26話 前夜
あの酷い宴から一週間、まだ精霊――オフェリア殿は現れないでいた。月の形はほぼ半月となり、ようやく魔獣が出て来る数も減って森の伐採作業が再開されている。
そんな中、ディアナ殿は魔獣から防衛局を守る聖女――『串刺しの聖女』として崇め奉られていた。
いや、自分で何を言っているのか分からないが本当なのだ。やっている事は俺と同じかそれ以上に凄惨なのに、何故か尊敬されている。もしかしたら……外見か?
俺が風采の上がらない平々凡々とした男なら、彼女は気高き乙女だ。
意思の強そうな瞳に、女子にしては太い眉毛。しかし、形のよいすっきりとした鼻に、いつも余裕の笑みを湛えている唇が顔全体の調和を整え、凛とした佇まいと合い余って出来る女の顔になっている。特徴的なのはそのピンクブロンドの髪だろう。解いたら何処までの長さになるかは分からないが、結ってアップにしているそれは花のようだ。うなじが常に見えているのは、俺的に高ポイントだったりする。あと、体形は豪奢なローブに覆われていて分からないが、魔女の島での宴で見た下着姿は、まぁ凄かった。性格も親分肌で、偉いさんのわりには気さくで話しやすいし、それでいてちゃんと締めるところは締めてくれる。
うーん、なるほど。これは人気が出ない方がおかしいか?
いやしかし、戦場へ出るたび、あのはっちゃけぶりを見せているんだぞ。アレを見て引かないどころか、更に寄って行くってのはどういう理屈なんだ? ……世界は謎に包まれている。
「そうですか? 完璧超人じゃなくて、変な所もあった方が親しみやすいですよ。少なくとも私はそれで救われています。変な劣等感を抱かずに済みますし……操縦できるってのが良いですね!」
「ほほぅ。毎回アレの犠牲になっている俺によくそんな事が言えますね。吾輩の趣味じゃないって言って、免除されている貴女が羨ましいですよ。部隊長もそれで放免されたし」
「あははー、趣味じゃないなら仕方ないですよね、嗜好は人それぞれって事で。大丈夫! 貴方の貢献はしっかり報告しますから。毎回楽しくって、私も変な趣味に目覚めちゃいそうですよ」
「勘弁してください……それでディアナ殿を独占しているって、変な言いがかりを掛けてくるヤツも居て困っているのに、ブレーキ役の貴女もそっち側に回ったら収拾がつかなくなる」
現在、俺達は食堂の片隅で休憩を取っていた。
午前午後と、魔獣から伐採隊を守る護衛隊の真似事をして、彼らの伐採ノルマが終わったので同じく砦の中に引っ込んだ。ディアナ殿が護ってくれるという安心感もあって作業は早く終わり、現在の時刻は16時頃だ。
防衛局砦に来てから休暇らしい休暇もなく働き詰めで、今からは自由時間を取っていいことになっており、こうしてお茶を飲みつつ、世間話に興じているところだ。このまま時間が経ったら一緒に夕食をとる予定である。
因みに俺達が話の肴にしているディアナ殿は、別テーブルで防衛局員の表敬を受けている。
今日も魔法で守って頂きありがとうございます的なことを熱心に話す隊員に、ディアナ殿もまんざらでもない表情で応対している。俺としては戦闘時と今の落差で風邪を引きそうなんだが……まあ、美人と話すだけで癒されるってヤツは一定数量は居ると理解している。
先ほどから入れ代わり立ち代わりの表敬を受けて休む暇もないってのに、ディアナ殿は嫌な顔一つせず……あれが人気の理由の一つなのかも。
おー、勢い余って、お付き合いを申し込んだヤツもいるが……仲間にぼこぼこにされているな。ディアナ殿にもきっぱり断られて意気消沈と思いきや、随分とすっきりした顔になっている。そうか、悔いは残したくないもんな。
しかし、変われば変わるもんだ。
俺達が来て二週間も経っていないのに、始めの頃にあった絶望的な雰囲気が、今は仲間同士で笑えるまでになっている。これが魔女の――ディアナ殿の力なのか……。
「何を言っているんです。ディアナ様が表としたら、貴方は裏で活躍する立役者じゃないですか。用事が終わったら私たちは去ってしまいますが、貴方が残したレポートは残ります。それはこれからもずっと多くのヒトを救うかもしれないんですよ?」
「はは、ありがとうございます。しかしアレがどうなるか……廃棄されたとしても不思議ではありません」
何せクロモリ防衛局では幾度となく却下されたものだ。今回、デモンストレーションを見せたから、その有用性は確認できたと思うんだけど、嫌われ者の俺が作った書類なんてまともに見て貰えるか怪しいものである。目に通したとしても部隊運用に適用できるかは別だし? 重ね重ねもあのときカズラが出てきたことが悔やまれる。
「どうもアナタは自己肯定感が薄いですねぇ。私より年下なのに化け物みたいな戦闘技能を持っていて、実際に多くの人達を救っている。私からしたら偉人ですよ? 今もディアナ様の隣に立っていてもおかしくないのに……見てくれも悪くないですし、実際に話すと面白い人だってことはすぐに分かります。うーん、そのいつも漂わせている悲壮感が駄目な気がします!」
「っ!? ……ま、まぁ、上司に飯食ってるときだけは普通だとか言われたことはありますが。そんなに俺っていつも辛気臭い顔をしてますか?」
「そうですよー。今時は悲壮感を漂わせた男の子なんて、美少年でもただの陰キャですから。もっと明るく元気にいかないと! 何でこんな男の子にクラウディア様もオクタヴィア様も惹かれたんだか」
心無きサレナ殿の言葉が、硝子の心臓にクリティカルヒット! こいつはちめいしょうだ。
「なーんて嘘ですよ、冗談。こうして話していると普通の年下の男の子なんですし、あの御二方が惚れる理由も良く分かります。もしかしたらディアナ様だって……」
「下手な慰めはいいですよ。それと何でもかんでも恋愛話に結び付けるのは止めてください。俺はクラウディア一筋で、オクタヴィアには手を焼いているってのに……噂だけでもディアナ殿が加わったら体がもちません」
「えー、そこへ更にオフェリア様が加わったら大四喜のダブル役満ですよ! 私は狙えると思うんですが」
ダイスーシー? なんだそれ、彼女の故郷の風習かなんかだろうか。サレナ殿もディアナ殿とは別方向の美人なんだけど、髪型が独特で――両サイドに団子があって、そこから三つ編みを垂らして輪っかにしているのは彼女だけだったのだ。そこから推測したわけだけど……まあどうでもいいか。どうせ二股野郎とかジゴロだとかの隠語に決まっている。
俺にそんな甲斐性は無いと言い続けているのに何なのだろうな。もしやこれは『エレメンタルキャリバー』の呪いか? ――あの変態殿にはいつか借りを返さないと(怒)。
「おーい、二人で何をこそこそと話しているんだ、吾輩も混ぜてくれよ!」
「ああ、ディアナ殿、もう用はお済ですか?」
「もう食事の時間だし、解散してもらったよ。局長殿と二人で食事をするのも飽きて来たから、今日は存分に親交を取り戻したい!」
「親交は毎日十分に交わしているじゃないですか。あっ、今日は流石にだめですよ。ルートさんもお疲れのようですし、そろそろ私もゆっくり寝たいので」
「なんだ、だらしがないぞぅ! 今日は日頃のお礼に吾輩たちがビキニ姿で君を接待するって考えていたんだが」
ぶふっ……じょ、冗談じゃない! そんなんバレたらクラウディアに殺されるっての。俺達の会話に耳を立てていた周りの連中からは、早くも本気の殺意が立ち込めてきているし……。
わざとか、わざとなのか? そんなに俺をいじりたいのなら、こっちにだって考えがあるぞ。今日以降の筋肉祭りは縞々の囚人服水着で行う!
「それは世界の損失だからやめて欲しい。なんなら土下座するし、吾輩の●●もつけるから。初めてだから優しくしてね♪」
「どうあっても俺をからかいたいようですね……!」
「……やっぱり行ける気がするんですけど、大四喜」
そんな感じでオフェリア殿が襲撃してくる前夜は平穏に過ぎて行った。
楽しかったことは……否定できないかな。まいったもんだ、俺は単なる戦闘バカの殺戮者――死神だってのに。




