25話 第三席
エレメント階位にある魔女は人間兵器である。
初級の魔女であっても歩く火薬庫みたいな存在で、それが四精霊の魔女ともなると戦術級――防衛局の砦くらいなら一発で壊滅させてあり余るような魔法を行使する。
それだけに課せられた責任は重く、また地位も高い。
例えば防衛局の局長は軍隊で言う佐官待遇だ。大中少のどれにあたるかは魔獣の森の規模によるらしく、クロモリやアケノモリの防衛局長は中佐扱いなんだとか。
そして、四精霊の魔女はその上の将官扱いだったりする。主席が中将扱いで次席以降は少将扱いなんだと、だから私はとても偉いんだと、宴の席でクラウディアが胸を反らして言っていた。
どおりで局長がいつも敬語なワケである。文字通り格が違うのだから。見た目は十代半ばの少女に五十路を超えたおっちゃんが敬語を使うのは滑稽だが、実は格も年齢も上ってのは脳がバグる。(年齢は推測でしかないが。あっ、なにをする貴様ー)
外見はともかく、一発で戦局を変える魔法を自らの意思で行使するのだから地位が高くて当然だとは思う。
正面からだったら一個連隊を相手に一方的に殲滅できるし、旅団規模だって手玉に取れる。それに、どうやらクラウディアとオクタヴィアは戦術級魔法より上の『戦略級魔法』を使えるようなので、師団を相手にしてもいけるのでは? もう人間兵器というより、人間災害と言った方が良いのかもしれない。
そんな存在が野放しには出来ないから、地位という名の責任をもって縛るわけだ。更には騎士、従者という名の監査官を側に置くことで、暴走した時には抹殺されるという定めにある。
これが四精霊階位の魔女を端的に表したものである。そしてその騎士、従者も大変に責任がある立場なのだ、本当に。
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しかし、砦の上から魔獣を相手に暴れているディアナ殿やサレナ殿を眺めていると、とてもそんな責任ある立場にあるとは思えないなァ。
特にディアナ殿は。いつもの凛とした佇まいは何処に行ったのかと思える暴れっぶりだ。どうやら普段は猫を何重にも被っていて、あれが本来の姿なのかも。筋肉祭りの時より活き活きとしている気がする。
「ぬぅっあっはァー、死にたい奴からかかって来たまえ! ぶっ殺してやる、この■■の●●め、吾輩の●●で■■の××にしてやろうじゃないか、あー!? ●●の××で昇天させてやるぞ、この▲▲▲の■■■がぁ!! おふっ、あー、くそ、いったいじゃないか、×××め! だから魔法は嫌なんだっ、この恨みは貴様らにぶつけてやるぅッ!! 死ね、このクソ●●の▲▲▲っ、■■■で、●してやる! ああん、こうなったらやっちゃう? やっちゃうか! 第三席がエレメント、地のディアナが放つは煉獄からの誘い……!!」
「だーめーでーすぅ! 戦術級魔法は絶対にやめてくださいっ、私の査定にも響くんですからぁ!」
目の先には高笑いを上げながら、魔法を存分に使って暴れているディアナ殿がいる。
時たま浸食の激痛に手を止めるも、その痛みへの怒りを魔獣にぶつけているらしい。絶対に聞いてはいけない用語も使って暴れる様は俺以上の狂戦士に見える。
サレナ殿はディアナ殿の後について涙目になりながら主人を追っているが……んー、倒れないか心配だ。
森から出て来た魔獣、ゲキドやアギトが地面から無数に生えた土の杭で串刺しになっている様はモズの早贄――いや、針地獄だ。魔獣の断末魔と血煙漂う戦場は、俺が昨日作り出した状況よりも数段上の凄惨さで、一緒に眺めている防衛隊員なんて手で口を抑えて必死に嘔吐を堪えている。
更には山津波っぽいものを作り、それに乗って哄笑しながら魔獣を蹂躙する姿は……控えめに言って鬼だな。その鬼の腰に捕まって泣いているサレナ殿が哀れでならない。あれでまだ全然本気じゃないんだよな、クラウディア達がよく纏う攻防一体魔法を使っていないんだから。
しかし、うーん、とても凄くひどい。
オフェリア殿が確か第四席で、その上がコレ。更に主席と次席もアレとなると……俺が彼女の立場だったら胃潰瘍になっていたかも。普段は指揮官としての能力が高いってのが余計に性質が悪いな。本来は猫みたいに奔放な性格だったのが、同僚がコレだから自分を押し込めて頑張っていたんだろう。上官殿とオフェリア殿が重なって見えるぜ。
「なあ、ルートと言ったか? あれ、止めなくていいのか」
「なんでですか? 貴方達の敵を減らしてくれているんですよ。それにあの土針の山は第二の防壁が出来たようなものでしょうし、喜んで然るべきだと思いますが。アレでも上司なんで俺には止めようもないですし、巻き込まれたくもないですし?」
「そうか……しかし、うーん……はぁ」
もう顔なじみと言って良いだろう、防衛部隊長が辛気臭い顔で言ってくるが、そう言い返す。
防衛局長への説明から1日経ってお月様はまだ真ん丸で、森から出てきている魔獣もそれなりの数がいるのだが、ディアナ殿の魔法でどんどん数を減らしていっている。そりゃあ、地獄絵図だが防衛局員が死ぬよりは随分といい状況じゃなかろうか。
『君ばっかり暴れるのは駄目だ、オフェリアを元に戻す目途が付いたのだから吾輩も参戦する。教育とは違う実戦で吾輩の実力を、そして更に効率良い魔獣の掃討の仕方を見せる』……と言われ、砦の上で待機を命じられて見学していたのだが、なんの参考にもならない。
ただ、あのヒトがうっぷん晴らしに暴れたいだけなんじゃないかな。
もしかして俺の所為なのだろうか? 俺が彼女のストレスを溜めたから、あんなにはっちゃけているとか……否定できないな。少なくともストレスの一因になっている自覚はある。
次からはもうちょっと頭を使って暴れることにしよう。いや、精霊殿と相対するまでに『十二神将・顎』を完成させる必要があるから、実戦に出ないという選択肢がないのだ。
「いたいっ、痛いじゃないか! くっそー……やっぱり、ここは史跡を造るしかないか!? ちょうど更地になった場所もあるしー? やるっきゃないでしょここは! 須弥山、作っちゃうぞー!! 薬、薬はどこいった?」
「やーめーてーッ、後でルートさんに裸になってもらいますから! フンドシでもブーメランパンツでも履いてもらって、エロいポーズをしてもらいますから、ここは抑えてくださいよぅ!」
「……本当かそれは。よし、すぐさま引き上げよう。帰って勝利の宴といこうじゃないか!」
あんにゃろ、何を勝手にヒトを生贄にしとんじゃい! 俺がブーメランパンツなら、アンタはビキニアーマーで踊ってもらうからな!
あっ、逃げんじゃないぞ、部隊長。こうなったらアンタも生贄になれ。部下を死なせるよりは随分と安い代償だろう? お、ちょうどいい所に、伐採隊と護衛隊の部隊長もいるじゃないか。アンタ達も逃がさないよ!
……早く来てくれオフェリア殿。別の意味でアケノモリ防衛局が崩壊しかねないぜ。