第14話:ギルド結成
その日、僕のスマホが、軽快な通知音を鳴らした。
メッセージの送り主は、先日連絡先を交換したばかりのプレイヤー仲間、武藤武人だった。
『ミキオさん、お疲れ様ッス!実は昨日、他のプレイヤーと遭遇しまして、その人と今度、情報交換しようってことになったんすけど、ミキオさんもどうすか?』
おおっ!ドリーム・カム・トールはまだまだわからないことだらけなので、情報はもちろん欲しいところだ。僕は、新たな出会いへの好奇心と、また変な奴だったらどうしようという不安を胸に、「是非!」と返信した。
***
そして週末。会合場所は、この前タケトと行った高級ホテルのラウンジだった。僕とタケトが先に席に着いて待っていると、待ち合わせの相手が、ゆったりとした足取りでこちらにやってきた。
現れたのは、年齢は50代前半といったところか、僕よりおっさんじゃないか。勝手に若い人だと思い込んでいたが。身長は185cmはあろうかという長身で、日に焼けた肌と、年齢を感じさせないほどに鍛え上げられた分厚い胸板が、上質なジャケットの上からでも見て取れる。その風貌は……一昔前のAV男優を想起させるが、自分だけの胸にしまっておこう。
「どうも初めまして。ワタクシ、増岡満寿男と申します。以後、お見知り置きを。のほほほほほ」
その厳つい見た目とは裏腹に、奇妙に気の抜ける笑い方で、僕に名刺を差し出した。「M2キャピタルパートナーズ CEO」と、僕の人生には全く縁のない肩書きが記されていた。僕は慌ててカバンから名刺を取り出して立ち上がる。
「はっ、はじめまして、ミキミキオと申します。よろしくお願い致します」
個人的な集まりだと思ってたので焦ってしまった。カバンに名刺を入れっぱなしにしておいてよかった。僕が差し出した「株式会社ピポピコソフト 開発部 プログラマー 三木樹生」と書かれたヨレヨレの名刺を、マスオさんは丁寧な手つきで受け取った。
タケトからの情報によれば、マスオさんは元々はIT企業を立ち上げて大儲けし、今は若手の起業家に出資するエンジェル投資家らしい。リアルでレベルカンスト級のプレイヤーといえる。
「おおー、名刺交換って、THE 大人って感じでいいすねー。俺も今度作ろっかなあ」
と、タケトは相変わらず緊張感がないというか、マスオさんにもラフな感じで話しかけている。
「タケトくんから、三木さんの話は伺ってますよ。特別な才能をお持ちでいらっしゃるとか」
「いやいやいやいや、能力の数は他の人より多く持てるみたいですけど、能力自体はほんとしょうもないものばっかりなんで」
「いえいえいえいえ、ワタクシ、かなりの数のプレイヤーの方と接触してきましたが、そんな方は初めてですよ。能力が多いということは、それだけ応用がきくということですから、本当に素晴らしいことだと思いますよ。なにせワタクシなど、能力はたった1つですからね、のほほほほほ」
「1つだけど、マスオさんの能力、結構えぐいっすよ、ミキオさん。この前見せてもらったんすけど」
「ワタクシの能力は『錬金術師』というんです。簡単にいうと、物質以外のものを水に溶かすことができるんですね」
「物質以外……といいますと?」
「例えば感情ですね。怒りとか、楽しさとか、悲しさとか、元気とかもあります。あとは善悪の心だったり、才能とかも含みます。それを能力で水に溶かすと、その水を飲んだ人は内容物に応じて変化が発生するというわけです」
「す、すごい能力ですね!特に才能なんて、例えば野球の才能のドリンクを作ったら、飲んだ人だすごい選手になるとか、そんなこともできちゃうって事ですよね?めちゃくちゃ世の中に影響を与えられるじゃないですか」
「ですが、1つ非常に重大な課題があるのですよ。私には野球の才能などもちろんないですし、感情の起伏もあまりなく、要するにドリンクを作るための原材料が圧倒的に足りないのです。宝の持ち腐れってやつですな、のほほほほほ」
「その原材料を集めるための能力を、追加で生成するっていうのはダメなんすか?」
と、タケトが言う。たしかにその通りだ。
「それが残念ながら、ガイドキャラに確認したところ、ワタクシの能力所持数上限は1だそうで。別の能力にする場合はアルケミストは使えなくなってしまうようなんです」
「あー、そうなんすか、せっかくのすごい能力なのにもったいないっすねー」
「ですが、DCTは協力プレイが可能ですから、そこに解決の糸口があるとワタクシはみているのですよ。ミキオさん、『感情吸引』という能力をお持ちだそうで」
「あ、はい。でもあの能力は心を無の状態にするだけのやつなんですけど……」
「いえ、感情を吸い取ってるわけですから、受け皿さえあれば、その感情を保持できると思うのですよ。その受け皿というのがワタクシの能力というわけです」
彼の言わんとすることが、ようやくわかってきた。
「つまり、誰かの感情を僕が吸い取って、それをマスオさんに渡して、マスオさんがその感情を液体に溶かす……と?」
「その通り!まさに、夢のコンビネーションですな!」
というわけで、僕らは、早速その場で実験をしてみることにした。僕が「試しに、タケトの『笑い』の感情を吸い取ってみます」と言うと、タケトは「えっ、今ですか? そんな急に笑えないっすよ」と戸惑っている。
「大丈夫だ、僕を信じろ」
僕は、タケトの肩に触れながら、会社で出栖進に制裁を加えたエピソードを話した。タケトは僕のションベン能力シリーズがツボなので、きっと笑ってくれるはずだ。
「ぶふぉっ!!何すかゴッドションベンって!何やってんすかミキオさん!」
予想通りタケトは盛大に吹き出した。その瞬間を、僕は逃さなかった。
『感情吸引!』
タケトの笑いが、ピタリと止まる。彼の顔は能面のようになり、「……今の、どこが面白かったんすかね?」と、冷静に呟いている。そしてすぐさま吸い取った感情を、水の入った瓶をもって待ち構えているマスオさんに移すよう念じてみる。
「ど、どうですか?届きました?」
「……いえ、何も来ておりませんでしたな。ちょっと質問なのですが、ミキオさんはずっとタケトくんの肩に手を置いておられましたが、それは発動条件の1つという認識であってますかな?」
「その通りです、この能力は相手に触れていないと発動しないんですよ」
「なるほど、であるならば、ワタクシに移す際もワタクシに触れていればいけるかも知れませんな」
その後、色々と試行錯誤した結果、以下の方法が確立された。
①僕が左手で相手に触れて吸い込む
②右手はマスオさんの左手といわゆる恋人繋ぎをする
③マスオさんは右手に瓶を持ち、中の水にアルケミストで溶かし込む
「のほほほほほほほほほほほほほほほほほほ~っ!!!!」
タケトから吸い取った笑いのドリンクを試飲し、マスオさんは笑い転げている。
「やりましたね!大成功っすよ!」
「……そうだな」
ただひとつ懸念点としては、おっさんとおっさんが恋人繋ぎの状態で相手に触れなければ、この能力コンボは完成しないということだ。かなり異様な光景になるので、実行する際の周りの状況には注意が必要だろう。対象が女性だったりしたら通報されかねない。
***
「提案があります。ミキオさん、タケトくん」
実験の興奮が冷めやらぬ中、マスオさんは、真剣な顔で僕らに向き直った。
「やはり、私の思った通りだ。我々は、ギルドを結成すべきです」
「ギルド、ですか?」
「ええ。先ほど話した通り、私はこれまで、結構な数のプレイヤーと接触してきました。そして、わかったことがあります。このゲームのプレイヤーには、いくつかの勢力というか、属性とでも言うべき、明確な違いがあるのです」
マスオさんは、声を潜めて続けた。
「我々の共通点は、何だと思いますかな?」
「変な名前……とか?」
僕がボソリと言うと、タケトが
「いや、俺はまともっすよ!」
と抗議した。そうかなあ?
「それもありますが」
マスオさんは苦笑した。
「ギルドを結成すべき、もっと重要な理由があります。それは、我々が『善い行い』をすることで、ヒューマンレベルが上がるという点です」
「え、それは、プレイヤーみんな、そうなんじゃないんすか?」
タケトが尋ねると、マスオさんは、ゆっくりと首を横に振った。
「違います。ワタクシが接触した中には、その逆の属性を持つ者たちもいました」
「逆……? まさか、悪いことをするとレベルアップするってことっすか!?」
「その通り。そして、そういう連中は、往々にして、非常に攻撃的な能力を好みます。もし、そういう相手と遭遇したら、我々の身に危険が及ぶ可能性も高い。だからこそ、我々は徒党を組み、勢力を拡大しなければならないのです」
僕は、ゴクリと唾を飲んだ。平々凡々な人生を歩んできた僕にとって、悪人に狙われるなんて絶対に遠慮したい状況だった。しかもその悪人達が徒党を組んでたら……想像するだけで身震いする。
「わかりました。やりましょう」
僕がそう言うと、タケトも力強く頷いた。
「では、早速ですが、我々のギルドの盟主は、ミキオさんにお願いしたい」
「そうっすね、それがいいっす!」
「いや、おかしいでしょ!どう考えても、あらゆる面でマスオさんが相応しいじゃないですか。次点でもタケトの方ですよ。僕なんてしょうもない能力しか持ってないんだから」
「ミキオさん、あなたは気づいていない」
マスオさんは諭すように僕に言う。
「タケトくんも、ワタクシも、能力は2つか、1つしか持てない。能力を1つ追加するだけでも、何かを失うなどの、重い代償を払うのが普通なのです。しかし、あなたはすでに6つもの能力を持ち、その代償も、鼻毛や痒みなど、ふざけてはいますが、非常に軽い。あなたのその、能力を無限に生み出せるかもしれない特性こそが、我々の切り札になるのです」
(そうなのか……?でも、そもそも性格的にリーダーの器じゃないんだよな僕なんて……)
「それともう1つ、ワタクシはこれまでの人生経験から、人を見る目には非常に自信を持っているんです。ミキオさん、あなたは良いリーダーになりますよ、のほほほほほ」
「うーん……わかりました。とりあえずやってみますけど、無理そうなら交代してくださいね」
まさかこんな事になるとはな……。でもまあ、タケトもマスオさんも僕より圧倒的に有能な人物なので、リーダーがダメダメでもなんとかなるだろう。
「あの、ちょっといいっすか?ミキオさんとマスオさんは能力のコンボがありますけど、俺は何をすればいいんすかね?何かしらは役割とか欲しいんすけど」
タケトが尋ねると、マスオさんはニヤリと笑った。
「タケトくん、君はその名の通り、**『武人』**です。戦闘向きの能力を鍛え、我々の剣となり、盾となるのです。君の才能は十分にある。肉体の強化にはワタクシも多少のノウハウがありますから、コーチングさせていただきますよ」
「えっ、俺、マスオさんみたいにマッチョじゃないんすけど、大丈夫かなあ?デュエルは好きですけどね」
「ご心配なく、ワタクシ、人を見る目には自信がありますので、のほほほほほ。DCTでのギルド登録は、ワタクシの方でやっておきますね。それから、差し当たってひとつ、潰すべきギルドがありますので、それを粛々とすすめていきましょう」
「えっ」
タケトと僕は同時に同じ反応をした。
マスオさんに強引に話を進められた感じだが、とにもかくにも、たった3人のギルドが、静かに産声を上げたのだった。
DCTが僕のもとに届いて以来、どんどんと僕の日常が非日常に塗りつぶされていっている気がする。まあ、元々しょうもない人生だったわけだし、できるだけ、自分なりに、真剣に楽しんでみるとしようか。
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