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第3話:計算通り

 不定期に難易度HELLの超激務が発生するゲーム会社生活にも、唯一の癒しの泉があった。それは、グラフィックデザイナーの佐々木紗季(ササキサキ)さん。彼女は僕のようなうだつの上がらないプログラマーにもいつも笑顔で優しく接してくれる。


 悪徳営業の出栖進(デスススム)が安請け合いしてきたクライアントからのちゃぶ台返し仕様変更に苦しんでいる日には、「三木さん、頑張ってくださいね」と、そっと缶コーヒーを差し出してくれるような女性だった。


 佐々木さんは性格の良さだけでなく見た目も大変麗しいので、僕としては「高嶺に咲き誇る花をほの暗い下水道の底からただただ見守っていよう」と、そんな風に考えている。


 ある週末、僕はまたD・C・Tドリーム・カム・トールをいじっていた。すると、「オプション能力カタログ」という隠しモードがあることに気づく。そこには、既存の能力を最大活用するための様々な追加機能がリストアップされていた。


【『尿意メーター・アイ』:他人の尿意のパーセンテージをリアルタイムで視認できる能力……必要HLV: 0.25、獲得条件:20LEP消費、1回発動毎に2LEP消費】


 こ、これは……!これさえあれば、ターゲットの尿意状況を正確に把握し、より効果的で芸術的なションベン・トランスファーが可能になるのでは!?


 ただ、能力を獲得するのに20LEP消費か……。たしか、ションベン・トランスファー獲得の時は10LEP消費で鼻毛が25本抜けたな。その2倍となると鼻毛50本?地味にイヤだな……鼻毛はほこりを防いだりフィルターとして大事な役目があると聞いたことがある。代償が鼻毛とは限らないけど、ちょっと怖いのでやめておこう。僕は静かに電源を切った。


***


 ある日、新規企画の自社ゲームのヴィジュアルコンセプトを決める会議が開かれることになった。社運がかかってると噂のプロジェクトなので、極めて重要な会議だ。そして、そのプレゼンターが佐々木さんだった。


 会議の直前、休憩スペースで佐々木さんの姿を見かけたが、極度の緊張からか顔色が悪く、震える手で何度も水を飲んでいた。


「あの、大丈夫ですか?佐々木さん」

 

「あ、三木さん……。だ、大丈夫です。ちょっと、喉が渇いて……」


 彼女の笑顔は、明らかにこわばっていた。


 そして会議が始まり、佐々木さんは懸命にプレゼンを進めていく。だが、そこにあの出栖進が立ちはだかった。先日のプレゼンでの醜態の憂さ晴らしをするかのように、ネチネチと執拗に攻撃し始めた。


「この感じ、どっかで見た事ある気がするんだけど、何だったかなあ」

「ン~、女性キャラの露出がもう少しあった方がいい気がするなあ」


 デザイナーに対して営業がデザインの事でケチをつけている構図だが、「垣根を越えて意見を出そう」がモットーの会社なのでそれは問題ない。ただ、いちいち話の腰を折るようにして薄い感想を言うだけのスタンドプレーなので、どんどん空気が悪くなっていく。


(気がする気がするって、そんな曖昧な印象でいちいち口をはさんでくるんじゃない!)


 と、僕は心の中で叱責してやったが、会議は不必要に長引き、佐々木さんの顔色はどんどん青ざめていく。僕は、彼女が苦しんでいるのを見て、居ても立ってもいられなかった。


(佐々木さんの休憩スペースでの様子、そして今の状態……もしかして、いやどうだろうか?……どうすればいい。僕が彼女のためにできることは何もないのか?いや、ある)


 僕は意を決して席を立ち、トイレに駆け込むと懐からDCTを取り出した。


【『尿意メーター・アイ』:獲得条件:20LEP消費、1回発動毎に2LEP消費。生成しますか?】


 僕は、震える指で「YES」を押した。その瞬間、まるで脳内の血管が数本ブチ切れるかのような、激しい衝撃が僕を襲った。世界が一度真っ暗になり、そして次の瞬間、目の前の風景がまるで安物のCGのように再構築されていく。視界の隅には、意味不明な文字列が高速でスクロールし、やがてそれは僕の網膜に焼き付くように定着した。


「見える……見えるぞ……!」


 思わず中二病のようなセリフを口走ってしまった。洗面台で手を洗う同僚の頭上には、【田中奏太タナカカナタ 尿意:15% 正常範囲】の文字が、まるで抗えない運命の宣告のように浮かび上がっていた。


(これが……「尿意メーター・アイ」の力なのか!世界の裏側を、人の最も無防備な生理現象を、こうも容易く白日の下に晒してしまうとは)


 僕は、自分がもはや以前のそれとは決定的に異質なものに変貌してしまったことを悟った。これは祝福か、あるいは呪いなのか。


「言い目を貰った」


 ただ、能力生成に必要だった20LEP消費の代償が何だったのか、それがまだ不明だった。鼻毛も髪も抜け落ちていない。いや今はそんな事を気にしてる場合じゃなかった。僕は急いで会議室へと走った。


 僕の新しい目には出席者達の膀胱事情が赤裸々な数値となって、まるでホログラムのように浮かび上がって見えていた。それぞれの名前と共に。


出栖進デスススム 尿意:35% 余裕】

 忌々しい。


 そして、プレゼン中の佐々木さん。

【佐々木紗季ササキサキ 尿意:98% 危険水域】

(やはりか…)

 

 赤い警告灯が、彼女の頭上で激しく点滅しているように見えた。もう限界が近い。出栖の執拗な質問が続いている。佐々木さんの額には脂汗が滲み、言葉が詰まり始めていた。彼女は、助けを求めるように、あるいは無意識にか、会議室の隅に座る僕の方を不安げな目でチラリと見た。


 二人の目が、確かに合った。

 

 僕は、彼女の不安をすべて受け止めるように、力強く、そして静かに一度だけ、コクリと頷いた。その直後、僕は強く念じた。


(彼女の尿意を、僕に……「ションベン・トランスファー!」)


 佐々木さんは、僕のうなずきを見た瞬間、体からすっと何かが抜けていくような不思議な感覚に、少しだけ目を見開いた。彼女の頭上のメーターが、【98%】から【85%】…【70%】…と、みるみるうちに減少していく。逆に、僕の尿意メーターは凄まじい勢いで上昇していた。僕自身の尿意20%に、彼女から受け取った尿意が加算されていく。【50%】…【80%】…【100%】…そして、ついに【108% 限界突破】という未知の領域に突入した。


「グッ……!」


 膀胱が爆発するような凄まじい圧力が僕を襲う。だが、僕は耐えた。その間、完全に落ち着きを取り戻した佐々木さんは滞りなくプレゼンを完遂させ、彼女のデザインしたヴィジュアルコンセプトが採用されることになった。


 会議が終わり、皆が退室していく。だが、鋼の膀胱を持つ僕は、まだ立ち上がらない。ひとり残って不貞腐れていた出栖に、静かに狙いを定めた。そして、先ほど佐々木さんから預かった聖なる尿意と、出栖への個人的な恨みを込めた僕の漆黒の尿意、そのすべてを合わせた合計228%……


『くらえ!ゴッド・ションベン・トランスファー!!!!!』


出栖の尿意メーターが【尿意:35%】から、一気に計測不能なレベル【!!!ERROR!!!】まで跳ね上がった。


「なっ……ぬ、お、おおお……?」


 奴は人類が経験したことのない前人未到の神々の尿意とでも言うべき絶対的な内圧に打ちのめされ、白目を剥いて椅子から崩れ落ちた。会議室の床をお漏らしで汚すのはさすがに会社に迷惑なので、すかさず僕は大きな観葉植物の鉢を持ってきて、「ここに!ここに!」と叫んでそこに用を足させ、出栖のズボンが若干濡れる程度で事なきを得た。


(得たのか?得たことにしておこう)


 その時の会議室には出栖と僕しかもう残っていなかったので、僕は彼の失禁を救ったことで大きな貸しを作り、会議室ションベン男の弱みを握ることに成功したのである。


(計算通り……)


「み、三木くん、こ、この事は……」


 いつもの傲慢な態度とはうってかわって、弱々しい目で僕の顔色をうかがってくる。

 

「安心してください、誰にも言いませんよ。あ、あとそれとはまったく無関係なんですけど、受託案件の受け方について相談したいことがあったので、今度聞いてもらっていいですか?」


「あ、ああ、もちろん」

 

 弱々しい苦笑いと共に内股で去っていく出栖を見送る。ハア~、スッキリした!いろんな意味で。


 その後、意気揚々と自分のデスクに戻ると、佐々木さんがお礼を言いに来てくれた。

 

「本当にありがとうございました。プレゼン大変だったんですけど、ふと三木さんと目が合って……。静かにうなずいてくれたのを見て、何かすごく勇気が出て、すっと気持ちが落ち着いたんです。本当に助かりました!」


「えっ?そうなんですか?ハハッ、何かわからないけど、とにかくお役に立てたみたいでよかったです」


 ……ほんと、人生なにがあるかわからないものだな。あんなバカバカしい能力が人様の役に立てることがあるなんて。これからは僕の膀胱のことは相棒と呼ぶことにしよう。いや、やっぱりやめておこう。

 

***


 帰宅後、いつもより濃い目のハイボール缶を飲みながらDCTを起動する。今日の成果に気分を良くした僕は、何の気なしに、画面から顔をのぞかせる魔法使いのじいさんに話しかけてみる。


「どうよ?じいさん。今日の僕は人助けできたんじゃないか?今回はHLV(ヒューマンレベル)のレベルアップはないのかな?」


 上機嫌とほろ酔いから出た軽い独り言のつもりだったのだが……


「ん~、どうじゃろな?まず女性の尿意を覗いたり、自分に移すという行為は純然たるセクハラにあたるのでは?ションベンを浴びせられた何の罪もない観葉植物もかわいそうじゃのう。今回は倫理的に問題ありということでレベルアップは無しじゃ!……というのは冗談じゃが、今回はまだ経験値的にレベルアップには至らんな。今後も善い行いを続けていくのじゃぞ、ミキオくん!」


 なんかめっちゃ喋りかけてきた。今日の事も全部把握してるし、本当にどういう存在なんだ?まあ、特殊能力を生成するような超常的な何かなんだから、そのくらい不思議ではないのか……?


「じいさん、質問したい事が山ほどあるんだが、答えてくれるよな?」

 

 僕がそう言うと、じいさんは大きく目を見開き、静かに微笑みを浮かべた。

お読みいただきありがとうございます!

もし少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや↓の★★★★★での評価をいただけますと、大変励みになります。何卒よろしくお願い致します。○┓


▼能力ライブラリ

◆『尿意メーター・アイ』……他人の尿意のパーセンテージをリアルタイムで視認できる能力

・所有者:三木樹生ミキミキオ

・必要HLV: 0.25

・獲得条件:20LEP消費(尿酸値1mg/dL上昇)

・1回発動毎に2LEP消費(尿酸値0.1mg/dL上昇)

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