第5話:LR女子、出現
マッチングアプリ対策として新たな能力を手にした僕は、親友でもありスーパーバイザーでもある牧田環の指導に基づき、マッチングアプリのプロフィール文を慎重に作成した。
自己紹介文は、「休日は、静謐な時間を求めて近隣を逍遥し、時折、第七芸術の深淵に触れることで精神の滋養としております。最近は、レトロゲームのRTA動画を参考に、人生の時短テクニックを模索中です」などと、無難な趣味の間にプログラマーとしての狂気を申し訳程度に混ぜ込んだ。タマキが言うには、大勢にモテる目的じゃなくて婚活なんだから、気が合う人を効率的に見つけるためにも、無難なコメントにし過ぎなくていいとのこと。
そして、プロフィール写真には、『ミラクル・セルフィー』を使って撮った奇跡の一枚。能力発動の代償である5分間の臀部の痒みに耐えながら、僕史上最高にいけてる自撮り写真をアップロードした。盛れすぎてもはや別人と言っていいだろう。
というわけで、国内最大手のマッチングアプリ「エンゲージ・フォレスト」に、僕のアカウントが静かに産声を上げたのである。
***
翌朝、スマホの目覚ましアラームを止めて画面を見ると、ビックリする数のアプリ通知が届いていた。
「すごい! タマキ、すごいぞ! 『いいね』が止まらない!」
僕はすぐにメッセージアプリでタマキに戦果を報告すると、すぐに返信が返ってくる。
「そうだろ? 言った通りじゃん。で、何件きた? 50件くらい?」
「それが驚くなよ、軽く500件は超えてる!」
白目を向いて泡を吹くおっさんのスタンプが送られて来た後、音声通話がかかってきた。
「ミキオの奇跡の一枚、もはや詐欺レベルじゃん……。ミキオ、一体どんな加工アプリを使った? 私も使うわそれ」
「いや、加工アプリなんて使ってないよ、まあね、これが僕の秘められた実力だったのかな! フフフン」
思わず調子こいたらガチャ切りされてしまった。でも加工アプリは使ってないというのは事実だからいいよね。能力は使ったけど。僕は、生まれて初めて体験する「モテ期」に有頂天だった。
さて、ここからが「盛りメーター・アイ」の出番だ。僕は、「いいね」してくれた女性達の中から厳選して、細かく冷静に分析し始めた。今日は休日なので時間はたっぷりある。
視界の隅に表示される無慈悲なパーセンテージ。
田中みかさん、ふむふむ「28歳、盛り度98%」。
(もはやCG。背景の夕焼けも、CG)
佐藤あゆみさんは……「31歳、盛り度92%」。
(異次元レベルの小顔補正。輪郭は存在しないも同然)
使ってみてわかったことだが、盛り度と共に年齢も表示されていた。能力の意外な副産物のようだ。もしかしたら今後、何か他の事にも役立つかもしれないな。そういえば「尿意メーター・アイ」の方は本名が表示されてたので、そう考えるとあれも意外と使い道はあるのかもしれない。
***
その夜、タマキが婚活の進捗報告をしろとうるさいので、またいつもの居酒屋に集合した。
「ミキオ!!人前で股間かくのやめろよ。恥ずかしい奴だなまったく」
「いや、ちょっとまだ代償の痒みが蓄積されててさ……」
「代償?……なんて?」
「あ、いや何でもない。悪い悪い、気を付けるよ」
「そんで?早う進捗報告をしてくれなはれや」
僕は現在の状況についてざっくりと話した。使っている能力については、また説教がはじまると大変なので割愛した。
「あんなにいいねが来てたのに、まだ誰にもメッセージを送ってない!?ミキオ、まさかめちゃくちゃ選り好みしてない?あんま調子乗んなよ?」
「うーん、なんだかさ、みんなプロフィール写真の目が大きすぎて何か怖いんだよ。現実感がなくなってくるっていうか」
「ハハッ、まあ若い子ほどそういうのに抵抗ないからな。でも同世代で絞り込めば、そんなにやばい盛り方してる人はいないんじゃないの?」
「いや、同世代でも盛り度80%くらいの人とか意外といるんだよ」
「盛り度80%?……ミキオ、また変な妄想が始まってるんじゃないだろうね?」
と、タマキは疑いの眼差しで僕の顔を覗き込んでくる。
「あ、いや、とにかくエフェクトがすごいなあって話でさ。もう別人レベルなんじゃないかって」
「ていうか、一番実物と違うのはミキオの自撮りじゃん。どの口が言ってるんだよまったく。いいかいミキオ、ある程度のファンタジーは現代の出会いにおける潤滑油なんだ。最初から全てが白日の元に晒されてたら、出会いなんて始まりもしないんだよ」
「そ、そういうもんなのかあ……」
うっすらとまたタマキの説教がはじまる気配を感じたので、僕は素直に話を聞いておいた。
「とにかくさ、少しでもセンサーにかかる子がいたら、深く考えずにまずメッセージ送ってみな? そこからが本当のミッションスタートだから!」
タマキに背中を押されて、いや尻を叩かれてか、僕は再び虚飾と希望が入り乱れるマッチングアプリの森へと入っていった。
***
そしてついに、ひとり気になる人を見つけてしまった。登録名は「相川ミカさん」、趣味にかなりの共通点があった。昔のゲームが好きらしい。
【ワーネバでの暮らしが300年を越えましたが、まだまだこれから、西暦を越えるまで世代を繋げたいと思います!『V&B』はもっと評価されるべき名作だと思うのに続編が出なくて残念】と、僕のゲームの好みとかなり一致する文面に激しく心が揺さぶられた。
他にも、【人生にも攻略サイトがあったらいいのになって常々思ってます。思いがけない場所に隠しルートが見つかる喜びもあるけれど。一人で進むのも好きですが、隣で応援してくれる人がいたら、もっと遠くまで行ける気がします】というような、達観とユーモアの入り混じった言葉で綴られていた。
そして何より、「盛りメーター・アイ」が示した彼女のプロフィール写真の数値は、驚異の3%だった。ほとんどすっぴんに近いであろう、自然で素敵な笑顔。背景は、彼女の自室だろうか、壁一面に積み上げられたゲームソフトのパッケージと、いくつかのレトロゲーム機のコントローラーが誇らしげに映り込んでいる。その堂々たるマニアっぷりに、僕は心を鷲掴みにされてしまった。
マッチングアプリの自己紹介でゲームのことばっかり書いてる人だから、多分ちょっと変な人だ。でも大丈夫だ、問題ない。僕も変な人だとよく言われるし、同じベクトルで変なら何の違和感もないはず。
これはもう、最高レアリティであるLRの女性が出現したようなものだろう。このチャンスを逃すまいと、僕は意を決して彼女にメッセージを送った。
「はじめまして、三木と申します。僕もワーネバはめちゃくちゃハマりました。何代目かで一族の最高傑作が早死にしてしまってゲームオーバーになった時はむせび泣きました。セーブデータが1つしか作れないのは鬼すぎると開発会社に抗議したくなりました。V&Bの前作のセブンも良作でしたよね。」
すると、5分もしないうちに返信が返ってくる。
「三木さん、はじめまして! わかります! ワーネバは能力高い子ほど早死にしやすい感じがしますよね! 鍛えるの頑張り過ぎて過労死とか? 私も何度絶望させられたことか……」
(エッ……何度も? 僕は1回で諦めてしまったが、彼女は僕より相当強靭なハートの持ち主か、あるいはドMなのかもしれない)
僕達のメッセージのやり取りは、まるで古くからのゲーマー仲間のように自然に盛り上がった。ただ、やり取りが弾むほど、僕の心は暗い影に覆われていった。原因はもちろんミラクル・セルフィーだ。彼女は僕の奇跡的な自撮りの、爽やかで理知的な幻を気に入ってくれているはず。現実の冴えない猫背気味のミキミキオに会ったら、どれほどがっかりするだろうか。
***
「どしたん?ミキオ。いつもの冴えない顔が、いつもより笑えない顔になってるぞ?」
「……人の顔を見て笑おうとするな、失敬な」
その日の午後、タマキから最新のVR格闘ゲームを買ったので部屋に来いと言われ、仮想世界でボコボコにされながら、僕は気がかりな事について打ち明けた。
「すごくいい人なんだ。ゲームの趣味も完璧に合う。でも、だからこそ怖い。会ってガッカリされるのが」
「ああ、例の『お前誰だよ』アバターの問題ね」
タマキは、VRヘッドセットを投げ捨てながら言った。
「なら、会う前にビデオ通話でもしてみたら?お互いのリアルアバターを見て、それでダメなら諦めるしかない、次いこ次」
たしかに、直接会ってドン引きされるよりは僕の心のダメージも最小限に抑えられそうだ。僕は、震える指で相川ミカさんにメッセージを送り、後日ビデオ通話する約束を取り付けた。
そして、運命のビデオ通話の日。
僕は、画面に映る自分の顔を見て、絶望に打ちひしがれていた。「奇跡の一枚」とはかけ離れた等身大の僕がそこにいる。逃げ出したい……。しかし、容赦なく約束の時間はやって来て、画面の向こうに相川さんの姿がふわりと映し出された。写真とほとんど変わらない、優しそうで穏やかな雰囲気の女性だった。
「こんばんわー! よろしくお願いしますー! 音量とか大丈夫そうですか?」
「はっ、はっ、はまずしまして、はじめまして!ミ、ミミミキミキミキ、ミキオです!こっ、こっこここっこ、こちらこそ、おねあいしゃーっす!」
「ちょっ、そんなに緊張しないで!アハハハハハ、いきなり笑わせないでくださいよ~、三木さん」
多少なごやかな空気になったので結果オーライだが、僕の声は情けなく裏返り、額からは脂汗が噴き出していた。
しかし、徐々に緊張がやわらいでいくと、僕達の会話はメッセージの時と同じように、いやそれ以上に弾んだ。お互いが最近クリアしたインディーズゲームの隠しエンディングの考察や、昔ハマったマイナーなレトロRPGのトラウマボスについて、時間を忘れて熱く語り合った。彼女のゲームに対する情熱と知識、そして何より「愛」は、僕の想像を遥かに超えていた。
あっという間に一時間が過ぎ、名残惜しい空気の中、僕は意を決してずっと気がかりだった事を切り出した。
「あの、相川さん……実は、僕のプロフィール写真なんですけど……あれは、その、自撮りの時に本当にたまたま、光の加減とかで奇跡的に上手く撮れた、ある意味バグみたいな一枚でして……。だから実際の僕を見たらどう思われるかなってずっと不安で……。もし、がっかりさせてしまっていたらすみません」
画面の向こうで、相川さんは、僕の言葉を静かに聞いていた。そして、ふふっと小さく微笑んだ。
「プロフィールのお写真はすごく爽やかで素敵でしたけど、実物も素敵だと思いますよ。それにやっぱり、私はこんなに趣味の合う人に今まで出会ったことがなかったから、それが本当に嬉しいです!」
そんな優しい言葉をかけてもらい、僕の心にはカランコローン♪と祝福の鐘が鳴り響いていた。そしてその勢いにまかせて、思い切って次のステップへ踏み込んでいった。
「あ、あの!もし、よかったら……その、今度一緒にレトロゲームがたくさん置いてあるゲームカフェにでも行きませんか!対戦ゲームとかあったら、やりましょう!」
画面の向こうで、相川さんはコントローラーを握るような仕草をして、最高の笑顔を見せてくれた。
「はい!ぜひぜひ!楽しみにしてます!負けませんよ!」
よかった……勇気を振り絞れた自分を褒めてやりたい。こうしてミッションは次の段階へと進み、次回は相川さんとリアルでエンカウントすることになった。
***
一人で祝杯をあげつつ、思い出し喜びをしながら床をゴロゴロ転げまわっていると、またもや勝手にD・C・Tが起動し、画面にニヤニヤした例のじいさんが顔を出した。
「青春じゃのう!なかなか頑張ったじゃないかミキオくん。じゃが現実は恋愛シミュレーションゲームのようにはいかんから、気を付けるんじゃぞ?フォッフォッフォ」
などと煽られたところで、パパパパッパンパーン♪と、例のファンファーレの音が鳴り響いた。
「LEVEL UP!キミはHUMAN LEVEL0.25から0.3にアップしたぞ!これでよりすごい能力が生成できる!かもしれんな!」
……僕の人間レベルはいまだ1にも達していないらしいが、まあそれはいい。次はどんな能力を生成してみようかな。
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