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第13話:Living Life2

「ほい、お土産。ミキオ、明太子好きだったよな」

「おお、ありがとう!どっか行ってたのか?」


 週の半ば、仕事終わりにいつもの安居酒屋に呼び出されると、僕の幼馴染、牧田環(マキタタマキ)は、保冷バッグから高級そうな木箱を取り出した。中には、見事な一本ものの明太子が鎮座している。


「ちょっとした仕事でね、福岡へ。そしたらさ、できちゃったんだよ」

「できた?……何が?」

「新作だよ。まあ聴け」


 タマキは、おしぼりをマイクに見立てて、唐突にラップを披露し始めた。


【幸か不幸か ここは福岡】

【どっか行こうか 人生謳歌】

【もう限界なら さあ玄界灘】

【問う現代から 取る天下いまだ  YO!】

 

(相変わらず、何のことかさっぱりわからない……。だが、ここで的確なコメントを返さなければ、この貴重な明太子がキャンセルされる危険性があるな。それは避けたい。何か、何か当たり障りのない賛辞を……!)


「……いいじゃないか」

 

「そうだろ?で、どのへんが良かった?」


(ギクリ……褒められたくて深掘りしてきたぞ)


「……幸か不幸か、ここは福岡、ってところに、人生の哀愁と、それでも前を向こうとする力強いストーリー性を感じたな」

「だろー?私も中洲の屋台でこれ思い付いた時は、だいぶ酒がすすんだもんよ。じゃ、そろそろ反省会やろうか」


(ふう……。なんとか乗り切った)


 僕は、タマキが上機嫌で店員に生ビールを注文している隙に、そっと胸をなでおろした。


***


 僕は、アミカさんとのデートの一部始終を、できるだけ詳しくタマキに説明した。レトロゲームカフェでの出来事については、フムフムと静かに聞いていたのだが、帰りの駅で、アミカさんから「もっとあなたのことを知りたい」と言われたくだりを話したところで、タマキのテンションはMAXになった。


「激熱リーチきたああああああっ!!! ほんでほんで? もちろん、その流れで……!」

 

「高層ビルの夜景の見えるダイニングバーに……」


「おおっ! いいじゃんいいじゃん! ミキオがそんな気の利いた店を知ってるなんて、見直したぞ!」


「いや僕じゃなくて、連れてってもらった」


「まあ、そりゃそうか。ミキオが知ってるわけないもんな、そんなオシャレな店。ほんでほんで?」


「驚いたことにさ、アミカさんが『リビングライフ』をめちゃくちゃ好きだったらしくてさ。後はずっと、その話で盛り上がってたよ」


「……ほんで? 店出たあとは?」


「まだ電車のある時間だったから、普通にそれぞれ電車で帰ったよ。あっ、またゲームカフェに行こうって約束したんだ!」


 僕が、ドヤ顔でそう報告すると、タマキは、何故だかテーブルに突っ伏したまま、プルプルと肩を震わせていた。


「なーんそれ! なーんそれ! ほんっま、しょうもないわーミキオは!」


「何でだよ、お互い楽しく過ごせたし、また会う約束もしたんだぞ?」


「あのな、ミキオ。恋愛ゲームで言ったらな、お前は今、最高の見せ場で、一番盛り上がらない選択肢を選んだようなもんなんだよ!」


「何だって……?口惜しいがその例えは非常にわかりやすいな。そうかあ、失敗だったのか……」


「まあまあまあ!ミキオらしいよな、その方が。まだ正解ルートは見えてるわけでもないし。ていうか、次もゲームカフェ行くの? 他にも遊びに行くところは色々あるだろ?」


「あそこより楽しい場所なんて、あるのかなあ……。他の所も行った方がいいのか?」


「ウンウン、じゃあ他にどんな候補があるか考えてみようか。水族館とか、プラネタリウムとか、オシャレな雑貨屋巡りとか……」


 タマキが挙げるデートスポットは、どれも僕にとっては異世界の地名のように聞こえた。


***


 反省会を終えて帰宅し、僕はタマキに半ば無理やり買わされた、流行りのデートスポットが載っている雑誌を、パラパラとめくっていた。

 

(……わからん。どのスポットもおしゃれで良さそうな感じはするのだが、何を基準に決めればよいのやら……)

 

 また今度考えればいいか。難しいことは後回し、それが僕の流儀である。


 雑誌を本棚にしまおうとすると、長いこと目にすることのなかった、『Living Life』のパッケージが目に飛び込んできた。少し色褪せた、探偵の主人公が描かれた、思い出深いパッケージ。そして、その横には、『Living Life 2』が、まるで見比べられるのを嫌がるかのように、ひっそりと置かれている。この『Living Life 2』こそが、僕がゲームデザイナーを辞めて、プログラマーに転身することになった、最大の要因だった。


 1作目は、セールスこそそこそこだったが、その独特な世界観とゲームシステムが一部で熱狂的に評価された。会社も、続編の制作に乗り気だった。だが、会議で提示された会社の方針は、僕にとって受け入れがたいものだった。

 

「2作目は、世界観はそのままに、ゲームシステムを王道のコマンドバトルRPGに変えよう」

 

 人気RPGの世界を別の切り口で、変化球として作ったのが1作目だった。それを、2作目で無理やり王道に戻したらどうなるか、僕には悪い予感しかせず、当然ながら反対した。でも、多くのゲーム開発者は、人生で一度は、誰もが知るような大ヒットタイトルというものに携わってみたいと夢見ている。僕の尖った提案よりも、手堅く売れるであろう王道RPGを望む声の方が、大きかった。結局、僕はその方針を覆すだけの力も、説得力のある代替案も提示できず、『Living Life 2』はRPGとして開発されることが決まった。


 ゲームシステムを王道にする分、シナリオで差別化を図らなければならない。そう考えた僕は、より深く、人間の心の闇がより鮮明に描かれ、ユーザーの記憶に爪痕を残すような物語にしようと、必死に努力した。だが、その過程で、僕は思考の沼のようなものにハマりこんでしまった。書けば書くほど、物語は暗くなり、登場人物たちは救いを失っていく。僕は、自分が作り出した世界の暗闇に、自分自身が閉じ込められていくような感覚に陥ってしまった。


 何とかリリースにはこぎつけたものの、結局、何もかもが中途半端なものになった。王道RPGとしては目新しさがなく、シナリオは一部のユーザーから「暗すぎる」と敬遠された。広く浅く、そこそこに受け入れられる程度の、魂のこもらないゲーム。ただ、それでもセールス的には、1作目を少しだけ上回った。だから、会社としては「成功」とされた。


 僕は、会社の方針に納得がいかないとか、2作目の方が売れたことが気に入らないとか、そんな風にはもちろん今でもまったく思っていない。ただ、周りの人達を説得する力もなく、最終的には自分自身の手で、あの世界をおかしくしてしまったという、どうしようもない無力感と後悔。それが、僕の心に深く突き刺さっていた。そうして僕は、『Living Life 2』のリリース後に会社に退職を申し出た。だが、思っていた以上に強く引き止められ、半年間の休養を取った後に、企画部から開発部へ異動し、プログラマーとして再出発することになった。


 そんな経緯があるため、同じゲームシリーズでも、1作目と2作目で僕の感情には大きな隔たりがある。だから、アミカさんや佐々木さんに『リビングライフ』が好きだと言ってもらえた時でも、「2はどうでしたか?」とは、絶対に聞かない。どんな答えが返ってきても、僕がポジティブな感情になることは、決してないからだ。


 でも、今こうして本棚では、1と2が仲良く並んで収まっている。僕は、何度かひとりで頷きながら、デートスポットの雑誌を、その横にそっとしまった。


***


 夜、布団の中で僕は眠りにつこうとしていた。今日の出来事を色々と思い返していると、暗闇の中で、枕元のDCTドリーム・カム・トールが、ぼんやりと光を放ち、勝手に起動する。


「ミキオくん、今日はキミにしては珍しく、ずいぶんと考え事をしているようじゃな」


(……フン、普段何も考えてないみたいに言うなよ。まあ、あまり考えてないけど)


「あの頃に、深く考えるのが怖くなったんじゃな。精神を、到達できるはずのない高度まで無理矢理持っていき、息ができなくなった。自分を、太陽に近づきすぎたイカロスのようにでも思っとるのか?フォッフォッフォ」


(……そんなカッコいいもんじゃない。ただ、自分に不相応なことは、もうやめようと思っただけ……)


「自分の創造した世界を、自分の手で壊してしまった、と。その責任を感じておる、と」


(…………今度は人の心を読むのか? じいさん、ほんとにあんた、何なんだよ)


「自分が創造主だなんて、それこそが驕りだ。元からその世界はそこに存在し、お前が偶然、アンテナの感度良くそれを受信し、不器用に形にしたに過ぎない。人間なんてその程度なんだ。あまり気に病むな」


 その瞬間、じいさんの口調が、いつものようなすっとぼけたものではなく、どこか荘厳で、厳しく、そして、ひどく懐かしいものに変わった。


(なんだ……またしゃべり方が……この感じ……勇……」


 僕の脳裏に、かつて自分が生み出した、あの孤独な英雄の姿が、一瞬だけよぎる。


「これだけは聞いておけよ、ミキオ。誰もお前を恨んじゃいない。お前のせいだなんて、誰も思っちゃいないんだ」


 その言葉を最後に、僕の意識は、深い眠りの底へと、急速に引きずり込まれていった。これが夢だったのか、現実だったのか、今も区別がつかずにいる。


 朝、目を覚ますと、DCTのじいさんは、いつものすっとぼけたじいさんに戻っていた。

お読みいただきありがとうございます!

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