笑えなかった。小学生の心に、笑う余裕などなかった。私にはただ、「大人というものは、なんと惨めで哀しいのか」と思えて仕方なかった。
勉強を教えてくれる先生よりも、教科書に書かれた偉人の話よりも、その夜の光景のほうがずっと残酷に、ずっと深く、私に「人間とは何か」を教えてしまった。
夜は静かだった。帰り道、街灯の下で、あの子は何も言わなかった。ただ下を向いて歩いていた。私も何も言えなかった。母の背中を追いながら、心のどこかで、「大人になりたくない」と願っていた。
そして今も時折、あの夜を思い出す。人間はどうしてあんなに哀しく、惨めに、笑ってしまうのだろう。
夜はすべてを包み隠す。だが、あの夜ばかりは、私の心をむき出しにした。
――あれが、私の最初の「大人の記憶」である。




