21話 幕間・転
あの後、戦闘で失ったカロリーを取り戻すべく三人前の食事を平らげ、自室でちょっと昼寝をした後で、砦の上に顔を出した。
戦闘は大分落ち着いてはいたが継続しており、防衛局長や部隊長は退散していたようだが防衛隊は巨大弩弓の運用に忙しくしていた。どうやら50cc程度でもカズラの体液は魔獣を引き付けるには十分な効果を発揮するようで、森から次々と魔獣が出て来ている。なんか俺と神魔刀が作った破壊跡が道になっているようで、砦の上からだと綺麗に並んでいるように見えるな。
あれでカズラを蒸発させていなかったらどんな事になっていたやら……うん、結果オーライ! あの破壊跡も魔獣を遠距離から狙うのに役立っているようだし、俺のやったことは何も間違っていなかったのだ!!
だからほら、防衛隊の皆さんは俺に気を取られてないで、弩弓の準備を続けて続けて!
俺は魔獣には容赦のない殺戮者だけど、ヒトには命令された時以外は手を出したことないから。ああ頼まれたら介錯はするけどね。だから怖くない、コワくないよー。
「何をやっているんだ君は……いいからこっちに来たまえっ、防衛局員を無駄に怖がらせるんじゃない!」
防衛隊の皆さんに向けて両手をワキワキと蠢かせていたら頭を叩かれた。誰かと思って振り返ればディアナ殿とサレナ殿だ。大分複雑な表情で俺を見ており、よほど俺がやらかしてしまったことに呆れているのか大きな溜息を吐く。
「あ、はい。承知しました。会議室へということでよろしいでしょうか?」
「まったくとんでもないことをしてくれたものだ。言いたいことは沢山あるから覚悟したまえ」
会議室へ連行された俺は、ディアナ殿から1時間ほど説教を受けた。
戦果は十分だったのに砦から飛び出したことから始まって、無謀にも魔獣の群れを突っ切ったこと、カズラの体液を利用したことは事前に相談もしていなかったから、しこたま怒られた。あと、当然ながら『虹流星』で行った破壊活動も、その後二人を放っておいて飯を食いに行った事もだ。
特に森の大規模破壊――ドラゴンを刺激すると禄でもないことになるのは、ある地位以上の人間なら誰もが知っているからなー。いや違うんですよ、着弾したらカズラだけ蒸発するような感じかと思っていたんですが、あんな破壊力を発揮するなんて夢にも思わず、なんて言い訳をしても今更無駄か。『虹流星』を使う時は時と場合を選ばないとダメだな。でも、ディアナ殿が戦術級魔法を使っていたらアレくらいの破壊痕は残るだろうから勘弁して欲しい……あ、駄目? 申し訳ありませぬぅ……。
そんなワケで正座、時には土下座の姿勢で怒られ続けた。
なお、彼女をモストマスキュラーで気絶させたことにはお礼を言われた。機会があったら、またやってくれと言われたが、後ろに立っていたるサレナ殿が『次やったら私のご主人様になってもらう』って変なオーラを出していたので控えようと思う。
「じゃあ、お説教はこれぐらいにして、建設的な話をしようか。気絶から醒めた後で局長殿には色々と言われたよ。その多くは君に対するあれやこれやだ。断ったのもあるが吾輩で判断できなかったモノは保留してある。返事は部隊長の誰かに伝えて欲しいとのことだよ。もう直接顔を会わせるのはいやだそうだ。嫌われたねぇ」
まあ、嫌われるのは当たり前というか、そういう風に仕向けたからなぁ。
俺は現場を知らないとか、実績を上げられない無能な指揮官は信用しないのだ。俺との直接対話が無い分、部隊長の皆様には胃の痛い思いをして貰うしかないが、それが仕事である。彼らに上官殿のような情熱を少しでも感じられるようであれば、もっと気を使うのもやぶさかではないんだが、今の防衛局を知れば知るほどなぁ……。
さて、防衛局長どのからディアナ殿へ、そして俺に手渡された書類には……まあ、まともな事が書いてあった。
今日の報告書を提出しろとか、使った戦術は分かりやすくレポートに纏めろとか……防衛局が危機に陥った時は継続して手を貸すようにってのは割と英断だと思う。いや、あれだけやってまだ手を貸せっていえるのは中々言える事ではない。それだけアケノモリ防衛局がぎりぎりって事なのだろう。ただし『虹流星』を使うなってのは当然だな、次使ったら間違いなくドラゴンが怒るだろうから。
後は……ああ、この黒木刀の提供ってのは無理だな。あわよくば解析して量産しようって目論見はクロモリ防衛局でもあったが、関係者がもれなく不審の死を遂げたと聞いている。
恐らく夢の中でコイツに取り殺されたのだろう。少なくともアギトとゲキドの群れに相対して生き残れないヤツには触れることさえ危険だ。盗もうというバカもいるかもしれないから、よっく部隊長に伝えないと。(ちなみに後から聞いた話、俺がアケノモリ防衛局に滞在している間にそれなりの数の不審な死を遂げた者がいたらしいが、与り知るところではない。なむなむ)
それにしても……あそこでカズラさえ出て来なかったら、一部隊を預かって俺好みの部隊を作るという野望を果たせていたかもしれないのに返す返す残念だ。ま、やってしまったことは仕方ないから未来を向いていこう!
「やれやれ、その切替えの早さは吾輩も見習いたいものだね……さて、今日の魔獣対応は防衛局に任せてよさそうだ。調べ物は吾輩たちに任せてゆっくりと休むがいい……さっきは説教してしまったが、誰が何と言おうと君はこの防衛局を救った英雄だよ。だから、あまり自分を卑下しないようにな。さあ、サレナ、昨日の続きといこうか」
「えぇー、ディアナ様、私達も休みましょうよ。今日も色々あって疲れてるんですよぅ」
そうやって嘆くサレナ殿の腕を掴み、ディアナ殿は会議室から退室していった。
卑下、ねぇ……何を言っているんだか。俺は防衛局じゃあ、嫌われ者の死神。それは覆しようがない事実だ。好き勝手暴れまわって、魔獣を殺し尽くして、それが楽しいと感じる異常者だぜ?
そんな存在が尊敬されたいと願うなんて絶対にダメだ。それを自覚して自戒しなければ、俺は本物の化け物に成り果てるだろう。理想の上司たるディアナ殿だが、この点だけは分かり合えないかもな。
さて、せっかく休みを貰ったんだから、また飯を……いや、部隊長の誰かへ黒木刀の話をしに行くのが先か、今日の報告書と戦術レポートも作らないと。そう考えれば……やる事は山積で、だからディアナ殿は俺を残していったのか。食えないおヒトよ。
そんな感じでアケノモリ防衛局の二日目は過ぎて行った。
思ったより内部状態が酷くてそれを立て直すことに頭が行っていたが、俺達本来の目標は魔人化したオフェリア殿に虹色の欠片を飲ませて元の状態に戻す事だ。それを忘れていたとは言わないが、意識が薄くなっていたことは確か。
この夜、俺は魔女の恐ろしさを改めて味わう事になった。




