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エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第三章 アケノモリ
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22話 末路


 今日の戦闘報告書と戦術レポートを書いていたら結構な時間が過ぎていた。食事を摂るのも忘れて書くことに没頭していたからか、割といい時間だ。


 久々に戦闘以外の事で頭を使って普段にはない疲労感がある。腹は減っているが……なんだか夜食を頂きたいというよりは外の空気を吸いたい気分だ。今日は昼間に魔獣を殺しまくったから援護要請は来ないだろう。静かに夜の散歩としゃれこもうじゃないか。


 部屋を出て長い回廊を歩んでいると、まばらに人影がある。その全てが俺と目線を合わせようとせずに、大きく道を避けて歩く。通り過ぎた後はヒソヒソ声が聞こえて来るが……どうせ悪口だろうなぁ。嫌われるのは慣れたからいいけれど、せめて表面上だけでも普通に接してもらいたい――と、思うのは贅沢か。


 しばらく回廊を歩き、外に出る扉を開いて、外壁の上へと続く階段を昇って行くと綺麗な月が見えた。


 もう、ほとんど満月と言って良いだろう。こんなにも月が綺麗なら……魔獣を産み落としたくもなるか。失った魔獣を補填するため、必死に魔獣を生み出しているドラゴンを想像すると少し笑える。いや、防衛局員にとっては全然笑い事ではないが、アイツラらの事情の一端を知る者としては、な。


 諸行無常、是生滅法、生滅滅己、寂滅為楽……か。


 これは俺達に戦闘技術を教え込んだ教官の一人が、事ある毎に口ずさんでいた何処かの宗教用語で、簡単に言えばこの世の流転を顕したモノのようだ。その教官の口癖が移って、いつの間にか覚えていたこの四句を口にすると変な感傷が心の裡から顔を出す。


 ヒトも魔獣も同じ命であることに変わりはなく、同じ命だからこそ争うのか。この美しい世界に何故こんな地獄を作る必要があったのか……カミサマという存在があるなら、神魔刀を突きつけて聞き出してやりたい。なんでこんな殺戮者を造ったんだってことを聞きたいし、ああ、それよりも父親という存在に会うのが何よりも先だな。俺をこんな苦界に堕とした理由を絶対に問い詰めなければ。それを聞かずに死ねるものかよ。


 綺麗な月を眺めていると、そんな想いが生まれては消えて浮かんでは沈んで……まるで哲学者か詩人にでもなった気分だ。


 ――はっ、殺戮者風情が馬鹿らしい。


 どうやら普段使わない脳の回路を使った所為で頭が茹っていたらしい。泡沫の如く湧いて出ていた思考も、月を眺めている内にいつの間にか収まっていた。


 慣れない事はするもんじゃないな。夜食を頂いたら寝てしまおう。大体、魔獣の掃討に報告書の作成と、主目的じゃない仕事に労力を割き過ぎなんだ。明日に備えて休むのも仕事のウチっと……ん、なんだありゃ?


 森の方からゆらゆらふわふらと……いや、結構な速さで何かが飛んで来る。


 いままで飛ぶ魔獣なんていなかったから野生の鳥か? それしては大きく、透き通っている、だと……? 霧はあんなに早く移動しないだろうし、輪郭もはっきりしていて……え、マジでなんだありゃ。


 そこはかとなく恐怖を感じたので、黒木刀を握って何があっても問題ないように身構える。が、そんな俺をあざ笑うかのようにそれは通り過ぎ……Uターンして戻って俺の目の前で停止する。


 本当に何なのだろう。輪郭は髪の長い女性で透き通っており、その中心には得体の知れない丸く脈動する臓器っぽいものがある。


 えーと、俺、幽霊とかそういったモノは専門外なんだけど……知り合いにもこんな幽霊じみたヤツは居たことが無いし。もしかして、俺が殺した魔獣の恨みとか残留思念が集まって形になったモノ、とか? ……いや、まいったなぁ。とりあえずは『核』っぽいモノがあるから斬っとくか? こんな未知の化け物にどれだけ通じるか分からないが……こんなんだったら黒木刀に余力を残しておくべきだったな。昼間の戦闘でエネルギーは使いきっちゃったっぽいから、新たに魔獣を殺すか魔法を受けないと神魔刀の形態になれないのだ。


 そんな俺の逡巡を読み取ったのか、幽霊?は嘲るようにその体をピカピカと光らせた。


 何やらファイティングポーズっぽく、拳も突き出して……いや、なんかそう人間っぽく凄まれると逆にやる気が削がれるな。知性があるなら、無駄に戦うは元防衛局員のすることではない。俺達の敵はあくまで知性無く襲ってくる魔獣なのだから。


 だが、その幽霊に俺の事情は関係ないようで、両手を上げたり、キレのいいシャドーボクシングや、ハイキックなどを見せて更に威嚇してくる。んー? なんかどっかで見たような……しかし、ホントに幽霊には知り合いが居ないんだが。戦えってんなら相手になるけど気が進まないなぁ。


 仕方なく俺も黒木刀を前に出すと、何やら幽霊の様子が変わった。


 じっと俺が握る黒木刀に注目しているようで……ゆっくりと黒木刀を動かすと、それに合わせて顔に当たる部分が追随する。大きく振ると、まるで猫が猫じゃらしを振られたように首を動かす様はなんだか凄く面白い。


 そう言えばヨグの村で軟禁状態にあったとき、社に紛れ込んできた野良猫には随分と無聊の慰めになってもらったが、アイツ元気にしているかなぁ……。



「ちょっ、何をしているんだルート君! その化け物は一体……!?」

「あっ、これはディアナ殿、サレナ殿も……いや何か変なのに絡まれまして、困っていたところです。貴女方も夜の散歩ですか?」

「困ってって、その割には落ち着いていますねェ!? ゆーれいじゃないですかソレッ、うそでしょ私には霊感なんて無いハズですが!?」


 

 件の幽霊?は、本当の猫みたいに俺の振る黒木刀にじゃれついている。ジャンプして両手で掴もうとしたり、ミドルキックで蹴とばそうとしたりと大はしゃぎだ。なんか得体の知れないヤツに黒木刀を触れさせるのもイヤなので当たる寸前で避けているが、それがどうも幽霊のツボらしい。本当に猫を相手しているみたいで……マヂで何なんだろうなコイツ。



「よくもそんな得体の知れないヤツを相手に平然としていられるね……って待ってくれよ、その輪郭は……おい、まさかっ、オフェリアなのか!?」



 え、突然ナニを言っているんだこのヒトは。こんな面白幽霊が探していたオフェリア殿とか有り得ないだろ。


 事前に聞いていた魔人化した魔女は、実体があって人型の魔獣みたいな強烈な外見をしており、見境なく魔法を使って襲ってくる化け物みたいな存在だった。


 それに対してこの幽霊、『核』は脈動する丸い肉塊で薄気味悪くは思うが、その霊体?は精霊とかが居たらこんなんかなという綺麗女性の外見をしている。なにより凶暴なところは全くなくて、どちらかと言うと面白い。いやー、本当にあの猫、元気にしているかなぁ。


 段々と動きは早くなってきているが、この調子なら一晩でもじゃらしておける速度だ。猫は飽きやすかったから、コイツも満足したらねぐらに帰ってくんじゃないかな?



「なにをバカな事を! この魔力波長、間違いなくオフェリアだっ、何故こんな姿になっているか分からないが、森の中じゃなくて防衛局に来てくれるなんて千載一遇のチャンスなんだよ! ルート君、虹色の欠片は吾輩が今ここに持って来ている、オフェリアを抑えて虹色の欠片を飲ませ……飲ませ……どうやって?」



 ……本当にこの幽霊、オフェリア殿なのか!?


 えー……流石にコレは想定外だぞ。実体も何も無いのに虹色の欠片を飲ませるなんて出来やしない。あの『核』に直接叩き込むとかしたら、なんとかなる……のか?


 そんな感じで誰もが困惑していたら、黒木刀にじゃれついて遊んでいた幽霊――オフェリア殿が業を煮やしたようだ。何か凄くアレだ、クラウディアが暴走して戦術級魔法をぶっ放した時のような力の高まりを感じる。


 見れば、その手に当たる部分にはエメラルド色の煌めきが……やっべぇ!!


 咄嗟の判断で俺は砦の外へ身を投げ出した。着地なんてどうにでもなる、今はあの深緑色の矢から身を躱さなければ!


 そしてどうやらその判断は正しかったらしい。オフェリア殿が放ったその一撃は、森の方へ飛んで行ってバカみたいに巨大な竜巻を生み出した。直径50mはあるだろうソレは、ぐにょんぐにょんと曲がりくねりながらアケノモリを縦横無尽に蹂躙して、その通った箇所を更地化した。


 上からぼたぼた落ちてきているのは、生えていた木々か、生息していた魔獣か……なるほど、コイツは確かに厄災だな。


 問題はその大災害を起こした、魔人オフェリア――いやもう風の精霊オフェリアといった方がいいか? 彼女の視線は確実に俺の持つ黒木刀を向いており……これは随分と長い夜になりそうだ。


 やっぱり先に夜食を喰っとくべきだったぜ、コンチキショウ。


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