第12話:Living Life
「もう少し、お話ししたいです。もっと知りたいです、ミキオさんのこと」
アミカさんから出た、完全に想定外のセリフに、僕の脳内のリトルミキオ達が右往左往している。
(ドウスル? ドウスル? ドウスル?)
もちろん僕だってもっとお話したいので、断る理由など一つもないのだが、あまりの衝撃に動揺し過ぎて、適切な言葉が思い付かなかった。
「も、もも、もちろん是非!どこへ行きましょうか?すみません、僕あんまりいい店とか知らなくて……」
しどろもどろになりながら、なんとかそれだけを口にすると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「あ、じゃあよかったら、私のお気に入りの店が近くにあるので、そこへ行きませんか?」
そうしてアミカさんに連れてきてもらったのは、高層ビルの55階にある、おしゃれで落ち着いた雰囲気のダイニングバーだった。
「このお店、夜景がすごく綺麗に見えるんですよ~」
ここは僕が普段利用する、床が少しベタつく安居酒屋とは、明らかに別次元の空間だった。間接照明が落とされ、静かに流れるジャズのピアノが心地いい。そして何より、一面ガラス張りの窓の向こうには、無数の光がまたたく都会の夜景が、まるでCGで描かれた背景のように広がっている。
(同じゲームオタクでも、アミカさんはこういう店とかも詳しいんだな。僕とは不釣り合いな女性に感じられるけど……いや、そんな事は最初からわかってた事だった。今さら気にしない、気にしない)
強がってはみたものの、メニューを開いても、アヒージョだの、ブルスケッタだの、僕の語彙力では説明不可能な料理名が、呪文のように並んでいる。
「あの、僕、こういう店あまり来たことなくて……。アミカさん、注文とかお願いしてもいいですか?」
「はい、もちろんです!ここのお店、お魚料理が美味しいんですよ」
彼女は、慣れた様子で店員を呼び、海老とマッシュルームのアヒージョ、真鯛のカルパッチョ、それから僕でも名前を知っているカクテルを2つ注文してくれた。そのスマートな立ち居振る舞いに、僕はますます感心してしまった。
やがて、熱々のオイルがぐつぐつと音を立てるアヒージョや、ハーブとピンクペッパーが美しいカルパッチョが運ばれてきた。
(おお、カルパッチョ君。君だけは知ってる。スーパーでもたまに売ってるの見るもんな)
場違いな立食パーティーで見つけたちょっとした知り合いのような感覚で、僕は急にカルパッチョに親近感を覚えた。
「あの、そういえばまだ聞いてなかったですけど、アミカさんのご職業は……?」
「フフ、何だかお見合いみたいですね」
彼女はそう言って微笑むと、少しだけ恥ずかしそうに、自分のスマートフォンを取り出した。
「実は私、ゲーム実況をやってるんです。顔出しはしてないんですけどね」
彼女が見せてくれた画面には、見慣れた動画サイトのチャンネルページが映し出されていた。そして、そこに表示されているチャンネル登録者数の桁を、僕は二度見した。
「ごっ、50万……!?すごいですね!」
「いえいえ、上には上が全然いますけどね。最初は、ただ好きなゲームの話をする場所が欲しかっただけなんですけど」
「あの、チャンネル登録してもいいですか?」
「フフ、ありがとうございます。是非みてみてください。でも、実況中にミキオさんにコメントされたら、動揺してコントローラー落としちゃうかも」
「ゲームがメチャクチャ上手かったのも納得ですよ……。でも毎日大変なんでしょうね、編集とかもあるだろうし」
「アァ~、わかってもらえて嬉しいです!よく遊んでるだけでお金稼げていいねとか言われちゃうんですけど。大変な部分も多少あるんですよね、心ないコメントに落ち込むこともありますし」
彼女は、少しだけ遠い目をして、続けた。
「でも、視聴者さんから『この動画を見て、このゲーム買いました!』とか『このゲームの面白さが分かりました!』って言ってもらえると、そういう苦労、全部忘れちゃうんですよね。だから、面白いゲームを作ってくださるミキオさんみたいな開発者の方々には、本当にいつも感謝です!」
「……いえいえ、僕なんてほんと、業界の片隅にいるだけですから」
「ゲーム会社にお勤めなのは聞いてましたけど、どういうゲームを作ってらっしゃるんですか?」
「受託開発とオリジナルの半々くらいなんですけどね。過去作だとRPGが多いですかね」
「そうなんですねー、RPG作ってる会社なら大体知ってると思います。なんていう会社ですか?」
「うーん、でも、マイナーな会社なんで多分知らないと思いますけど……ピコピコソフトっていうんですけど……」
僕がそう答えると、アミカさんの目が大きく見開かれた。
「ピポピポソフト!知ってます、知ってます!私、大好きなゲームがあるんです!」
「えっ、知ってるんですか?すごい、さすがゲームマニア、詳しいですね。ていうか登録者が50万人以上もいるゲーム実況者っていったら、もうゲームのプロですもんね」
「え、あれ?ちょっと待ってください!ミキ……三木さんって、もしかして、|Living Lifeのゲームデザインとシナリオ担当してました?」
「そ、そうです。そんなことまでご存知なんですか!」
「私、リビングライフが一番好きなゲームなんです!ええええっ、すごい!ほんとビックリです!」
彼女は宝物を見つけた子供のように、目をキラキラと輝かせている。僕は彼女の勢いに少し気圧されながらも、大きな驚きの後に、徐々に喜びが心に染みわたっていくような感覚だった……
『|Living Life』
それは、僕がまだ企画部に所属していた入社2年目の頃に、企画とシナリオを担当したゲームだった。
国民的RPGにあるような、剣と魔法の中世ファンタジーの世界が舞台で勇者も魔王もいるのだが、主人公は勇者ではなく探偵。ゲームシステムはRPGではなく、ストーリー性を重視した推理・謎解きミステリーゲームだった。
物語は、魔王が勇者によって討伐された、その後の世界から始まる。平和を取り戻した英雄であるはずの勇者が、凱旋のパレードにも姿を見せず、忽然と消息を絶ってしまう。プレイヤーは、王から直々に依頼を受けた探偵として、勇者の足跡を辿り、彼が冒険で訪れた町や村を行き来して、聞き込みをしながら捜索を開始する。そんな中、勇者パーティーの一員だった魔法使いが、ある町で遺体となって発見されたことから、単なる捜索劇から殺人事件の捜査へと急展開する。そして、探偵が事件の真相に近づくにつれて、この世界の平和そのものを揺るがす、大きな秘密が徐々に明らかになっていく……。
「私、あの中世ファンタジーの世界観のRPGって、もちろん子供の頃から遊んでて、好きではあったんですけど、いつもどこか引っかかってた部分があったんです。町の入り口にずっと立ってて、『〇〇の町へようこそ!』しか言わない村人とかって、何を思ってるんだろう?なんか、ちょっとだけ怖くて、かわいそうだな感覚もあって」
「すごくわかりますよ。僕もそういう感覚からはじまって、あの企画を考えたんです」
「ですよね!ああ、やっぱり……あの世界の奥行きとか人の闇の部分とか、そういうものを描き出そうとしてるのが伝わってきて、すごく共感したんです!そうそう、私、特にあのシーンが好きなんですよ」
アミカさんが、興奮気味に話し始める。
「終盤で、実は生きていた魔王と、姿を現した勇者と対峙しますよね。主人公の手引きで……」
勇者 『質問したいことが山ほどあるんだが、答えてくれるよな?魔王よ』
魔王 『君は、知ってしまったんだな、この世界の仕組みを……醜さを……』
勇者 『……王は始末してきたが、まだ疑問は残ってる』
魔王 『また別の王が台頭するだけだ、人間の浅ましさに際限などない。命は狙われ続けるぞ勇者、力を持ちすぎたお前は、権力者達にとってはもはや魔物と変わらぬ存在なんだ』
勇者 『魔物なんかよりよほど醜い……人間の方が、よほど……』
簡単にいうと、勇者を冒険へ送り出した王が黒幕で、魔王勢力の幹部と密約を交わしていた。勇者の生まれた村を焼き払ったのも魔王ではなく王からの依頼で、勇者パーティーに潜り込ませた配下を使って世界各国でスパイ活動を行わせていた。というような話だった。
「僕、ちょっとシナリオで後悔してるところあるんですよ。最後に主人公の探偵が空気になっちゃったなって。途中まであんなに頑張ってたのに、最後は勇者においしいところを持ってかれる感じになっちゃって」
「アハハ、たしかに。でも主人公は個性が出過ぎない方が、プレイヤーは感情しやすいところもあるかもしれないですよ。私はすごく感情移入できましたし!」
発売当時、派手なRPGだと勘違いして買ったユーザーからは、「戦闘がないじゃないか」「レベル上げすらできないのか」といった、お叱りのレビューもまあまあいただいたのだが、一部では独特な切り口だとすごく気に入ってくれたユーザーもいた。その中にアミカさんもいたなんて。そういえば、この前、佐々木さんも同じことを言ってくれていたな……。
目の前で、僕の作ったゲームについて楽しそうに語り続けるアミカさんの笑顔を見ながら、僕は、あの頃の自分が報われたような……ほんの少しだけ、自分の人生を肯定できたような気がした。
お読みいただきありがとうございます!
もし少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや↓の★★★★★での評価をいただけますと、大変励みになります。何卒よろしくお願い致します。○┓




