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第10話:あんこちゃんの憂鬱

 相川ミカさんとの約束の日の前々日。僕は、緊張でろくに仕事も手につかなくなってきた。もちろん仕事はちゃんと進めないといけないので、そういう時は能力「感情吸引(エモーションイーター)」を使っていったん気持ちをリセットし、トイレに行って思い切り鼻をかんだ。


 僕の人生のコンサルタントを自称する牧田環(マキタタマキ)から、「作戦会議を開くぞ」と招集がかかり、僕らはいつもの安居酒屋に集まった。席に着くなり、タマキはメニューも見ずに言った。


「なあ、ミキオ。あんこってさ、ちょっと独りよがりなところあるよな」


「は?あんこ?」


タマキはこのように、何の脈絡もなく、唐突に自分の言いたいことを言い出す癖がある。僕は、黙って話の続きを待った。


「スーパーで売ってる3本入りとかパックの団子あるじゃん。あれの緑のやつ」


「ああ、よもぎの串団子ね」


「そう、あれにさ、あんこ乗っかりすぎなのよ。主役は団子の方なんだからさ、あんなにたっぷりあんこのってなくていいんだよな。おはぎの時はあんなに慎ましくやってるのにさ、団子の時はいきっちゃって、あんこは団子のことを下にみてるんじゃないか?相手によって態度変えるなんて、案外嫌なやつなのかもな、あんこって」


 いつもなら「……そうだな」くらいで済ますところだが、作戦会議でまた無茶なオーダーをされるのではないかと不安に思っていたところだったので、このどうでもいい話題は大歓迎だ。


「いや、あんこは気が小さいだけで、根はいい子だと思うな、僕は。大福の時はちょうどいい塩梅なわけじゃん。大福みたいにちゃんと周りが包み込んであげて、フォローしてあげれば、ちゃんと力を発揮できるんだよ、あんこちゃんは」


「なに勝手にあんこを女の子にして感情移入してんだよ、キモイなミキオは。もう興ざめしたから作戦会議はじめるぞ」


「……そうだな」


「私がデートプランをたててやるよ」


 タマキは、熱いおしぼりで顔を拭きながら言った。


「プランっていっても、レトロゲームカフェに行くだけなんだけど……」


「そのあと食事したりするだろ普通。ちゃんとよさげな店を予約しておかないとさ」


「え、予約とかするの?」


「そうなんだよ。普段は予約なんて必要ない安居酒屋しか行ってないからわかんないんだろ?ちゃんとレディを連れていけるような良い店もストックしておかないと。普通、その年代ならそれくらいあるもんだけどね、そういう所は全然だなミキオは」


「そうかもしれないけど、まるでタマキはそういうの詳しいような口ぶりだな。僕とたいして変わらないんじゃないのか?」


「はあああん?なめんなよ!」


 などと二人で罵りあっていると……


「あれ……三木さん?」


背後から、聞き覚えのある、しかしここにいるはずのない声がした。振り返ると、そこには会社の同僚である麗しのグラフィックデザイナー、佐々木紗季(ササキサキ)さんが立っていた。


「佐々木さん!? どうして、こんなところに……」


「小学校の同級生達とこの店でプチ同窓会をやってて、そろそろ帰るところだったんです」


佐々木さんは少し驚いたように、僕と、僕の向かいに座るタマキを交互に見た。その瞬間、僕はタマキの目が、キラリと鋭く光ったのを見逃さなかった。


(ちょっと不安だ。なにせタマキの恋愛対象は女性だし、そういえば、佐々木さんの清楚で美しい容姿は、タマキの好みにバッチリはまってる気がする)


「ミキオ、どちら様かな?早う紹介してくれなはれや」


タマキは怪しげなスマイルで、わけのわからない口調で催促してくる。


「ああ、会社の同僚の佐々木さんだよ」


「どーもー。私はミキオの幼馴染の牧田タマキっていいます」


「あ、どうもはじめまして。佐々木と申します。三木さんには、いつもお世話になってるんです」


僕は平均以下のプログラマーなので、ハイセンスデザイナーの佐々木さんをお世話してあげられるような事はまずないのだが、僕を気遣ってそんなことを言ってくれる佐々木さんは本当にやさしいな。きっといいお嫁さんになるんだろう。旦那になる男は羨ましすぎてゴッド・ションベン・トランスファーをくらわしてやりたくなるが、ちゃんと幸せにしてあげてほしいと思う。ウンウン


「ミキオ、なにボケっとしてるんだ」


「ああ、ごめんごめん」


「佐々木さん」

 タマキは、満面の笑みで佐々木さんに話しかける。


「まだ時間あるなら、ここで一緒に飲まない?もしよかったらだけど」


「ちょっ、何言ってんだよタマキ。急に迷惑だろ。すみません、気にしないでください佐々木さん」


 僕が慌てて制止するが、佐々木さんは少し驚いた顔をした後、嬉しそうに微笑んだ。


「……いいんですか?もしよければ是非!ちょっと同級生達にバイバイしてきますね」


そう言って、彼女は店の外へ駆け出していった。


「えっ、いいの?……なんでOKしてくれたんだろ。ていうか、いきなりなに言ってんだよタマキ!やめろよほんとそういうの。お前は誰とでも気軽に話せるオープンな性格だろうけどな、僕は一部の人としかまともに話せないクローズな性格なんだよ、知ってるだろ!」


「ああ、うっさいうっさい。彼女がOKしてくれたんだから問題ないだろ。いやー、ミキオの同僚にあんなに可愛い子がいたなんてねー、ふふふふふ」


「タマキ、頼むから変なことすんのやめてくれよ?僕の会社の同僚なんだからな?」


「変なことってなんだよ、失敬な。一緒に楽しくお話するだけだろ、大丈夫だって」


タマキは、そう言って僕の背中をバシッと叩いた。


***


佐々木さんが合流し、しばらくは当たり障りのない会話が続いていたが、しばらくすると、タマキが妙な角度から切り込んできた。


「佐々木さんは、なんでピコピコソフトに入ったの?ミキオなんかが入れる会社なのにさ」


「おいタマキ、失礼だぞ。佐々木さんにも、あと僕にもな、まったく」


(でも、そういえば不思議といえば不思議だな。佐々木さんくらいスキルがあれば、大手のゲーム会社でも十分やっていけそうなものなのに。ゲーム業界では結構ヘッドハンティングの会社が暗躍してて、優秀な人材に優秀な人材を紹介させる芋づる方式で、ヘッドハンティングの対象となるような人材はどんどんリストアップされていく。センスのあるグラフィックデザイナーなんてどこのゲーム会社だってほしいだろうから、声をかけられたことは一度ならずあるだろう)


佐々木さんは、少し頬を赤らめながら、恥ずかしそうに言った。

「あ、あの、それは……三木さんの……」


「えっ?」

 タマキが、素っ頓狂な声を上げた。


「ほえ?」

 僕も、意味がわからず間抜けな声が出てしまった。


「三木さんが昔、ゲームデザインとシナリオを担当した『リビングライフ』ってゲームを大学生の時にプレイして……。それが、すごく、すごく大好きになって……。それで、どうしてもこの会社で働きたいって思って、ピコピコソフトを受けたんです」


(えええええー、知らなかった。佐々木さん、今までそんなこと一言も……そうだったのか……)

 

 僕が驚きと喜びで茫然自失の状態になっていると、タマキが言った。


「『リビングライフ』ね。私も好きだよ、あれ。ミキオの童貞作のね」


「だから処女作って言えよ。やめろよタマキ、佐々木さんの前で下ネタなんて」


すると、佐々木さんは、顔を赤くしながらも、クスクスと笑った。

「おもしろーい。たしかに、三木さんは男性ですもんね!」


(あ、意外と大丈夫だった。すごく真面目なイメージだったから勝手に決めつけてたな。それとも、少し酔ってるんだろうか?)


ちょうどその時、僕の尿意メーターが、いい感じに溜まってきたので、トイレに行くために席を立った。タマキと二人きりにするのは若干心配ではあるけど、ここでむやみにションベン・トランスファーを使うのは人道的によろしくない。


***


「あの、タマキさん、三木さんとは、どういうご関係なんですか?」


 その質問にタマキはニヤリと笑いながら答える。


「……フフ。さっきも言ったとおり、幼馴染だよ、腐れ縁のね。一応いっておくとね、恋愛感情なんて一切ないからね。まあ家族みたいなもんかな。二卵性双生児みたいな?それに私は男より女の子の方が好きだからね。男女関係の話で言ったら、ミキオは恋愛対象じゃなくて競争相手になるわけよね」


「……あ、そ、そうなんですねー」


「フフ、可愛いねー……もしかして好きなの?ミキオのこと」


「えっ?えっ……」


「なんか、私がミキオの彼女なんじゃないかって、心配してたみたいに見えたからさ」


「い、いえ、そ、そんなんじゃなくて、すごく、尊敬してるだけなんです!」


「そうなの?でもたしかに、『リビングライフ』を作った頃のミキオは、結構頑張ってたけどさ。今の、ぼんやりしたおっちゃんになったミキオは、さすがにもう尊敬できないんじゃない?」


「いえ、そんなこと全然ないです!おっちゃんだなんてまだ32歳で私と5歳しか違わないし、三木さんはすごく優しいし、会社のみんなも、実はすごく頼りにしてるんです!」


「えー、そうなの?それは意外だわ」


「三木さん、入社して2年目くらいであのゲームのゲームデザインとシナリオ担当してるんですよ、それって結構な大抜擢で、ゲームデザイナーとしてすごく期待されてたんですよ!私…みんな、また三木さんにはゲームデザインをやって欲しいなって思ってるんです!」


「ふふ、ずいぶんミキオに詳しいんだね」


「えっ、あ、あの、ほとんどはきいた話ですけどね、会社の先輩とかから」


「そうかあ、あのミキオがねー。ミキオの評価を、ちょっとは上げてやらないといけないのかなあ」


「そうですよ!ほんとそうです!」


 二人は、顔を見合わせて、楽しそうに笑い合った。


***


(ふー、出た出た。ションベンは他人にトランスファーするより自分で出した方がやはりいいな、爽快感が格段に違う)

 

 スッキリして席に戻ると、タマキと佐々木さんは、すっかり打ち解けた様子だった。


「へへーん、サキちゃんと連絡先交換しちゃったー。お友達になったんだよ、ねー?」


「はい! ふふふふふ」


「ええっ、いいの?佐々木さん、タマキってすごく変な奴なんだけど、大丈夫かな」


「お前が言うなよミキオ。お前が一番のクレイジーマンだろ」


その後、店を出て佐々木さんを駅まで送り、家に帰ろうとタマキと二人で歩いていると、さっきまで饒舌だったタマキの口数が、明らかに少なくなっていた。


「どうした? タマキ、飲み過ぎたか」


「……ミキオ。マッチングアプリの子と会う日はいつだっけ?」


「今週の日曜だよ、明後日。さっき作戦会議しただろ」


「……………」


「なんだよ、どうしたんだ?」


「……うーん。ミキオの幸せについて考えてる。どのルートが、ミキオにとっての真のハッピーエンドなのか。うーん、悩ましい」


「なんだよ気持ち悪いな、急に」


「気持ち悪いとはなんだバカ!まあいいや!まだ情報不足だから、様子見!明後日のデート、ヘマすんなよ!」


そう言って、タマキは僕の背中をドスンと突き飛ばして帰って行った。

お読みいただきありがとうございます!

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