20話 虹流星
外壁近くまで走って辿り着いた俺は、砦の上で雁首揃えて呆けている面々に向かって両手を大きく手を振る。手を振り返してくれたのはディアナ殿だけであったが、目的は彼女に気付いてもらう事だったのでそれでよい。
「すみませんが、昨日みたいに回収してくれませんかー!?」
「了解した。ちょっと待っていてくれ!」
彼女に負担を掛けるのは心苦しいが、まだ巨大弩弓を使おうともしないアホどもには直接言ってやるしかないだろう。もしかしたら魔獣がもっと集まるのを待っているのかもしれないが、カズラの体液がどれだけの時間効くのか分からないのだ。早くしないとせっかく集めたのに散ってしまうかもしれない。それならまだしも、下手をすると一丸となって突っ込んでくるかも。
昨日と同じく、急に隆起した土のタワーですっとばされた俺は砦の上に問題なく着地した。そして、なにやら俺を恐怖の表情で見る防衛局長や部隊長連中に告げる。
「なんで巨大弩弓を使わないんです? 絶好のチャンスでしょうに」
「え、は……いや、アレの矢は特別製で……その、非常に高額だ。それに回収も大変で! そもそも、なんで魔獣がいきなりあんな行動を……」
「ちょいとカズラの体液を資料室から拝借しまして。ほら、防衛局内の設備や備品は常識の範囲でなんでも使って良いという事でしたから。それより早くアレを蹴散らさないと。いいんですか? 逃げていくならともかく、あの数の魔獣が一丸となって砦に特攻んできたら不味いと思うんですがねェ」
カズラの体液の効果は想像以上に凄く、今、戦場に在る全ての魔獣が一か所に集まろうとしていた。砦の上からだとその様子がよく見えて……おお、森からも新しく出て来ているな。あいつらを殲滅できたら今日の夜はさぞかし静かになるだろう。
「カズラの体液だと!? それに、くっ……貴様の力だけで何とかするのではなかったのか!? 結局は我らの力を借りておるではないか!」
「俺が砦の上から殺した魔獣だけで、他の区画の5倍はヤりましたよ。アケノモリ防衛局の面子を潰さないよう活躍の場を用意したつもりですが……アレも俺がやっちゃっていいんですかね? いいならやっちゃいますよー。俺とコイツが本気を出せばあの程度の数、殲滅することは容易いので」
「この……狂人め! おい、何を呆けているっ、この若造に我らの力を見せつけてやれ!!」
俺が黒木刀を片手にニタリと笑えば局長が慄き、それを誤魔化すように周囲へ怒鳴り散らした。怒鳴られた防衛部隊長は冷や汗をかきながら伝令に激を飛ばす。
ここから先はお手並み拝見だな。ここまでお膳立てして変な事にはならないと思うが、うん、監視は必要かもだが一休みしてもバチは当たらないだろう。
着てる服が汗と魔獣の返り血でぐちゃぐちゃになっているし、着替えたくもある。撲殺数が多ければ解放骨折とかによる返り血も多いのだ。
「サレナ殿、申し訳ありませんが。また服を頂けませんか? まだ俺は此処から離れられません。上司に当たる貴女を使い走りにするのは心苦しいが、裸というワケにも……」
「それだったら、ここにありますよ。貴方が飛び出してすぐディアナ様からご下命がありまして、彼らに取ってきてもらいました。防衛局の制服らしいですが、問題ないですよね?」
ディアナ殿には本当に頭が上がらないな。そして、サレナ殿が指す先には食堂でもめた彼らが居た。こちらは局長殿と違って偉く輝いた目をしており……うーん、自分で言うのは嫌だが英雄を見る目だなコレは。
居心地というか、座りが悪い。俺は単なる殺戮者でしかないのに。
「ふふ、そう謙遜するモノではないよ。君は間違いなくこの戦の功労者だ。見たまえ、巨大弩弓で魔獣が蹴散らされていく様を。まさしく彼らにとってこの光景は希望に他ならない」
「…………」
希望、彼らにはそう見えるのか。ただ守られて目の前で行われている一方的な蹂躙が……いや、俺の個人的な感想でこの場の空気を悪くする理由はないな。
この調子なら、しばらく放っておいてもいいだろう。今の内に着替えてしまおうじゃないか。
うへぇ、返り血と汗で体に張り付いて脱ぎにくいな。ナイフで切った方が早いかもだが、持ってたヤツは囮にしたゲキドの尻に突き立ててしまったし、こりゃあ力尽くで引き裂くしかないか。どうせ捨てるし問題ないだろう。
服を無理やり脱いで、肌色の面積が増えていくたびにディアナ殿の鼻息が荒くなっているが、当然無視する。
貴女は真面目に魔獣が蹴散らされていく様子を見ていてくださいよ。だが、今日も魔法を使わせてしまったし、サービスしておくべきだろうか?
下着一枚になったついでに、さりげなくモストマスキュラーのポーズを取ってみると……ディアナ殿はその形のいい鼻からどばっと虹色の液体を噴出した。
慌てて側に居たサレナ殿がハンカチで抑えたが……え、前に見せた時はこんな激しい反応はしなかったよな!?
「ふいふち、汗に濡れた美しい筋肉……ああ、我が生涯はこの一刻の為に在ったのだ……!!」
そんな戯言を言ってディアナは白目を剥いて倒れてしまった。
周りがなんかすごく微妙な雰囲気になってしまったヨ、伝奇系から喜劇調へ。しかし戦闘は継続しており、弩弓の弦を張る防衛隊員達の掛け声だけがその場に響き渡っている。
……今度からは時と場合は絶対に考慮しないとなぁ。
そんな現実逃避をしていたら、何やら周りの防衛局員が騒ぎ出した。服を着るのを中断して、彼らが指差す方向を見ると……まさかのカズラが森から出現していた! どうやら、出撃前の俺の想いがフラグになってしまったらしい。
「な、なんだ、あれは! あのような化け物――まさかあれが、カズラ!」
「うそだろう、あんな魔獣……う、おぇええ!?」
「狼狽えるな! 気色悪いが巨大弩弓が効かないってことはない! 目標をアレに変えて……おいっ、逃げるな!!」
どうやらアケノモリ防衛局ではカズラを見たヒトは少ないようだ。あいつの気色悪さに反吐を吐いているヤツを見ると昔の俺を思い出す。
しかしもう、てんやわんやで指揮もあったもんじゃないな。
誰かが言ったように1匹だけだったら巨大弩弓でも十分に対抗できるんだけど、やっぱりこれは教練を最初からやり直した方がいいんじゃなかろうか。
「おいキサマッ、貴様がカズラの体液なんぞ散布するから、あのような化け物を呼び寄せたんじゃないのか!? 魔女殿は倒れてしまったし、貴様がアレを何とかしろ! 責任は貴様にあるんだっ、あそこへ行って死んでもなんとかしてこい!!」
「アレが他の個体の体液に引き寄せられるなんて探索した時は無かったんですが……ま、いいでしょ。カズラを弩弓で下手に傷つけて、更に魔獣を引き寄せられたら堪ったもんじゃない。ここは一つ、俺とコイツの最大出力でアイツを消し飛ばしてみせましょう。着装、黒羽衣」
喚きたてる防衛局長を横に押しやり、神魔刀を抜く。
ああ、やっぱり下着は邪魔なんだと思いながらも、全裸からの黒羽衣着装まで0.5秒といったところだろうか。日々進化しているなぁ。
さて、予定が大きく違ってしまったが、他に適任者がいなければ俺がアレを何とかするしかないだろう。まだ、この防衛局を潰されるワケにはいかないんでね。
これから放つ技はニエモリで完成させた『黒流星』だ。ちょっと違うのは、『気』を用いた最大投擲に神魔刀の不思議パワーを乗せることか。
神魔刀の形態でこの技を使うのは初めてだが……お、コイツ、震えているのか? 震えるほどに自分の力を最大に発揮できるかもしれないこの瞬間が嬉しいと。はは、俺も一緒だよ。
「さぁて全員伏せろ。これから放つは、俺の生涯において最大の一撃だ。面白いことになるぜ!」
「おいっ、きさま、一体何をするつもりだ! この防衛局で勝手な事を、ぐげっ!?」
俺に食って掛かって来た防衛局長は、黒羽衣の一部が勝手に動いて跳ねのけてしまった。後で面倒な事になりそうだが、今は俺達の時間なので邪魔しないで欲しい。
目を閉じると体に巡る血流を感じる。その脈動が、心臓の鼓動が高まっていくのを感じる。休めていた体が起きて再び戦闘状態へ、ゾーンの果てにある、無音で白黒の世界へ近づいていく。
なにやら眩しくて目を開くと、今までにないくらい神魔刀が虹色の光を放っていた。刀としてはダサいんだけど、こういう時は心強い。
ようし準備は整った、方角ヨシ、距離ヨシ、『気』の高まり方は最高潮。
『黒流星』改め『虹流星』…………あの気色悪い魔獣を、ぶっ飛ばせ!!
俺のと神魔刀の全てを乗せた投擲による一撃。
その空気の壁を突き破る爆音は後からしたように思う。
美しく虹色の尾をひいて飛んだ神魔刀は、狙い通りにカズラを貫き、そこで全エネルギーを解放。
森側へ破壊の奔流を垂れ流して――幅は約50m、深さは……目に見える範囲で森を削ったな、地平線が見える。無論、的になったカズラは完全消滅だ。この世から体液の一滴も残さず蒸発しただろう。
当然の如く飛んで戻って来た神魔刀を握ると、ちょっと熱かった。そして、今までにないくらい上機嫌の波動を送ってくる。よしよし、満足頂けたようで俺も嬉しいよ。
「さて、ご依頼通りカズラは片付けましたが……」
周囲を見渡すと、誰もが俺を恐怖の眼差しで見つめていた。防衛局長をはじめとして、部隊長連中も、そして先ほどは憧れの眼差しを向けていた彼さえも。
あー、やっぱりこうなったか……途中までは上手く行ってたんだけどなぁ。恨むぞ、カズラよ。
俺がこの場に居続けたら、彼らはずっと硬直してそうなので、とりあえず服を着て飯を食いに行くことにした。
幸せそうに気絶しているディアナ殿はサレナ殿が介抱してくれるだろうし、お説教は飯を食った後で甘んじて受けようじゃないか(現実逃避)。