23話 精霊
悪態を吐いていてもしょうがない。
精霊と化したオフェリア殿を助けるか、それとも殺すか……決めねばならない。ただ、俺を戦術級魔法による蒸発からをも救ってくれた虹色の欠片だ。あの脈動する肉塊――恐らくは『核』に埋め込んで戻るか試して、駄目だったら抹殺する。端から諦めるより、それくらいはやってもいいような気がしている。
問題はその許可を取るべき上司もキーアイテムも砦の上に在って、手が届かないって事だが……ディアナ殿が降りて来るまでは時間稼ぎと行きますか。
件の精霊殿は……俺を追って地上に降りてきており、なにやら額の汗を拭う仕草をしている。
実体がなくて汗なんて出ていないのに癖なのかな? 心ばかり霊体が薄くなったような気がして、あれだけの破壊魔法を行使したのだから消耗したのだろう。元が人間だと知らなかったら変なヤツだと呆れていたかもしれない。しかし、こんなに愛嬌があるヒトだとは知らなかったな、聞いていたのとは大分違うじゃないか。
実態を失った所為なのか、元からそういう気性なのか分からないが……いや、黒木刀に惹かれているのか? なんにしても手の届く場所に居てくれて助かる。
俺が黒木刀を握って戦意を向けると、精霊殿はヤレヤレといった感じで手を肩まで上げて首を振る。まだ実力差が分からないのかと、お前なんかその気になったら消し飛ばせるんだとでも言いたげだ。
面倒臭そうに俺へと手を向けて、先ほどのようにエメラルド色の煌めきを高めようとして……霧散させた。同時にその場から3mほど飛び退く。
ふむ。どうやら、その危機察知能力は実体が在る頃と変わらぬようだ。
放つのに三秒以上の溜めを必要とする戦術級魔法、それを剣の間合いで放とうとするなんて殺してくださいと言っているようなものだ。放つまでの間、俺であれば少なくとも九回は『核』を切り刻める。さっきは砦を巻き込みかねないから避けたが……おっと、今から逃げようとしても無駄だよ? この距離だったら、その瞬間『真一文字』でバッサリ行くから、試してみる?
どうやら俺の思惑は伝わったようだ。『何なのコイツ―!』とでも言いたげにプルプル震えている。カワイイ。
まったく……こんな面白いヒトが先ほどの大規模破壊を行ったとは思えない。しかし、精霊殿の放った大竜巻の影響は未だあって、今も上からぼたぼたと巻き上げられた木々や石、魔獣の破片が落ちてきている。
さて、こんな大規模破壊が出来る精霊殿を野放しにはできないな。懲らしめてやらなければ。
どうせ、虹色の欠片を埋め込むには少し切らないといけませんし? 虹色の欠片を埋め込んだら再生するだろうし? ほら、コワくない怖くないよー……ちょっとぴり真っ二つにするだけデスからねぇ。
そんな俺の邪悪な思念が伝わったのか精霊殿は全身を波打たせた。そして、猫のように『しゃー』と威嚇して来る。更には周囲に八つの小さな竜巻――つむじ風を出現させた。
ああ、やっぱりそう来るよな。
エレメント階位の魔女、風のオフェリアと呼ばれていたらしい貴方が纏うドレスは風に関するものに違いないと思っていた。正直、コレの対応に一番頭を悩ませていたんだよ、なにせ風って目に見えないから。だから、それを纏える貴方は、実はエレメントで最強じゃないかと目していた。少なくとも対人戦においては。
しかし、そうか……風って砂埃やその辺に散ってる葉っぱも巻き込むし、渦が凄ければ光もそのまま透過せずに屈折して見えるんだな。だったら対応はできる。
巻き込まれたら全身を切り刻まれて失血死するだろう、つむじ風。それを次々に放ってくる精霊殿であるが、その中心で光っている魔力の塊?をつむじ風ごと黒木刀で切り裂けば……霧散した。
いやその『うそーん』て仕草は、気が削がれるからやめて欲しい。
そりゃあ普通の武器だったら核に届く前に折れているかもだが、俺の持っている黒木刀は丈夫が取り柄だし魔法も吸収するもので。卑怯とか言いなさるなよ、戦場ではなんでもアリなんだから。それに、通常は激痛を伴う魔法を無尽蔵に使えるっていう、そっちも大概卑怯なんだからな?
お、なんだ? 『あったまきた、本気で勝負してやる』ってか? 上等だ、こんにゃろ。俺だって夜食を邪魔されて腹が立ってんだかんな!
そこから先はまあ、じゃれ合いが始まった。
いや、当たったら死ぬって事には違いないんだけれど、相手の勘所を探る猫パンチ的なものばっかりだった。つむじ風に炎とか、水とか、土とか混ぜてもなぁ……そりゃ当たれば強力だけど、黒木刀で魔法の核を砕いてしまえば霧散するもん。なんか、俺を殺したいと言うよりは、今まで自由に使えなかった魔法を自在に操ってストレスを発散させたいって意図を感じた。
だから俺も精霊殿に付き合った。正直……楽しかったのかも。だって殺し抜きで真剣に戦うってこれまでになかったし、これまで互角に長時間戦えたヤツは居なかったから。いや、オクタヴィアとのアレは試合と言いつつ本気の殺し合いだったからなぁ。
しかし、楽しい時間はすぐに過ぎ去ってしまう。
なんだか魔法を使い続けるうちに精霊殿の霊体が更に薄くなって点滅しだしたのだ。これに対して『しまったー』って、大げさな仕草をして空に大きく飛び退いた。
「あ、コラ、テメェ、逃げんじゃねぇぞ! あん? 戦略的撤退、力をためてリベンジに来るって? 阿保か、それを世間じゃ逃げるってんだよ、ばーかばーか! あいてっ、なんだこりゃ……決闘状の代わりの水晶? それを持ってる限り、死ぬまで追い続けるって? そりゃこっちのセリフだ、地の果てまで追い詰めて更生させてやっからな! あー、くそっ、逃げ足だけは馬鹿早いな……」
風の精霊――クラウディア殿はそのまま森の方へ飛んで行ってしまった。遊びに飽きて帰っていく野良猫の如く。
そういえば喋ってないのに、何で意思疎通が出来ていたんだ……ああ、黒木刀が仲介してくれたのか、ドラゴンと同じ要領で。いや、とんだ便利アイテムだよな、お前って。神魔刀形態より、こっちの方が重要な能力なんじゃないか?
「おーい、そろそろ吾輩たちにも気づいて貰いたいんだけどね?」
「びっくりですよー、エレメントのドレスと普通にやり合えるなんて、ホントにヒトですか?」
そんな声に振り返ると、ディアナ殿とサレナ殿が……あー、精霊殿とやり合うのに夢中になって存在を忘れていた。というか、結構時間を稼いだよな俺。
「二人ともこっちに来ていたんだったら教えてくれたらよかったのに」
「無理無理無理無理! あんな戦い、私が割って入れるわけないじゃないですか!」
「吾輩も機を伺っていたのだが、正直、隙が無かったな。均衡が崩れたらどちらかが死ぬ、そう思えたよ。そしてそれは吾輩たちが望むことではない。だが……戦いを見ていて思う所もあった。君、ここへ来た目的、忘れていないかね?」
それは当然! ……なんて言えないわな。精霊化したオフェリア殿と戦うのが面白くて、遊び惚けたんだから。正直、『真一文字』で一刀両断は難しくても傷をつけることは可能で、もしもこの手に虹色の欠片があったら、さっきの戦闘でケリがついてたかも?
いやいや、そんなたらればの話をディアナ殿はしているんじゃないな。恐らくは俺達が命を懸けて遊んでいたのを見抜いているんだコレ! まっずいなぁ……。
「えーと、その……ディアナ殿、怒ってます?」
「ああ、とても凄く、ね! 説教だけで済まそうとしていた吾輩が愚かだったよ。君はずいぶんと奔放で、おいたが過ぎる。ここらで一つ、教育的指導といこうじゃないか!」
そこから先は語らずとも良いだろう。
貴重な薬さえも使って、実戦的教育的指導は朝方の日が昇るまで続けられた。本気になったエレメントはやっぱり怖いって事を存分に教えられたな。よほど頭に来ていたんだろう。
しかも、それが終わったら防衛局へ何があったか説明しなければいけない。勿論、魔女の魔人化は伏せた上での説明だ。体力を使い果たした上に、知力も気力も底を尽いているのに……こんなの魔獣と夜通し戦った方がマシだぜ!
せっかく魔女の従者見習いになったのに、防衛局時代を懐かしむなんて……いや、最近よくあるか。隣の芝生は青く見えるってことなのかな。




