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第1話:ミキミキオ

「人生はリセットボタンのないゲーム」

 と、誰かが言った。

「ゲームだからこそ真剣に遊ぶべき、だからこそ楽しめるんだ」と。

 

 今までその言葉を信じて、自分なりに真摯に人生をプレイしてきたつもりだったけど、まさかこの世界が本当にゲームだったなんて知らなかった。数々のしょうもないスキルを生成していくうちに、多くの仲間と出会い、まさか現実でギルドマスターをやる事になるなんて、この時はまだ想像もしてなかった――

 


 僕の名前は三木樹生(ミキミキオ)、32歳。中小規模のゲーム会社「ピポピポソフト」勤務のしがないプログラマーだ。

 

 ハッキリ言って、僕はこの「人生」という名の壮大な、そして大概は理不尽なゲームのプレイが致命的にへたくそだ。まさに「Living(リビング) Noob(ヌーブ)」――生ける芋プレイヤー、それが僕の現実だった。これまでも、大事な2択をしょっちゅうミスってきたし、いつだってなけなしのゴールドで暮らしている。

 

 おまけに、「ミキミキオ」という変な名前の初期設定。苗字の「三木」も、名前の「樹生」も珍しくはない。でも繋げちゃダメなのは明白だ。僕は両親に、何故そんな名付けをしたのかと何度となく問い詰めてきた。父は決まって「大樹のようにたくましく生きて欲しくてな」と遠い目をして語り、母は「響きが可愛らしいじゃない?ね~、ミッキー♪」と悪びれもせずに僕の肩を叩くのだった。

 

 そんな僕のささやかな楽しみは、レトロゲーム収集。ファミコン、メガドライブ、PCエンジン……僕の年代はいわゆるプレステ世代だが、それ以前のハード機のゲームも、昔から中古で買ってよくプレイしている。あの時代の名作ゲームには、シンプルなルールと完成されたゲームバランス、そして何よりもクリエイターのアイデンティティのようなものが感じられた気がする。まあ、おそらくは、今の時代のゲームのスケールの大きさに、僕がついていけてないだけなんだろうけど。


 とにかく、僕は芋プレイ連発の現実から逃避するように、週末になると古びたゲームショップのワゴンを漁り、ネットオークションの深淵を覗き込む。それが僕の数少ない趣味であり、僕の回復薬(ポーション)だった。

 

 そんなある日の深夜、いつものようにレトロゲーム専門のネットオークションサイトを徘徊していると、奇妙な商品が目に飛び込んできた。くすんだオレンジ色のプラスチック筐体、2つの小さな液晶画面、そして数個のチープなボタン。その見た目は、1980年代に一世を風靡したゲームウォッチのようだった。

 

 商品名は「能力生成マシン『ドリーム・カム・トール』」

 

 商品説明には、「ボタン操作でキミだけのオリジナル能力をエディットし、ハイスコアを目指そう! ※このゲームは、実際に命を落とす危険性があります。……というのは冗談で、あくまでもジョークとしてお楽しみください」と書かれている。マニア心をくすぐる怪しげな匂いがプンプンするぞ。

 

 レトロゲームマニアとして、今まで数多くのゲームを物色してきたけど、この『ドリーム・カム・トール』というゲームは完全に初見だった。おそらく、どこかの無名メーカーがごく少数だけ作って消えていった幻のB級ゲームとかなのかな。その胡散臭さに妙に心を惹かれて軽い気持ちで入札し、そのままあっさりと落札してしまった。

 

 数日後、安アパートの僕の部屋に、くたびれた段ボール箱が届く。中にはオークションサイトの画像通りのゲーム機が入っていた。ずっしりとした重みはないが、プラスチックの質感は妙にリアルだ。単三電池を2本セットする。すると、ジジッと掠れた電子音と共に、上の液晶画面にドット絵の魔法使い風のキャラクターが浮かび上がり、下の液晶にはレトロなフォントで文字が表示された。

 

【CREATE YOUR ABILITY. WELCOME TO DREAM COME TALL!】


「フムフム、起動画面はそれっぽいじゃないか」

 

 僕は、昔ながらの硬い感触のプラスチック製のボタンを恐る恐る押した。画面には【PLEASE INPUT YOUR HUMAN LEVEL!】と表示される。


 ヒューマンレベル?何だろう?ゲームって普通レベル1から始まるものだが、自分で入力するタイプとは珍しい。とりあえず「1」と入力した。すると、上の画面のじいさんが首をブルブルと横に振る、やけに滑らかなアニメーションと共に【ERROR! YOUR HUMAN LEVEL IS 0.2】と表示された。

 

 レベル0.2だと?わざわざ入力させておいてこの仕打ちとは……。そういえば商品説明に「あくまでもジョーク」とか書いてあったか。

 

 適当にいじっているとオプション設定画面があり、言語設定が可能だったので日本語に設定する。すると、画面上でぼーっとつっ立っていたじいさんが唐突にしゃべりだした。ボイス再生機能のあるハードだったとは。見た目ほど古いものではなかったのかな?


「フォッフォッフォ、ようこそ『ドリーム・カム・トール』へ! この端末はゲーム機本体ではなく、ツールやコントローラーのようなものだと考えてくれたまえ。では早速、まずはどんな能力を生成する?」

 

 言っている意味はよくわからないが、僕は説明書等を読まずにとりあえずやってみるタイプなので、パッと思いつく欲しい能力を入力してみた。


【空を飛ぶ能力】

【透明人間になる能力】

【時を止める能力】

 

 だが、きまってじいさんは高笑いしながらこう返してくる。


「ヒューマンレベル不足!キミはHLV0.2、圧倒的不足じゃ! 夢を見るのは自由じゃがのう! フォッフォッフォ!」

 

 ……こいつ!


「仕方ない、今の君にも習得可能な能力をおすすめしてやろう」

 

 するとそこに映ったのは――


【能力名『ションベン・トランスファー』:尿意を別の人間に移せる能力……必要HLV: 0.1、獲得条件:10LEP消費、1回発動毎に1LEP消費。生成しますか?】

 

 完全に舐めてやがる。


 何がションベン・トランスファーだ、そんな能力で魔王を倒せるか! いやそもそもRPGとかではないのかコレ。けど「あくまでもジョーク」なんだからいいかと思い、とりあえず「YES」のボタンを押してみた。

 

 その瞬間……鼻の奥の方がツーンとして、鼻毛が20本くらいハラハラと床に落ちていった。

 

 (ほえっ????????)

 

「グッドチョイスじゃ! キミは見る目がある! ちなみにLEPというのはLIFE(ライフ) ENERGY(エナジー) POINT(ポイント)の略で、今キミは10LEP消費の代償として鼻毛25本を失った! この能力を発動する度に1LEP消費するから注意するんじゃぞ」


 鼻毛が抜ける?……しょうもない。でも一体どういう原理なんだ? ただのゲームでそんな事が起こり得るわけない。……まさか死神の落とし物とか?いやそれなら鼻毛どころじゃすまないか。

 

 僕は半信半疑の状態のまま、腹が減ってきたので近所のコンビニへ夜食を買いに出かけた。安物のカップ麺を選ぶ僕の膀胱は、先ほど飲んだハイボールのせいで、すでに結構な存在感を主張し始めていた。

 

 ばかばかしいとは思いつつも、僕はションベン・トランスファーという能力を試してみたくなっていた。と言っても能力を発動する相手をどうするか……。などと考えていると、店の外から下品な改造ビッグスクーターの排気音と、女性の困惑した声が聞こえてきた。


「俺、高井丸孝夫(タカイマルタカオ)。略してタカタカ。へへ……付き合ってよおねーさん」

 

 声の主は、見るからに頭のネジが数本緩んでいそうな金髪の男だった。フルネームを名乗りながらナンパするとは珍しい男だな。七色に光る電飾をこれでもかと施したビッグスクーターにふんぞり返り、仕事帰りと思われる若い女性に執拗に声をかけている。女性は明らかに迷惑そうで、小刻みに後ずさりしながら足早に立ち去ろうとしているが、男はスクーターで巧みに進路を塞いで逃がさない構えだ。

 

 僕の心の中で、言語化できない、何ともいえない感情が渦巻いた。それは日頃の鬱憤か、けちな正義感か、それとも未知の能力への純粋な好奇心か。


「試してみるか……」

 

 僕は自分の膀胱に意識を集中し、そこにある尿意(だいたい70%くらい)を、高井丸という男に移すように頭の中で強く念じてみた。


『ションベン・トランスファー!』

 

 その瞬間、今度は後頭部にピリッとした痛みが走り、髪の毛が数本抜け落ちていった。……また毛か。まだ禿げるのは嫌だから、能力の乱発には気を付けないとな。いやこんなしょうもない能力を乱発する状況なんてあるわけないか。

 

 それにしても、脳内とはいえ「ションベン・トランスファー!」なんて叫ぶ日が訪れるなんてな、本当に恥ずかしい。自分の顔がほんのり赤くなっていくのを感じている間に、変化はすぐに起きた。それまでニヤニヤと下品な笑みを浮かべ、女性に絡んでいた男の顔がみるみるうちに青ざめていく。


「あ、あん……? お、なんか……やべっ」

 

 高井丸は股間を押さえて意味不明なうめき声を上げ始めた。その顔は、まるで酸素不足の金魚が陸に打ち上げられたかのようにパクパクと動いている。女性はその隙にさっと身を翻し、一目散に夜の闇へと駆け去っていった。

 

 もはやナンパどころではないだろう。彼は人生で経験したことのないような、突如として内側から襲い来る尿意の激震に、ただただ狼狽えるしかなかった。


「や、やべえ……! これは、ガチ……!」

 

 彼はビッグスクーターのエンジンを、これまでに見せたことのないような俊敏さで、しかし生まれたての子鹿のようにガクガクと震える足取りで始動させると、猛烈な勢いで夜の街へと走り去っていった。その背中からは、尋常ではない切羽詰まったオーラと、ほんの僅かな水滴が飛散していたような気がしたが、それはきっと気のせいだろう。僕は、コンビニの入り口で、その一部始終を呆然と見送っていた。


「……本物だ」

 

 あれは、ただのゲームではなかった。「あくまでもジョーク」でもなかった。興奮と、それから少しの恐怖が、僕の背筋をぞくりとさせた。あのチープなゲーム機は、本当に能力を生み出すマシンだったのだ。


「すごい……すごいけど……本当にしょうもない能力だ」

 

 慌ててアパートに帰り、PCを起動する。購入したオークションサイトの履歴から、『ドリーム・カム・トール』の出品ページにアクセスしようとすると、「エラー:ご指定のページは見つかりませんでした。」と表示される。「ドリーム・カム・トール」でネット検索してみてもヒット件数0でまったく情報が得られない。


 まさか、後から死神が現れたりしないだろうな……こんなしょうもない能力で寿命を取られるとか勘弁なんだけど……。などと考えていると、突然『ドリーム・カム・トール』が通知音を発しながら勝手に起動し、画面から例のじいさんが顔を覗かせる。


「フォッフォッフォッ、グッジョブじゃ! キミはなかなか見込みがあるぞ!」

 

 その後、パパパパッパンパーン♪とファンファーレの音が鳴り響く。


「LEVEL UP! キミはHUMAN LEVEL0.2から0.25にアップしたぞ! よかったのう!」

 

 ……微増だな。

 

 やはり完全に舐められてる気がする。でもまあ、僕の人生なんて大抵こんなもんか。ローリスクローリターン。払った代償なんて毛だけだしな。

 

 僕は、散らかり放題の部屋の床の上で大の字になった。窓の外からは都会の喧騒が遠い潮騒のように聞こえてくる。


 「ああ、しょうもなき我が人生……」

 

 僕の呟きは、誰に聞かれるでもなく、安アパートの天井に吸い込まれていった。

お読みいただきありがとうございます!

もし少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや↓の★★★★★での評価をいただけますと、大変励みになります。何卒よろしくお願い致します。○┓


▼能力ライブラリ

◆『ションベン・トランスファー』……尿意を別の人間に移せる能力

・所有者:三木樹生ミキミキオ

・必要HLV: 0.1

・獲得条件:10LEP消費(鼻毛25本を喪失)

・1回発動毎に1LEP消費(髪の毛5本を喪失)

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