29話 幕間:魔女の恋愛観
サレナ殿と共に崩れて倒れた土杭に腰かけ、魔女と魔神の戦闘を見上げる。
正直、遠すぎてなにをやっているか分からないが、響いて来る衝撃音を聞くに、随分と激しくやり合っているようである。これが地上だったら援護なり、応援なりをするんだろうけれども、空中では手も足も出ない。黒流星なら届くかもだが、あれだけ飛び回られたら照準なんて無理だ。
どちらかが負けて落ちて来る、その機だけは逃さないように見守るしかない。
両者ともに随分と怒っていたから、戦術級魔法を撃ち合って短期決戦かと思っていたんだが……様子を見る限り、対人用魔法でガチにやり合っているようだ。こっちの方がアレだな、女子同士のビンタ合戦を見ているようで怖気が走る。
どうやら長期戦になるっぽいので、やはり魔神オフェリアを防衛局に説明するためのストーリーラインを考えておこうと思う。
しかし、そこではっとなった。魔神オフェリアのことについて何も知らない自分に。
そもそも、魔人から精霊化したこと自体が初めての事例らしいし、そこから虹色の枝を取り込んで魔神化するなんて誰が予想できるのか。
その道の専門家らしい五芒星の魔女であれば嬉々として推測を述べてくれそうであるが、こちとら従者見習いになって一か月も経っていないヒヨッ子である。圧倒的に考察する材料が足りていない。足りていないなら他から持ってくるのが常道である。
「サレナ殿、魔神化について分からないことだらけだとは思いますが、魔女の騎士として何か推測できることはありますか?」
「いえ、流石にさっぱりですね……そもそも魔神とやらもオフェリア様の自己申告ですし。何が起こっているのか分からないというのが正直な感想です。それはディアナ様も同じだと思いますよ。その辺の事情は全て横に置いて、オフェリア様を懐柔して魔女の島へ帰った後に、何が起こったのかを調べて行くつもりだったのだと思います」
「そう……ですよ、ねぇ」
現状が分からなければ、説明も出来なければ誤魔化す事も出来ない。筋の通っていない変な説明文が出来るだけだ。あれだな、PDCAってのを考えた奴は典型的な頭のいい馬鹿だ。なんで先にC(現状確認)を持って来なかったんだろう……なんて無意味な思考が浮かぶ。いつもの現実逃避が始まる予兆を感じて、慌てて首を振った。
しかし、今は見守る事しかできない。ただ黙っているのは座りが悪いので……サレナ殿に話しかけるとしたら、魔女と魔神どちらが勝つかだろうか。
そんな俺の疑問に対し、サレナ殿は心配そうに空を見上げたまま答える。
「正直なところ、ディアナ様の方が圧倒的に分が悪いですね。エレメント階位の魔女は地水火風の魔法を、ある水準以上で使えることが求められますが、各々得意とするものがあります。ディアナ様であれば『地』、オフェリア様であれば『風』です。即ち空中戦では圧倒的にオフェリア様に地の利があるわけで、更に言えば魔法の触媒となる土が空にはありません」
「それは……なんでディアナ殿は空中戦を選んだのですか。負けに行ったようなものでは……」
「分かりませんか? あの方は私たちに、そして防衛局に被害を及ぼさないよう、敢えて空中戦を選んだのです。魔神と化したオフェリア様が暴走して、もし戦略級の魔法を使ったらこの地に住む全ての命は絶えるでしょう。あのように高い空で戦えば被害は少なくて済みます。頭に血が上ったように見えて、あの方は常に私たちの事を考えていらっしゃるのです」
……なるほど、まいった。やはり俺は新参者だ。表面上しかディアナ殿の事を分かっていなかったのだ。親分肌にもほどがあるぜ。
「しかし、それだったらもっと話し合いで解決すればよかったように思いますが……最初から喧嘩腰で、内容も話し合いと言うよりは罵倒し合うような事になったのは何故でしょう?」
そう聞くと、サレナ殿は本気で俺の事を軽蔑しきったような目で見てきた。マジでこいつわかんねーのかよ、とでも言いたげだ。いやいや、そんなに蔑まれる覚えはないぞ。アレか? 長年苦楽を共にした主従じゃないと分からない事があるのだろうか。
「本当に分からないのですか? ディアナ様も厄介な男に惚れたものですね……女は好いた男へコナを掛けられたら激高するんですよ、それこそ今までの友情とか信頼とかを全て消し飛ばすくらいに! 初恋ともなれば、その怒りはマグマの如くでしょう。長くエレメントを務めたディアナ様ですが……やっぱり女、だったんですねぇ」
いやいやまてまて! また理解不能な宇宙語を聞かされた気がするぞ。
そういえば先ほどは聞き流したが、唾つけたとか大四喜とか、エレメント全員に好意を向けられているとか……完全に理外の理だ。彼女たちに好かれる理由が全く思いつかない。
正直、クラウディアに好意を向けられた理由も未だにちゃんと分かっていない。オクタヴィアは……好意というか色々ごちゃごちゃしていて良く分からないが、再び殺し合いをするような運命だけは感じている。更にそこへディアナ殿から好意を向けられているとなると、頭が爆発しそうだ。あぁ、オフェリア殿はその場のノリと勢いっぽいので知らん。
恋愛経験ゼロな俺には、連立偏微分方程式より不可解だ。
そんなかんじで頭の周りに星が飛び始めた俺であるが、多少は不憫に思ったのだろう。サレナ殿が溜息を一つ吐いて、何かを話してくれるようだ。
「しかたないですねぇ。超絶ニブちんのルートさんへ、サレナお姉さんがイイ話をしてあげます。かと言って直接的な話をしては、後でディアナ様に首を絞められそうですので、魔女が好きになるであろう男性像についてのみ話しますね」
「おおー、ありがたや、ありがたや……この恩はいつか絶対に虹色の枝を奉納することでお返ししますので、是非とも! 是が非でも教えて頂きたい!!」
「そんなクソ重たいお礼は要りません! ……まず一つ目ですが、自分と同等かそれ以上に強いこと、権力とかではなく物理的に。これは必須です!」
えぇー、いきなり99.99%以上の男が除外されるような難問が来たな。つーか、それって俺も除外されるのでは? あそこで戦っている魔女と魔神に勝てる気はしないぞ。
「黙って聞きなさい、このヘタレ野郎。アナタは少なくともオクタヴィア様との決闘で引き分けたと聞いていますよ! ……ご存知の通り、魔女は生身で強大な力を持ちます。ヒトなんて簡単に消し飛ばせますし、エレメント階級の魔女ともなれば地形さえ変えることが出来る人間爆弾です。それ故に魔女は自分自身を恐れています。いつか親しい人を殺めてしまうのではないか、愛するヒトさえをも自分の癇癪一つで消し飛ばしてしまうのではないかと。魔女もヒトですから喧嘩することもあるでしょう。喧嘩した勢いで愛するヒトを消し飛ばす……それは悪夢以外の何物でもありません。だから自分を受け止めてくれて、時には制してくれるヒトを探し求める。これはもう本能と言って良いでしょう、理屈ではないんです」
ああ、なるほど……そういえば以前、オクタヴィアが対等な雄をずっと探し求めていたとか言っていたな。それは自らへの恐怖から来ていたのか。エミリア殿も、俺がエレメントに打ち勝った初めて男とか言っていたような気がするし……そういった点で、俺は条件に当てはまる希少な存在というワケか。
「……ようやく一つ理解できました」
「理解が早くて助かります。二つ目ですが、性格が破綻していないこと! 当たり前ですが、頭のおかしな人に惚れる理由はありません。ですが、一つ目の条件にある強い人っておかしなヒトに成りがちなんですよねー……それなりに魔女の方々を見て来た私ですが、力こそ正義、なぜ脆弱なる人間に媚びねばならんのだー! って、ヒトが多いです。特に力に目覚めたての見習いはそんなのばっかです。歴史に残る魔女には、少年少女の生き血を浴びることで魔力を高めるって妄執に取り付かれたイカれたヒトも居たらしく、私たちと対立する組織の中にはそんな系譜の……って、コレは余計な話でしたね。男の人にも権力を握った途端に豹変するヒトがいるでしょう?」
「まあ、そうですね……権力に酔うヒトはいますね」
「そんな勘違いヤローに惚れる女はいません。その点、ルートさんは自律し過ぎている気がしますが、どんなに力を持っても性格破綻者にはなり得ないって事で合格です!」
んーむ、当たり前か……千を超える仲間の死を看取って来た者として、増長なんてありえない。それが出来たら怪物だろう。そういった意味では納得できるか? よく分からないが、性格云々は自分が決める事ではない気がする。魔女が俺を問題ないというなら、そうなのだろうと思うしかない。
「では次です。これは嗜好もあると思いますが、全体傾向としては間違いなくあります。自分の外見年齢と近しいこと! 魔女の社会的地位が高いのは周知の事実ですが、それだけに話し相手はお年を召された方が多く、その内容は、まあ、かなり生臭いモノがほとんどでして……それを数十年続ける事を想像してみてください。加齢臭が漂う密室で、時には嫌らしい視線も浴びたでしょう……その年代の方々全てが無理ってなりません?」
無理って……なるかも。もし俺が逆の立場で、濃い化粧の匂いが漂う中でセクハラされながら高度な政治的な話をされたら……その年代のヒトがまとめて嫌いになりそうだ。そういえば、防衛局に来てからディアナ殿も局長と会食続きでげんなりしていた。頭を撫でてやるべきだったのかもしれないな……って、流石にそれは駄目か、不敬すぎる。
「いえいえ、そういうちょっとした共感と心遣いが女の子を癒してくれるんです! 話がズレましたが、愛する人とは出来るだけ長く時間を過ごしたいのですよ。いつか魔女を卒業した暁には、いっぱい愛を交わして子を産み育て、老いて死ぬ時さえも一緒でいたいのです! それには片方が歳を取っていたら成立しませんから。年齢差は……まあ目を瞑る方向で。例え自分が、本当は百歳越えであっても肉体年齢が若ければ問題ないと考えていますよ、あの方々は。その時に備えて涙ぐましい努力を続けていて、実際にルートさんもオフェリア様の裸には十分欲情できたようですし? この世にはロリバ」
その時一陣の風が吹いて、サレナ殿の頭の両脇を何かがかすめた。三つ編み輪っかにしていた髪がバラリとほどけてストレートになる。それを成したモノが飛んできた方向を見やると……遠くに在って見えない筈の魔女と魔神の眼光が見えた気がする。
再び隣のサレナ殿を見やると、ガタガタ震えて自分の両手で口を押えていた。そして、そのままゆっくりと土下座の態勢に移行する。
それを確認したのか、魔女と魔神は争いを再開したようだ。また、強烈な音が響いて来るようになったが、サレナ殿は土下座の態勢から元には戻ろうとはしなかった。
ンッ、んー……まぁ、あれだ……年齢の事は深く考えない事にしよう。
愛は年齢差を超えるってよく言われているし? 俺がクラウディアを好きになったのは気高き内面の割合が大きいし?
しかしまいったな。話の途中だってのにサレナ殿がこの調子では続きを聞くのは無理だろう。
魔女の恋愛観?は多少掴めたが……好きなのはクラウディアだと宣言している俺を、オクタヴィアはともかく、ディアナ殿が選ぶ理由は全く分からない。ここから先は自分で考えろという事だろうか。そういえば葛城姉妹とも事もいつかは決着をつけなければ……胃が段々と痛くなってきたぜ。
とりあえず、全ては横に置いて未来の自分に任せよう。今は魔女と魔神の戦いを見守るのが先決だ! 決して現実逃避では、ない……。




